【論文262】「壊れる」は三つあり、強度では決まらない

要旨

「この材料の強度は $250$ MPa である」という一文は、壊れる条件を決めていない。本稿が問うのは、では何が決めているのかである。答は、壊れ方が三つあり、それぞれ別のものが決めているである。座屈は形が、破壊は傷が、降伏は結晶が決める。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。

第一に、同じ断面で長さだけを変える。一辺 $31.6$ mm の正方形鋼柱は、$1$ m なら $\mathbf{164.3}$ MPa、$3$ m なら $\mathbf{18.3}$ MPa で座屈する。材料は一切変えていない(第2節)。

第二に、これが本稿の芯である。切り替わる細長比は $\lambda_c=\pi\sqrt{E/\sigma_y}=\mathbf{88.8577}$ である。これより細長ければ座屈が先、太短ければ降伏が先で、同じ材料で限界が入れ替わる(第3節)。

第三に、三つ目の限界は傷が決める。グリフィスの式では、傷が $1 \mu$m で $\mathbf{356.8}$ MPa、$1$ mm で $\mathbf{11.3}$ MPa になる(第4節)。

第四に、傷は平方根で効く。傷を $1000$ 倍にすると強度は $\mathbf{31.6228}$ 分の $1$、$\sqrt{1000}$ そのものである(第4節)。

第五に、三つは競合しない。同時に成り立つ三つの上限のうち、最も低いものが実際の限界になる。どれが最低かは、材料ではなく形と傷が決めている(第5節)。

第六に、だから強度は材料の性質ではない。$\sigma_y=250$ MPa という数を持っていても、長さ $3$ m の柱は $18.3$ MPa で壊れる。その差は $\mathbf{13.66}$ 倍である(第5節)。

射程(何を示さないか)

新しい数学定理も新しい法則も主張しない。オイラーの座屈荷重、細長比、グリフィスの破壊条件、降伏応力は、いずれも標準的である。材料力学を作らない。使うのは三つの公式と、一つの比較だけである。設計に使える値を与えない。安全率も、初期不整も、残留応力も入れていない。数値は三つの限界の大小を見るためのものであり、実際の設計値ではない。弾性定数の柵を扱わない。論文261 が $-1<\nu<1/2$ を扱う。本稿は柵の中に座ったあと、壊れるまでの話である。塑性論を作らない。降伏を一つの応力値として扱い、硬化も流れ則も扱わない。表面エネルギーの値を主張しない。$\gamma=1.0 \mathrm{J/m^2}$ は置いた値であり、特定の材料の測定値ではない。桁を見るために使う。疲労と時間依存を扱わない。一回の載荷だけを見る。グリフィスは別人と混同しない。論文173 に現れる Griffiths は代数幾何学者であり、本稿の A. A. Griffith とは別人である。既刊との関係:論文261 は弾性定数の柵を立てているのがエネルギーの正定値性だと書いた。本稿はその先、柵の中に座った材料がどこで壊れるかを扱う。論文190 は「稀」を対数の目盛りで測った。本稿も、傷の効き方を平方根と桁で書く。論文196 は「圧力」が四つの別の量であることを数えた。本稿は「強度」が一つの量ですらないことを数える。論文201 は「完備」が四つの別の主張であることを数えた。同じ形の点呼である。加えたのは同じ断面で長さだけを変えて座屈応力が $164.3$ から $18.3$ MPa まで動くことを計算したこと、切り替わりの細長比を $88.8577$ と具体的な数で出したこと、傷の効き方が $\sqrt{1000}=31.6228$ であることを確かめたこと、三つの限界を一つの表に並べ、最低のものが実際の限界になると書いたことである。

1. 記法と位置づけ

設定:鋼を考える。ヤング率 $E=200$ GPa、降伏応力 $\sigma_y=250$ MPa。断面は一辺 $a=31.6$ mm の正方形とする。

問い:この柱はいくらで壊れるか。

答は、一つに決まらない。三つの別々の限界があり、どれが先に来るかは材料ではなく形と傷が決める。

壊れ方 何が決めるか 効く量
座屈 形(細長さ) $E$ と長さ
破壊 傷(き裂の長さ) $E$ と表面エネルギー
降伏 結晶(転位の動き) $\sigma_y$

2. 同じ断面で、長さだけを変える

設定:オイラーの座屈荷重は $P_{cr}=\pi^2EI/L^2$ である。正方形断面では $I=a^4/12$。

検算 2.1:$a=31.6$ mm から、$I=8.309351\times10^{-8} \mathrm{m^4}$、$A=9.985600\times10^{-4} \mathrm{m^2}$、断面二次半径 $r=\sqrt{I/A}=9.122134\times10^{-3}$ m である。

長さ $L$ $P_{cr}$ 座屈応力 細長比 $L/r$
$1.0$ m $164.0$ kN $\mathbf{164.3}$ MPa $109.6$
$2.0$ m $41.0$ kN $41.1$ MPa $219.2$
$3.0$ m $18.2$ kN $\mathbf{18.3}$ MPa $328.9$

観察 2.2 材料も断面も一切変えていない。長さを $3$ 倍にしただけで、座屈応力が $\mathbf{9}$ 分の $1$ になった。$L^2$ に反比例するからである。

観察 2.3 降伏応力 $250$ MPa と比べる。$1$ m の柱は $164.3$ MPa で座屈するので、降伏する前に座屈する。$250$ MPa という数は、この柱については一度も出番が来ない。

3. 芯:同じ材料で限界が入れ替わる

設定:座屈応力は $\pi^2E/\lambda^2$($\lambda=L/r$)である。これが $\sigma_y$ と等しくなる細長さが、切り替わりの点である。

検算 3.1:

$$\lambda_c=\pi\sqrt{E/\sigma_y}=\pi\sqrt{200\times10^9/250\times10^6}=\pi\sqrt{800}=\mathbf{88.8577}$$

観察 3.2 この断面では $L_c=\lambda_c\cdot r=\mathbf{0.8106}$ m である。これより長ければ座屈が先、短ければ降伏が先、同じ材料の同じ断面で、壊れ方が入れ替わる。

検算 3.3:切り替わりの前後を並べる。

$L$ 細長比 座屈応力 先に来るのは
$0.5$ m $54.8$ $657.0$ MPa 降伏($250$ MPa)
$0.8106$ m $\mathbf{88.8577}$ $\mathbf{250.0}$ MPa ちょうど同着
$1.0$ m $109.6$ $164.3$ MPa 座屈
$3.0$ m $328.9$ $18.3$ MPa 座屈

観察 3.4 分離子、何を動かすと別物になるか。細長比だけである。$E$ も $\sigma_y$ も断面も動かしていない。動かしたのは長さ一つで、それで壊れ方の種類が変わった。

4. 三つ目の限界は、傷が決める

設定:グリフィスの条件は

$$\sigma_c=\sqrt{\frac{2E\gamma}{\pi a}}$$

である($a$ はき裂の長さ、$\gamma$ は表面エネルギー)。$\gamma=1.0 \mathrm{J/m^2}$ と置く。

検算 4.1:

傷の長さ $a$ 破壊応力 $\sigma_c$
$1 \mu$m $\mathbf{356.8}$ MPa
$10 \mu$m $112.8$ MPa
$100 \mu$m $35.7$ MPa
$1$ mm $\mathbf{11.3}$ MPa

観察 4.2 傷を $1000$ 倍にすると強度は $\mathbf{31.6228}$ 分の $1$ になる。これは $\sqrt{1000}=31.6228$ そのものである。平方根で効いている。

観察 4.3 目に見えない $10 \mu$m の傷が入っただけで、限界が $112.8$ MPa に落ちる。降伏応力 $250$ MPa の半分以下である。材料表には現れない量が、限界を決めている。

観察 4.4 正直に書くべき点、$\gamma=1.0 \mathrm{J/m^2}$ は置いた値である。実材料では塑性仕事が加わってはるかに大きくなる。本節の値は傷の効き方の形(平方根)を見るためのものであり、実際の破壊応力ではない。

5. 三つは競合せず、最も低いものが勝つ

検算 5.1:$L=3$ m、傷 $10 \mu$m の柱について、三つの上限を並べる。

限界 値 決めているもの
降伏 $250.0$ MPa 結晶($\sigma_y$)
破壊 $112.8$ MPa 傷($a=10 \mu$m)
座屈 $\mathbf{18.3}$ MPa 形($L=3$ m)
実際の限界 $\mathbf{18.3}$ MPa 三つのうち最も低いもの

観察 5.2 三つは競合しない。どれも「これを超えたら壊れる」と言っており、最も低いものが実際に効く。論理積であって、選択ではない。

観察 5.3 材料表に載っている $250$ MPa は、この柱では一番使われない数である。実際の限界 $18.3$ MPa との差は $\mathbf{13.66}$ 倍、「強度は $250$ MPa」と書いた紙は、この柱について何も言っていない。

検算 5.4:同じ材料で、形と傷を変えると勝者が入れ替わる。

$L$ 傷 $a$ 降伏 破壊 座屈
$0.5$ m なし $\mathbf{250.0}$ 、 $657.0$
$0.5$ m $1$ mm $250.0$ $\mathbf{11.3}$ $657.0$
$3.0$ m なし $250.0$ 、 $\mathbf{18.3}$
$3.0$ m $1 \mu$m $250.0$ $356.8$ $\mathbf{18.3}$

観察 5.5 四行で勝者が三通り変わる。材料は一度も変えていない。変えたのは長さと傷だけである。

6. 点呼と結び

  1. 壊れ方は三つ(第1節):座屈は形、破壊は傷、降伏は結晶。
  2. 長さ $3$ 倍で $9$ 分の $1$(検算2.1):$164.3$ から $18.3$ MPa。
  3. $250$ MPa の出番が来ない(観察2.3):降伏する前に座屈する。
  4. 切り替わりは $\lambda_c=88.8577$(検算3.1):この断面では $L=0.8106$ m。
  5. 同着の点がある(検算3.3):そこで座屈応力がちょうど $250.0$ MPa。
  6. 傷は平方根で効く(観察4.2):$1000$ 倍で $31.6228$ 分の $1$。
  7. 見えない傷が半分にする(観察4.3):$10 \mu$m で $112.8$ MPa。
  8. 最も低いものが勝つ(検算5.1):$250.0$、$112.8$、$18.3$ のうち $18.3$。
  9. 勝者が三通り入れ替わる(検算5.4):材料は変えていない。

結び:「この材料の強度は $250$ MPa である」という一文は、壊れる条件を決めていなかった。壊れ方が三つあり、それぞれ別のものが決めているからである。座屈は形、破壊は傷、降伏は結晶。三つは競合せず、最も低いものが実際の限界になる。同じ断面で長さを $3$ 倍にすれば座屈応力は $9$ 分の $1$ になり、$10 \mu$m の見えない傷が入れば破壊応力は降伏の半分以下に落ちる。材料表の $250$ MPa は、長さ $3$ m の柱については実際の限界の $\mathbf{13.66}$ 倍上にあり、一度も出番が来ない。分けるものは一つ、どの限界を数えているのかを書き出すこと。書き出せば、材料を替えるべき場面と、形を変えるべき場面と、傷を消すべき場面が分かれる。書き出さなければ、$18.3$ MPa で壊れる柱に、より強い鋼を探し続けることになる。

参考文献

  1. Euler, L. (1744). Methodus Inveniendi Lineas Curvas Maximi Minimive Proprietate Gaudentes. Lausanne.
  2. Griffith, A. A. (1921). The Phenomena of Rupture and Flow in Solids. Philosophical Transactions of the Royal Society A, 221.
  3. Timoshenko, S. P. and Gere, J. M. (1961). Theory of Elastic Stability, 2nd edition. New York: McGraw-Hill.
  4. Anderson, T. L. (2017). Fracture Mechanics: Fundamentals and Applications, 4th edition. Boca Raton: CRC Press.
  5. Ashby, M. F. and Jones, D. R. H. (2012). Engineering Materials 1, 4th edition. Oxford: Butterworth-Heinemann.
  6. Hill, R. (1950). The Mathematical Theory of Plasticity. Oxford: Clarendon Press.
  7. 山岸勇輝 (2026). 小平の柵は正値性ではなく、整数性である [論文173]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22094507
  8. 山岸勇輝 (2026). 「稀」は、対数の目盛りで測る [論文190]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22106182
  9. 山岸勇輝 (2026). 「圧力」は四つの別の量である [論文196]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22107518
  10. 山岸勇輝 (2026). 「完備」は四つの別の主張である [論文201]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22109052

作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。

書誌

山岸勇輝(2026)「「壊れる」は三つあり、強度では決まらない」[論文262]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22169671

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引用するとき

山岸勇輝 (2026). 「壊れる」は三つあり、強度では決まらない [論文262]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/262 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22169671

Yamagishi, Y. (2026). There Are Three Ways to Break, and Strength Does Not Decide Which [Paper 262]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/262; DOI: 10.5281/zenodo.22169671

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