【論文307】「適応度」は四つあり、そのうち一つは集団を変えると符号まで変わる

要旨

「適応度が高い」という一文は、四つの別の量のどれかを指している。本稿が問うのは、その四つは同じ振舞いをするかである。答は、一つだけが集団に依存するである。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。

第一に、四つある。絶対適応度 $W$、相対適応度 $w$、マルサス係数 $m$、包括適応度である(第2節)。

第二に、これが本稿の芯である。同じ個体の $W$ が $2.0$、$m$ が $+0.693147$ のまま変わらないのに、$w$ だけが $1.3333$ から $0.8000$ へ落ちる(第3節)。

第三に、符号まで変わる。$w=1$ を境に有利・不利が決まるので、同じ個体が有利から不利になる(第3節)。

第四に、世代をまたぐと足せるのは対数だけである。$W$ の算術平均は $1.25$ だが、実際の $4$ 世代後は $\mathbf{1.000000}$ 倍である(第4節)。

第五に、包括適応度は数える対象が違う。ハミルトン則で、兄弟 $2$ 人といとこ $8$ 人がどちらも $1.0$になる(第5節)。

第六に、分離子は「何で割ったか」である(第6節)。

射程(何を示さないか)

新しい数学定理も新しい法則も主張しない。絶対適応度、相対適応度、マルサス係数、包括適応度、ハミルトン則は、いずれも標準的である。進化生物学を作らない。使うのは一つの割り算と、一つの対数だけである。適応度を測らない。実際の生物で $W$ をどう推定するかは一切扱わない。定義の間の関係だけを扱う。自然選択の理論を論じない。プライス方程式にも、集団遺伝学の動態にも立ち入らない。数値は作った例である。第3節の $W=2.0$、$1.0$、$3.0$ は構造を見せるために置いた数であり、実測ではない。ハミルトン則の適用を主張しない。血縁度 $r$ の定義にも、包括適応度の測り方にも議論がある。本稿は $rB>C$ という不等式の形だけを使う。人間に当てはめない。行動の説明としては使わない。定義の点呼である。既刊との関係:論文292 は足せるのは対数だけだと示した。本稿のマルサス係数はまさにその対数であり、別の分野に同じ構造が立っている。論文240 は「質量」が七つあり、一つは押す向きで変わると数えた。本稿の「適応度」は四つあり、一つは周りで変わる。論文112 は「同じ韻を踏む六つの別根」を数えた。本稿も一語の下の複数である。論文194 は四つの平均が一つの族だと示した。本稿の第4節はその族のどれを使うかで答が変わる場合である。加えたのは四つを「集団に依存するか」で分けたこと、同じ個体の $w$ が $1.3333$ から $0.8000$ へ落ち符号が変わると計算したこと、$W$ の算術平均 $1.25$ に対し実際が $1.000000$ 倍だと示したこと、ハミルトン則で兄弟 $2$ 人といとこ $8$ 人が同じ $1.0$ になると確かめたことである。

1. 四つの「適応度」

検算 1.1:

名前 定義 単位 集団に依存するか
絶対適応度 $W$ 個体あたりの次世代個体数 個体数 しない
相対適応度 $w$ $w=W/\bar W$ 無次元 する
マルサス係数 $m$ $m=\ln W$ $1/$時間 しない
包括適応度 自分 $+$ 血縁 $\times$ 血縁度 個体数 誰を数えるかが違う

観察 1.2 右端の列で、二行目だけが「する」である。そして四行目は質問そのものが違う。同じ「適応度が高い」という一文が、四つを覆っている。

問い:四つの違いは、実際にどれだけの大きさか。

2. 芯:同じ個体が、周りを変えるだけで有利から不利になる

設定:個体「甲」の絶対適応度を $W=2.0$ とする。周りだけを入れ替える。

検算 2.1:

集団 相手の $W$ $\bar W$ 甲の $w=W/\bar W$ 甲の $m=\ln W$
A $1.0$ $1.5000$ $\mathbf{1.3333}$ $+0.693147$
B $3.0$ $2.5000$ $\mathbf{0.8000}$ $+0.693147$

観察 2.2 これが本稿の芯である。甲の $W$ は $2.0$ のまま、$m$ も $+0.693147$ のまま、ところが $w$ だけが $\mathbf{0.6000}$ 倍に落ちる。

観察 2.3 甲は何も変わっていない。産む子の数も、生きる長さも同じ、変わったのは周りだけである。

検算 2.4:符号を見る。相対適応度は $w=1$ を境に有利・不利が決まる。

集団 甲の $w$ 判定
A $1.3333$ 有利($w>1$)
B $0.8000$ 不利($w<1$)

観察 2.5 同じ個体が、有利から不利へ変わった。「甲は適応度が高い」という文は、集団を言わなければ真偽が決まらない。絶対適応度で言えば決まるのに、相対適応度で言うと決まらない。

観察 2.6 これは欠陥ではない。自然選択が実際に見ているのは相対適応度のほうである。周りより多く残せるかが、頻度を動かす。だからこそ、どちらの意味で言ったかを分けねばならない。

3. 世代をまたぐと、足せるのは対数だけである

設定:ある系統が $4$ 世代にわたって $W=2.0,\ 0.5,\ 2.0,\ 0.5$ を経験する。

検算 3.1:

やり方 結果
$W$ の算術平均 $1.2500$(増えるように見える)
実際の倍率(積) $\mathbf{1.000000}$
$m=\ln W$ の和 $0.000000$
それを指数に戻す $\mathbf{1.000000}$(合う)

観察 3.2 $W$ の算術平均は $1.25>1$ なので増えるように見える。実際は $\mathbf{1.000000}$ 倍、すなわち増えていない。論文292 が収益率について示したのと、まったく同じ誤りである。

観察 3.3 マルサス係数 $m=\ln W$ なら足せる。和が $0.000000$、指数に戻して $1.000000$、世代の合成は掛け算だから、対数に移してはじめて足せる。

観察 3.4 したがって $m$ が時間の単位を持つ理由も分かる。$W$ は倍率(無次元)だが、$m=\ln W$ は単位時間あたりの増加率である。足せる量は、率である。

観察 3.5 論文194 は四つの平均が一つの族だと示した。ここではどれを使うかで答が $1.25$ にも $1.000$ にもなる。幾何平均が正しく、算術平均は別の問いに答えている。

4. 包括適応度は、数える対象が違う

設定:ハミルトン則は、血縁度 $r$、利益 $B$、費用 $C$ で $rB>C$ のとき助けが進化するという。

検算 4.1:$B=3.0$、$C=1.0$ として。

血縁 血縁度 $r$ $rB$ $rB>C$ か
兄弟 $0.500$ $1.500$ はい
甥・姪 $0.250$ $0.750$ いいえ
いとこ $0.125$ $0.375$ いいえ
他人 $0.000$ $0.000$ いいえ

検算 4.2:ホールデンの言葉を検算する。「兄弟 $2$ 人か、いとこ $8$ 人のためなら命を捨てる」。

人数 $\times$ 血縁度 合計
兄弟 $2\times0.5$ $\mathbf{1.0}$
いとこ $8\times0.125$ $\mathbf{1.0}$

観察 4.3 どちらもちょうど $1.0$ である。自分一人分と等しい。ホールデンの言葉は、比喩ではなく計算だった。

観察 4.4 包括適応度は、$W$・$w$・$m$ と比べる対象が違う。三つは自分の子だけを数え、包括適応度は血縁の子も血縁度で重みをつけて数える。単位は同じ(個体数)だが、数えている集合が違う。

観察 4.5 正直に書くべき点、血縁度の定義にも、包括適応度の測り方にも議論がある。本稿は$rB>C$ という不等式の形だけを使う。どの定義が正しいかは扱わない。

5. 分離子:何で割ったか

観察 5.1 分離子、四つを分けているのは何か。何で割ったか、そして何を数えたかである。

何で割ったか 何を数えたか
絶対適応度 $W$ 割っていない 自分の子
相対適応度 $w$ 集団平均 $\bar W$ 自分の子
マルサス係数 $m$ 割らず、対数を取った 自分の子
包括適応度 割っていない 自分の子 $+$ 血縁の子

観察 5.2 集団に依存するのは、集団平均で割ったものだけである。当然に見えるが、当然であることが本稿の要点である。依存は割り算から入っており、生物の性質から入っているのではない。

観察 5.3 論文240 は「質量」が七つあり、一つは押す向きで変わると数えた。本稿の「適応度」は四つあり、一つは周りで変わる。どちらも「その量だけを見ても値が決まらない」場合である。

観察 5.4 そしてどれが正しいかは問いによる。

問い 使うべき量
この個体は何匹残すか 絶対適応度 $W$
この形質の頻度は増えるか 相対適応度 $w$
$n$ 世代後に何倍になるか マルサス係数 $m$(足せる)
助ける行動は進化するか 包括適応度

観察 5.5 四行とも正しい。答える問いが違うだけである。「適応度が高い」とだけ言えば、四つのどれかが分からない。

6. 点呼と結び

  1. 四つある(検算1.1):集団に依存するのは一つだけ。
  2. 甲の $W$ は $2.0$ のまま(検算2.1):$m$ も $+0.693147$ のまま。
  3. $w$ は $1.3333\to0.8000$(検算2.1):$0.6000$ 倍。
  4. 有利から不利へ(検算2.4):同じ個体が。
  5. $W$ の算術平均 $1.25$(検算3.1):実際は $1.000000$ 倍。
  6. $m$ の和は $0.000000$(検算3.1):指数に戻すと合う。
  7. 兄弟なら $rB=1.500$(検算4.1):いとこは $0.375$。
  8. 兄弟 $2$ 人といとこ $8$ 人が $1.0$(検算4.2):ホールデンは計算だった。
  9. 依存は割り算から入る(観察5.2):生物の性質からではない。
  10. 四つとも正しい(観察5.5):答える問いが違う。

結び:「適応度が高い」という一文は、四つの別の量のどれかを指している。絶対適応度 $W$、相対適応度 $w$、マルサス係数 $m$、包括適応度である。そして一つだけが集団に依存する。ある個体の $W$ が $2.0$、$m$ が $+0.693147$ のまま変わらないのに、周りを入れ替えるだけで $w$ が $\mathbf{1.3333}$ から $\mathbf{0.8000}$ へ落ちる。$w=1$ が境なので、同じ個体が有利から不利になる。その個体は何一つ変わっていない。世代をまたぐとまた別の落とし穴がある。$W$ の算術平均は $1.25$ で増えるように見えるのに、実際の $4$ 世代後は $\mathbf{1.000000}$ 倍である。足せるのは対数(マルサス係数)だけであり、これは論文292 が収益率について示したのと同じ構造である。包括適応度はさらに数える集合が違う。ハミルトン則で、兄弟 $\mathbf{2}$ 人といとこ $\mathbf{8}$ 人がどちらもちょうど $\mathbf{1.0}$ になる。分けるものは一つ、何で割ったか、そして何を数えたか。集団に依存するのは、集団平均で割ったものだけである。依存は割り算から入っており、生物の性質から入っているのではない。

参考文献

  1. Fisher, R. A. (1930). The Genetical Theory of Natural Selection. Oxford: Clarendon Press.
  2. Haldane, J. B. S. (1932). The Causes of Evolution. London: Longmans, Green.
  3. Hamilton, W. D. (1964). The Genetical Evolution of Social Behaviour I, II. Journal of Theoretical Biology, 7(1).
  4. Price, G. R. (1970). Selection and Covariance. Nature, 227(5257).
  5. Crow, J. F. and Kimura, M. (1970). An Introduction to Population Genetics Theory. New York: Harper and Row.
  6. 山岸勇輝 (2026). 割り当てられた領域と、その中の自由、同じ韻を踏む六つの別根のセンサス [論文112]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21962834
  7. 山岸勇輝 (2026). 四つの平均は一つの族であり、等号の柵は一つしかない [論文194]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22106809
  8. 山岸勇輝 (2026). 「質量」は七つあり、そのうち一つは負になり、一つは押す向きで変わる [論文240]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22129765
  9. 山岸勇輝 (2026). 足せるのは対数だけである [論文292]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171519

作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。

書誌

山岸勇輝(2026)「「適応度」は四つあり、そのうち一つは集団を変えると符号まで変わる」[論文307]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22172235

YOI 307第1版・2026年8月ビットコインに記録済み

日付の証拠(OpenTimestamps):日本語版の .ots・英語版の .ots・SHA256SUMS

予備の置き場所(ミラー。中身は上と同じです):PDF 日本語・PDF English・SHA256SUMS

住所:https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/307・DOI 10.5281/zenodo.22172235・CC BY 4.0・プレプリント(査読を経ていません)・ORCID 0009-0006-8587-3450

引用するとき

山岸勇輝 (2026). 「適応度」は四つあり、そのうち一つは集団を変えると符号まで変わる [論文307]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/307 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22172235

Yamagishi, Y. (2026). “Fitness” Is Four Quantities, and One of Them Changes Sign When the Population Changes [Paper 307]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/307; DOI: 10.5281/zenodo.22172235

@misc{yamagishi2026yoi307,
  author = {Yamagishi, Yuuki},
  title = {``Fitness'' Is Four Quantities, and One of Them Changes Sign When the Population Changes},
  year = {2026},
  howpublished = {YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/307},
  doi = {10.5281/zenodo.22172235},
  note = {Preprint, edition 1}
}
指紋(SHA-256)と確かめ方
bb9bbf65e4889f614bf77ff696278044df5b0a4f9241bdd3e13a237e48940964 yamagishi_yoi307_v1_jp.pdf
4f17c01b54e1af8819c223ddbe83069da8788b17fc2e556b225f536993d86eaa yamagishi_yoi307_v1_en.pdf

PDF と .ots を同じ場所に保存し、opentimestamps.org に .ots、続けて PDF を落とすと、記録された日時が表示されます。PDF が 1 バイトでも変わっていれば通りません。