要旨
生き残ったものだけを見ると、優れて見える。本稿が問うのはどれだけ優れて見えるかである。答えは実力が全員同じでも $1.52$ 標準偏差ぶん。新しい定理も法則も主張しない。
第一に、母集団 $200000$ 個の平均は $0.002419$、標準偏差は $1.000719$ である(第2節)。
第二に、これが本稿の芯である。上位 $16.02$ パーセントだけを見ると平均は $\mathbf{1.5236}$、上げ幅は $\mathbf{1.5212}$ 標準偏差になる(第2節)。
第三に、同時に標準偏差が $1.0007$ から $\mathbf{0.4473}$ へ縮む(第3節)。
第四に、上位 $2.29$ パーセントなら平均 $2.3733$・標準偏差 $0.3466$ になる(第2節)。
第五に、実測は切断正規分布の理論値と一致する($c=1$ で $1.5236$ 対 $1.5251$)(第2節)。
第六に、分離子は「脱落したものが観測できるか」であって、選別の厳しさではない(第5節)。
射程(何を示さないか)
新しい定理も法則も主張しない。生存者バイアス・切断正規分布・選択効果はすべて既知である。統計学を作らない。切断分布の最尤推定やヘックマンの二段階推定には立ち入らない。名前を挙げるにとどめる。実データを扱わない。企業・ファンド・人物の実際の記録は用いない。標準正規乱数の上で計算する。因果を論じない。何が脱落を引き起こしたかは主題ではない。脱落したものが見えないという一点だけを扱う。推定法を与えない。バイアスをどう補正するかは主題ではない。一般化しない。全ての選別で $1.52$ 標準偏差になるとは主張しない。正規分布・上位 $16$ パーセントという明示した条件の上の値である。既刊との関係:論文361 は平衡温度で引いた境界が地球を外すことを示した。そこでも「既知の一件で試す」ことが判定だった。論文353 は条件を落とすと主張が偽になることを示した。ここでは「脱落を見た」という条件が落ちている。論文300 は同根か別根かが判定できることを示した。実力の差と選別の効果は、その基準で別根である。論文357 は同じ回路が二つの最適解をもつことを示した。ここでは一つの操作が二つの錯覚を同時に作る。加えたのは、選別の強さ六点で平均と標準偏差を数に出したこと、上げ幅が $1.5212$ 標準偏差であることを示したこと、実測を切断正規の理論値と突き合わせたこと、ばらつきの縮小が同時に起きることを示したこと、分離子を「脱落が観測できるか」に置いたことである。
1. 記法と問い
設定:標準正規分布から $200000$ 個を引き、閾値 $c$ 未満を「脱落」として観測から外す。
$$X\sim\mathcal{N}(0,1),\qquad
\mathbb{E}[X\mid X\ge c]=\frac{\phi(c)}{1-\Phi(c)}$$
$\phi$ は密度、$\Phi$ は分布関数である。
観察 1.1 実力は全員同じである。同じ一つの分布から引いた。差があるとすれば、それは運だけである。
観察 1.2 脱落したものは記録に残らない。潰れた会社、消えたファンド、辞めた人、残っているものだけが数えられる。
観察 1.3 本稿は、その差がどれだけかを数で出す。「バイアスがある」ではなく「何標準偏差か」、大きさが分かれば、判断が変わる。
問い:選別だけで、どれだけ優れて見えるか。
2. 上げ幅は $1.5212$ 標準偏差である
計算 2.1:閾値に対する生き残りの平均と標準偏差(本稿で計算・$200000$ 個)。
| 閾値 $c$ | 生き残り率 | 平均 | 標準偏差 | 見かけの改善 |
|---|---|---|---|---|
| $-3.0$ | $0.9987$ | $0.006584$ | $0.994469$ | $+0.004165$ |
| $-2.0$ | $0.9775$ | $0.057091$ | $0.942970$ | $+0.054672$ |
| $-1.0$ | $0.8412$ | $0.290145$ | $0.794879$ | $+0.287725$ |
| $0.0$ | $0.5005$ | $0.800474$ | $0.604049$ | $+0.798054$ |
| $\mathbf{1.0}$ | $\mathbf{0.1602}$ | $\mathbf{1.523616}$ | $\mathbf{0.447334}$ | $\mathbf{+1.521197}$ |
| $2.0$ | $0.0229$ | $2.373342$ | $0.346628$ | $+2.370922$ |
母集団は平均 $0.002419$、標準偏差 $1.000719$ である。
観察 2.2 これが本稿の芯である。上位 $16.02$ パーセントだけを見ると、平均は $\mathbf{1.5236}$ になる。上げ幅は $\mathbf{1.5212}$ 標準偏差。実力は一切変わっていない。
観察 2.3 理論値と一致する。切断正規の $\phi(c)/(1-\Phi(c))$ は $c=1$ で $1.525135$、実測 $1.523616$ との差は $0.0015$。独立な式との突合せである。
観察 2.4 半分に絞るだけで $0.80$ 標準偏差上がる。$c=0$、生き残り率 $0.5005$、「上位半分」という緩い選別でも、この幅がある。
観察 2.5 上位 $2.29$ パーセントなら $2.37$ である。$c=2$、「一流」と呼ばれる集団の平均が母集団より $2$ 標準偏差高いことは、実力の証拠にならない。
観察 2.6 選別しなければ戻る。$c=-3$ では平均 $0.006584$、母集団の $0.002419$ とほぼ同じ、式が効いていることの確認になる。
3. 同時にばらつきも縮む
観察 3.1 標準偏差は $1.0007$ から $0.4473$ へ落ちる。$c=1$ のとき、半分以下である。
観察 3.2 これは第二の錯覚を作る。「この集団は粒がそろっている」。そろっているのではなく、下側を切り落としただけである。
観察 3.3 二つの錯覚は同じ一つの操作から出る。平均が上がることと、ばらつきが縮むこと、どちらも「下を切る」から出る。二つの別の証拠ではない。
観察 3.4 ここが実務上いちばん危ない。「平均が高く、しかもばらつきが小さい」は、ふつう強い証拠に見える。だが選別だけでその両方が出る。
観察 3.5 上位 $2.29$ パーセントなら $0.3466$ まで縮む。母集団の三分の一、厳しく選ぶほど「安定して見える」。
4. 脱落を数えれば戻る
観察 4.1 脱落した側を数えられれば、バイアスは消える。$c=-3$ の行がそれである。$99.87$ パーセントを見れば、平均は母集団に戻る。
観察 4.2 つまり問題は選別ではなく、記録の非対称である。選別そのものは何も歪めない。歪めるのは、脱落した側が記録に残らないことである。
観察 4.3 だから「生存率」を報告すればよい。$0.1602$ という数が併記されていれば、$1.5236$ は補正できる。論文358 で許容錯乱円を明記すれば数が確定したのと同じ形である。
観察 4.4 正直に言えば、実際の場面では閾値 $c$ が分からない。何人が脱落したかを知らないまま生き残りを見ている。本稿は $c$ を与えた場合の大きさを出しただけであり、$c$ の推定法は与えていない。
観察 4.5 それでも大きさを知る意味はある。上位半分でも $0.80$、上位 $16$ パーセントで $1.52$、「多少のバイアスはある」で片づく大きさではない。
5. 分離子:脱落が観測できるか
観察 5.1 分離子、脱落したものが記録に残るかどうかであって、選別の厳しさではない。
| 見える集団 | 見かけの平均 | 見かけの標準偏差 | |
|---|---|---|---|
| 脱落も記録される | 全体 | $\mathbf{0.0024}$ | $\mathbf{1.0007}$ |
| 生き残りだけ記録される | 上位 $16.02$ パーセント | $\mathbf{1.5236}$ | $\mathbf{0.4473}$ |
観察 5.2 二つの行で、実力は完全に同じである。同じ乱数列、違うのは何が記録されたかだけで、数は $1.52$ 標準偏差と $0.55$ 標準偏差ぶん動く。
観察 5.3 論文300 の基準で別根である。実力の差は分布そのものから、選別の効果は観測の切り取りから出る。どちらも「平均が高い」という同じ数字を作るが、根が違う。
観察 5.4 分離子は動かせる。脱落した側の記録を保存すれば、上の行に戻る。つまりこれは統計の問題ではなく、記録の設計の問題である。
観察 5.5 正直に言えば、$1.5212$ も $0.4473$ も、標準正規・閾値 $c=1$ と明示した条件の上での値である。別の分布なら別の数が出る。動かないのは、選別が平均を上げると同時にばらつきを縮めるという向きだけである。
観察 5.6 最後に一つ、「平均が高く、ばらつきが小さい」を二つの証拠として数えてはいけない。一つの操作が両方を作る。独立に見える二つの証拠が同じ原因から出ているとき、証拠の数は一つである。
6. 点呼と結び
- 母集団は平均 $0.002419$・標準偏差 $1.000719$(計算 2.1):実力は全員同じ。
- 上位 $16.02$ パーセントで平均 $1.5236$(計算 2.1):上げ幅 $1.5212$ 標準偏差。
- 理論値 $1.525135$ と一致(観察 2.3):差は $0.0015$。
- 上位半分でも $0.80$ 標準偏差(観察 2.4):緩い選別でもこの幅。
- 上位 $2.29$ パーセントで $2.37$(計算 2.1):実力の証拠にならない。
- 標準偏差は $0.4473$ へ(観察 3.1):半分以下。
- $c=2$ なら $0.3466$(観察 3.5):厳しく選ぶほど安定に見える。
- 二つの錯覚は同じ操作から(観察 3.3):証拠は一つ。
- $c=-3$ なら母集団に戻る(観察 2.6):式が効いている。
- 生存率を併記すれば補正できる(観察 4.3):記録の設計の問題。
結び:生き残ったものだけを見ると、優れて見える。問題は、それがどれだけかである。標準正規分布から $200000$ 個を引き、実力を全員同じにしておく。母集団の平均は $0.002419$、標準偏差は $1.000719$。ここで上位 $16.02$ パーセントだけを見ると、平均は $\mathbf{1.5236}$ になる。上げ幅は $\mathbf{1.5212}$ 標準偏差で、実力は一切変わっていない。切断正規の理論値 $1.525135$ と $0.0015$ しか違わない。緩い選別でも効く。上位半分(生き残り率 $0.5005$)でも $0.80$ 標準偏差上がり、上位 $2.29$ パーセントなら $2.37$ になる。「一流」と呼ばれる集団の平均が母集団より $2$ 標準偏差高いことは、実力の証拠にならない。そして同時に、ばらつきも縮む、標準偏差は $1.0007$ から $\mathbf{0.4473}$ へ、上位 $2.29$ パーセントなら $0.3466$ まで落ちる。これが第二の錯覚を作る。「この集団は粒がそろっている」。そろっているのではなく、下側を切り落としただけである。「平均が高く、しかもばらつきが小さい」はふつう強い証拠に見えるが、選別だけでその両方が出る。脱落を数えれば戻る。$99.87$ パーセントを見れば平均は母集団に戻るのだから、問題は選別そのものではなく、脱落した側が記録に残らないという非対称である。だから生存率 $0.1602$ を併記すれば $1.5236$ は補正できる。ただし実際の場面では閾値が分からず、本稿は $c$ を与えた場合の大きさを出しただけで、$c$ の推定法は与えていない。分けているものは一つ、脱落したものが記録に残るかどうかであって、選別の厳しさではない。二つの行で実力は完全に同じ(同じ乱数列)であり、違うのは何が記録されたかだけである。脱落した側の記録を保存すれば元に戻るのだから、これは統計の問題ではなく記録の設計の問題である。正直に言えば、$1.5212$ も $0.4473$ も標準正規・閾値 $c=1$ の上での値であり、別の分布なら別の数が出る。動かないのは、選別が平均を上げると同時にばらつきを縮めるという向きだけである。最後に一つ、「平均が高く、ばらつきが小さい」を二つの証拠として数えてはいけない。一つの操作が両方を作る。独立に見える二つの証拠が同じ原因から出ているとき、証拠の数は一つである。
参考文献
- Wald, A. (1943). A Method of Estimating Plane Vulnerability Based on Damage of Survivors. Statistical Research Group, Columbia University.
- Heckman, J. J. (1979). Sample Selection Bias as a Specification Error. Econometrica.
- Brown, S. J., Goetzmann, W., Ibbotson, R. G., Ross, S. A. (1992). Survivorship Bias in Performance Studies. Review of Financial Studies.
- Johnson, N. L., Kotz, S., Balakrishnan, N. (1994). Continuous Univariate Distributions, Volume 1 (2nd ed.). New York: Wiley.
- Elton, E. J., Gruber, M. J., Blake, C. R. (1996). Survivorship Bias and Mutual Fund Performance. Review of Financial Studies.
- 山岸勇輝 (2026). 『第三百回の点呼、同根か別根かは判定できる』[論文300]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171914
- 山岸勇輝 (2026). 『雑音を足すと検出が良くなる場合がある。ただし「多いほどよい」ではない』[論文353]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22696835
- 山岸勇輝 (2026). 『最大の電力と最大の効率は、同じ点にない』[論文357]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22697180
- 山岸勇輝 (2026). 『被写界深度の「深さ」は、測定値ではなく約束である』[論文358]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22697216
- 山岸勇輝 (2026). 『平衡温度で引いたハビタブルゾーンは、地球を外に出す』[論文361]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22697436
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「選別だけで平均は 1.52 標準偏差上がり、ばらつきは 0.45 に縮む」[論文364]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22697530
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 選別だけで平均は 1.52 標準偏差上がり、ばらつきは 0.45 に縮む [論文364]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/364 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22697530
Yamagishi, Y. (2026). Selection Alone Raises the Mean by 1.52 Standard Deviations and Shrinks the Spread to 0.45 [Paper 364]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/364; DOI: 10.5281/zenodo.22697530
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