要旨
水が温かいと酸素が溶けにくい、とよく言われる。本稿が示すのは、それは正しいが、温めたときの酸素の足りなさの主な理由ではなく、四分の三は生き物の要る量が増える側から来ていることである。新しい定理も法則も主張しない。
第一に、溶ける量は式で出る。飽和溶存酸素は 0 度で $\mathbf{14.6208}$、30 度で $\mathbf{7.5588}$ mg/L、比は $\mathbf{1.934281}$ で、減り方は $\mathbf{48.3012}$ パーセントである。式は標準的な表の 4 点を $0.02$ mg/L 以内で再現した(第2節)。
第二に、要る量は $Q_{10}$ で増える。$Q_{10}=2$ なら 30 度の代謝は 0 度の $\mathbf{8.0000}$ 倍で、需給は $\mathbf{15.4742}$ 倍悪くなる(第3節)。
第三に、これが本稿の芯である。需給の悪化を対数で分けると、$\mathbf{0.759148}$ が需要の側にある。「溶けにくくなる」は正しいが、主な理由ではない(第4節)。
第四に、境目は $Q_{10}=\mathbf{1.245967}$ である。供給の比の三乗根で、代謝の $Q_{10}$ がこれを超える限り、要る量の側が勝つ(第4節)。
第五に、一度あたりで見ても同じである。20 度で溶ける量は 1 度あたり $\mathbf{1.986169}$ パーセント減り、要る量は $\mathbf{6.931472}$ パーセント増える。比は $\mathbf{3.4899}$ 倍である(第4節)。
第六に、分離子は、代謝の $Q_{10}$ が供給の比の三乗根より大きいかどうかである。気体の溶け方と生き物の速さという、根の違う二つの温度への敏感さの比べ合いである(第5節)。
キーワード:溶存酸素、水温、代謝の Q10、魚、気体の溶解度。
射程(何を示さないか)
新しい定理も法則も主張しない。気体の溶解度の温度依存も、代謝の $Q_{10}$ も標準的である。魚が死ぬ原因をこれだけで決めない。えらの換気、血液が酸素を運ぶ力、温度への順化は入れていない。淡水・1 気圧・飽和の水だけを見る。実際の水は夜や底で飽和を下回ることが多いが、ここでは溶ける上限だけを比べる。$Q_{10}$ は代表値である。種と温度の範囲で違う。$1.5$ から $3$ を並べ、芯には $2$ を使った。致死温度の近くでは $Q_{10}$ は一定でなくなるが、入れていない。生態を扱わない。水の成層、藻の呼吸、流れによる酸素の運び込みは本稿の外である。要る量の大きさは出さない。比べるのは比だけで、何 mg/L あれば足りるかは述べない。既刊との関係:論文386 は、溶解度が一つも動かないのに溶ける速さが $1000$ 倍になることを示した。平衡の量と速さの量は別である。本稿では平衡の量(溶ける上限)も動くが、速さの量(代謝)のほうが大きく動く。論文382 は、脳の比出力の「$10$ 倍」が比べる相手の低さから出ていると示した。本稿も代謝を何と比べるかを問い、比べる相手を供給に置く。論文300 は同根か別根かが判定できると示した。「溶ける量が減る」と「要る量が増える」は別根で、だから二つは独立に掛け算で効く。加えたのは、飽和溶存酸素の式を表の 4 点と突き合わせたうえで比 $\mathbf{1.934281}$ を出したこと、需給の悪化を対数で需要と供給に分け、需要の分け前 $\mathbf{0.759148}$ を出したこと、境目の $Q_{10}$ を供給の比の三乗根 $\mathbf{1.245967}$ という閉じた形で置いたこと、一度あたりの比 $\mathbf{3.4899}$ を数値微分と解析的な微分の二つで確かめたこと、分離子を $Q_{10}$ と三乗根の比べ合いに置いたことである。
1. 記法と問い
設定:淡水・1 気圧で大気と平衡した水に溶ける酸素の上限を $C^*(T)$、生き物が要る酸素を $D(T)=D_0 Q_{10}^{(T-T_0)/10}$ と書く。足りるかどうかは比 $D/C^*$ で決まり、0 度から 30 度へ温めると
$$\frac{D(30)/C^*(30)}{D(0)/C^*(0)}=Q_{10}^{\,3}\cdot S,\qquad S=\frac{C^*(0)}{C^*(30)}$$
だけ悪くなる。
観察 1.1 「水が温かいと酸素が溶けにくい」はよく言われ、正しい。夏に池の魚が水面で口を開けているのを、それで説明することが多い。問題は、それがどれだけ効いているかである。
問い:温めたときの需給の悪化のうち、溶ける量の減りと要る量の増えは、それぞれどれだけか。
2. 溶ける量
計算 2.1:飽和溶存酸素を Benson と Krause の式で出し、標準的な表と突き合わせた。
| 水温 | 式(mg/L) | 表(mg/L) |
|---|---|---|
| $0$ 度 | $\mathbf{14.6208}$ | $14.62$ |
| $10$ 度 | $\mathbf{11.2879}$ | $11.29$ |
| $20$ 度 | $\mathbf{9.0924}$ | $9.09$ |
| $30$ 度 | $\mathbf{7.5588}$ | $7.56$ |
観察 2.2 式が表の 4 点を $0.02$ mg/L 以内で再現した。式と表を別々に持っていて、それが一致することの確かめである。どちらかを写し間違えていれば、ここで食い違う。
観察 2.3 0 度から 30 度で、溶ける量は $\mathbf{1.934281}$ 分の $1$ になる。減り方は $\mathbf{48.3012}$ パーセントで、半分より少し少ない。これが「温かいと溶けにくい」の大きさである。
3. 要る量
計算 3.1:代謝を $Q_{10}$ で温めた。30 度は 0 度の $Q_{10}^{ 3}$ 倍である。
| $Q_{10}$ | 30 度の要る量(0 度比) | 需給の悪化 |
|---|---|---|
| $1.5$ | $\mathbf{3.3750}$ | $\mathbf{6.5282}$ |
| $2.0$ | $\mathbf{8.0000}$ | $\mathbf{15.4742}$ |
| $2.5$ | $\mathbf{15.6250}$ | $\mathbf{30.2231}$ |
| $3.0$ | $\mathbf{27.0000}$ | $\mathbf{52.2256}$ |
観察 3.2 $Q_{10}=2$ なら、需給は $\mathbf{15.4742}$ 倍悪くなる。溶ける量が半分近くになるだけでなく、要る量が $8$ 倍になる。二つが掛け算で効く。
4. 分け前
計算 4.1:需給の悪化 $Q_{10}^{ 3}S$ の対数を、需要 $\ln Q_{10}^{ 3}$ と供給 $\ln S$ に分けた。$Q_{10}=2$ で需要の分け前は $\ln 8/\ln(8S)=\mathbf{0.759148}$ である。
観察 4.2 これが本稿の芯である。悪化の四分の三が、要る量の側にある。「酸素が溶けにくくなる」は正しいが、主な理由ではない。水温が上がって酸素が足りなくなるのは、主に生き物のほうが速く酸素を使うようになるからである。
計算 4.3:供給と需要が同じだけ効く $Q_{10}$ は、$Q_{10}^{ 3}=S$ から $S^{1/3}=\mathbf{1.245967}$ である(三乗すると $S$ に $10^{-12}$ で戻る)。
観察 4.4 境目は低い。代謝の $Q_{10}$ が $1.245967$ を超える限り、要る量の側が勝つ、代謝の $Q_{10}$ は $2$ 前後とされることが多く、境目より十分上にある。
計算 4.5:一度あたりで見た。20 度で、溶ける量は 1 度あたり $\mathbf{1.986169}$ パーセント減る(数値微分と解析的な微分が $10^{-6}$ で一致)。$Q_{10}=2$ の要る量は、連続の率 $\ln2/10$ で 1 度あたり $\mathbf{6.931472}$ パーセント増える。比は $\mathbf{3.4899}$ 倍である。
観察 4.6 一度あたりで見ても、要る量の増え方は溶ける量の減り方の三倍半である。30 度の幅でまとめても、1 度ずつ見ても、同じ向きの答が出る。区間の取り方で結論が変わらないことの確かめである。
5. 分離子
観察 5.1 分離子は、代謝の $Q_{10}$ が供給の比の三乗根 $1.245967$ より大きいかどうかである。これは、生き物の速さの温度への敏感さと、気体の溶け方の温度への敏感さの比べ合いである。$Q_{10}$ が $1.245967$ より小さい生き物なら、溶けにくさが主な理由になる。そういう生き物はふつう見当たらない。
観察 5.2 論文300 の基準では、二つは別根である。溶ける量が減るのは気体の溶解の性質、要る量が増えるのは生き物の化学反応の速さの性質で、根が違う。だから二つは互いに影響し合わず、独立に掛け算で効く。
観察 5.3 論文386 と対になる。あちらは溶解度が一つも動かないまま、溶ける速さだけが $1000$ 倍になった。平衡の量と速さの量は別である。こちらは平衡の量(溶ける上限)も動くが、速さの量(代謝)のほうが大きく動く。
観察 5.4 論文382 と同じ問いの立て方である。あちらは脳の「$10$ 倍」が、比べる相手が休んでいることから出ていると示した。本稿も、代謝の増え方を何と比べるかを問い、比べる相手を溶ける量の減り方に置いた。
観察 5.5 言わないこと。魚が死ぬ原因をこれだけで決めない。えらの換気、血液が酸素を運ぶ力、温度への順化、水の成層や藻の呼吸は入れていない。示すのは、溶ける上限と要る量をどう比べるかだけである。
6. 点呼と結び
- 0 度 $\mathbf{14.6208}$・30 度 $\mathbf{7.5588}$ mg/L(計算 2.1):表の 4 点と一致。
- 溶ける量は $\mathbf{1.934281}$ 分の $1$(観察 2.3):減り方 $\mathbf{48.3012}$ パーセント。
- $Q_{10}=2$ で要る量 $\mathbf{8.0000}$ 倍(計算 3.1):需給は $\mathbf{15.4742}$ 倍悪くなる。
- 需要の分け前 $\mathbf{0.759148}$(計算 4.1):本稿の芯。
- 境目 $Q_{10}=\mathbf{1.245967}$(計算 4.3):供給の比の三乗根。
- 1 度あたり $\mathbf{1.986169}$ 対 $\mathbf{6.931472}$ パーセント(計算 4.5):比 $\mathbf{3.4899}$。
- 区間の取り方で結論が変わらない(観察 4.6):30 度でも 1 度でも同じ向き。
- 分離子は $Q_{10}$ と三乗根(観察 5.1):二つの敏感さの比べ合い。
- 二つは別根(観察 5.2):だから掛け算で効く。
- 論文386 と対(観察 5.3):平衡の量と速さの量。
結び:水が温かいと酸素が溶けにくい、とよく言われ、それは正しい。ところが温めたときの酸素の足りなさの主な理由は、それではない。飽和溶存酸素は 0 度で $\mathbf{14.6208}$、30 度で $\mathbf{7.5588}$ mg/L で、式は標準的な表の 4 点を $0.02$ mg/L 以内で再現した。溶ける量は $\mathbf{1.934281}$ 分の $1$、$\mathbf{48.3012}$ パーセント減るだけである。一方 $Q_{10}=2$ の代謝は $8$ 倍になり、需給は $\mathbf{15.4742}$ 倍悪くなる。悪化を対数で分けると、$\mathbf{0.759148}$ が要る量の側にある。供給と需要が同じだけ効く境目は $Q_{10}=\mathbf{1.245967}$、供給の比の三乗根で、代謝の $Q_{10}$ はふつうそれより十分上にある。1 度あたりで見ても、20 度で溶ける量は $\mathbf{1.986169}$ パーセント減り、要る量は $\mathbf{6.931472}$ パーセント増えて、比は $\mathbf{3.4899}$ 倍である。区間の取り方で向きは変わらない。分離子は、代謝の $Q_{10}$ が供給の比の三乗根より大きいかどうかである。気体の溶け方と生き物の速さという、根の違う二つの温度への敏感さの比べ合いであり、論文300 の基準で二つは別根だから、独立に掛け算で効く。既刊との位置、論文386 では平衡の量が動かず速さだけが動いた。本稿では平衡の量も動くが、速さの量のほうが大きく動く。論文382 と同じく、比べる相手を問うことで、どちらが効いているかを分けた。正直に言えば、魚が死ぬ原因をこれだけでは決めない。えら、血液、順化、成層、藻の呼吸は入れておらず、水は飽和と置き、$Q_{10}$ は代表値で、致死温度の近くでの崩れも入れていない。示したのは、溶ける上限と要る量をどう比べるかだけである。
参考文献
- Benson, B. B., & Krause, D. (1984). The Concentration and Isotopic Fractionation of Oxygen Dissolved in Freshwater and Seawater in Equilibrium with the Atmosphere. Limnology and Oceanography.
- Schmidt-Nielsen, K. (1997). Animal Physiology: Adaptation and Environment (5th ed.). Cambridge University Press.
- Weiss, R. F. (1970). The Solubility of Nitrogen, Oxygen and Argon in Water and Seawater. Deep-Sea Research and Oceanographic Abstracts.
- 山岸勇輝 (2026). 『三百本目の点呼、同根か別根かは、判定できる』[論文300]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171914
- 山岸勇輝 (2026). 『脳が「体重の $2$ パーセントでエネルギーの $20$ パーセント」なのは、比べる相手が休んでいるからである』[論文382]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22698849
- 山岸勇輝 (2026). 『溶解度は一つも動いていないのに、溶ける速さが $1000$ 倍になる』[論文386]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22699119
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「温かい水で酸素が足りなくなる主な理由は、溶ける量ではなく要る量である」[論文572]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.23014298
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 温かい水で酸素が足りなくなる主な理由は、溶ける量ではなく要る量である [論文572]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/572 ・ DOI: 10.5281/zenodo.23014298
Yamagishi, Y. (2026). Warm Water Runs Short of Oxygen Mainly Because More Is Needed, Not Because Less Dissolves [Paper 572]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/572; DOI: 10.5281/zenodo.23014298
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