要旨
月がいつも同じ面を見せることは知られているが、なぜ半分より多く見えるのかは秤動で説明される。本稿が示すのは、その秤動の幅を決めているのが、二つの法線が黄道の法線のどちら側にあるかという一つの条件であることである。新しい定理も法則も主張しない。
第一に、向きの取り方で、傾きが二通りになる。軌道面 $5.145$ 度と赤道面 $1.543$ 度から、反対側なら $\mathbf{6.688}$ 度、同じ側なら $\mathbf{3.602}$ 度が出る(第2節)。
第二に、観測は反対側を選ぶ、緯度秤動は約 $6.7$ 度で、$\mathbf{6.688}$ 度とは $0.2$ 度以内、$\mathbf{3.602}$ 度とは $3$ 度以上ずれる(第2節)。
第三に、経度秤動は離心率から出る。平均の離心率 $0.0549$ からケプラー方程式を解くと $\mathbf{6.2933}$ 度で、一次近似 $2e$ の $\mathbf{6.2911}$ 度とよく合う(第3節)。
第四に、それでは観測の約 $7.9$ 度に足りない。$7.9$ 度を出すには離心率が $\mathbf{0.068903}$ 要り、これは月が実際にとる $0.026$ から $0.077$ の範囲の中にある(第3節)。
第五に、これが本稿の芯である。見える面積の割合が、向きの取り方で変わる。反対側なら $\mathbf{0.580675}$、同じ側なら $\mathbf{0.563750}$ で、差は $\mathbf{0.016925}$ である(第4節)。
第六に、分離子は、法線の側である。傾きの大きさではなく、どちら側にあるかが面積を決めている(第5節)。
キーワード:カッシーニの法則、月の秤動、月の自転軸、見える面積、天体力学。
射程(何を示さないか)
新しい定理も法則も主張しない。カッシーニの三法則も、秤動の分類も標準的である。カッシーニ状態の力学を扱わない。なぜ月がその状態に落ち着いたのか(潮汐による減衰と捕獲)には立ち入らない。歳差の周期を扱わない。交点の $18.6$ 年の運動は、平均の幾何だけを使うために平均した。日周秤動を分けて数えない。観測者が地球の中心にいるとして計算した。日周秤動の約 $1$ 度は入れていない。物理秤動を扱わない。月自身の自転の揺れ(振幅が桁で小さい)は入れていない。暦や観測法を述べない。いつどこから見ればどこまで見えるかは主題ではない。「$59$ パーセント」という通説の数を採らない。本稿が出したのは日周秤動を除いた $\mathbf{0.580675}$ であり、通説の数はそれを含む。既刊との関係:論文406 は同じ面が見えていることが月の自転の証拠だと示した。あちらは自転の有無を論じた。本稿は、その自転の軸の向きが面積を決めることを示す。論文328 は同じ楕円が三ヶ月ずれていたことが原因の違いの証拠になったと示した。向きや位相の差が原因を分ける、という同じ型である。論文95 は規約と事実を分けた。法線がどちら側にあるかは事実であり、選べる規約ではない。だから反証されうる。論文300 は同根か別根かが判定できると示した。経度秤動と緯度秤動は「量の持ち物」の基準で別根である。加えたのは、第三法則の帰結を $\mathbf{6.688}$ 度と $\mathbf{3.602}$ 度の二択として出したこと、経度秤動をケプラー方程式から $\mathbf{6.2933}$ 度と出したこと、足りない分を離心率 $\mathbf{0.068903}$ として逆算したこと、見える面積を二通りで数値積分して $\mathbf{0.016925}$ の差を出したこと、分離子を法線の側に置いたことである。
1. 記法と問い
設定:カッシーニは $1693$ 年に、月の自転について三つの法則を述べた。第一に自転周期が公転周期に等しいこと、第二に赤道面が黄道面に対して一定の傾きを保つこと、第三に自転軸・軌道面の法線・黄道面の法線が同一平面にあることである。
観察 1.1 第三法則だけが、向きを含んでいる。同一平面にあるというだけでなく、二つの法線が黄道の法線をはさんで反対側にある。同じ側か反対側かで、赤道面と軌道面の傾きが変わる。
観察 1.2 その傾きが、緯度秤動の振幅である。見える面積はそこから決まる。つまり第三法則は、面積についての反証可能な主張を含んでいる。
問い:どちらの向きなら、観測に合うか。
2. 第三法則が向きを決める
計算 2.1:軌道面と黄道の傾きを $5.145$ 度、赤道面と黄道の傾きを $1.543$ 度として、赤道面と軌道面の傾きを二通りで出す。
| 法線の側 | 赤道と軌道の傾き | 観測(約 $6.7$ 度)との差 |
|---|---|---|
| 反対側(第三法則) | $\mathbf{6.688}$ 度 | $\mathbf{0.012}$ 度 |
| 同じ側 | $\mathbf{3.602}$ 度 | $\mathbf{3.098}$ 度 |
観察 2.2 足すか引くかの違いだけである。$5.145+1.543$ と $5.145-1.543$、数式としては一文字の符号で、観測される量としては $3$ 度以上の差になる。
観察 2.3 観測は片方を排除する。緯度秤動の振幅は約 $6.7$ 度、同じ側という仮定は反証されている。第三法則は分類ではなく、反証可能な主張である。
観察 2.4 論文95 の分け方でいえば、これは事実の側である。法線がどちら側にあるかは、規約で選べない。選べないからこそ、外れうる。
3. 経度秤動は離心率から出る
計算 3.1:自転が一定で公転が楕円なら、見かけの向きは中心差の分だけ振れる。ケプラー方程式を解いて、真近点離角と平均近点離角の差の最大を測った。
| 量 | 値 |
|---|---|
| 離心率 $0.0549$ から出る振幅 | $\mathbf{6.2933}$ 度 |
| 一次近似 $2e$ | $\mathbf{6.2911}$ 度 |
| 観測されている経度秤動 | 約 $7.9$ 度 |
| $7.9$ 度を出すのに要る離心率 | $\mathbf{0.068903}$ |
| 月の離心率が実際にとる範囲 | $0.026$ から $0.077$ |
観察 3.2 平均の離心率では足りない。$\mathbf{6.2933}$ 度に対し観測は約 $7.9$ 度、$1.6$ 度も足りない。高次の項を足しても埋まらない大きさである。
観察 3.3 外れた理由を推定せずに逆算した。$7.9$ 度を出すには離心率が $\mathbf{0.068903}$ 要る。そしてその値は、月の離心率が太陽の摂動で実際にとる $0.026$ から $0.077$ の範囲の中にある。
観察 3.4 つまり離心率が定数でなかった。「高次項が足りない」でも「観測が悪い」でもない。最大の秤動は、離心率が大きい時期に起きる。平均で計算すると必ず足りない。
観察 3.5 一次近似との一致は、別の検査である。$\mathbf{6.2933}$ 度と $\mathbf{6.2911}$ 度、ケプラー方程式の解き方が正しいことを、閉じた式で確かめた。足りないのは解法ではなく入力である。
4. 見える面積
計算 4.1:副地球点が経度 $\pm7.9$ 度、緯度 $\pm b$ の長方形の中を動くとして、いずれかの時点で見える面積の割合を球面上で数値積分した。
| 場合 | 見える割合 |
|---|---|
| 秤動なし(半球だけ) | $\mathbf{0.500000}$ |
| 第三法則どおり($b=\mathbf{6.688}$ 度) | $\mathbf{0.580675}$ |
| 同じ側だとしたら($b=\mathbf{3.602}$ 度) | $\mathbf{0.563750}$ |
| 差 | $\mathbf{0.016925}$ |
観察 4.2 これが本稿の芯である。法線の側を取り替えるだけで、見える面積が $\mathbf{0.016925}$、月の表面の $1.7$ パーセント点だけ変わる。第三法則は、面積という測れる量を予言している。
観察 4.3 秤動なしがちょうど半分になる。$\mathbf{0.500000}$、数値積分が正しいことの検査であって、主張ではない。
観察 4.4 通説の「$59$ パーセント」とは違う。本稿の $\mathbf{0.580675}$ は日周秤動を入れていない。地球の半径ぶんの視差で約 $1$ 度加わる分は、別に数えるべきものである。
観察 4.5 経度と緯度で効き方が違う。経度の振幅のほうが大きいのに、面積への寄与は緯度の側にも大きくある。球面では、極の近くほど同じ角度が小さい面積に対応するからである。
5. 分離子
観察 5.1 分離子は、法線の側である。傾きの大きさを二つとも与えても、側が決まらなければ面積は決まらない。$\mathbf{0.580675}$ か $\mathbf{0.563750}$ か、二つの答が残る。
観察 5.2 論文406 の続きである。あちらは「同じ面が見えることが自転の証拠だ」と示した。本稿は、その自転の軸がどちらを向いているかが、見える面積を決めることを示す。
観察 5.3 論文300 の「量の持ち物」で、二つの秤動は別根である。経度秤動は離心率という持ち物を要り、緯度秤動は軸の傾きという別の持ち物を要る。どちらも「秤動」と呼ばれるが、動かす相手が違う。
観察 5.4 論文328 と同じ型である。あちらは位相の三ヶ月のずれが原因を分けた。こちらは法線の側という向きが、面積を分ける。
観察 5.5 言わないこと。なぜ月がこの状態に落ち着いたかは扱わない。潮汐による減衰と捕獲の力学には立ち入らず、物理秤動も日周秤動も入れていない。
6. 点呼と結び
- 反対側なら $\mathbf{6.688}$ 度(計算 2.1):同じ側なら $\mathbf{3.602}$ 度。
- 観測は約 $6.7$ 度(観察 2.3):同じ側は反証されている。
- 符号一つで $3$ 度以上(観察 2.2):足すか引くか。
- 経度秤動は $\mathbf{6.2933}$ 度(計算 3.1):一次近似 $\mathbf{6.2911}$ 度。
- 観測の $7.9$ 度に足りない(観察 3.2):$1.6$ 度。
- 要る離心率は $\mathbf{0.068903}$(計算 3.1):実際の範囲の中。
- 離心率が定数でなかった(観察 3.4):高次項ではない。
- 見える割合 $\mathbf{0.580675}$(計算 4.1):本稿の芯。
- 同じ側なら $\mathbf{0.563750}$(計算 4.1):差 $\mathbf{0.016925}$。
- 秤動なしは $\mathbf{0.500000}$(観察 4.3):積分の検査。
- 分離子は法線の側(観察 5.1):傾きの大きさではない。
結び:月がいつも同じ面を見せることは知られており、半分より多く見える理由は秤動で説明される。第三法則が向きを決めている。軌道面が黄道に $5.145$ 度、赤道面が $1.543$ 度傾いているとき、法線が黄道の法線をはさんで反対側なら赤道と軌道の傾きは $\mathbf{6.688}$ 度、同じ側なら $\mathbf{3.602}$ 度になる。式としては足すか引くかの違いにすぎないのに、観測される量としては $3$ 度以上の差になる。緯度秤動の振幅は約 $6.7$ 度で、同じ側という仮定は反証されている。第三法則は分類ではなく、反証可能な主張である。論文95 の分け方でいえば、法線がどちら側にあるかは規約で選べない事実であり、選べないからこそ外れうる。経度秤動は離心率から出るが、平均では足りない。ケプラー方程式を解くと平均の離心率 $0.0549$ からは $\mathbf{6.2933}$ 度が出て、一次近似 $2e$ の $\mathbf{6.2911}$ 度とよく合う。ところが観測は約 $7.9$ 度で、$1.6$ 度足りない。高次の項では埋まらない大きさである。そこで理由を推定せずに逆算すると、$7.9$ 度を出すには離心率が $\mathbf{0.068903}$ 要り、それは月の離心率が太陽の摂動で実際にとる $0.026$ から $0.077$ の範囲の中にある。つまり足りなかったのは解法ではなく入力で、離心率が定数でなかった。最大の秤動は離心率が大きい時期に起きるので、平均で計算すると必ず足りない。向きの取り方が、見える面積を決める。副地球点が経度 $\pm7.9$ 度、緯度 $\pm b$ の長方形を動くとして球面上で積分すると、第三法則どおりなら $\mathbf{0.580675}$、同じ側なら $\mathbf{0.563750}$ で、差は $\mathbf{0.016925}$ である。秤動なしがちょうど $\mathbf{0.500000}$ になることが、積分の検査になっている。通説の「$59$ パーセント」とは違う数で、本稿は日周秤動の約 $1$ 度を入れていない。分離子は、法線の側である。傾きの大きさを二つとも与えても、側が決まらなければ $\mathbf{0.580675}$ か $\mathbf{0.563750}$ かが残る。論文406 は同じ面が見えることを自転の証拠とした。本稿はその自転の軸の向きが、見える面積を決めることを示す。論文300 の「量の持ち物」でいえば、経度秤動は離心率を要り、緯度秤動は軸の傾きを要る。どちらも秤動と呼ばれるが、動かす相手が違う。論文328 は位相の三ヶ月のずれが原因を分けた。こちらは法線の側という向きが面積を分ける。正直に言えば、なぜ月がこの状態に落ち着いたかは扱っていない。潮汐による減衰と捕獲の力学には立ち入らず、交点の $18.6$ 年の運動も平均し、物理秤動も日周秤動も入れていない。観測者は地球の中心にいるとして計算したので、通説の数とは違う。暦や観測法も述べていない。言えるのは、法線の側という一つの向きが、緯度秤動の幅を通じて見える面積を $\mathbf{0.016925}$ だけ動かす、そこまでである。
参考文献
- Cassini, J.-D. (1693). De l’origine et du progrès de l’astronomie et de son usage dans la géographie et dans la navigation. In Recueil d’observations faites en plusieurs voyages. Paris.
- Colombo, G. (1966). Cassini’s Second and Third Laws. Astronomical Journal.
- Meeus, J. (1998). Astronomical Algorithms (2nd ed.). Willmann-Bell.
- Peale, S. J. (1969). Generalized Cassini’s Laws. Astronomical Journal.
- 山岸勇輝 (2026). 『規約と事実を分ける』[論文95]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21758621
- 山岸勇輝 (2026). 『三百本目の点呼、同根か別根かは、判定できる』[論文300]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171914
- 山岸勇輝 (2026). 『同じ楕円が三ヶ月ずれていたことが、原因が別だという証拠になった』[論文328]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22210340
- 山岸勇輝 (2026). 『同じ面が見えていることが、月が自転している証拠である』[論文406]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22699455
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「月の見える面積を決めているのは、二つの法線がどちら側にあるかである」[論文535]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.23014119
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 月の見える面積を決めているのは、二つの法線がどちら側にあるかである [論文535]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/535 ・ DOI: 10.5281/zenodo.23014119
Yamagishi, Y. (2026). What Fixes How Much of the Moon Is Visible Is Which Side Two Normals Lie On [Paper 535]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/535; DOI: 10.5281/zenodo.23014119
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