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【論文532】むだ時間をループの外へ出す代わりに、要求されるのは模型である

要旨

むだ時間があると、制御ループは位相余裕を失って不安定になる。本稿が示すのは、スミス予測器がむだ時間を特性方程式の外へ出す代わりに模型を要求すること、そしてその模型の精度への要求が予想よりはるかに緩いことである。新しい定理も法則も主張しない。

第一に、むだ時間の限界が閉じた式で出る。ゲイン $2$ の比例制御では交差角周波数 $\mathbf{1.7320508}$、位相余裕が零になるむだ時間は $\mathbf{1.209200}$ 秒である(第2節)。

第二に、その手前では余裕がある。むだ時間を半分にすると位相余裕は $\mathbf{60.0000}$ 度で、境目の反対側である(第2節)。

第三に、限界を超えると振れが伸びる。$L=1.5$ 秒では、中間の振れ $\mathbf{34.723}$ が末尾で $\mathbf{1804.7}$ になり、伸び率は $\mathbf{51.9721}$ である(第3節)。

第四に、模型が正確なら、同じむだ時間で安定になる。伸び率は $\mathbf{1.0000}$、末尾の偏差は $\mathbf{1.83\times10^{-14}}$ で、むだ時間が無い場合と同じ定常値に落ち着く(第3節)。

第五に、これが本稿の芯である。模型に要る精度は、予想よりはるかに緩い。模型のむだ時間が実際の $\mathbf{1.60}$ 倍でも $\mathbf{0.10}$ 倍でも安定で、壊れる境目は $\mathbf{0.0617}$ 倍、$\mathbf{0.0925}$ 秒である(第4節)。

第六に、分離子は「模型が在るか」であって「模型が正確か」ではない。模型のむだ時間を $\mathbf{0}$ にすると、予測器は素の帰還に戻り、伸び率 $\mathbf{51.9721}$ に戻る(第5節)。

キーワード:スミス予測器、むだ時間、位相余裕、フィードバック制御、模型の誤差。

射程(何を示さないか)

新しい定理も法則も主張しない。スミス予測器も、位相余裕も、むだ時間系の安定性も標準的である。制御器を設計しない。比例制御一つで見るだけで、$PI$ 制御や整定時間の最適化には入らない。外乱応答を扱わない。スミス予測器は目標追従には効くが外乱の除去には別の議論が要る。本稿は目標追従だけを見る。ゲインの誤差を扱わない。模型のずれとして動かしたのはむだ時間だけであり、時定数やゲインが外れた場合は別である。不安定な対象に広げない。本稿の対象は安定な一次遅れであり、スミス予測器が不安定対象に使えないことは既知である。数値解法の誤差を主張に使わない。刻み $10^{-3}$ 秒での結果であり、境目の値は刻みに依る。「むだ時間が消える」とは書かない。特性方程式から外れるだけで、出力が目標に着くのはやはり $L$ だけ遅れてからである。既刊との関係:論文350 はむだ時間が振幅を変えずに安定余裕だけを食うと示し、射程注記でスミス補償器と予測制御に入らないと明示した。本稿はその席に入り、外へ出すのに何を要求されるかを数で出す。論文367 は感度をどこかで下げるとどこかで必ず上がると示した。予測器も例外ではなく、余裕を回復する代わりに模型への依存を負う。論文289 は予報の限界を決めているのが一つの数だと示した。予測器の中身は予報であり、その限界がそのまま効く。論文426 は先読みが期間を分けても高い $t$ 値でも消えないと示した。予測器が使う「先の値」は模型が作ったものであって、観測ではない。取り違えると先読みになる。論文300 は同根か別根かが判定できると示した。「余裕が無い」と「模型が無い」は別根である。加えたのは、位相余裕が零になるむだ時間を $\mathbf{1.209200}$ 秒と出し、逆算で突き合わせたこと、限界を超えた場合の伸び率を $\mathbf{51.9721}$ と測ったこと、模型が正確なときの伸び率を $\mathbf{1.0000}$ と測ったこと、模型の精度への要求の境目を二分法で $\mathbf{0.0617}$ 倍と詰めたこと、分離子を「模型が在るか」に置いたことである。

1. 記法と問い

設定:対象を一次遅れ $1/(s+1)$ とし、比例ゲイン $K$ で閉ループを作る。入力から出力までにむだ時間 $L$ がある。

$$\frac{dy}{dt}=-y+u(t-L),\qquad u=K\bigl(r-y\bigr)$$

スミス予測器:対象の模型 $1/(s+1)$ と模型のむだ時間 $L_{m}$ を持ち、帰還信号を

$$y(t)+y_{m}(t)-y_{m}(t-L_{m})$$

に取り替える。模型が正確なら $y(t)=y_{m}(t-L_{m})$ となり、帰還は $y_{m}(t)$ すなわちむだ時間の無い信号になる。

観察 1.1 むだ時間は消えていない。特性方程式から外れるだけである。出力が目標に着くのは、やはり $L$ だけ遅れてからである。

観察 1.2 代わりに模型が要る。論文350 は「むだ時間は振幅を変えずに安定余裕だけを食う」と示し、この予測器を射程の外に置いた。外に置かれたものが何を要求するのかが、本稿の問いである。

問い:模型はどれだけ正確でなければならないか。

2. むだ時間の限界

計算 2.1:$K=2$ とする。ゲイン交差角周波数は $\omega_{c}=\sqrt{K^{2}-1}$、位相余裕は $\pi-\arctan\omega_{c}-\omega_{c}L$ である。

量 値
交差角周波数 $\omega_{c}$ $\mathbf{1.7320508}$
位相余裕が零になる $L$ $\mathbf{1.209200}$ 秒
そこでの位相余裕(逆算の突合せ) $\mathbf{0.000\times10^{0}}$ ラジアン
$L$ を半分にしたときの位相余裕 $\mathbf{60.0000}$ 度

観察 2.2 逆算が検査になっている。出した $L$ を式に戻すと位相余裕がちょうど零になる。解き損ないではないことを別に確かめた。

観察 2.3 境目の反対側も見た。$L$ を半分にすると $\mathbf{60.0000}$ 度、どのむだ時間でも駄目なのではない。限界が在る、というのが主張である。

観察 2.4 振幅は関係していない。$\omega_{c}$ はむだ時間に依らず、$L$ は位相の項にしか入らない。論文350 の主張がそのまま式に見えている。

3. 予測器が効くところ

計算 3.1:$L=1.5$ 秒(限界 $1.209200$ を超える)で、刻み $10^{-3}$ 秒、$120$ 秒まで時間応答を計算した。振れが伸びているかどうかで判定するため、中間 $10$ 秒と末尾 $10$ 秒の偏差の振れを比べた。

場合 中間の振れ 末尾の振れ 伸び率
予測器なし $\mathbf{34.723}$ $\mathbf{1804.7}$ $\mathbf{51.9721}$
予測器あり(模型が正確) $\mathbf{1.83\times10^{-14}}$ $\mathbf{1.83\times10^{-14}}$ $\mathbf{1.0000}$

観察 3.2 同じむだ時間で、片方は伸び、片方は伸びない。$\mathbf{51.9721}$ 対 $\mathbf{1.0000}$、対象も、むだ時間も、ゲインも同じである。違うのは帰還信号だけである。

観察 3.3 判定を「発散したか」で書くと落ちる。最初この判定を絶対値が $10^{6}$ を超えるかで書いたが、$L=1.5$ の不安定極は実部が小さく、$60$ 秒では届かなかった。伸びているかどうかは、二つの窓の振れを比べて見る。時間を長くするより、伸び率を見るほうが確かである。

観察 3.4 定常値は同じである。予測器ありの末尾の偏差は $\mathbf{1.83\times10^{-14}}$ で、むだ時間 $0$ の場合の $\mathbf{1.84\times10^{-14}}$ とほぼ同じ、比例制御の定常偏差はむだ時間では変わらない。変わるのは安定性だけである。

4. 模型はどれだけ正確なら足りるか

計算 4.1:実際のむだ時間を $1.5$ 秒に固定し、模型のむだ時間だけを変えた。

模型/実際 模型のむだ時間(秒) 伸び率
$1.60$ $2.400$ $\mathbf{0.0371}$
$1.30$ $1.950$ $\mathbf{0.0000}$
$1.00$ $1.500$ $\mathbf{1.0000}$
$0.70$ $1.050$ $\mathbf{0.0000}$
$0.40$ $0.600$ $\mathbf{0.0000}$
$0.20$ $0.300$ $\mathbf{0.0012}$
$0.10$ $0.150$ $\mathbf{0.2537}$
$0.00$ $0.000$ $\mathbf{51.9721}$

観察 4.2 これが本稿の芯である。模型のむだ時間が実際の $\mathbf{1.60}$ 倍でも $\mathbf{0.10}$ 倍でも安定である。私は書く前に「模型が二割外れたら壊れる」と予想したが、外れた。

計算 4.3:二分法で境目を詰めた。壊れるのは模型/実際が $\mathbf{0.06165}$ と $\mathbf{0.06167}$ のあいだ、すなわち模型のむだ時間が $\mathbf{0.0925}$ 秒を割ったところである。

観察 4.4 両側を見た。境目のすぐ下は伸び、すぐ上は伸びない。片側だけを見て「安定だ」と書くと、境目の存在を見落とす。

観察 4.5 なぜ緩いのかは、帰還信号の形から読める。模型のむだ時間が短くても、$y_{m}(t)-y_{m}(t-L_{m})$ の項が「これから来る分」を先に差し引く。差し引きが完全でなくても、向きさえ合っていれば余裕は増える。だから精度ではなく存在が効く。

観察 4.6 ただし動かしたのはむだ時間だけである。時定数やゲインが外れた場合は別の勘定になる。この $\mathbf{0.0617}$ 倍という数を「模型は雑でよい」と読んではいけない。

5. 分離子

観察 5.1 分離子は「模型が在るか」であって「模型が正確か」ではない。模型のむだ時間を $\mathbf{0}$ にすると帰還は $y$ に戻り、伸び率も $\mathbf{51.9721}$ に戻る。予測器の有無で切り替わり、精度の連続的な劣化では切り替わらない。

観察 5.2 論文367 の言うとおり、どこかで下げればどこかで上がる。位相余裕は回復するが、模型への依存が生まれる。回復した余裕の代金は、模型を持ち続ける義務である。

観察 5.3 論文289 の限界がそのまま効く。予測器の中身は予報である。対象が予報しにくいものなら、模型は作れない。むだ時間の長さではなく、予報可能性が効く。

観察 5.4 論文426 の柵も要る。予測器が使う「先の値」は模型が作ったものである。それを観測と取り違えると先読みになる。模型の出力と測定値は、別の場所に置かなければならない。

観察 5.5 論文300 の判定でいえば別根である。「余裕が無い」は周波数の持ち物を要り、「模型が無い」は要らない。同じ不安定でも、直し方が違う。

観察 5.6 言わないこと。外乱応答も、不安定な対象も扱わない。スミス予測器が不安定対象に使えないことは既知であり、本稿の対象は安定な一次遅れである。

6. 点呼と結び

  1. 交差角周波数 $\mathbf{1.7320508}$(計算 2.1):$K=2$ のとき。
  2. 位相余裕が零になる $L$ は $\mathbf{1.209200}$ 秒(計算 2.1):逆算で突合せ。
  3. 半分なら $\mathbf{60.0000}$ 度(観察 2.3):境目の反対側。
  4. 予測器なしの伸び率 $\mathbf{51.9721}$(計算 3.1):$L=1.5$ 秒。
  5. 予測器ありの伸び率 $\mathbf{1.0000}$(計算 3.1):同じむだ時間で。
  6. 判定は伸び率で見る(観察 3.3):絶対値では届かなかった。
  7. 定常偏差は変わらない(観察 3.4):変わるのは安定性。
  8. $\mathbf{1.60}$ 倍でも $\mathbf{0.10}$ 倍でも安定(計算 4.1):本稿の芯。
  9. 境目は $\mathbf{0.0617}$ 倍(計算 4.3):$\mathbf{0.0925}$ 秒。
  10. 予想は外れた(観察 4.2):「二割で壊れる」は誤り。
  11. 分離子は模型が在るか(観察 5.1):正確かではない。

結び:むだ時間があると、制御ループは位相余裕を失って不安定になる。限界は閉じた式で出る。ゲイン $2$ の比例制御では交差角周波数が $\mathbf{1.7320508}$、位相余裕が零になるむだ時間は $\mathbf{1.209200}$ 秒で、その値を式に戻すと余裕がちょうど零に戻る。むだ時間を半分にすれば $\mathbf{60.0000}$ 度あるので、どのむだ時間でも駄目なのではなく、限界が在る。$\omega_{c}$ はむだ時間に依らず $L$ は位相の項にしか入らないので、論文350 の主張が式にそのまま見えている。予測器は、同じむだ時間で結果を変える。$L=1.5$ 秒では予測器なしの振れが中間の $\mathbf{34.723}$ から末尾の $\mathbf{1804.7}$ へ、伸び率 $\mathbf{51.9721}$ で伸びる。模型が正確な予測器を入れると伸び率は $\mathbf{1.0000}$、末尾の偏差は $\mathbf{1.83\times10^{-14}}$ で、むだ時間が無い場合とほぼ同じ定常値に落ち着く。対象もむだ時間もゲインも同じで、違うのは帰還信号だけである。判定を「絶対値が $10^{6}$ を超えるか」で書いたときは落ちた。$L=1.5$ の不安定極は実部が小さく $60$ 秒では届かないので、二つの窓の振れを比べて伸びを見るほうが確かである。模型に要る精度は、予想よりはるかに緩い。模型のむだ時間が実際の $\mathbf{1.60}$ 倍でも $\mathbf{0.10}$ 倍でも安定で、二分法で詰めると壊れる境目は $\mathbf{0.06165}$ と $\mathbf{0.06167}$ のあいだ、模型のむだ時間が $\mathbf{0.0925}$ 秒を割ったところである。私は書く前に「模型が二割外れたら壊れる」と予想したが、外れた。理由は帰還信号の形から読める。$y_{m}(t)-y_{m}(t-L_{m})$ の項が「これから来る分」を先に差し引いており、差し引きが完全でなくても向きさえ合っていれば余裕は増える。ただし動かしたのはむだ時間だけで、時定数やゲインが外れた場合は別の勘定になる。$\mathbf{0.0617}$ 倍という数を「模型は雑でよい」と読んではいけない。分離子は、模型が在るかである。模型のむだ時間を $\mathbf{0}$ にすると帰還は素の $y$ に戻り、伸び率も $\mathbf{51.9721}$ に戻る。予測器の有無で切り替わり、精度の連続的な劣化では切り替わらない。論文367 の言うとおり、どこかで下げればどこかで上がる。位相余裕は回復するが、代金は模型を持ち続ける義務である。論文289 の限界もそのまま効く。予測器の中身は予報なので、対象が予報しにくければ模型は作れない。論文426 の柵も要る。予測器が使う「先の値」は模型が作ったものであって観測ではなく、取り違えれば先読みになる。論文300 の判定でいえば、「余裕が無い」は周波数の持ち物を要り、「模型が無い」は要らない。同じ不安定でも直し方が違う。正直に言えば、むだ時間は消えていない。特性方程式から外れるだけで、出力が目標に着くのはやはり $L$ だけ遅れてからである。制御器も設計しておらず、比例制御一つで見ただけで、$PI$ 制御や整定時間の最適化には入っていない。外乱応答も扱っておらず、目標追従だけを見た。模型のずれとして動かしたのはむだ時間だけで、不安定な対象にも広げていない。刻みは $10^{-3}$ 秒で、境目の値はそれに依る。言えるのは、余裕の回復と引き換えに模型が要求されること、そしてその要求が精度ではなく存在にかかっている、そこまでである。

参考文献

  1. Astrom, K. J., & Hagglund, T. (2006). Advanced PID Control. ISA.
  2. Bode, H. W. (1945). Network Analysis and Feedback Amplifier Design. Van Nostrand.
  3. Palmor, Z. J. (1996). Time-Delay Compensation: Smith Predictor and Its Modifications. In W. S. Levine (Ed.), The Control Handbook. CRC Press.
  4. Smith, O. J. M. (1957). Closer Control of Loops with Dead Time. Chemical Engineering Progress.
  5. 山岸勇輝 (2026). 『予報の限界を決めているのは、たった一つの数である』[論文289]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171367
  6. 山岸勇輝 (2026). 『三百本目の点呼、同根か別根かは、判定できる』[論文300]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171914
  7. 山岸勇輝 (2026). 『むだ時間は、振幅を一切変えずに安定余裕だけを食う』[論文350]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22695565
  8. 山岸勇輝 (2026). 『感度をどこかで下げると、どこかで必ず上がる』[論文367]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22697709
  9. 山岸勇輝 (2026). 『先読みは、期間を分けても高い $t$ 値でも消えない』[論文426]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22700184

作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。

書誌

山岸勇輝(2026)「むだ時間をループの外へ出す代わりに、要求されるのは模型である」[論文532]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.23014107

YOI 532第1版・2026年9月ビットコインに記録済み

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引用するとき

山岸勇輝 (2026). むだ時間をループの外へ出す代わりに、要求されるのは模型である [論文532]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/532 ・ DOI: 10.5281/zenodo.23014107

Yamagishi, Y. (2026). Taking Dead Time Out of the Loop Demands a Model in Its Place [Paper 532]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/532; DOI: 10.5281/zenodo.23014107

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