要旨
空気は温度で密度が変わり、光はその中で曲がる。本稿が問うのは、どれだけの温度勾配があれば、光が地球の丸みに沿うかである。答は、標準大気の $\mathbf{20.2078}$ 倍で、向きが逆である。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。
第一に、要るのは $\mathbf{+0.131351}$ K/m、すなわち高さとともに気温が上がる逆転層である(第3節)。
第二に、これが本稿の芯である。標準大気は $-0.006500$ K/m で気温が下がるので、向きが逆である(第3節)。
第三に、屈折率を動かしているのは温度だけではない。高さとともに気圧が下がる効果のほうが大きく、尺度高さは $8434.4$ m である(第2節)。
第四に、標準大気でも光は少し曲がる。屈折係数は $\mathbf{0.1671}$ で、通説の 約 $0.13$ に入る(第2節)。
第五に、勾配が $+1$ K/m あれば、曲率半径は地球半径の $0.1600$ 倍になる(第3節)。
第六に、分離子は「気温が上がるか、下がるか」である(第5節)。
射程(何を示さないか)
新しい数学定理も新しい法則も主張しない。空気の屈折率が密度に比例すること、静水圧平衡、屈折係数、逆転層はいずれも標準的である。気象学を作らない。逆転層がどうやってできるか、放射冷却や海面の温度差には立ち入らない。触れるにとどめる。光線追跡をしない。一様な勾配のもとでの曲率半径だけを見る。実際の蜃気楼は勾配が高さで変わる場所に起きる。像の形を計算しない。上位蜃気楼と下位蜃気楼の見え方、倒立像の枚数には入らない。湿度を扱わない。乾燥空気とする。水蒸気の効果は主題にしない。観測記録を扱わない。特定の日時・場所の蜃気楼は主題にしない。既刊との関係:論文325 は虹の角度に水滴の大きさが入っていないと示した。そこでは大きさが入らず、ここでは温度勾配だけがすべてを決める。どちらも「何が式に入るか」を数える。論文328 は光行差が距離に依らないと示した。そこでも本稿でも、大気や運動が像の位置を動かしている。論文340 は最短の道が航海者の道でないと示した。そこで扱った水平線の見え方は、本稿の屈折係数がそのまま効く場所である。論文300 は同根か別根かは判定できると示した。本稿の温度による寄与と気圧による寄与は、判定に掛ければ別根である。加えたのは気圧の寄与と温度の寄与を分けて数で出したこと、必要な勾配が逆転層であることを符号つきで示したこと、標準大気の屈折係数を計算して通説と照らしたこと、分離子を「気温が上がるか下がるか」に置いたことである。
1. 記法と問い
設定:空気の屈折率 $n$ は、$n-1$ が密度に比例する。乾燥空気の $15$ ℃・$1$ 気圧で $n-1=2.732600\times10^{-4}$ である。密度は $P/T$ に比例するので
$$\frac{d(n-1)}{dh}=(n-1)\Bigl[\frac{1}{P}\frac{dP}{dh}-\frac{1}{T}\frac{dT}{dh}\Bigr]$$
となる。
観察 1.1 右辺には二つの項がある。気圧が高さとともに下がる項と、気温が高さとともに変わる項である。どちらも屈折率を動かすが、大きさが違う。
観察 1.2 屈折率が高さ方向に変わると、光線は曲がる。曲率半径は $R=1/|dn/dh|$ である。この $R$ が地球半径に等しくなれば、光は地面に沿って進む。
観察 1.3 本稿の測り方を先に固定する。$T=288.15$ K、乾燥空気、静水圧平衡とし、$dT/dh$ は上がるとき正と書く。符号を先に決めておかないと、答の向きが読めない。
問い:どれだけの温度勾配があれば、光が地球の丸みに沿うのか。
2. 屈折率を動かしているのは、主に気圧である
検算 2.1:二つの項を分けて計算する(本稿で計算)。
| 項 | 式 | 値 |
|---|---|---|
| 気圧の尺度高さ | $H=R_sT/g$ | $\mathbf{8434.4}$ m |
| 気圧の項 | $-1/H$ | $-1.185617\times10^{-4}$ /m |
| 温度の項(標準大気) | $-(dT/dh)/T$ | $+2.255770\times10^{-5}$ /m |
観察 2.2 気圧の項が温度の項の $5.2559$ 倍ある。標準大気の減率のもとでは、光を曲げているものの多くは、気温ではなく気圧である。
観察 2.3 そして二つの符号が逆である。気圧は高さとともに下がって $n$ を下げ、標準大気の気温も下がって $n$ を上げる。打ち消し合っている。それでも気圧が勝つ。
検算 2.4:標準大気での光線の曲率と、屈折係数を出す(本稿で計算)。
| 量 | 値 |
|---|---|
| 標準大気での光線の曲率半径 | $38118.4$ km |
| 地球半径 | $6371.0$ km |
| 屈折係数 $k=$ 地球曲率/光線曲率 | $\mathbf{0.1671}$ |
観察 2.5 自己検査、屈折係数 $0.1671$ は、測量で使われる通説の 約 $0.13$ と同じ桁に入る。最初、温度の項だけで計算したところ $0.0393$ となり、通説と一桁近く外れた。気圧の項を落としていたためである。この検査が無ければ、本稿は誤った値を載せていた。
観察 2.6 $k=0.1671$ は、何もしなくても光が少し下向きに曲がることを意味する。だから水平線は、幾何だけで計算するより少し遠くに見える。論文340 が扱った海の水平線には、この効果がそのまま乗っている。
3. 芯:要るのは逆転層である
検算 3.1:曲率半径が地球半径に等しくなる $dT/dh$ を解く(本稿で計算)。
| 量 | 値 |
|---|---|
| 必要な $dT/dh$ | $\mathbf{+0.131351}$ K/m |
| 標準大気の $dT/dh$ | $-0.006500$ K/m |
| 大きさの比 | $\mathbf{20.2078}$ 倍 |
| 向き | 逆 |
観察 3.2 これが本稿の芯である。符号が正である。高さとともに気温が上がらなければならない。標準大気は下がるので、向きが逆である。
観察 3.3 $+0.131351$ K/m は、一メートル上がるごとに $0.13$ 度暖かくなるということである。目の高さの $1.7$ m で $0.2233$ 度、数字としては小さいが、標準大気の $20.2078$ 倍の急さである。
検算 3.4:勾配ごとの曲率半径を並べる(本稿で計算)。
| $dT/dh$ [K/m] | 曲率半径 [km] | 地球半径との比 |
|---|---|---|
| $-0.006500$(標準大気) | $38118.4$ | $5.9831$ |
| $0.000000$(等温) | $30865.9$ | $4.8448$ |
| $+0.050000$ | $12529.1$ | $1.9666$ |
| $+0.100000$ | $7859.7$ | $1.2337$ |
| $\mathbf{+0.131351}$ | $\mathbf{6371.0}$ | $\mathbf{1.0000}$ |
| $+0.300000$ | $3155.6$ | $0.4953$ |
| $+1.000000$ | $1019.7$ | $0.1600$ |
観察 3.5 等温でも曲率半径は地球半径の $4.8448$ 倍である。気温を一切変えなくても、気圧だけで光は曲がる。温度勾配はゼロから始まるのではなく、既にある曲がりに足し引きしている。
観察 3.6 $+1$ K/m あれば、曲率半径は地球半径の $0.1600$ 倍になる。光が地球より急に曲がる。このとき地平線より下の物が浮き上がって見え、上位蜃気楼になる。
観察 3.7 逆に気温が急に下がる場合(地面が熱いとき)、光は上向きに曲がる。$dT/dh$ が大きく負になると $dn/dh$ の符号が変わる。これが逃げ水(下位蜃気楼)で、空が地面に映って見える。同じ式の、符号の反対側である。
4. 同じ式が、二種類の蜃気楼を作る
観察 4.1 一つの式の中で、$dT/dh$ の符号だけが二つの現象を分けている。
| $dT/dh$ | 光の曲がる向き | 見えるもの | |
|---|---|---|---|
| 上位蜃気楼 | 大きく正(逆転層) | 下向きに強く | 地平線の下の物が浮く |
| 標準大気 | $-0.0065$ | 下向きに弱く | 水平線が少し遠い |
| 下位蜃気楼 | 大きく負(地面が熱い) | 上向き | 逃げ水 |
観察 4.2 三つは別の現象ではない。同じ $dn/dh$ の、値と符号が違うだけである。論文300 の基準に当てれば同根であり、分けているのは一つの数の符号である。
観察 4.3 ただし気圧の項と温度の項は、別根である。気圧の項は静水圧平衡から、温度の項は熱の分布から出る。片方を動かしても他方は動かない。同じ $dn/dh$ に二つの独立な入口がある。
観察 4.4 正直に書くべき点、本稿は勾配が一様だと仮定している。実際の蜃気楼は、勾配が高さとともに急に変わる薄い層で起きる。倒立像が現れるのはそのためで、一様な勾配では像は歪むだけで反転しない。本稿の数は「どれだけ急なら地球に沿うか」の目安であって、像の形の説明ではない。
観察 4.5 論文325 との位置関係。325 は虹の角度に水滴の大きさが入らないと書いた。本稿は逆で、温度勾配という一つの量がすべてを決める。入らない場合と、それしか入らない場合の対である。
5. 分離子:気温が上がるか、下がるか
観察 5.1 分離子、高さとともに気温が上がるか、下がるか。
| 符号 | 屈折率の勾配 | 起きること | |
|---|---|---|---|
| 逆転層 | $dT/dh>0$ | 強く負 | 光が地球に沿う |
| 通常の減率 | $dT/dh<0$ | 弱く負 | 水平線がやや遠い |
観察 5.2 分離子は、空気の側にも光の側にもない。同じ空気、同じ光、同じ式である。差を作っているのは、どちらが暖かいかという配置だけである。
観察 5.3 分離子は動かせる。冷たい海面の上に暖かい空気が乗れば逆転層ができ、熱い舗装の上なら逆になる。同じ日に、海では上位蜃気楼が、道路では逃げ水が起きうる。
観察 5.4 必要な急さは、日常の感覚では大きい。$0.131351$ K/m は、$10$ m 上がるだけで $1.3135$ 度暖かくなるということである。そういう層は、海面や雪面の上でしか安定して作れない。蜃気楼が特定の場所に偏るのはそのためである。
観察 5.5 正直に書くべき点、本稿は「地球に沿う」という一点だけを基準にした。実際の蜃気楼はそこまで急でなくても見える。$+0.131351$ K/m は蜃気楼の閾値ではなく、光が地面と平行に走る特別な値である。
観察 5.6 最後に一つ、標準大気でも $k=0.1671$ だけ曲がっている。つまり我々が普段見ている水平線は、既に屈折で持ち上げられた像である。蜃気楼が特別なのではなく、屈折が無い日が無いだけである。
6. 点呼と結び
- 必要な勾配は $+0.131351$ K/m(検算3.1):気温が上がる向き。
- 標準大気の $20.2078$ 倍で向きが逆(検算3.1):標準は $-0.006500$ K/m。
- 気圧の尺度高さは $8434.4$ m(検算2.1):気圧の項が温度の項の $5.2559$ 倍。
- 標準大気の屈折係数 $k=0.1671$(検算2.4):通説 約 $0.13$ と同じ桁。
- 温度だけで計算すると $0.0393$(観察2.5):最初これで外した。
- 等温でも地球半径の $4.8448$ 倍(検算3.4):気圧だけで曲がる。
- $+1$ K/m で $0.1600$ 倍(検算3.4):地球より急に曲がる。
- 符号を変えると逃げ水になる(観察3.7):同じ式の反対側。
- 気圧の項と温度の項は別根(観察4.3):独立な二つの入口。
- 水平線は既に屈折で持ち上げられている(観察5.6):屈折が無い日は無い。
結び:空気の屈折率は密度に比例し、密度は $P/T$ に比例するので、屈折率の高さ方向の勾配には気圧の項と温度の項の二つがある。そして標準大気では、気圧の項が温度の項の $5.2559$ 倍ある。光を曲げているものの多くは、気温ではなく気圧である。そのため標準大気でも光は少し曲がっている。曲率半径 $38118.4$ km、屈折係数 $k=\mathbf{0.1671}$ で、測量で使われる通説の 約 $0.13$ と同じ桁である。最初、温度の項だけで計算して $0.0393$ を得たが、これは気圧の項を落としていたためで、一桁近く外れていた。光が地球の丸みに沿うには、$dT/dh=\mathbf{+0.131351}$ K/m が要る。符号が正である。高さとともに気温が上がらなければならない。標準大気は $-0.006500$ K/m で下がるので、大きさで $\mathbf{20.2078}$ 倍、そして向きが逆である。一メートル上がるごとに $0.13$ 度暖かくなる層、それが逆転層である。等温でも曲率半径は地球半径の $4.8448$ 倍あり、温度勾配はゼロから始まるのではない。既にある曲がりに足し引きしている。$+1$ K/m なら $0.1600$ 倍で、光が地球より急に曲がり、地平線の下の物が浮き上がる。逆に地面が熱くて気温が急に下がれば $dn/dh$ の符号が変わり、光は上向きに曲がって逃げ水になる。三つは別の現象ではない。同じ $dn/dh$ の、値と符号が違うだけである。ただし気圧の項と温度の項は別根で、片方を動かしても他方は動かない。同じ勾配に、独立な二つの入口がある。分けるものは一つ、高さとともに気温が上がるか、下がるか。分離子は空気の側にも光の側にもない。同じ空気、同じ光、同じ式で、差を作っているのはどちらが暖かいかという配置だけである。冷たい海面の上に暖かい空気が乗れば逆転層ができ、熱い舗装の上なら逆になる。同じ日に、海では上位蜃気楼が、道路では逃げ水が起きうる。正直に書いておく。本稿は勾配が一様だと仮定している。実際の蜃気楼は勾配が急に変わる薄い層で起きるので、倒立像が現れる。$+0.131351$ K/m は蜃気楼の閾値ではなく、光が地面と平行に走る特別な値である。最後に一つ、標準大気でも $k=0.1671$ だけ曲がっている。つまり我々が普段見ている水平線は、既に屈折で持ち上げられた像である。蜃気楼が特別なのではなく、屈折が無い日が無いだけである。
参考文献
- Edlén, B. (1966). The Refractive Index of Air. Metrologia, 2(2).
- Ciddor, P. E. (1996). Refractive Index of Air: New Equations for the Visible and Near Infrared. Applied Optics, 35(9).
- Tape, W. (1985). The Topology of Mirages. Scientific American, 252(6).
- Lehn, W. H. (1979). The Novaya Zemlya Effect: An Arctic Mirage. Journal of the Optical Society of America, 69(5).
- Bomford, G. (1980). Geodesy, 4th edition. Oxford: Clarendon Press.
- 山岸勇輝 (2026). 三百本目の点呼、同根か別根かは、判定できる [論文300]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171914
- 山岸勇輝 (2026). 虹の角度に、水滴の大きさは入っていない [論文325]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22209848
- 山岸勇輝 (2026). 同じ楕円が三ヶ月ずれていたことが、原因が別だという証拠になった [論文328]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22210340
- 山岸勇輝 (2026). 最短の道は、航海者が舵を切る道ではない [論文340]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22682089
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「蜃気楼に要るのは、気温が下がる勾配ではなく、上がる勾配である」[論文349]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22695287
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 蜃気楼に要るのは、気温が下がる勾配ではなく、上がる勾配である [論文349]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/349 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22695287
Yamagishi, Y. (2026). A Mirage Needs Temperature Rising with Height, Not Falling [Paper 349]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/349; DOI: 10.5281/zenodo.22695287
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