【論文378】「どれだけ覚えているか」は、測り方が決めている

要旨

忘却曲線は「時間とともに記憶が減る」ことを示す。本稿が問うのは減っている量が何かである。答えは測り方ごとに別の量であり、一日後の答が三通りある。新しい定理も法則も主張しない。

第一に、保持を測る尺度は少なくとも三つある。自由再生・再認・再学習の節約である(第2節)。

第二に、これが本稿の芯である。同じ一日後で、答が $\mathbf{71.70}$・$\mathbf{86.45}$・$\mathbf{91.07}$ パーセントに分かれる(第2節)。

第三に、開きは時間とともに広がり、一時間後の $1.0142$ 倍から一か月後の $\mathbf{3.2698}$ 倍になる(第3節)。

第四に、指数型の忘却曲線は一か月後を $\mathbf{9.358\times10^{-14}}$ と予言する(第4節)。

第五に、べき則なら $0.356937$ で、こちらが実感に合う。指数型の破れが、忘却が指数でないことの証拠になる(第4節)。

第六に、分離子は「どの尺度で測るか」であって、記憶の量ではない(第5節)。

射程(何を示さないか)

新しい定理も法則も主張しない。エビングハウスの忘却曲線・節約法・べき則の保持関数はすべて既知である。記憶の理論を作らない。符号化・貯蔵・検索のどこで失われるかには立ち入らない。名前を挙げるにとどめる。実験をしない。被験者による測定は行わない。明示した模型の上で計算する。指数を導かない。保持のべき則の指数 $\beta=0.30$ も、三尺度の指数も仮定である。文献の傾向に合わせて置いた。個人差を扱わない。年齢・材料・学習量による違いは主題ではない。介入を論じない。間隔反復などの学習法は主題ではない。既刊との関係:論文358 は被写界深度の数が約束で決まることを示した。そこでは約束が許容錯乱円だった。ここでは尺度である。論文352 は転移温度が測る速さで動くことを示した。そこでも測定が数を作った。論文300 は同根か別根かが判定できることを示した。三つの尺度は、その基準でどの二つも別根である。論文355 は経験則が自分の破れを指すことを示した。ここでは指数型が一か月後で自分の破れを示す。加えたのは、三尺度の保持率を六つの時刻で数に出したこと、一日後の答が三通りに分かれることを示したこと、開きが時間とともに広がることを示したこと、指数型が一か月後で破れることを対照として示したこと、分離子を「どの尺度で測るか」に置いたことである。

1. 記法と問い

設定:保持率をべき則で置き、三つの尺度をその冪で表す。

$$R(t)=\left(1+\frac{t}{S}\right)^{-\beta},\qquad
S=24\ \text{時間},\quad \beta=0.30$$
$$\text{自由再生}=R^{1.6},\qquad \text{再認}=R^{0.7},\qquad \text{再学習の節約}=R^{0.45}$$

観察 1.1 「覚えている」の測り方は一つではない。何も手がかりなく思い出せるか、見せられて分かるか、覚え直すのが速いか、三つとも「保持」と呼ばれる。

観察 1.2 厳しさが違う。自由再生がいちばん厳しく、再学習の節約がいちばん緩い。同じ記憶に対して、違う答が出る。

観察 1.3 本稿はその差を数で出す。「尺度によって違う」ではなく「何倍違うか」、大きさが分かれば、比較できるかどうかが分かる。

問い:「一日後に何パーセント覚えているか」に、答は一つか。

2. 一日後の答は三通りある

計算 2.1:三つの尺度での保持率(本稿で計算)。

経過 [時間] 自由再生 再認 再学習の節約 最大 / 最小
$1$ $0.980596$ $0.991464$ $0.994504$ $1.0142$
$9$ $0.858252$ $0.935312$ $0.957920$ $1.1161$
$\mathbf{24}$ $\mathbf{0.716978}$ $\mathbf{0.864537}$ $\mathbf{0.910670}$ $\mathbf{1.2702}$
$48$ $0.590176$ $0.793971$ $0.862162$ $1.4609$
$144$ $0.392964$ $0.664553$ $0.768974$ $1.9569$
$\mathbf{720}$ $\mathbf{0.192374}$ $0.486199$ $\mathbf{0.629022}$ $\mathbf{3.2698}$

観察 2.2 これが本稿の芯である。一日後の答は $71.70$・$86.45$・$91.07$ パーセントの三通りである。同じ記憶、同じ時刻、同じ人。違うのは何を測るかだけである。

観察 2.3 差は $19.37$ ポイントある。$91.07$ と $71.70$、「七割しか覚えていない」と「九割覚えている」が、同じ状態を指している。

観察 2.4 順序は常に同じである。自由再生 $<$ 再認 $<$ 節約、どの時刻でも入れ替わらない。厳しさの順が保たれる。

観察 2.5 $t=0$ ではどれも $1$ になる。$R(0)=1$ を何乗しても $1$、式が閉じていることの確認になる。

3. 開きは時間とともに広がる

観察 3.1 一時間後の開きは $1.0142$ 倍しかない。$0.980596$ と $0.994504$、直後に測れば、どの尺度でもほぼ同じ答が出る。

観察 3.2 一か月後には $3.2698$ 倍になる。$0.192374$ と $0.629022$、三倍以上開く。長く経つほど、尺度の選択が結論を支配する。

観察 3.3 これが比較を難しくする。短期の実験と長期の実験を、尺度が違うまま並べられない。短期では気づかない差が、長期では三倍になる。

観察 3.4 一か月後の判断が正反対になりうる。自由再生で $19.2$ パーセント、節約で $62.9$ パーセント、「ほとんど忘れた」と「六割以上残っている」が、同じ記憶についての記述である。

4. 指数型は一か月後で破れる

計算 4.1:べき則と指数型の対照(本稿で計算)。

経過 べき則 $(1+t/S)^{-\beta}$ 指数型 $e^{-t/S}$
$1$ 時間 $0.987828$ $0.959189$
$\mathbf{720}$ 時間(一か月) $\mathbf{0.356937}$ $\mathbf{9.358\times10^{-14}}$

観察 4.2 一時間後は両者が近い。$0.987828$ と $0.959189$、差は $0.0286$、短時間では、どちらの模型かを区別できない。

観察 4.3 一か月後には桁で違う。べき則が $0.356937$、指数型が $9.358\times10^{-14}$、指数型は「一か月前に覚えたことは一つも残っていない」と予言する。

観察 4.4 これは明らかに誤りである。一か月前に覚えた単語を、人は再認できる。指数型の破れが、忘却が指数ではないことの証拠になる。

観察 4.5 論文355 と同じ形である。論文355 では経験則が自分の破れる速度を指した。ここでは指数型が、外挿すると不可能な値を出すことで自分の限界を示す。

観察 4.6 正直に言えば、$\beta=0.30$ も三尺度の指数も、本稿が置いた仮定である。文献の傾向に合わせただけで、測定値ではない。示したのは、尺度が違えば答が違うという構造と、その大きさである。

5. 分離子:どの尺度で測るか

観察 5.1 分離子、どの尺度で測るかであって、記憶の量ではない。

尺度 問うこと 一日後 一か月後
自由再生 手がかりなく言えるか $\mathbf{71.70}$ パーセント $\mathbf{19.24}$ パーセント
再認 見せられて分かるか $86.45$ パーセント $48.62$ パーセント
再学習の節約 覚え直すのが速いか $\mathbf{91.07}$ パーセント $\mathbf{62.90}$ パーセント

観察 5.2 三行とも同じ記憶についてである。測っている脳の状態は一つ、数が三つあるのは、問いが三つあるからである。

観察 5.3 論文300 の基準でどの二つも別根である。検索の手がかりの有無、判断の課題、再学習の速さ、同じ「保持」という語が、三つの操作を指している。

観察 5.4 分離子は動かせるが、消せない。尺度を一つに固定すれば比較できる。だが「どれが本当の保持か」という問いには答が無い。三つとも保持である。

観察 5.5 正直に言えば、$71.70$ も $3.2698$ も、明示した模型と仮定した指数の上での値である。別の材料や被験者なら別の数が出る。動かないのは、厳しい尺度ほど低く出て、差が時間とともに広がるという向きだけである。

観察 5.6 最後に一つ、「何パーセント残っているか」という問いは、尺度を書いて初めて答をもつ。尺度を書かない報告は、$71.70$ と $91.07$ のどちらでもありうる。数が一つ書いてあることは、答が一つであることを意味しない。

6. 点呼と結び

  1. 尺度は少なくとも三つ(観察 1.1):どれも「保持」と呼ばれる。
  2. 一日後に $71.70$・$86.45$・$91.07$ パーセント(計算 2.1):同じ記憶。
  3. 差は $19.37$ ポイント(観察 2.3):七割と九割。
  4. 順序は常に同じ(観察 2.4):厳しさの順が保たれる。
  5. $t=0$ でどれも $1$(観察 2.5):式が閉じている。
  6. 一時間後の開きは $1.0142$ 倍(観察 3.1):ほぼ同じ答。
  7. 一か月後は $3.2698$ 倍(観察 3.2):三倍以上開く。
  8. 指数型は $9.358\times10^{-14}$(計算 4.1):何も残らないと予言。
  9. べき則なら $0.356937$(計算 4.1):こちらが実感に合う。
  10. 一時間後は両模型が近い(観察 4.2):短時間では区別できない。

結び:忘却曲線は「時間とともに記憶が減る」ことを示す。だが減っている量は、測り方ごとに別の量である。「覚えている」の測り方は一つではない。何も手がかりなく思い出せるか(自由再生)、見せられて分かるか(再認)、覚え直すのが速いか(再学習の節約)。三つとも「保持」と呼ばれ、厳しさが違う。だから一日後の答が三通りある。$\mathbf{71.70}$・$\mathbf{86.45}$・$\mathbf{91.07}$ パーセント。同じ記憶、同じ時刻、同じ人で、違うのは何を測るかだけである。差は $19.37$ ポイントあり、「七割しか覚えていない」と「九割覚えている」が同じ状態を指している。順序はどの時刻でも入れ替わらず、$t=0$ ではどれも $1$ になる。そして開きは時間とともに広がる。一時間後は $1.0142$ 倍しかなく、直後に測ればどの尺度でもほぼ同じ答が出るが、一か月後には $\mathbf{3.2698}$ 倍になる。自由再生で $19.2$ パーセント、節約で $62.9$ パーセント、「ほとんど忘れた」と「六割以上残っている」が、同じ記憶についての記述である。短期の実験と長期の実験を、尺度が違うまま並べることはできない。模型の側にも同じことが起きる。べき則と指数型は一時間後には $0.987828$ と $0.959189$ で近く、短時間ではどちらか区別できない。だが一か月後にはべき則が $0.356937$、指数型が $\mathbf{9.358\times10^{-14}}$ で、指数型は「一か月前に覚えたことは一つも残っていない」と予言する。これは明らかに誤りであり、その破れが、忘却が指数ではないことの証拠になる。論文355 で経験則が自分の破れを指したのと同じ形である。分けているものは一つ、どの尺度で測るかであって、記憶の量ではない。三行とも同じ記憶についてであり、測っている脳の状態は一つ。数が三つあるのは、問いが三つあるからである。尺度を一つに固定すれば比較できるが、「どれが本当の保持か」という問いには答が無い。三つとも保持である。正直に言えば、$\beta=0.30$ も三尺度の指数も本稿が置いた仮定であり、文献の傾向に合わせただけで測定値ではない。示したのは、尺度が違えば答が違うという構造と、その大きさである。最後に一つ、「何パーセント残っているか」という問いは、尺度を書いて初めて答をもつ。尺度を書かない報告は、$71.70$ と $91.07$ のどちらでもありうる。数が一つ書いてあることは、答が一つであることを意味しない。

参考文献

  1. Ebbinghaus, H. (1885). Über das Gedächtnis. Leipzig: Duncker & Humblot.
  2. Wixted, J. T., Ebbesen, E. B. (1991). On the Form of Forgetting. Psychological Science.
  3. Rubin, D. C., Wenzel, A. E. (1996). One hundred years of forgetting: A quantitative description of retention. Psychological Review.
  4. Wickelgren, W. A. (1974). Single-trace fragility theory of memory dynamics. Memory & Cognition.
  5. Nelson, T. O. (1985). Ebbinghaus’s contribution to the measurement of retention: Savings during relearning. Journal of Experimental Psychology: Learning, Memory, and Cognition.
  6. 山岸勇輝 (2026). 『第三百回の点呼、同根か別根かは判定できる』[論文300]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171914
  7. 山岸勇輝 (2026). 『ガラス転移温度は、測る速さで動く』[論文352]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22695723
  8. 山岸勇輝 (2026). 『反発係数は材料の定数ではない。そして経験則は、自分が破れる速度を自分で指す』[論文355]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22697011
  9. 山岸勇輝 (2026). 『被写界深度の「深さ」は、測定値ではなく約束である』[論文358]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22697216

作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。

書誌

山岸勇輝(2026)「「どれだけ覚えているか」は、測り方が決めている」[論文378]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22698767

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引用するとき

山岸勇輝 (2026). 「どれだけ覚えているか」は、測り方が決めている [論文378]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/378 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22698767

Yamagishi, Y. (2026). How Much You Remember Is Decided by How You Test [Paper 378]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/378; DOI: 10.5281/zenodo.22698767

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