要旨
「収益率」は足し算できる量に見える。本稿が問うのは、どの書き方なら足せるかである。答は、対数収益率だけである。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。
第一に、最小の例で確かめる。$+50\%$ のあと $-50\%$ は、単純収益率の和では $0\%$ だが、実際は $\mathbf{-25\%}$ である(第2節)。
第二に、これが本稿の芯である。対数収益率の和 $\ln1.5+\ln0.5=-0.287682$ を指数に戻すと $0.750000$、実測との差は $\mathbf{0}$ である(第2節)。
第三に、「平均」が三つの別の操作を指す。算術平均 $0\%$、幾何平均 $\mathbf{-13.3975\%}$、対数平均の指数 $-13.3975\%$(第3節)。
第四に、差は $\sigma^2/2$ で近似できる。$\pm50\%$ では $12.5\%$ 対 $13.3975\%$ で $7.18\%$ の誤差だが、$\pm1\%$ では比が $\mathbf{1.000025}$ になる(第4節)。
第五に、長い系列で効く。$\pm10\%$ を $50$ 回ずつで $\mathbf{-39.50\%}$、素朴な和は $0\%$ と答える(第5節)。
第六に、年率換算も足し算ではない。日次 $\sigma=1\%$ は年率 $\mathbf{15.8745\%}$ であり、$252$ 倍では $\mathbf{15.87}$ 倍の過大評価になる(第6節)。
射程(何を示さないか)
新しい数学定理も新しい法則も主張しない。単純収益率と対数収益率の関係、幾何平均、ボラティリティ・ドラッグ、$\sqrt{n}$ 則は、いずれも標準的である。金融理論を作らない。使うのは一つの対数と、一つの平方根だけである。価格を予測しない。将来の収益率も、期待値も一切扱わない。与えられた系列の合成規則だけを扱う。裾に入らない。論文190 が重い裾と大偏差を扱った。本稿は分布の形を一切仮定せず、足し算の可否だけを問う。$\sqrt{n}$ 則の前提を隠さない。第6節の $\sqrt{252}$ は各期の独立性を仮定している。相関があれば成り立たない。$\sigma^2/2$ を厳密だと言わない。第4節が示すとおり、$\pm50\%$ では $7.18\%$ ずれる。小さい変動での近似式である。投資助言をしない。どの平均を使うべきかは問いによる。本稿はどれが何を答えるかを分けるだけである。既刊との関係:論文194 は四つの平均が一つの族であり、等号の柵が一つしかないことを示した。あちらは一時点での不等式の構造、本稿は時間方向に合成したとき、どれが正しいかであり、同じ四つの平均を材料にして問いが直交している。論文132 は伊藤の $2$ が次元ではないと示した。本稿の $\sigma^2/2$ はその補正項そのものであり、第4節の収束表がそれを数で見せる。論文190 は「稀」を対数の目盛りで測った。本稿も対数に移してはじめて足せる。論文272 は同じ「二倍」が刺激の側で $6.70$ 倍ひらくことを示した。本稿もどの目盛りで足すかの問題である。加えたのは対数の和を指数に戻すと実測との差が $0$ になると確かめたこと、三つの「平均」を数で並べたこと、$\sigma^2/2$ が変動の縮小とともに比 $1.000025$ に収束する表を作ったこと、$\pm10\%$ を $50$ 回ずつで $-39.50\%$ になると計算したことである。
1. 記法と問い
設定:価格が $P_0$ から $P_1$ に動いたとき、二通りの書き方がある。
| 名前 | 定義 | 範囲 |
|---|---|---|
| 単純収益率 | $r=P_1/P_0-1$ | $[-1,\infty)$ |
| 対数収益率 | $\ell=\ln(P_1/P_0)$ | $(-\infty,\infty)$ |
問い:二期間つなげたとき、どちらが足せるか。
観察 1.1 価格の合成は掛け算である。$P_2/P_0=(P_1/P_0)(P_2/P_1)$。対数を取れば掛け算は足し算になる。答は式の形にすでに書いてある。本稿はそれを数で確かめる。
2. 芯:対数の和は、差が $0$ になる
検算 2.1:$+50\%$ のあと $-50\%$。
| やり方 | 計算 | 結果 |
|---|---|---|
| 単純収益率の和 | $+0.5000+(-0.5000)$ | $0.00\%$ 【間違い】 |
| 実際の倍率 | $1.5\times0.5$ | $0.7500=\mathbf{-25.00\%}$ |
| 対数収益率の和 | $+0.405465+(-0.693147)$ | $-0.287682$ |
| それを指数に戻す | $e^{-0.287682}$ | $\mathbf{0.750000}$ 【合う】 |
| 実測との差 | $\mathbf{0}$ |
観察 2.2 これが本稿の芯である。対数の和を指数に戻すと、実測との差が $\mathbf{0}$(計算機の丸め誤差も出ない)。近いのではなく、同じである。
観察 2.3 単純収益率の和は $25$ パーセントポイント外している。$0\%$ と $-25\%$ の違いは誤差ではなく、演算が違う。掛け算するべきものを足したのである。
観察 2.4 対数収益率が非対称であることに注意する。$+50\%$ は $\ln1.5=+0.405$、$-50\%$ は $\ln0.5=-0.693$、同じ「$50\%$」でも、対数では $1.71$ 倍の違いがある。下げのほうが重いのは、$-100\%$ が $-\infty$ に対応するからである。
3. 「平均」が三つの別の操作を指す
検算 3.1:同じ二期間について、三つの「平均」を計算する。
| 平均 | 計算 | 値 |
|---|---|---|
| 算術平均(単純収益率) | $(0.5-0.5)/2$ | $\mathbf{0.0000\%}$ |
| 幾何平均(実際の成長) | $\sqrt{1.5\times0.5}-1$ | $\mathbf{-13.3975\%}$ |
| 対数収益率の平均 | $(-0.287682)/2=-0.143841$ | |
| それを指数に戻す | $e^{-0.143841}-1$ | $\mathbf{-13.3975\%}$ |
| 下二つの差 | $1.11\times10^{-16}$ |
観察 3.2 幾何平均と、対数平均を指数に戻したものは同じである。差は $10^{-16}$、すなわち計算機の丸め、幾何平均は対数の算術平均である。
観察 3.3 算術平均だけが $0\%$ と答える。差は $\mathbf{13.3975}$ パーセントポイント、どちらも「平均収益率」と呼ばれる。
観察 3.4 論文194 は四つの平均が一つの族であり、等号の柵が一つしかないことを示した。あちらは一時点での不等式の構造である。本稿は時間方向に合成したとき、どれが正しい答を返すかを問う。同じ四つの平均を材料にして、問いが直交している。
観察 3.5 分離子、どちらが正しいかは問いによる。「次の一期の期待値」を問うなら算術平均、「$n$ 期後にいくらになったか」を問うなら幾何平均である。どちらも正しく、答える問いが違う。
4. 差は $\sigma^2/2$ で近似でき、小さい変動で厳密に近づく
設定:算術平均と幾何平均の差は「ボラティリティ・ドラッグ」と呼ばれ、$\sigma^2/2$ で近似される。
検算 4.1:$\pm50\%$ で確かめる。
| 量 | 値 |
|---|---|
| 単純収益率の標準偏差 $\sigma$ | $0.500000$ |
| $\sigma^2/2$ | $0.125000=12.5000\%$ |
| 実測のドラッグ(算術 $-$ 幾何) | $0.133975=\mathbf{13.3975\%}$ |
| 比 | $\mathbf{1.0718}$(近似式は $7.18\%$ の誤差) |
検算 4.2:変動の大きさを $\pm x$ として、比がどう動くかを見る。
| $\pm x$ | 実測ドラッグ | $\sigma^2/2=x^2/2$ | 比 |
|---|---|---|---|
| $0.500$ | $0.13397460$ | $0.12500000$ | $1.071797$ |
| $0.200$ | $0.02020410$ | $0.02000000$ | $1.010205$ |
| $0.100$ | $0.00501256$ | $0.00500000$ | $1.002513$ |
| $0.050$ | $0.00125078$ | $0.00125000$ | $1.000626$ |
| $0.020$ | $0.00020002$ | $0.00020000$ | $1.000100$ |
| $\mathbf{0.010}$ | $0.00005000$ | $0.00005000$ | $\mathbf{1.000025}$ |
観察 4.3 $x$ を $50$ 分の一にすると、比が $1.0718$ から $\mathbf{1.000025}$ になる。$\sigma^2/2$ は小さい変動の極限で厳密になる。これが伊藤の補正項の形である。
観察 4.4 論文132 は伊藤の $2$ が次元ではないと示した。この表はその $2$ が現れる場所を数で見せている。$x^2/2$ の $2$ は、テイラー展開の二次の項から来ており、空間の次元とは関係がない。
観察 4.5 正直に書くべき点、$\pm50\%$ では $\sigma^2/2$ は $7.18\%$ ずれる。暴落を含む系列に使えば系統的に過小評価する。近似式であることを忘れてはいけない。
5. 長い系列で効く
検算 5.1:$+10\%$ と $-10\%$ を $50$ 回ずつ、合計 $100$ 期。
| やり方 | 結果 |
|---|---|
| 単純収益率の和 | $0\%$ 【間違い】 |
| 実際の倍率 | $\mathbf{0.60500607}=\mathbf{-39.4994\%}$ |
| 対数の和 $50(\ln1.1+\ln0.9)$ | $-0.50251679$ |
| それを指数に戻す | $\mathbf{0.60500607}$ 【合う】 |
| 一期あたり幾何平均 | $-0.501256\%$ |
| $\sigma^2/2$(一期あたり) | $0.500000\%$ |
観察 5.2 $100$ 期で $\mathbf{-39.50\%}$ である。単純収益率の和は $0\%$ と答える。損失の $39.5$ パーセントポイントが、丸ごと見えなくなる。
観察 5.3 一期あたりの幾何平均 $-0.501256\%$ が、$\sigma^2/2=0.500000\%$ と三桁一致している。$\pm10\%$ は小さいので近似がよく効く。第4節の表が予言したとおりである。
観察 5.4 そしてこの $-39.5\%$ は、上がりと下がりが同じ回数起きた結果である。「五分五分なら差し引きゼロ」という直観が、$39.5$ パーセントポイント外している。変動そのものが費用である。
6. 年率換算も、足し算ではない
設定:各期が独立なら、分散が足し算になる。したがって標準偏差は $\sqrt{n}$ 倍である。
検算 6.1:日次 $\sigma=1\%$ から。
| 期間 | 営業日 $n$ | $\sigma\sqrt{n}$ |
|---|---|---|
| 週 | $5$ | $2.2361\%$ |
| 月 | $21$ | $4.5826\%$ |
| 年 | $252$ | $\mathbf{15.8745\%}$ |
観察 6.2 年率は $\mathbf{15.8745\%}$ であって、$252\%$ ではない。素朴に $252$ 倍すると $252\%$ となり、$\mathbf{15.8745}$ 倍の過大評価になる。$252/\sqrt{252}=\sqrt{252}$ だからである。
観察 6.3 ここでも「足せるのは何か」が問題である。足せるのは分散であって、標準偏差ではない。収益率では対数が足せ、ばらつきでは分散が足せる。
観察 6.4 正直に書くべき点、$\sqrt{n}$ 則は各期の独立性を仮定している。相関があれば成り立たない。独立性は前提であって、観測された事実ではない。
観察 6.5 分離子、何を動かすと足せるようになるか。目盛りである。
| 量 | 合成の規則 | 足せる書き方 |
|---|---|---|
| 収益率 | 掛け算 | 対数 |
| ばらつき | 二乗の和 | 分散 |
観察 6.6 どちらも「元の量そのものは足せない」。足せる目盛りに移してから足し、最後に戻す。論文190 が「稀」を対数で測ったのと同じ手続きである。
7. 点呼と結び
- $+50\%$ と $-50\%$ で $-25\%$(検算2.1):単純和は $0\%$。
- 対数の和は差が $0$(検算2.1):丸め誤差も出ない。
- $\ln1.5$ と $\ln0.5$ で $1.71$ 倍(観察2.4):下げのほうが重い。
- 幾何平均 $-13.3975\%$(検算3.1):算術平均は $0\%$。
- 幾何 $=$ 対数平均の指数(観察3.2):差 $1.11\times10^{-16}$。
- $\pm50\%$ で $\sigma^2/2$ は $7.18\%$ ずれる(検算4.1):近似式。
- $\pm1\%$ で比 $1.000025$(検算4.2):伊藤の補正項の形。
- $100$ 期で $-39.4994\%$(検算5.1):和は $0\%$ と答える。
- 一期あたり $-0.501256\%$(検算5.1):$\sigma^2/2=0.5\%$ と三桁一致。
- 年率 $15.8745\%$(検算6.1):$252$ 倍は $15.87$ 倍の過大評価。
結び:収益率は足せない。足せるのは対数だけである。$+50\%$ のあと $-50\%$ は、単純収益率の和では $0\%$ だが実際は $\mathbf{-25\%}$であり、対数の和 $-0.287682$ を指数に戻すと $0.750000$ で、実測との差は $\mathbf{0}$ になる。「平均」という一語も三つの操作を指す。算術平均 $0\%$、幾何平均 $\mathbf{-13.3975\%}$、そして幾何平均は対数の算術平均に他ならない(差 $10^{-16}$)。その差は $\sigma^2/2$ で近似でき、変動を $\pm50\%$ から $\pm1\%$ に縮めると比が $1.0718$ から $\mathbf{1.000025}$ になる。伊藤の補正項の形が、数の上に現れる。そして長い系列で効く。$\pm10\%$ を $50$ 回ずつ、上げと下げが同じ回数なのに $\mathbf{-39.4994\%}$ であり、単純な和は $0\%$ と答える。分けるものは一つ、その量の合成が掛け算か、足し算か。掛け算なら対数に移してから足す。ばらつきなら分散に移してから足す。移さずに足したものは、収益率でも平均でもない。
参考文献
- Ito, K. (1951). On Stochastic Differential Equations. Memoirs of the American Mathematical Society, 4.
- Fernholz, R. and Shay, B. (1982). Stochastic Portfolio Theory and Stock Market Equilibrium. The Journal of Finance, 37(2).
- Campbell, J. Y., Lo, A. W. and MacKinlay, A. C. (1997). The Econometrics of Financial Markets. Princeton: Princeton University Press.
- Hull, J. C. (2018). Options, Futures, and Other Derivatives. New York: Pearson.
- Kelly, J. L. (1956). A New Interpretation of Information Rate. Bell System Technical Journal, 35(4).
- 山岸勇輝 (2026). 伊藤の $2$ は、次元ではない [論文132]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22080358
- 山岸勇輝 (2026). 「稀」は、対数の目盛りで測る [論文190]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22106182
- 山岸勇輝 (2026). 四つの平均は一つの族であり、等号の柵は一つしかない [論文194]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22106809
- 山岸勇輝 (2026). 同じ「2 倍に感じる」が、刺激の側では 6.70 倍ひらく [論文272]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22169965
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「足せるのは対数だけである」[論文292]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22171519
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 足せるのは対数だけである [論文292]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/292 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22171519
Yamagishi, Y. (2026). Only the Logarithm Adds [Paper 292]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/292; DOI: 10.5281/zenodo.22171519
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