要旨
球を有限個に分け、回して並べ直すだけで、同じ大きさの球が二つできる。本稿は、この主張の計算できる部分をすべて実際に計算し、何がそれを許しているのかを数で示す。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。
第一に、二つの回転が自由群を生む。$\arccos(1/3)=1.230959417340775$ だけ回す二つの回転について、$354{,}292$ 語を厳密な整数演算で確かめると、どれ一つ単位元にならなかった(第3節)。
第二に、理由はただ一つの素数である。点を $(a,\,b\sqrt2,\,c)/3^n$ の形で持つと、$b$ は $3$ で割り切れることが一度もない。$118{,}098$ 語で $b \bmod 3$ は $1$ か $2$ のみであった(第4節)。
第三に、四つに分けると二つに組み直せる。長さ $9$ までの $39365$ 語は単位元+四つの $9841$ 語にちょうど分かれ、そのうち二つを一度ずつ動かすだけで全体が復元した。欠けは $\mathbf{0}$ である(第5節)。
第四に、これが本稿の芯である。集合をずらしたときはみ出す割合は、直線では $0.0002$、平面では $0.01$ へ落ちていくのに、自由群では落ちず $1$ に上がる(第6節)。
第五に、だから駒は体積を持てない。もし持てば $V=2V$ すなわち $V=0$ となり、$4\pi/3=4.1887902048$ に矛盾する(第7節)。
射程(何を示さないか)
新しい数学定理も新しい法則も主張しない。ハウスドルフ、バナッハ=タルスキ、バナッハによる一次元・二次元の不可能性、フォン・ノイマンの従順性は、いずれも標準的である。定理を証明しない。本稿がするのは計算できる部分を実際に計算することだけである。分割そのものを構成しない。構成には選択公理が要り、書き下せる分割は存在しない。「フォルナー列が存在しない」ことを示さない。示すのは最も自然な候補(球)が失敗することだけであり、非存在は引用する定理である。選択公理の是非を論じない。物質や物理的な球を扱わない。対象は点の集合である。既刊との関係:論文209 は「体積が等しくても、切り貼りでは移れない」であった。本稿はその裏側であり、「体積が違っても妨げにならない、駒に体積が無ければ」である。209 で効いた$3$ を法とする議論が、本稿でもそのまま効く。論文224 では「形をどう変えても総額だけは請求され続ける」のであった。本稿はその総額そのものが定義できない場合である。論文179 は「構成できない」の別根を分けた。本稿の分割はそのうち「存在するが書き下せない」に属する。加えたのは$354{,}292$ 語を厳密演算で確かめたこと、$b \bmod 3$ を長さ $11$ まで並べたこと、四分割と復元を実際の集合演算で確かめて欠けが $0$ であることを見たこと、はみ出す割合を三つの群で並べたことである。
1. 記法と位置づけ
二つの回転を $\sigma$($z$ 軸のまわり)、$\tau$($x$ 軸のまわり)とし、どちらも角 $\arccos(1/3)$ だけ回すものとする。これらの既約語とは、$\sigma^{\pm1},\tau^{\pm1}$ を並べたもので、隣り合う二つが打ち消し合わないものをいう。
位置づけ:論文209 は体積が等しくても切り貼りでは移れないであった。本稿はその裏側、体積が違っても妨げにならない場合である。論文224 では総額だけは請求され続けた。ここでは総額そのものが無い。
2. 二つの回転
検算 2.1:
| 回転 | 行列式 | 直交性の誤差 | 回転角 |
|---|---|---|---|
| $z$ 軸のまわり | $1.000000000000000$ | $2.220\times10^{-16}$ | $1.230959417340775$ |
| $x$ 軸のまわり | $1.000000000000000$ | $2.220\times10^{-16}$ | $1.230959417340775$ |
($\arccos(1/3)=1.230959417340775$。)
観察 2.2 どちらもごく普通の回転である。特別なのは角度が $\pi$ と通約できないことだけであり、$\cos$ の値が $1/3$ であるという一点にすべてがかかっている。
3. 三十五万語、どれも単位元ではない
検算 3.1:行列の各成分を $(p+q\sqrt2)/3^n$($p,q$ は整数)の形で持ち、丸めを一切せずに掛け合わせる。
| 語の長さ | 既約語の数 | $3^n$ 倍の単位行列に等しいものはあるか |
|---|---|---|
| $1$ | $4$ | なし |
| $4$ | $108$ | なし |
| $7$ | $2916$ | なし |
| $10$ | $78732$ | なし |
| $11$ | $236196$ | なし |
| 合計 | $\mathbf{354292}$ | 一つも無い |
観察 3.2 二つの回転は自由群を生む、既約語が違えば、回転も必ず違う。ここまでは有限の確認であって証明ではないが、次節が理由を与える。
4. 理由は、ただ一つの素数である
点 $(1,0,0)$ を $(a,\,b\sqrt2,\,c)/3^n$ の形で持つ。この点は $\tau$ の軸の上にあるので、$\tau^{\pm1}$ から始まる語は点を動かさない。そこで$\sigma^{\pm1}$ から始まる語に限る。
検算 4.1:
| 語の長さ | そのような語の数 | $b \bmod 3$ に現れる値 |
|---|---|---|
| $1$ | $2$ | $\{1,2\}$ |
| $5$ | $162$ | $\{1,2\}$ |
| $9$ | $13122$ | $\{1,2\}$ |
| $11$ | $\mathbf{118098}$ | $\mathbf{\{1,2\}}$ |
観察 4.2 $b$ が $3$ で割り切れることは一度も無い。ゆえに点は決して元へ戻らず、語は決して単位元にならない。球を二つにする話の全体が、たった一つの素数に載っている。論文209 で切り貼りの不可能性を決めたのも$3$ を法とする議論であった。同じ道具が、反対向きの結論を出している。
5. 四つに分けて、二つに組み直す
検算 5.1:長さ $9$ までの既約語をすべて作り、最初の一文字で分ける。
| 駒 | 語の数 |
|---|---|
| 単位元だけ | $1$ |
| $\sigma$ で始まる | $9841$ |
| $\sigma^{-1}$ で始まる | $9841$ |
| $\tau$ で始まる | $9841$ |
| $\tau^{-1}$ で始まる | $9841$ |
| 合計 | $\mathbf{39365}$(全部でちょうど $39365$) |
検算 5.2:$\sigma$ で始まる駒と、$\sigma^{-1}$ で始まる駒を$\sigma$ で一度動かしたものを合わせる。
| 組み直し | 覆った語の数 | 長さ $8$ 以下で覆えなかった語 |
|---|---|---|
| $\sigma$ を使ったほう | $19682$ | $\mathbf{0}$ |
| $\tau$ を使ったほう | $19682$ | $\mathbf{0}$ |
観察 5.3 四つの駒のうち二つを一度ずつ動かすだけで、全体が戻る。残りの二つがもう一度同じことをする。一つが二つになる。ここで増えたのは語の数ではなく、語の数が無限だから増えたように見えるのである。
6. 芯:直線と平面では落ち、自由群では落ちない
群が平均を取れるとは、ずらしてもほとんどはみ出さない有限集合をいくらでも大きく作れる、ということである。
検算 6.1:集合を一手ずらし、はみ出した割合を測る。
| 群 | 集合の大きさ | はみ出す割合 | 向かう先 |
|---|---|---|---|
| 直線 | $10$ | $0.2000000000$ | |
| 直線 | $1000$ | $0.0020000000$ | |
| 直線 | $10000$ | $\mathbf{0.0002000000}$ | $\mathbf{0}$ |
| 平面 | $25$ | $0.4000000000$ | |
| 平面 | $3600$ | $0.0333333333$ | |
| 平面 | $40000$ | $\mathbf{0.0100000000}$ | $\mathbf{0}$ |
| 自由群 | $17$ | $1.0588235294$ | |
| 自由群 | $13121$ | $1.0000762137$ | |
| 自由群 | $118097$ | $\mathbf{1.0000084676}$ | $\mathbf{1}$ |
観察 6.2 直線と平面では、集合を大きくするほどはみ出さなくなる。自由群では、どれだけ大きくしてもほぼ丸ごとはみ出す。割合は $1$ に近づいていく。これが「一次元と二次元では不可能で、三次元で可能になる」ことの正体である。効いているのは次元の数ではなく、回転の群のなかに自由群が入っているかどうかである。
観察 6.3 本稿が示したのは最も自然な候補(球)が失敗することだけである。「どんな有限集合を取っても失敗する」ことは引用する定理であって、本稿の計算ではない。
7. だから駒は、体積を持てない
観察 7.1 仮に五つの駒に体積があったとする。回転は体積を変えないから、組み直したあとの総和は元と等しい。
| 量 | 状態 |
|---|---|
| 球の体積 | $4\pi/3=4.1887902048$ |
| 駒ひとつの体積 | 定義されない |
| 駒の総和 | 数の和ではない |
観察 7.2 もし体積があれば $V=2V$、すなわち $V=0$ となり、$4\pi/3$ に矛盾する。逃げ道は一つしかない。駒が体積を持たないことである。「体積が二倍になった」のではない:途中に体積という量が存在しない。
8. 分離子と柵
観察 8.1 (分離子) 「体積」を分けているのは、どの集合に対して定義されているかである。
| 言い方 | どの集合に対してか |
|---|---|
| 球の体積 | 測れる集合に対して |
| 駒の体積 | 定義されていない |
| 有限加法的な体積 | 直線と平面では全部の集合に対して作れる |
| 同じもの | 空間では作れない |
観察 8.2 (柵) 「体積は保存する」という言い方を囲っている柵は、関わる集合がすべて測れることである。柵の外では、この文は偽ですらなく、空である。223 の「この列はランダムである」、224 の「この面は平らである」と同じ形である。
観察 8.3 209 と本稿は同じ道具で反対の結論を出した。
| 論文209 | 本稿 | |
|---|---|---|
| 問い | 体積が等しければ移れるか | 体積が違っても移れるか |
| 答 | 移れない | 移れる |
| 使う道具 | $3$ を法とする議論 | $3$ を法とする議論 |
| 駒 | 測れる(多面体) | 測れない |
観察 8.4 分けているのは駒が測れるかどうかである。測れる駒しか使わなければ、体積は足りない(209)、測れない駒を許せば、体積は要らなくなる(本稿)。
9. 点呼と結び
本稿が測ったことを並べる。
- 二つの回転は普通の回転(検算2.1):角は $1.230959417340775$。
- $354292$ 語、どれも単位元でない(検算3.1):厳密演算。
- $b$ は $3$ で割り切れない(検算4.1):$118098$ 語で $\{1,2\}$ のみ。
- 四分割はちょうど $9841\times4+1$(検算5.1)。
- 二つの駒で全体が戻る(検算5.2):欠けは $0$。
- はみ出す割合(検算6.1):直線 $0.0002$、平面 $0.01$、自由群 $1.0000084676$。
- 駒は体積を持てない(観察7.1):$V=2V$ となるから。
結び:球を有限個に分け、回して並べ直すと、同じ大きさの球が二つできる。これは手品ではなく、間違いでもない。起きているのはただ一つのことである:途中で「体積」という量が存在しなくなる。分ける前の球には体積があり、組み直したあとの二つにも体積がある。だがその間にある五つの駒には、体積という数が付いていない。そしてそれを許しているのは三次元という「数」ではない。直線でも平面でも、集合を大きくすればずらしてもはみ出さなくなり、平均を取れる。だから矛盾は起こりようがない。空間の回転の群のなかには自由群があり、そこではどれだけ大きな集合を取っても、ずらせばほぼ丸ごとはみ出す。平均が取れない。だから矛盾を止めるものが無い。そしてその自由群の存在を保証しているのは、$\cos$ が $1/3$ であることと、$3$ という素数だけである。209 では「体積が等しくても足りない」と書いた。本稿では「体積は要らない」となる。変わったのは球ではなく、どんな駒を使ってよいことにしたかである。
参考文献
- Vitali, G. (1905). Sul problema della misura dei gruppi di punti di una retta. Bologna: Gamberini e Parmeggiani.
- Hausdorff, F. (1914). Bemerkung über den Inhalt von Punktmengen. Mathematische Annalen, 75.
- Banach, S. (1923). Sur le problème de la mesure. Fundamenta Mathematicae, 4.
- Banach, S., Tarski, A. (1924). Sur la décomposition des ensembles de points en parties respectivement congruentes. Fundamenta Mathematicae, 6.
- von Neumann, J. (1929). Zur allgemeinen Theorie des Masses. Fundamenta Mathematicae, 13.
- Følner, E. (1955). On groups with full Banach mean value. Mathematica Scandinavica, 3.
- Wagon, S. (1985). The Banach–Tarski Paradox. Cambridge: Cambridge University Press.
- 山岸勇輝 (2026). 「構成できない」にも別根がある [論文179]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22098419
- 山岸勇輝 (2026). 体積が等しくても、切り貼りでは移れない [論文209]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22111317
- 山岸勇輝 (2026). 近づいているのに、一歩も近づいていない [論文216]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22119579
- 山岸勇輝 (2026). 太陽は、緑にも橙にも赤外にも輝いている [論文222]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22120199
- 山岸勇輝 (2026). 検定を全部通り、それでも点は十五枚の平面に乗っている [論文223]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22120728
- 山岸勇輝 (2026). どこを触っても平らで、それでも合計は $4\pi$ である [論文224]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22120836
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「一つの球から、同じ大きさの球が二つできる」[論文225]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22120991
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 一つの球から、同じ大きさの球が二つできる [論文225]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/225 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22120991
Yamagishi, Y. (2026). One Ball Becomes Two of the Same Size [Paper 225]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/225; DOI: 10.5281/zenodo.22120991
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author = {Yamagishi, Yuuki},
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