要旨
フィッツの法則は、シャノンの通信路容量から導かれたとしばしば言われる。本稿が示すのは、原型が容量の満たすべき性質を破っており、導出ではなく形の借用だったと数で言えることである。新しい定理も法則も主張しない。
第一に、二つの式は一点でだけ重なる。$D/W=1$ で原型もシャノン型も $\mathbf{1.000000}$ を返す(第2節)。
第二に、これが本稿の芯である。原型は負になる。$D/W=0.5$ で $\mathbf{0.000000}$、$D/W=0.25$ で $\mathbf{-1.000000}$ であり、情報量としてありえない値を返す(第2節)。
第三に、容量の形は負になれない。$C=B\log_{2}(1+S/N)$ は $S/N\ge0$ なので $0$ 以上で、$S/N=0$ でちょうど $\mathbf{0}$ になる(第3節)。
第四に、だから原型は容量の形を満たしていない。同じ $\log_{2}$ を使っていても、満たすべき性質が違う(第3節)。
第五に、差は大きい領域でも消えない。比は $D/W=10$ で $\mathbf{1.249317}$、$100$ で $\mathbf{1.148034}$、$10000$ でもまだ $\mathbf{1.075246}$ である(第4節)。
第六に、分離子は、境目の外で試すことである。使う範囲の中では二つは似ており、範囲の外へ出したときに片方だけが壊れる(第5節)。
キーワード:フィッツの法則、シャノン=ハートレーの式、情報理論、ヒューマンインタフェース、外挿。
射程(何を示さないか)
新しい定理も法則も主張しない。フィッツの法則も、シャノン=ハートレーの式も、後年のシャノン型の書き換えも標準的である。フィッツの法則の当否を論じない。人の動作をどれだけよく記述するかは主題ではない。実験データを扱わない。当てはめの良さも、係数 $a$ と $b$ の値も出さない。歴史の意図を推し量らない。フィッツが何を考えていたかではなく、式が満たす性質だけを見る。情報理論の解釈をしない。人の運動が情報路であるかどうかには立ち入らない。書き換えを改良と呼ばない。シャノン型が負にならないことを示すだけで、どちらを使うべきかは述べない。$D/W$ が小さい領域を実務的だと主張しない。目標が始点より広い場合は実験の設計としては特殊である。それでも式の性質は式の性質である。既刊との関係:論文345 は同じ $\log_{2}$ が片方では比を、もう片方では個数を数えていると示した。本稿は同じ対を、導出か借用かという別の軸で見る。数えているものではなく、満たすべき性質を比べる。論文304 は「容量」が無限長でしか達成できない数だと示した。達成できないとしても、容量は負にならない。その性質が本稿の判定に使える。論文300 は同根か別根かが判定できると示した。二つは「道筋」の基準で別根である。加えたのは、二つの式を境目の外まで並べたこと、原型が $D/W=0.25$ で $\mathbf{-1.000000}$ を返すと示したこと、容量が負になれないことを $S/N=0$ の値で確かめたこと、比が $D/W=10000$ でも $\mathbf{1.075246}$ 残ると測ったこと、分離子を「境目の外で試す」に置いたことである。
1. 記法と問い
設定:フィッツの法則は、距離 $D$ の目標に幅 $W$ で到達する時間を
$$MT=a+b\cdot ID,\qquad ID=\log_{2}\!\left(\frac{2D}{W}\right)$$
と書く。後年、これを $ID=\log_{2}(D/W+1)$ と書き換える流儀が広まった。
シャノンの容量:通信路容量は $C=B\log_{2}(1+S/N)$ である。
観察 1.1 形が似ている。どちらも $\log_{2}$ の中に比が入る。フィッツ自身がシャノンの定理を引いており、そこから来ていると読まれてきた。
観察 1.2 似ていることは、導かれたことを意味しない。論文345 は同じ $\log_{2}$ が別のものを数えていると示した。本稿は数えているものではなく、式が満たすべき性質を比べる。
問い:借りたのか、導いたのかを、数で分けられるか。
2. 境目の外へ出す
計算 2.1:二つの $ID$ を、$D/W$ を広く動かして比べる。
| $D/W$ | 原型 $\log_{2}(2D/W)$ | シャノン型 $\log_{2}(D/W+1)$ |
|---|---|---|
| $0.25$ | $\mathbf{-1.000000}$ | $\mathbf{0.321928}$ |
| $0.50$ | $\mathbf{0.000000}$ | $\mathbf{0.584963}$ |
| $1.00$ | $\mathbf{1.000000}$ | $\mathbf{1.000000}$ |
| $2.00$ | $2.000000$ | $1.584963$ |
| $10.00$ | $4.321928$ | $3.459432$ |
| $100.00$ | $7.643856$ | $6.658211$ |
観察 2.2 重なるのは一点だけである。$D/W=1$ でどちらも $\mathbf{1.000000}$、そこを外れると、上でも下でも離れる。
観察 2.3 これが本稿の芯である。原型は $D/W=0.5$ で $\mathbf{0.000000}$、$D/W=0.25$ で $\mathbf{-1.000000}$ を返す。難しさが負になる。情報量としてありえない。
観察 2.4 シャノン型はどこでも正である。$D/W=0.25$ でも $\mathbf{0.321928}$、$D/W>0$ である限り $\log_{2}(1+D/W)>0$ で、符号が変わらない。
観察 2.5 負になる領域は実験では稀である。目標が始点より広い場合、だから実務では見つからなかった。境目の外へ出さないと、二つは区別できない。
3. 容量は負になれない
観察 3.1 $C=B\log_{2}(1+S/N)$ は構造上 $0$ 以上である。雑音に対する信号の比は負になれないので、$1+S/N\ge1$、$S/N=0$ でちょうど $\mathbf{0}$ になり、それより下は無い。
観察 3.2 これは容量の定義から来ている。容量は「区別して送れる符号語の個数」の対数である。個数は $1$ 以上なので、対数は $0$ 以上になる。負の容量という状態が無い。
観察 3.3 だから原型は容量の形を満たしていない。$-1.000000$ を返す式は、どんな通信路の容量でもない。同じ $\log_{2}$ を使っていても、満たすべき性質が違う。
観察 3.4 論文304 の柵とも噛み合う。あちらは容量が無限長でしか達成できない数だと示した。達成できるかどうかと、負になれるかどうかは別の性質である。達成できなくても負にはならない。
観察 3.5 論文300 の「道筋」の基準で別根である。容量は符号語の数え上げから出る。原型の $ID$ は、距離と幅の比を対数の目盛に載せたものである。至る道が共有されていない。
4. 差はどこまで残るか
計算 4.1:二つの $ID$ の比を、$D/W$ を大きくしながら測った。
| $D/W$ | 原型/シャノン型 |
|---|---|
| $2$ | $\mathbf{1.261860}$ |
| $10$ | $\mathbf{1.249317}$ |
| $100$ | $\mathbf{1.148034}$ |
| $10000$ | $\mathbf{1.075246}$ |
観察 4.2 比は単調に縮む。$\mathbf{1.261860}$ から $\mathbf{1.075246}$ へ、$D/W$ が大きいところでは二つの式は近づく。
観察 4.3 それでも消えない。$D/W=10000$ でも $\mathbf{7.5}$ パーセント違う。$\log_{2}2 = 1$ という定数のずれが残るからで、$\log$ が大きくなるほど相対的には薄まるが $0$ にはならない。
観察 4.4 当てはめでは吸収されてしまう。$MT=a+b\cdot ID$ の $a$ と $b$ を自由に選べる。定数のずれは $a$ が、比例のずれは $b$ が吸収する。実験の当てはまりだけでは二つを分けられない。
5. 分離子
観察 5.1 分離子は、境目の外で試すことである。使う範囲の中では二つは似ており、係数で吸収される。範囲の外へ出したときに、片方だけが壊れる。
観察 5.2 壊れ方が主張になっている。「負の情報量」という状態が無いことは、情報理論の側の性質である。その性質を破る式は、情報理論から導かれてはいない。
観察 5.3 これは形の借用を責める話ではない。形を借りて有用な法則を作ることは、それ自体では誤りではない。誤りになるのは、借りたものを導いたと呼ぶときである。
観察 5.4 論文345 と軸が違う。あちらは同じ $\log_{2}$ が何を数えているかを分けた。本稿は、式が満たすべき性質を破るかどうかで分ける。数えているものが違うことと、導出の関係が無いことは、別の主張である。
観察 5.5 言わないこと。フィッツの法則の当否は論じない。人の動作をどれだけよく記述するかは主題ではなく、実験データも当てはめの係数も出していない。
6. 点呼と結び
- $D/W=1$ でどちらも $\mathbf{1.000000}$(計算 2.1):重なるのは一点。
- 原型は $D/W=0.5$ で $\mathbf{0.000000}$(計算 2.1):難しさが消える。
- $D/W=0.25$ で $\mathbf{-1.000000}$(観察 2.3):本稿の芯。
- シャノン型は $\mathbf{0.321928}$(観察 2.4):どこでも正。
- 容量は $S/N=0$ で $\mathbf{0}$(観察 3.1):それより下は無い。
- 負の容量という状態が無い(観察 3.2):個数の対数だから。
- 比は $D/W=10$ で $\mathbf{1.249317}$(計算 4.1):$100$ で $\mathbf{1.148034}$。
- $10000$ でも $\mathbf{1.075246}$(観察 4.3):消えない。
- 係数が吸収する(観察 4.4):当てはまりでは分けられない。
- 分離子は境目の外(観察 5.1):範囲の中では似ている。
- 借用そのものは誤りでない(観察 5.3):導いたと呼ぶのが誤り。
結び:フィッツの法則は、シャノンの通信路容量から導かれたとしばしば言われる。境目の外へ出すと、二つは分かれる。原型 $\log_{2}(2D/W)$ とシャノン型 $\log_{2}(D/W+1)$ が重なるのは $D/W=1$ の一点だけで、そこではどちらも $\mathbf{1.000000}$ を返す。原型は $D/W=0.5$ で $\mathbf{0.000000}$、$D/W=0.25$ で $\mathbf{-1.000000}$ となり、難しさが負になる。シャノン型は $D/W=0.25$ でも $\mathbf{0.321928}$ で、$D/W>0$ である限り符号が変わらない。負になる領域は目標が始点より広い場合で、実験では稀である。だから実務では見つからなかった。容量は負になれない。$C=B\log_{2}(1+S/N)$ は $S/N\ge0$ から $0$ 以上で、$S/N=0$ でちょうど $\mathbf{0}$ になる。それは定義から来ている。容量は区別して送れる符号語の個数の対数で、個数は $1$ 以上だから対数は $0$ 以上になる。負の容量という状態が無い。だから $-1.000000$ を返す式は、どんな通信路の容量でもない。同じ $\log_{2}$ を使っていても、満たすべき性質が違う。論文304 は容量が無限長でしか達成できないと示したが、達成できないことと負になれることは別の性質で、達成できなくても負にはならない。差は大きい領域でも消えない。比は $D/W=2$ で $\mathbf{1.261860}$、$10$ で $\mathbf{1.249317}$、$100$ で $\mathbf{1.148034}$、$10000$ でもまだ $\mathbf{1.075246}$ である。単調に縮むが $0$ にはならない。$\log_{2}2=1$ という定数のずれが残るからである。ところが $MT=a+b\cdot ID$ の $a$ と $b$ を自由に選べるので、定数のずれは $a$ が、比例のずれは $b$ が吸収する。実験の当てはまりだけでは二つを分けられない。分離子は、境目の外で試すことである。使う範囲の中では二つは似ていて係数に吸収され、範囲の外へ出したときに片方だけが壊れる。壊れ方そのものが主張になっている。負の情報量という状態が無いのは情報理論の側の性質であり、その性質を破る式は情報理論から導かれてはいない。論文300 の「道筋」の基準でいえば、容量は符号語の数え上げから出て、原型の $ID$ は距離と幅の比を対数の目盛に載せたもので、至る道が共有されていない。論文345 は同じ $\log_{2}$ が何を数えているかを分けた。本稿は満たすべき性質を破るかどうかで分けたので、軸が違う。正直に言えば、これは形の借用を責める話ではない。形を借りて有用な法則を作ることはそれ自体では誤りではなく、誤りになるのは借りたものを導いたと呼ぶときである。フィッツの法則の当否は論じておらず、人の動作をどれだけよく記述するかも主題ではない。実験データも当てはめの係数も出していないし、歴史の意図も推し量っていない。人の運動が情報路であるかどうかにも立ち入らず、書き換えを改良とも呼んでいない。言えるのは、原型が容量の満たすべき性質を破っており、そのことは境目の外へ出せば数で示せる、そこまでである。
参考文献
- Cover, T. M., & Thomas, J. A. (2006). Elements of Information Theory (2nd ed.). Wiley.
- Fitts, P. M. (1954). The Information Capacity of the Human Motor System in Controlling the Amplitude of Movement. Journal of Experimental Psychology.
- MacKenzie, I. S. (1992). Fitts’ Law as a Research and Design Tool in Human-Computer Interaction. Human-Computer Interaction.
- Shannon, C. E. (1948). A Mathematical Theory of Communication. Bell System Technical Journal.
- 山岸勇輝 (2026). 『三百本目の点呼、同根か別根かは、判定できる』[論文300]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171914
- 山岸勇輝 (2026). 『「容量」は、無限長でしか達成できない数である』[論文304]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22172081
- 山岸勇輝 (2026). 『同じ $\log_2$ が、片方では比を、もう片方では個数を数えている』[論文345]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22682287
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「式の形を借りたのか、導いたのかは、境目の外で分かる」[論文536]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.23014123
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 式の形を借りたのか、導いたのかは、境目の外で分かる [論文536]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/536 ・ DOI: 10.5281/zenodo.23014123
Yamagishi, Y. (2026). Whether a Formula Was Borrowed or Derived Shows Outside the Working Range [Paper 536]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/536; DOI: 10.5281/zenodo.23014123
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