要旨
球の粘性抵抗は粘着境界で $6\pi\mu Ua$、完全滑り境界で $4\pi\mu Ua$ である。そこで「$6\pi=4\pi+2\pi$ だから、$4\pi$ が本質で $2\pi$ が粘着の付け足しだ」と読みたくなる。本稿はその読みを、抵抗を実際に解剖して否定する。新しい流体力学は主張しない。
第一に、粘着の $6$ の内訳は $2+0+4$ である($\pi\mu Ua$ を単位として):圧力から $2$、法線粘性から $0$、接線粘性から $4$(本稿で計算)(第2節)。
第二に、滑りの $4$ の内訳は $4/3+8/3+0$ である:圧力から $4/3$、法線粘性から $8/3$、接線粘性から $0$。境界条件(法線速度ゼロ・接線応力ゼロ)とストークス方程式の残差がいずれも $0$ であることを確認した(第3節)。
第三に、これが本稿の芯である。二つの $4$ は中身が正反対である。粘着の内訳に現れる $4$ は接線粘性 $100\%$(法線はちょうどゼロ)、滑りの全抵抗である $4$ は法線粘性 $2/3$ +圧力 $1/3$(接線はちょうどゼロ)。算数としての $6\pi=4\pi+2\pi$ は正しいが、その $4\pi$ は滑りの $4\pi$ ではない(第4節)。
第四に、$d$ 次元に持ち上げると二つの係数は共通因子を持つ。粘着は $d\cdot\frac{d-2}{d-1}$、滑りは $2\cdot\frac{d-2}{d-1}$(いずれも $\mathrm{Vol}(S^{d-1})$ 倍、$d=3,4,5,6$ で確認)。$\frac{d-2}{d-1}$ は共通で、境界条件の違いは因子 $d$ 対 $2$ ただ一つに集約される(第5節)。
第五に、$d=3$ に現れる二つの $3/2$ も別根である。比 $d/2$ と、粘着の係数 $d(d-2)/(d-1)$ が、$d=3$ でたまたま一致する。$d=4$ では $2$ 対 $8/3$ に分かれる(第5節)。
第六に、アインシュタイン=ストークスの $D=k_BT/(6\pi\mu a)$ の $6$ は、流体の性質ではなく表面についての模型の選択である(第6節)。
射程(何を示さないか)
本稿の射程:新しい流体力学は主張しない。ストークス流、滑り/粘着境界条件、アインシュタイン=ストークス関係はいずれも標準的である。加えたのは抵抗を三成分に分解して二つの $4$ の中身が交わらないと示したこと、「$6\pi=4\pi+2\pi$」という読みに反例で柵を立てたこと、$d$ 次元で二つの係数が共通因子を持ち違いが $d$ 対 $2$ に尽きると書いたこと、$d=3$ の二つの $3/2$ に住所を書いたことである。
1. 記法と位置づけ
粘性率 $\mu$、遠方の一様流 $U$、球の半径 $a$。抵抗はすべて $\pi\mu Ua$($d$ 次元では $\mathrm{Vol}(S^{d-1})\mu Ua^{d-2}$)を単位として書く。応力は $\sigma_{ij}=-p\delta_{ij}+\mu(\partial_iu_j+\partial_ju_i)$ とする。
位置づけ:論文43 は「パッチ定数を文字のまま置けば、分解の曖昧さは消える」と述べた。本稿はその逆向きの検査である。数として正しい分解が、二つ以上の意味を持ちうるかを見る。なお本稿と対をなす稿(論文36)では、同じ抵抗を次元を動かして調べ、$6\pi$ の $\pi$ が立体角であることを示した。
2. 粘着境界:$6=2+0+4$
検算 2.1:流れ関数 $\psi=\tfrac{U\sin^2\theta}{2}\left(r^2-\tfrac32ar+\tfrac{a^3}{2r}\right)$、圧力 $p=-\tfrac32\mu Ua\cos\theta/r^2$ とする。境界条件と方程式は
| $u_r|_{r=a}$、$u_\theta|_{r=a}$ | ともに $0$ |
|---|---|
| $r\to\infty$ | $U\cos\theta$、$-U\sin\theta$ |
| $\nabla p-\mu\nabla^2u$ | $0$ |
球面上の応力は $\sigma_{rr}=\tfrac{3\mu U\cos\theta}{2a}$、$\sigma_{r\theta}=-\tfrac{3\mu U\sin\theta}{2a}$ である。積分すると
| 寄与 | $\pi\mu Ua$ 単位 |
|---|---|
| 圧力 | $2$ |
| 法線粘性 $2\mu\partial_ru_r$ | $0$ |
| 接線粘性 $\sigma_{r\theta}$ | $4$ |
| 合計 | $6$ |
(証明終)
観察 2.2 法線粘性の寄与がちょうどゼロであることに注意しておく。これは後で効く。
3. 滑り境界:$4=\tfrac43+\tfrac83+0$
検算 3.1:完全滑りは「法線速度ゼロ・接線応力ゼロ」で定める。$\psi=\tfrac{U\sin^2\theta}{2}\left(r^2-ar\right)$、$p=-\mu Ua\cos\theta/r^2$ とすると
| $u_r|_{r=a}$ | $0$ |
|---|---|
| $\sigma_{r\theta}|_{r=a}$ | $0$ |
| $\nabla p-\mu\nabla^2u$ | $0$ |
積分すると
| 寄与 | $\pi\mu Ua$ 単位 |
|---|---|
| 圧力 | $4/3$ |
| 法線粘性 | $8/3$ |
| 接線粘性 | $0$(構成による) |
| 合計 | $4$ |
(証明終)
4. 芯:二つの $4$ は中身が正反対である
観察 4.1
| 圧力 | 法線粘性 | 接線粘性 | 合計 | |
|---|---|---|---|---|
| 粘着 | $2$ | $0$ | $4$ | $6$ |
| 滑り | $4/3$ | $8/3$ | $0$ | $4$ |
観察 4.2 粘着の内訳に現れる $4$ は、接線粘性だけでできている(法線粘性はちょうどゼロ)。滑りの全抵抗である $4$ は、法線粘性 $2/3$ と圧力 $1/3$ でできている(接線粘性はちょうどゼロ)。同じ数でありながら、成分の台が交わらない。
観察 4.3 したがって「$6\pi=4\pi+2\pi$、すなわち滑りの答に粘着の補正 $2\pi$ を足したもの」という読みは誤りである。分解のどの成分も滑りの流れではない。滑りは別の解であって、粘着の解の部分ではない。算数としての等式は正しく、意味としての等式は成り立たない。
観察 4.4 これは体系が繰り返し当ててきた型である。数が一致することは、根が同じであることを意味しない(論文43・論文45)。
5. $d$ 次元:違いは $d$ 対 $2$ に尽きる
検算 5.1:$d$ 次元で同じ問題を解くと($\mathrm{Vol}(S^{d-1})\mu Ua^{d-2}$ を単位として)
| $d$ | 粘着 | 滑り | 比 |
|---|---|---|---|
| 3 | $3/2$ | $1$ | $3/2$ |
| 4 | $8/3$ | $4/3$ | $2$ |
| 5 | $15/4$ | $3/2$ | $5/2$ |
| 6 | $24/5$ | $8/5$ | $3$ |
四つとも
$$ \text{粘着}=d\cdot\frac{d-2}{d-1},\qquad
\text{滑り}=2\cdot\frac{d-2}{d-1},\qquad
\frac{\text{粘着}}{\text{滑り}}=\frac{d}{2} $$
に一致した(本稿で計算)。(証明終)
観察 5.2 $\dfrac{d-2}{d-1}$ は二つに共通である。表面に貼りつくか、表面を滑るかという物理的にまるで違う二つの条件の差は、因子 $d$ 対 $2$ ただ一つに集約される。
観察 5.3 そして $d=3$ に現れる二つの $3/2$ は、別根である。一方は比 $d/2$、他方は粘着の係数 $d(d-2)/(d-1)$ である。$d=3$ で一致するのは $2(d-2)/(d-1)=1$ となるからにすぎず、$d=4$ では $2$ 対 $8/3$ に分かれる。
観察 5.4 両方が $(d-2)$ を担うので、$d=2$ では両方が消える。ストークスのパラドックスは、どちらの境界条件を選んだかを問わない。
6. アインシュタイン=ストークスの $6$
観察 6.1 拡散係数 $D=k_BT/(6\pi\mu a)$ の $6$ は粘着境界の係数である。完全滑りなら同じ関係は $k_BT/(4\pi\mu a)$ となり、$D$ は $3/2$ 倍になる。
観察 6.2 すなわち測定される拡散係数の $1.5$ 倍が、流体の性質ではなく表面についての模型の選択に乗っている。ゆらぎ散逸の側($k_BT$)は動いていない。動いているのは移動度の側だけである。
観察 6.3 したがって $6\pi$ を「普遍定数」のように扱ってはならない。分子スケールでは滑り長がゼロでないことが知られており、実効的な係数は $4\pi$ と $6\pi$ のあいだに置かれる。$6$ は事実ではなく、選んだ境界条件の名前である。
7. 点呼
観察 7.1
| 現れる数 | 出所 | 動かすと動くもの |
|---|---|---|
| 粘着の $4$ | 接線粘性のみ | 境界条件 |
| 滑りの $4$ | 法線粘性 $2/3$ +圧力 $1/3$ | 境界条件 |
| $\pi$ | $\mathrm{Vol}(S^{d-1})$ の中 | 次元 |
| $(d-2)/(d-1)$ | 二つに共通 | 次元 |
| $d$ 対 $2$ | 境界条件そのもの | 境界条件 |
8. 結論
- 粘着の $6$ は $2+0+4$ である(検算2.1)。法線粘性はちょうどゼロ。
- 滑りの $4$ は $4/3+8/3+0$ である(検算3.1)。接線粘性はちょうどゼロ。
- 二つの $4$ は台が交わらない(観察4.2)。「$4\pi$ +補正」という読みは誤り。
- $d$ 次元で共通因子は $(d-2)/(d-1)$、差は $d$ 対 $2$(検算5.1)。
- $d=3$ の二つの $3/2$ は別根である(観察5.3)。$d=4$ で $2$ 対 $8/3$。
- $D=k_BT/(6\pi\mu a)$ の $6$ は模型の選択である(観察6.2)。
結び:$6\pi=4\pi+2\pi$ は、電卓の上では正しい。だが片方の $4\pi$ は球を滑る流れの全部であり、もう片方の $4\pi$ は球に貼りついた流れの一部分にすぎない。同じ数を見たときに問うべきなのは「等しいか」ではなく、「何でできているか」である。
参考文献
- Stokes, G. G. (1851). On the effect of the internal friction of fluids on the motion of pendulums. Transactions of the Cambridge Philosophical Society, 9.
- Einstein, A. (1905). Über die von der molekularkinetischen Theorie der Wärme geforderte Bewegung von in ruhenden Flüssigkeiten suspendierten Teilchen. Annalen der Physik, 322(8).
- Hadamard, J. (1911). Mouvement permanent lent d’une sphère liquide et visqueuse dans un liquide visqueux. Comptes Rendus, 152.
- Happel, J., & Brenner, H. (1983). Low Reynolds Number Hydrodynamics. Martinus Nijhoff.
- Landau, L. D., & Lifshitz, E. M. (1987). Fluid Mechanics, 2nd ed. Pergamon.
- Lauga, E., Brenner, M. P., & Stone, H. A. (2007). Microfluidics: The No-Slip Boundary Condition. In Springer Handbook of Experimental Fluid Mechanics.
- 山岸勇輝 (2026). 次元を持たない $\pi$ [論文31]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22090430
- 山岸勇輝 (2026). $c$ の冪は、何を数えているか [論文116]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22003794
- 山岸勇輝 (2026). 集約の三つの別根 [論文124]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22057728
- 山岸勇輝 (2026). 渦線が終われないのは、法則ではなく恒等式である [論文130]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22079996
- 山岸勇輝 (2026). 伊藤の $2$ は、次元ではない [論文132]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22080358
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「6π は 4π+2π か」[論文37]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22091500
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 6π は 4π+2π か [論文37]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/37 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22091500
Yamagishi, Y. (2026). Is 6π Really 4π+2π? [Paper 37]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/37; DOI: 10.5281/zenodo.22091500
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