要旨
「この材料の強度は $250$ MPa である」という一文は、壊れる条件を決めていない。本稿が問うのは、では何が決めているのかである。答は、壊れ方が三つあり、それぞれ別のものが決めているである。座屈は形が、破壊は傷が、降伏は結晶が決める。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。
第一に、同じ断面で長さだけを変える。一辺 $31.6$ mm の正方形鋼柱は、$1$ m なら $\mathbf{164.3}$ MPa、$3$ m なら $\mathbf{18.3}$ MPa で座屈する。材料は一切変えていない(第2節)。
第二に、これが本稿の芯である。切り替わる細長比は $\lambda_c=\pi\sqrt{E/\sigma_y}=\mathbf{88.8577}$ である。これより細長ければ座屈が先、太短ければ降伏が先で、同じ材料で限界が入れ替わる(第3節)。
第三に、三つ目の限界は傷が決める。グリフィスの式では、傷が $1 \mu$m で $\mathbf{356.8}$ MPa、$1$ mm で $\mathbf{11.3}$ MPa になる(第4節)。
第四に、傷は平方根で効く。傷を $1000$ 倍にすると強度は $\mathbf{31.6228}$ 分の $1$、$\sqrt{1000}$ そのものである(第4節)。
第五に、三つは競合しない。同時に成り立つ三つの上限のうち、最も低いものが実際の限界になる。どれが最低かは、材料ではなく形と傷が決めている(第5節)。
第六に、だから強度は材料の性質ではない。$\sigma_y=250$ MPa という数を持っていても、長さ $3$ m の柱は $18.3$ MPa で壊れる。その差は $\mathbf{13.66}$ 倍である(第5節)。
射程(何を示さないか)
新しい数学定理も新しい法則も主張しない。オイラーの座屈荷重、細長比、グリフィスの破壊条件、降伏応力は、いずれも標準的である。材料力学を作らない。使うのは三つの公式と、一つの比較だけである。設計に使える値を与えない。安全率も、初期不整も、残留応力も入れていない。数値は三つの限界の大小を見るためのものであり、実際の設計値ではない。弾性定数の柵を扱わない。論文261 が $-1<\nu<1/2$ を扱う。本稿は柵の中に座ったあと、壊れるまでの話である。塑性論を作らない。降伏を一つの応力値として扱い、硬化も流れ則も扱わない。表面エネルギーの値を主張しない。$\gamma=1.0 \mathrm{J/m^2}$ は置いた値であり、特定の材料の測定値ではない。桁を見るために使う。疲労と時間依存を扱わない。一回の載荷だけを見る。グリフィスは別人と混同しない。論文173 に現れる Griffiths は代数幾何学者であり、本稿の A. A. Griffith とは別人である。既刊との関係:論文261 は弾性定数の柵を立てているのがエネルギーの正定値性だと書いた。本稿はその先、柵の中に座った材料がどこで壊れるかを扱う。論文190 は「稀」を対数の目盛りで測った。本稿も、傷の効き方を平方根と桁で書く。論文196 は「圧力」が四つの別の量であることを数えた。本稿は「強度」が一つの量ですらないことを数える。論文201 は「完備」が四つの別の主張であることを数えた。同じ形の点呼である。加えたのは同じ断面で長さだけを変えて座屈応力が $164.3$ から $18.3$ MPa まで動くことを計算したこと、切り替わりの細長比を $88.8577$ と具体的な数で出したこと、傷の効き方が $\sqrt{1000}=31.6228$ であることを確かめたこと、三つの限界を一つの表に並べ、最低のものが実際の限界になると書いたことである。
1. 記法と位置づけ
設定:鋼を考える。ヤング率 $E=200$ GPa、降伏応力 $\sigma_y=250$ MPa。断面は一辺 $a=31.6$ mm の正方形とする。
問い:この柱はいくらで壊れるか。
答は、一つに決まらない。三つの別々の限界があり、どれが先に来るかは材料ではなく形と傷が決める。
| 壊れ方 | 何が決めるか | 効く量 |
|---|---|---|
| 座屈 | 形(細長さ) | $E$ と長さ |
| 破壊 | 傷(き裂の長さ) | $E$ と表面エネルギー |
| 降伏 | 結晶(転位の動き) | $\sigma_y$ |
2. 同じ断面で、長さだけを変える
設定:オイラーの座屈荷重は $P_{cr}=\pi^2EI/L^2$ である。正方形断面では $I=a^4/12$。
検算 2.1:$a=31.6$ mm から、$I=8.309351\times10^{-8} \mathrm{m^4}$、$A=9.985600\times10^{-4} \mathrm{m^2}$、断面二次半径 $r=\sqrt{I/A}=9.122134\times10^{-3}$ m である。
| 長さ $L$ | $P_{cr}$ | 座屈応力 | 細長比 $L/r$ |
|---|---|---|---|
| $1.0$ m | $164.0$ kN | $\mathbf{164.3}$ MPa | $109.6$ |
| $2.0$ m | $41.0$ kN | $41.1$ MPa | $219.2$ |
| $3.0$ m | $18.2$ kN | $\mathbf{18.3}$ MPa | $328.9$ |
観察 2.2 材料も断面も一切変えていない。長さを $3$ 倍にしただけで、座屈応力が $\mathbf{9}$ 分の $1$ になった。$L^2$ に反比例するからである。
観察 2.3 降伏応力 $250$ MPa と比べる。$1$ m の柱は $164.3$ MPa で座屈するので、降伏する前に座屈する。$250$ MPa という数は、この柱については一度も出番が来ない。
3. 芯:同じ材料で限界が入れ替わる
設定:座屈応力は $\pi^2E/\lambda^2$($\lambda=L/r$)である。これが $\sigma_y$ と等しくなる細長さが、切り替わりの点である。
検算 3.1:
$$\lambda_c=\pi\sqrt{E/\sigma_y}=\pi\sqrt{200\times10^9/250\times10^6}=\pi\sqrt{800}=\mathbf{88.8577}$$
観察 3.2 この断面では $L_c=\lambda_c\cdot r=\mathbf{0.8106}$ m である。これより長ければ座屈が先、短ければ降伏が先、同じ材料の同じ断面で、壊れ方が入れ替わる。
検算 3.3:切り替わりの前後を並べる。
| $L$ | 細長比 | 座屈応力 | 先に来るのは |
|---|---|---|---|
| $0.5$ m | $54.8$ | $657.0$ MPa | 降伏($250$ MPa) |
| $0.8106$ m | $\mathbf{88.8577}$ | $\mathbf{250.0}$ MPa | ちょうど同着 |
| $1.0$ m | $109.6$ | $164.3$ MPa | 座屈 |
| $3.0$ m | $328.9$ | $18.3$ MPa | 座屈 |
観察 3.4 分離子、何を動かすと別物になるか。細長比だけである。$E$ も $\sigma_y$ も断面も動かしていない。動かしたのは長さ一つで、それで壊れ方の種類が変わった。
4. 三つ目の限界は、傷が決める
設定:グリフィスの条件は
$$\sigma_c=\sqrt{\frac{2E\gamma}{\pi a}}$$
である($a$ はき裂の長さ、$\gamma$ は表面エネルギー)。$\gamma=1.0 \mathrm{J/m^2}$ と置く。
検算 4.1:
| 傷の長さ $a$ | 破壊応力 $\sigma_c$ |
|---|---|
| $1 \mu$m | $\mathbf{356.8}$ MPa |
| $10 \mu$m | $112.8$ MPa |
| $100 \mu$m | $35.7$ MPa |
| $1$ mm | $\mathbf{11.3}$ MPa |
観察 4.2 傷を $1000$ 倍にすると強度は $\mathbf{31.6228}$ 分の $1$ になる。これは $\sqrt{1000}=31.6228$ そのものである。平方根で効いている。
観察 4.3 目に見えない $10 \mu$m の傷が入っただけで、限界が $112.8$ MPa に落ちる。降伏応力 $250$ MPa の半分以下である。材料表には現れない量が、限界を決めている。
観察 4.4 正直に書くべき点、$\gamma=1.0 \mathrm{J/m^2}$ は置いた値である。実材料では塑性仕事が加わってはるかに大きくなる。本節の値は傷の効き方の形(平方根)を見るためのものであり、実際の破壊応力ではない。
5. 三つは競合せず、最も低いものが勝つ
検算 5.1:$L=3$ m、傷 $10 \mu$m の柱について、三つの上限を並べる。
| 限界 | 値 | 決めているもの |
|---|---|---|
| 降伏 | $250.0$ MPa | 結晶($\sigma_y$) |
| 破壊 | $112.8$ MPa | 傷($a=10 \mu$m) |
| 座屈 | $\mathbf{18.3}$ MPa | 形($L=3$ m) |
| 実際の限界 | $\mathbf{18.3}$ MPa | 三つのうち最も低いもの |
観察 5.2 三つは競合しない。どれも「これを超えたら壊れる」と言っており、最も低いものが実際に効く。論理積であって、選択ではない。
観察 5.3 材料表に載っている $250$ MPa は、この柱では一番使われない数である。実際の限界 $18.3$ MPa との差は $\mathbf{13.66}$ 倍、「強度は $250$ MPa」と書いた紙は、この柱について何も言っていない。
検算 5.4:同じ材料で、形と傷を変えると勝者が入れ替わる。
| $L$ | 傷 $a$ | 降伏 | 破壊 | 座屈 |
|---|---|---|---|---|
| $0.5$ m | なし | $\mathbf{250.0}$ | 、 | $657.0$ |
| $0.5$ m | $1$ mm | $250.0$ | $\mathbf{11.3}$ | $657.0$ |
| $3.0$ m | なし | $250.0$ | 、 | $\mathbf{18.3}$ |
| $3.0$ m | $1 \mu$m | $250.0$ | $356.8$ | $\mathbf{18.3}$ |
観察 5.5 四行で勝者が三通り変わる。材料は一度も変えていない。変えたのは長さと傷だけである。
6. 点呼と結び
- 壊れ方は三つ(第1節):座屈は形、破壊は傷、降伏は結晶。
- 長さ $3$ 倍で $9$ 分の $1$(検算2.1):$164.3$ から $18.3$ MPa。
- $250$ MPa の出番が来ない(観察2.3):降伏する前に座屈する。
- 切り替わりは $\lambda_c=88.8577$(検算3.1):この断面では $L=0.8106$ m。
- 同着の点がある(検算3.3):そこで座屈応力がちょうど $250.0$ MPa。
- 傷は平方根で効く(観察4.2):$1000$ 倍で $31.6228$ 分の $1$。
- 見えない傷が半分にする(観察4.3):$10 \mu$m で $112.8$ MPa。
- 最も低いものが勝つ(検算5.1):$250.0$、$112.8$、$18.3$ のうち $18.3$。
- 勝者が三通り入れ替わる(検算5.4):材料は変えていない。
結び:「この材料の強度は $250$ MPa である」という一文は、壊れる条件を決めていなかった。壊れ方が三つあり、それぞれ別のものが決めているからである。座屈は形、破壊は傷、降伏は結晶。三つは競合せず、最も低いものが実際の限界になる。同じ断面で長さを $3$ 倍にすれば座屈応力は $9$ 分の $1$ になり、$10 \mu$m の見えない傷が入れば破壊応力は降伏の半分以下に落ちる。材料表の $250$ MPa は、長さ $3$ m の柱については実際の限界の $\mathbf{13.66}$ 倍上にあり、一度も出番が来ない。分けるものは一つ、どの限界を数えているのかを書き出すこと。書き出せば、材料を替えるべき場面と、形を変えるべき場面と、傷を消すべき場面が分かれる。書き出さなければ、$18.3$ MPa で壊れる柱に、より強い鋼を探し続けることになる。
参考文献
- Euler, L. (1744). Methodus Inveniendi Lineas Curvas Maximi Minimive Proprietate Gaudentes. Lausanne.
- Griffith, A. A. (1921). The Phenomena of Rupture and Flow in Solids. Philosophical Transactions of the Royal Society A, 221.
- Timoshenko, S. P. and Gere, J. M. (1961). Theory of Elastic Stability, 2nd edition. New York: McGraw-Hill.
- Anderson, T. L. (2017). Fracture Mechanics: Fundamentals and Applications, 4th edition. Boca Raton: CRC Press.
- Ashby, M. F. and Jones, D. R. H. (2012). Engineering Materials 1, 4th edition. Oxford: Butterworth-Heinemann.
- Hill, R. (1950). The Mathematical Theory of Plasticity. Oxford: Clarendon Press.
- 山岸勇輝 (2026). 小平の柵は正値性ではなく、整数性である [論文173]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22094507
- 山岸勇輝 (2026). 「稀」は、対数の目盛りで測る [論文190]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22106182
- 山岸勇輝 (2026). 「圧力」は四つの別の量である [論文196]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22107518
- 山岸勇輝 (2026). 「完備」は四つの別の主張である [論文201]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22109052
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「「壊れる」は三つあり、強度では決まらない」[論文262]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22169671
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 「壊れる」は三つあり、強度では決まらない [論文262]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/262 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22169671
Yamagishi, Y. (2026). There Are Three Ways to Break, and Strength Does Not Decide Which [Paper 262]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/262; DOI: 10.5281/zenodo.22169671
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