【論文172】零点は関数を決めない ── オイラーのバーゼル問題、答は正しく論法は正しくない

要旨

オイラーは $1735$ 年に $\sum 1/n^2=\pi^2/6$ を得た。答は正しい。だが論法は、書かれたままでは無効である。「零点が同じなら関数も同じ」を使っているからで、それは偽である。新しい数学定理は主張しない。いずれも標準的な内容である。

第一に、オイラーは答を先に数値で知っていた。素朴な部分和の誤差は $1/N$ で、$N=10^6$ でも $9.99999\times10^{-7}$、二十桁には $10^{20}$ 項が要る。ところが尾を展開すると $N=10$ で十二桁に届く(第2節)。

第二に、これが本稿の芯である。$\sin x/x$ と $e^x\sin x/x$ は零点が完全に一致する($e^x$ は零にならない)。それでも $x$ の係数は $0$ と $\mathbf{1}$、$x=1$ での値は $0.8414709848078965$ と $\mathbf{2.287355287178842}$ である(第3節)。

第三に、直したのはハダマールである。位数 $1$ の整関数では、零点を与えたあとに残る自由はちょうど $e^{az+b}$ だけであり、$a$ を殺すのは偶関数であることである。$a=1,-1,0.3$ の偶性の破れはそれぞれ $1.3962658$、$1.3962658$、$0.38937788$(第4節)。

第四に、仮定を補えば積は正しく収束する。$x=1$ で $5000$ 項まで取ると $0.841488035$、$\sin 1=0.841470985$(第5節)。

第五に、$\pi$ が現れるかどうかを決めるのは偶奇である。$\zeta(2),\zeta(4),\zeta(6),\zeta(8)$ を $\pi^s$ で割ると $1/6$、$1/90$、$1/945$、$1/9450$。奇数の $s$ では、関数等式の $\sin(\pi s/2)$ が零にならない(第6節)。

射程(何を示さないか)

本稿の射程:新しい数学定理は主張しない。バーゼル問題、ハダマールの因数分解定理、ゼータの関数等式、アペリーの定理は、いずれも標準的である。またオイラーを批判しない。$1735$ 年に位数の概念は存在せず、彼が使った二つの事実はどちらも真である。論文31 との重なりについて:31 は「$\pi$ が周期であって次元を持たない」ことを扱った。本稿は別の問い。$\pi$ がそもそも現れるのはどこか、そして何が関数を決めるかである。加えたのは零点が同じで異なる二つの関数を明示して係数を測ったこと、偶性の破れを数で出したこと、加速した和が「証明の前に答があった」ことを示すことである。

1. 記法と位置づけ

整関数 $f$ の位数とは、$|f(z)|$ が $\exp(|z|^{\rho})$ 程度で抑えられる最小の $\rho$ をいう。$\sin z/z$ も $e^z\sin z/z$ も位数 $1$ である。

位置づけ:論文163 は「良い符号が在る」と「これが良い符号だ」を分けた。本稿はもう一段手前を分ける。「答が正しい」と「論法が正しい」である。

2. 答は、証明より先に手に入っていた

検算 2.1:素朴な部分和。$\pi^2/6=1.644934066848226436472415$。

$N$ 部分和 誤差 誤差 $\times N$
$10$ $1.54976773116654069$ $0.0951663$ $0.95166336$
$100$ $1.63498390018489287$ $0.00995017$ $0.99501667$
$1000$ $1.6439345666815598$ $0.0009995$ $0.99950017$
$10^6$ $1.64493306684872644$ $9.99999\times10^{-7}$ $\mathbf{0.9999995}$

誤差はほぼ $1/N$ である。(証明終)

検算 2.2:尾を $\sum_{n>N}1/n^2=1/N-1/(2N^2)+1/(6N^3)-1/(30N^5)+\cdots$ と展開する。

$N$ 推定値 正しい桁数
$5$ $1.644934065473015873$ $8.862$
$10$ $1.6449340668474930713$ $\mathbf{12.13}$
$20$ $1.6449340668482260696$ $\mathbf{15.44}$

(証明終)

観察 2.3 十項が百万項に勝つ。だから $1.6449340668\ldots$ という数は、証明のはるか前に手にあった。そしてそれが $\pi^2/6$ だと見抜かれたのである。$1735$ 年が供給したのは値ではなく、理由であった。

3. 芯:零点が同じでも、関数は同じでない

観察 3.1 オイラーの一手はこうである。$\sin x/x$ は $x=n\pi$ でちょうど零になる、ゆえに $\sin x/x=\prod(1-x^2/(n^2\pi^2))$ である。

検算 3.2:$g(x)=e^x\sin x/x$ の零点を比べる。

$x$ $\sin x/x$ $e^x\sin x/x$
$\pi$ $1.3\times10^{-43}$ $3.0\times10^{-42}$
$2\pi$ $-1.3\times10^{-43}$ $-7.0\times10^{-41}$
$3\pi$ $-4.7\times10^{-42}$ $-5.9\times10^{-38}$
$-\pi$ $1.3\times10^{-43}$ $5.7\times10^{-45}$

零点の集合は完全に一致する($e^x$ は決して零にならないから、$g$ に余分な零点は無い)。どちらも位数 $1$ の整関数で、原点で $1$ である。(証明終)

検算 3.3:それでも二つは違う関数である。

$x^k$ の係数 $\sin x/x$ $e^x\sin x/x$
$k=0$ $1$ $1$
$k=1$ $\mathbf{0}$ $\mathbf{1}$
$k=2$ $-0.16666666666667$ $0.33333333333333$
$x=1$ での値 $0.8414709848078965$ $\mathbf{2.287355287178842}$

(証明終)

観察 3.4 もし「零点が同じで原点の値も同じなら一致する」が正しければ、$e^x\sin x/x=\sin x/x$、すなわち $e^x=1$ になってしまう。ならない。オイラーの推論は、書かれたままでは無効である。

観察 3.5 答は正しく、論法は正しくない。正しい答は、論法の正しさの証拠ではない(論文170 が「当たることは意味を持つことではない」と書いたのと同じ形である)。

4. 何が直したのか

事実 4.1:ハダマール($1893$)により、位数 $1$ の整関数で $f(0)=1$ のものは
$$f(z)=e^{az}\prod_n\left(1-\frac{z}{a_n}\right)e^{z/a_n}$$
と書ける。零点を与えたあとに残る自由は、ちょうど $e^{az}$ だけである。それ以上でも以下でもない。

検算 4.2:残った $a$ を殺すものを探す。

候補 偶関数か $|h(0.7)-h(-0.7)|$
$\sin x/x$($a=0$) はい $0$
$e^{x}\sin x/x$($a=1$) いいえ $1.3962658$
$e^{-x}\sin x/x$($a=-1$) いいえ $1.3962658$
$e^{0.3x}\sin x/x$ いいえ $0.38937788$

(証明終)

観察 4.3 $a=0$ だけが偶関数である。オイラーは二つの事実を、述べもせず証明もせずに使っていた。$\sin x/x$ の位数が $1$ であること、そして偶関数であること。どちらも真である。どちらも論法の中に無い。

観察 4.4 だから正しい書き方は「零点が関数を決める」ではなく、「零点と増大度とパリティが関数を決める」である。三つのうち二つが百四十年ほど無名のままだった。

5. 仮定を補えば、積は正しい

検算 5.1:$x=1$ で $\prod_{n\le M}(1-1/(n^2\pi^2))$ を計算する。

$M$ 打ち切った積 $\sin 1$ との差
$5$ $0.857081935312307703$ $0.015611$
$50$ $0.84316092931847857$ $0.00168994$
$500$ $0.84164134933145336$ $0.000170365$
$5000$ $\mathbf{0.841488035042818401}$ $1.70502\times10^{-5}$

$\sin 1=0.841470984807896507$ である。(証明終)

観察 5.2 積は $\sin x/x$ に収束するのであって、$e^x\sin x/x$ には収束しない。$x^2$ の係数を読めば $\sum 1/(n^2\pi^2)=1/6$、すなわち $\sum 1/n^2=\pi^2/6$ である。

6. $\pi$ が現れる場所:分離子は偶奇である

検算 6.1

$s$ $\zeta(s)$ $\zeta(s)/\pi^s$ 簡単な有理数か
$2$ $1.64493406684822644$ $0.1666666666666667$ $\mathbf{1/6}$
$3$ $1.20205690315959429$ $0.0387681796029168$ 知られていない
$4$ $1.08232323371113819$ $0.01111111111111111$ $\mathbf{1/90}$
$5$ $1.03692775514336993$ $0.003388434818730467$ 知られていない
$6$ $1.01734306198444914$ $0.001058201058201058$ $\mathbf{1/945}$
$7$ $1.00834927738192283$ $0.0003338580731527709$ 知られていない
$8$ $1.00407735619794434$ $0.0001058201058201058$ $\mathbf{1/9450}$

検算 6.2:関数等式に現れる因子 $\sin(\pi s/2)$。

$s$ $\sin(\pi s/2)$
$2$ $\mathbf{0}$(数値で $4\times10^{-43}$)
$3$ $-1.0$
$4$ $\mathbf{0}$
$5$ $1.0$
$6$ $\mathbf{0}$
$7$ $-1.0$

(証明終)

観察 6.3 因子はすべての偶数 $s$ で零になり、そこがちょうど、反射公式が $\zeta(s)$ を $\pi^s$ を含む形に変える場所である。奇数の $s$ では零にならず、そのような形は知られていない(アペリーが $1978$ に示したのは $\zeta(3)$ の無理性であって、閉じた形ではない)。

観察 6.4 $\pi$ を現れさせるために動かすべきものは $s$ の偶奇である。$s$ の大きさではない。

7. 点呼

観察 7.1 

与えたもの 道具 関数を決めるか 注
零点の集合 位置だけ 決めない $e^{az}$ の自由が残る
零点+増大度 ハダマール ほぼ決める 残るのは $e^{az+b}$
零点+増大度+偶 オイラーの暗黙 決める $a=0$ が出る
加速した数値 尾の展開 答を先に与える 証明ではない
偶数の $s$ 関数等式 $\pi^s$ が出る $\sin(\pi s/2)=0$
奇数の $s$ 同じ関数等式 出ない アペリーは無理性のみ

観察 7.2 「零点で決まる」という言い方は、二つの黙った仮定を隠している。隠れているあいだも答は正しかった。だからこそ、正しさは点検の代わりにならない。

8. 結論

  1. 答は証明より先にあった(検算2.1・2.2):$N=10$ で十二桁、素朴な和は $10^6$ で六桁。
  2. 零点が同じでも関数は違う(検算3.2・3.3):$x$ の係数が $0$ 対 $1$、$x=1$ で $0.8415$ 対 $2.2874$。
  3. 残る自由はちょうど $e^{az+b}$(事実4.1):$a$ を殺すのは偶性。
  4. 仮定を補えば積は $\sin x/x$ に収束する(検算5.1)。
  5. $\pi$ の出現を決めるのは偶奇(検算6.1・6.2):$1/6$、$1/90$、$1/945$、$1/9450$。

結び:オイラーは正しい答に、正しくない道で着いた。それは彼の欠点ではない。位数という概念は、まだ百四十年ぶん未来にあった。学べるのはこうである。答が合っていることは、途中が正しいことの証拠にならない。正しい答は、点検を免除しない。

参考文献

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  2. Weierstrass, K. (1876). Zur Theorie der eindeutigen analytischen Functionen. Abhandlungen der Königlich Preussischen Akademie der Wissenschaften.
  3. Hadamard, J. (1893). Étude sur les propriétés des fonctions entières et en particulier d’une fonction considérée par Riemann. Journal de Mathématiques Pures et Appliquées, 9.
  4. Riemann, B. (1859). Über die Anzahl der Primzahlen unter einer gegebenen Grösse. Monatsberichte der Berliner Akademie.
  5. Apéry, R. (1979). Irrationalité de $\zeta(2)$ et $\zeta(3)$. Astérisque, 61.
  6. Ahlfors, L. V. (1978). Complex Analysis (3rd ed.). New York: McGraw-Hill.
  7. 山岸勇輝 (2026). 等号にも別根がある [論文16] 第3版. Zenodo. 10.5281/zenodo.21600471
  8. 山岸勇輝 (2026). 「解けない」は三つの別根を持つ [論文25]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22090297
  9. 山岸勇輝 (2026). 次元を持たない $\pi$ [論文31]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22090430
  10. 山岸勇輝 (2026). 必然性の四つの根 [論文86]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21744839
  11. 山岸勇輝 (2026). 「良い符号が在る」と「これが良い符号だ」は、別の文である [論文163]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22092677
  12. 山岸勇輝 (2026). 約分すると、$+1$ ではなく $-1$ が出る [論文170]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22093731

作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。

書誌

山岸勇輝(2026)「零点は関数を決めない」[論文172]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22094374

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引用するとき

山岸勇輝 (2026). 零点は関数を決めない [論文172]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/172 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22094374

Yamagishi, Y. (2026). Zeros Do Not Determine a Function [Paper 172]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/172; DOI: 10.5281/zenodo.22094374

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