要旨
「振り子は振幅が小さければ等時である」と習う。本稿が問うのはどれだけ小さければよいのかである。$10$ 度でも一日 $164.78$ 秒ずれ、時計としては使えない。新しい定理も法則も主張しない。
第一に、周期比は $T/T_{0}=(2/\pi)K(\sin^{2}(\theta/2))$ で、第一種完全楕円積分で書ける(第1節)。
第二に、振幅 $1$ 度で $1.64$ 秒/日、$2$ 度で $6.58$ 秒/日である(第2節)。
第三に、これが本稿の芯である。$10$ 度では $\mathbf{164.78}$ 秒/日ずれる。二分四十五秒である(第2節)。
第四に、$30$ 度では $1504.12$ 秒/日($25.07$ 分)、$90$ 度では $4.33$ 時間ずれる(第2節)。
第五に、ところが $170$ 度でも $\mathbf{2.4394}$ 倍にしかならず、$3$ 倍になるのは $\mathbf{175.8765}$ 度である(第3節)。
第六に、分離子は「復元力が変位に比例するか、$\sin$ に比例するか」である(第5節)。
射程(何を示さないか)
新しい定理も法則も主張しない。単振り子の厳密周期、楕円積分による表現、ホイヘンスのサイクロイド振り子はすべて既知である。時計を設計しない。脱進機や温度補正は主題ではない。幾何と力学だけを見る。減衰を扱わない。空気抵抗や軸受の摩擦は主題ではない。保存系だけを見る。実測を主張しない。実際の振り子時計の精度は本稿の外である。式が与える値だけを言う。剛体を扱わない。質点の単振り子だけを扱い、実体振り子の慣性モーメントは主題ではない。駆動を扱わない。振幅を保つための力の供給は主題ではない。既刊との関係:論文379 は「二倍の温度」に三つの答があることを示した。ここでは「小さい角」という語に数が入っていない。論文391 は有義波高が平均でも最大でもないことを示した。どちらも、言葉が数を隠している。論文392 は沸点が物質と圧力の対の性質であることを示した。ここでは周期が長さと振幅の対の性質である。論文300 は同根か別根かが判定できることを示した。調和振動子と単振り子は、その基準で別根である。加えたのは、七つの振幅で周期比と一日の狂いを数に出したこと、$10$ 度で $164.78$ 秒/日という値を出したこと、$170$ 度でも $3$ 倍に届かないことを示したこと、$3$ 倍になる振幅 $175.8765$ 度を求めたこと、分離子を「復元力が何に比例するか」に置いたことである。
1. 記法と問い
設定:長さ $\ell$ の単振り子の運動方程式は $\ddot{\theta}=-(g/\ell)\sin\theta$ である。 振幅 $\theta$ での周期を、微小振幅の周期 $T_{0}=2\pi\sqrt{\ell/g}$ で割ると
$$\frac{T}{T_{0}}=\frac{2}{\pi}K\!\left(\sin^{2}\frac{\theta}{2}\right)$$
となる($K$ は第一種完全楕円積分)。以下、算術幾何平均で $K$ を計算する。
観察 1.1 等時性は $\sin\theta\approx\theta$ の近似から出ている。方程式そのものは等時ではない。近似を外せば、周期は振幅に依存する。
観察 1.2 「小さい」という語に数が入っていない。どこまでが小さいのか、それを決めるのは、要求される精度である。
観察 1.3 時計にとっての精度は、一日あたりの秒で測られる。$(T/T_{0}-1)\times86400$、この量で「小さい」を定義する。
問い:振り子の「小さい角」は、何度までか。
2. $10$ 度で、一日 $164.78$ 秒
計算 2.1:振幅に対する周期比と一日の狂い(本稿で計算)。
| 振幅 [度] | $T/T_{0}$ | 一日の狂い [秒] |
|---|---|---|
| $1$ | $1.000019039$ | $1.64$ |
| $\mathbf{2}$ | $1.000076160$ | $\mathbf{6.58}$ |
| $5$ | $1.000476172$ | $41.14$ |
| $\mathbf{10}$ | $1.001907188$ | $\mathbf{164.78}$ |
| $30$ | $1.017408798$ | $1504.12$ |
| $90$ | $1.180340599$ | $15581.43$ |
| $170$ | $\mathbf{2.439362720}$ | $124360.94$ |
観察 2.2 これが本稿の芯である。$10$ 度は、直感的には十分「小さい」。それでも一日 $164.78$ 秒、二分四十五秒ずれる。
観察 2.3 $2$ 度まで下げて、ようやく $6.58$ 秒/日になる。実用の振り子時計が振幅を数度に抑えているのは、このためである。「小さい」の意味が、要求精度から逆算されている。
観察 2.4 狂いは振幅の二乗で増える。$1$ 度の $1.64$ 秒から $2$ 度の $6.58$ 秒へ、ほぼ四倍、$1+\theta^{2}/16$ の近似が、この領域では効いている。
観察 2.5 $30$ 度では $1504.12$ 秒($25.07$ 分)。一日で二十五分、時計として意味をなさない。
観察 2.6 $90$ 度では $15581.43$ 秒($4.33$ 時間)。水平から離す。それでも周期はまだ $1.18$ 倍でしかない。
3. $170$ 度でも $3$ 倍に届かない
計算 3.1:大きい振幅(本稿で計算)。
| 振幅 [度] | $T/T_{0}$ |
|---|---|
| $90$ | $1.180341$ |
| $\mathbf{170}$ | $\mathbf{2.439363}$ |
| $175$ | $2.877664$ |
| $\mathbf{175.8765}$ | $\mathbf{3.000000}$ |
| $179$ | $3.901065$ |
| $179.9$ | $5.366867$ |
観察 3.2 $170$ 度でも $2.4394$ 倍にしかならない。ほとんど真上まで持ち上げているのに、$3$ 倍になるのは $175.8765$ 度である。
観察 3.3 $T/T_{0}$ は $\theta\to180^{\circ}$ で対数的に発散する。$179.9$ 度でも $5.3669$ 倍、発散は遅く、$180$ 度の直前でしか効かない。
観察 3.4 つまり「大振幅では周期が発散する」は、実用の範囲では効いていない。$0.1$ 度手前で $5.37$ 倍、定性的な言明が、量の見積もりを狂わせている。
観察 3.5 狂いの大きさは両端で違う原因をもつ。小さい側は $\theta^{2}$、大きい側は $\ln(1/(180^{\circ}-\theta))$、同じ曲線の二つの漸近形である。
観察 3.6 $T/T_{0}$ は振幅について単調増加である。$1$ 度から $174$ 度まで一度も下がらない。谷も山も無い。
4. 小角近似がどこで壊れるか
観察 4.1 小角近似は $T/T_{0}\approx1+\theta^{2}/16$ である。$\theta$ はラジアン、$10$ 度での誤差は $3.329\times10^{-6}$。
観察 4.2 $90$ 度では誤差が $2.613\times10^{-2}$ になる。$10$ 度の約 $7800$ 倍、近似の破れ方も二乗より速い。
観察 4.3 $10$ 度では近似が十分よい。誤差 $3.3\times10^{-6}$ は一日 $0.29$ 秒、近似が悪いのではなく、真の値そのものが $164.78$ 秒ずれている。
観察 4.4 ここが混同されやすい。「近似が悪い」と「等時でない」は別、$10$ 度で問題なのは後者である。
観察 4.5 論文300 の基準で別根である。近似の誤差は数学が、等時性の破れは力学が決める。同じ「ずれ」という語に、根の違う二つが入っている。
5. 分離子:復元力が変位に比例するか、$\sin$ に比例するか
観察 5.1 分離子、復元力が $\theta$ に比例するか、$\sin\theta$ に比例するか。
| 系 | 復元力 | 等時性 |
|---|---|---|
| 調和振動子(ばね) | 変位に比例 | 厳密に等時 |
| 単振り子 | $\sin\theta$ に比例 | 等時でない |
| サイクロイド振り子 | 弧長に比例 | 全振幅で厳密に等時 |
観察 5.2 三行目が問題を解いている。ホイヘンスが $1673$ 年に示した。軌道をサイクロイドにすれば、振幅がいくら大きくても周期が変わらない。
観察 5.3 つまり等時性は、力の法則ではなく軌道の形の問題である。同じ重力の下で、円弧なら等時でなく、サイクロイドなら等時である。
観察 5.4 それでも実用の時計はサイクロイドを使わなかった。頬当ての摩擦が、等時性の利得より大きかった。正しい解が、実装で負けることがある。
観察 5.5 正直に言えば、$164.78$ 秒/日も $175.8765$ 度も、減衰の無い保存系での値である。実際の振り子は振幅が減っていくので、狂いも時間とともに変わる。動かないのは、$10$ 度が時計にとって「小さくない」ことと、$170$ 度が $3$ 倍に届かないことである。
観察 5.6 最後に一つ、「小さければ」という条件は、数を書かないかぎり条件になっていない。$10$ 度は小さく見えて小さくない。どの精度で問うかを先に決めなければ、「小さい」は決まらない。
6. 点呼と結び
- $T/T_{0}=(2/\pi)K(\sin^{2}(\theta/2))$(第1節):楕円積分。
- $1$ 度で $1.64$ 秒/日(計算 2.1):ここでようやく実用。
- $2$ 度で $6.58$ 秒/日(計算 2.1):実用の振り子時計の領域。
- $10$ 度で $164.78$ 秒/日(計算 2.1):二分四十五秒。
- $30$ 度で $25.07$ 分/日(観察 2.5):時計にならない。
- $90$ 度で $4.33$ 時間/日(観察 2.6):周期比はまだ $1.18$。
- $170$ 度で $2.4394$ 倍(計算 3.1):$3$ 倍に届かない。
- $3$ 倍は $175.8765$ 度(計算 3.1):発散は直前だけ。
- 近似の誤差は $10$ 度で $3.3\times10^{-6}$(観察 4.1):近似は悪くない。
- サイクロイドなら全振幅で等時(観察 5.2):軌道の形の問題。
結び:「振り子は振幅が小さければ等時である」と習う。だが「小さい」という語に、数が入っていない。厳密には $T/T_{0}=(2/\pi)K(\sin^{2}(\theta/2))$ である。等時性は $\sin\theta\approx\theta$ の近似から出ており、方程式そのものは等時ではない。どこまでが「小さい」かを決めるのは、要求される精度である。$10$ 度では、一日 $\mathbf{164.78}$ 秒ずれる。二分四十五秒であり、$10$ 度は直感的には十分小さく見えて、時計としては使えない。$2$ 度まで下げてようやく $6.58$ 秒/日になり、実用の振り子時計が振幅を数度に抑えているのはこのためである。狂いは振幅の二乗で増え($1$ 度の $1.64$ 秒から $2$ 度の $6.58$ 秒へほぼ四倍)、$30$ 度では $1504.12$ 秒=$25.07$ 分、$90$ 度では $4.33$ 時間になる。ところが大振幅側では、発散が思ったほど効かない。$170$ 度でも $\mathbf{2.4394}$ 倍にしかならず、$3$ 倍になるのは $\mathbf{175.8765}$ 度である。$T/T_{0}$ は $180$ 度で対数的に発散するが、$179.9$ 度でもまだ $5.3669$ 倍で、発散は直前でしか効かない。「大振幅では周期が発散する」という定性的な言明が、量の見積もりを狂わせている。小さい側は $\theta^{2}$、大きい側は $\ln(1/(180^{\circ}-\theta))$ という、同じ曲線の二つの漸近形である。小角近似が悪いわけではない。$T/T_{0}\approx1+\theta^{2}/16$ の$10$ 度での誤差は $3.329\times10^{-6}$、一日 $0.29$ 秒でしかない。$90$ 度では $2.613\times10^{-2}$ と約 $7800$ 倍に開くが、$10$ 度で問題なのは近似の誤差ではなく、真の値そのものが $164.78$ 秒ずれていることである。「近似が悪い」と「等時でない」は別で、論文300 の基準でも別根である。近似の誤差は数学が、等時性の破れは力学が決める。分けているものは一つ、復元力が変位に比例するか、$\sin\theta$ に比例するか。ばねは厳密に等時、単振り子は等時でない。そしてサイクロイド振り子は全振幅で厳密に等時である(ホイヘンス $1673$ 年)。つまり等時性は力の法則ではなく軌道の形の問題で、同じ重力の下で円弧なら等時でなく、サイクロイドなら等時である。それでも実用の時計はサイクロイドを使わなかった。頬当ての摩擦が等時性の利得より大きかったからで、正しい解が実装で負けることがある。正直に言えば、$164.78$ 秒/日も $175.8765$ 度も減衰の無い保存系での値であり、実際の振り子は振幅が減っていくので狂いも時間とともに変わる。動かないのは、$10$ 度が時計にとって「小さくない」ことと、$170$ 度が $3$ 倍に届かないことである。最後に一つ、「小さければ」という条件は、数を書かないかぎり条件になっていない。$10$ 度は小さく見えて小さくない。どの精度で問うかを先に決めなければ、「小さい」は決まらない。
参考文献
- Huygens, C. (1673). Horologium Oscillatorium. Paris: F. Muguet.
- Nelson, R. A., Olsson, M. G. (1986). The pendulum、Rich physics from a simple system. American Journal of Physics.
- Lima, F. M. S., Arun, P. (2006). An accurate formula for the period of a simple pendulum oscillating beyond the small angle regime. American Journal of Physics.
- Abramowitz, M., Stegun, I. A. (1964). Handbook of Mathematical Functions. Washington: National Bureau of Standards.
- 山岸勇輝 (2026). 『第三百回の点呼、同根か別根かは判定できる』[論文300]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171914
- 山岸勇輝 (2026). 『「二倍の温度」には三つの答があり、比が 2 になるのは一つだけである』[論文379]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22698802
- 山岸勇輝 (2026). 『有義波高は、平均でもなければ最大でもない』[論文391]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22699212
- 山岸勇輝 (2026). 『沸点は物質の性質ではない。物質と圧力の、対の性質である』[論文392]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22699237
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「振り子の「小さい角」を数にすると、10 度で一日 164.78 秒ずれる」[論文396]. Zenodo.
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 振り子の「小さい角」を数にすると、10 度で一日 164.78 秒ずれる [論文396]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/396 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22699299
Yamagishi, Y. (2026). Put a Number on a Pendulum’s “Small Angle” and Ten Degrees Costs 164.78 Seconds a Day [Paper 396]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/396; DOI: 10.5281/zenodo.22699299
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