要旨
「雨で戻る量(涵養)まで汲めば地下水は持続する」という言い方がある。本稿は、涵養を受けて川へ流れ出す一つの箱の帯水層を置き、汲み上げを始めてから汲んだ水がどこから来るか、新しい釣り合いで川への流出がどうなるかを数える。新しい定理も法則も主張しない。
第一に、汲んだ水は、はじめ貯えから、やがて川への流出から来る。応答の時間 $10$ 年の帯水層で、汲んだ水のうち川から来る割合は、$5$ 年で $0.393424$、$10$ 年で $0.632102$、$30$ 年で $0.950215$、$60$ 年で $\mathbf{0.997522}$ だった(式 $0.997521$)(第2節)。
第二に、涵養と同じだけ汲むと、川への流出はほとんど無くなる。涵養を $1$ として $1$ だけ汲むと、流出は $5$ 年で $0.606515$、$10$ 年で $0.367861$、$30$ 年で $0.049780$、$60$ 年で $\mathbf{0.002478}$ まで落ちた。$60$ 年で汲んだ $60$ のうち、貯えから来たのは $9.975222$、川から来たのは $50.025778$ だった(第2節)。
第三に、涵養の三割なら、流出は自然の七割で落ち着く。$0.3$ だけ汲むと、流出は $60$ 年で $0.700743$ になった。川の流れを自然の七割に保つ見方で汲める量は涵養の $0.300000$ 倍で、涵養まで汲める見方とは $\mathbf{3.333333}$ 倍違う(第3節)。
第四に、新しい釣り合いに近づくには、応答の時間の三倍ほどかかる。釣り合いに $95$ パーセント近づく時間は $29.957323$ 年で、積分した流出は式と $10^{-3}$ 以内で合った(第3節)。
第五に、分離子は、汲める量を涵養の量で測るか、奪う流出の量で測るかである。涵養の量で測ると、涵養まで汲んでも持続するように見える。流出の量で測ると、その汲み上げは川へ出ていた水を取り尽くす量である(第4節)。
キーワード:地下水の収支、涵養、揚水、河川への流出、持続可能揚水量、帯水層。
射程(何を示さないか)
新しい定理も法則も主張しない。地下水の収支、汲み上げが貯えの減りと流出の減り(捕らえ)でまかなわれること、「涵養まで汲めば持続する」という見方の誤りの指摘は、いずれも水文学で知られている。実在の帯水層を主張しない。涵養 $1$、応答の時間 $10$ 年は置いた値で、特定の帯水層や川には対応しない。空間を入れない。帯水層を一つの箱と置き、井戸と川の距離、水位の広がりは入れない。どれだけ汲むべきかを言わない。川の流れを自然の七割に保つ見方は、比べるために置いた一つの約束である。既刊との関係:論文599 の射程注記は、雨で地下水が戻ること、帯水層の端、井戸そのものでの損失を入れないと書いた。本稿はその雨で地下水が戻る席に座る(先客なし)。論文574 は、地下水位が $1$ m 下がると淡水の底が $40$ m 上がることを示した。ここでは水位ではなく、汲んだ水が貯えと川のどちらから来るかを時間で数える。加えたのは、汲んだ水の出どころを時間ごとに並べたこと、涵養と同じだけ汲んだときの流出の減り方を出したこと、涵養の三割のときの落ち着き先を出したこと、二つの見方の許す量の比を示したこと、分離子を「涵養で測るか、奪う流出で測るか」に置いたことである。
1. 記法と問い
設定:帯水層を一つの箱とし、貯えを $V$、涵養を $R$、川への流出を $V/\tau$、汲み上げを $P$ とする。汲み上げを始める前は $V=R\tau$ で、流出は涵養と釣り合っている。
$$\frac{dV}{dt}=R-\frac{V}{\tau}-P,\qquad \text{流出}(t)=(R-P)+P\,e^{-t/\tau},\qquad \text{川から来る割合}=1-e^{-t/\tau}$$
汲んだ水のうち、流出の減りのぶんが川から、残りが貯えの減りから来る。検算では $R=1$・$\tau=10$ 年とし、刻み $0.001$ 年で $60$ 年積んだ。
問い:涵養まで汲めば持続するのか。汲んだ水はどこから来るのか。
2. 涵養と同じだけ汲む
計算 2.1:$P=1$(涵養と同じ)。
| 時刻(年) | 川への流出 | 汲んだ水のうち川から来る割合 | 貯え |
|---|---|---|---|
| $5$ | $0.606515$ | $0.393424$ | $6.065155$ |
| $10$ | $0.367861$ | $0.632102$ | $3.678610$ |
| $30$ | $0.049780$ | $0.950215$ | $0.497796$ |
| $60$ | $0.002478$ | $0.997522$ | $0.024780$ |
$60$ 年で汲んだ $60$ のうち、貯えから $9.975222$、川から $50.025778$ だった。$60$ 年の流出は式で $0.002479$、川から来る割合は式で $0.997521$ である。
観察 2.2 涵養と同じだけ汲むと、地下水の減りは止まるが、川への流出はほとんど無くなる。はじめは貯えが減るが、水位が下がるにつれて川へ出る量が減り、その減りが汲み上げをまかなうようになる。新しい釣り合いでは、汲んだ水は涵養からではなく、川へ出ていたはずの水から来ている。
3. 涵養の三割を汲む
計算 3.1:$P=0.3$。
| 時刻(年) | 川への流出 | 汲んだ水のうち川から来る割合 | 貯え |
|---|---|---|---|
| $5$ | $0.881955$ | $0.393424$ | $8.819546$ |
| $10$ | $0.810358$ | $0.632102$ | $8.103583$ |
| $30$ | $0.714934$ | $0.950215$ | $7.149339$ |
| $60$ | $0.700743$ | $0.997522$ | $7.007434$ |
$60$ 年の流出は式で $0.700744$ で、積分と $10^{-3}$ 以内だった。釣り合いに $95$ パーセント近づく時間は $\tau\ln20=29.957323$ 年である。
観察 3.2 汲み上げの大きさによらず、汲んだ水が川から来る割合は同じ速さで一に近づく。$P=0.3$ でも $P=1$ でも、$60$ 年で川から来る割合は $0.997522$ だった。違うのは、流出が落ち着く先で、$P=0.3$ なら自然の七割、$P=1$ ならほとんど零である。川の流れを自然の七割に保つ見方で汲める量は、涵養まで汲める見方の $1/3.333333$ である。
4. 分離子
観察 4.1 分離子は、汲める量を涵養の量で測るか、奪う流出の量で測るかである。涵養の量で測ると、涵養まで汲めば地下水は減り止まるので持続するように見える。奪う流出の量で測ると、その汲み上げは川へ出ていた水をほとんど全部取り、$60$ 年で流出は涵養の $0.002478$ 倍になる。二つの見方の許す量は $3.333333$ 倍違う。
観察 4.2 言わないこと。実在の帯水層や川の値、井戸と川の距離、水位の広がり、どれだけ汲むべきかは扱わない。示したのは、涵養まで汲んだときに減り止まる理由が川への流出の取り尽くしであり、汲んだ水が長い目で見ると流出から来ることである。
5. 点呼と結び
- $dV/dt=R-V/\tau-P$(第1節):一つの箱の収支。
- 川から来る割合 $60$ 年で $\mathbf{0.997522}$(計算 2.1):出どころは流出。
- 涵養と同じだけ汲むと流出 $\mathbf{0.002478}$(計算 2.1):ほとんど無くなる。
- 貯えから $9.975222$・川から $50.025778$(計算 2.1):汲んだ $60$ の内訳。
- 三割なら流出 $0.700743$(計算 3.1):自然の七割。
- 許す量の比 $\mathbf{3.333333}$(観察 3.2):二つの見方。
- 涵養で測るか、奪う流出で測るか(観察 4.1):分離子・論文599 の射程注記・論文574。
結び:涵養量まで汲めば地下水の減りは止まるが、止まるのは川へ出ていた水をほとんど全部取ったときである。汲んだ水は、はじめ貯えから、やがて川への流出から来るようになり、$60$ 年で川から来る割合は $0.997522$ だった。涵養と同じだけ汲むと川への流出は $0.002478$ まで落ち、涵養の三割なら自然の七割で落ち着いた。汲んだ水は、長い目で見ると涵養からではなく流出から来る。分離子は、汲める量を涵養の量で測るか、奪う流出の量で測るかである。既刊との位置:論文599 が入れなかった雨で戻る水を収支に入れ、論文574 の水位の側ではなく、汲んだ水の出どころの側を時間で数えた。正直に言えば、どれだけ汲むべきかは言わない。涵養まで汲んだときに何が取り尽くされるか、そこまでである。
参考文献
- Bredehoeft, J. D., Papadopulos, S. S., & Cooper, H. H. (1982). Groundwater: the water-budget myth. In Scientific Basis of Water-Resource Management. National Academy Press.
- Freeze, R. A., & Cherry, J. A. (1979). Groundwater. Prentice Hall.
- 山岸勇輝 (2026). 『地下水位が $1$ m 下がると、淡水の底は $40$ m 上がる』[論文574]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/574 ・ DOI: 10.5281/zenodo.23014304
- 山岸勇輝 (2026). 『井戸の水位は距離の対数でしか下がらず、汲み続ければ時間の対数で下がり続ける』[論文599]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/599 ・ DOI: 10.5281/zenodo.23014427
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「涵養量まで汲めば地下水の減りは止まるが、止まるのは川へ出ていた水をほとんど全部取ったときである」[論文937]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/937
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 涵養量まで汲めば地下水の減りは止まるが、止まるのは川へ出ていた水をほとんど全部取ったときである [論文937]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/937
Yamagishi, Y. (2026). Pumping Up to the Recharge Stops Groundwater Decline, but It Stops Only When Nearly All the Water Once Flowing to the River Has Been Taken [Paper 937]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/937
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author = {Yamagishi, Yuuki},
title = {Pumping Up to the Recharge Stops Groundwater Decline, but It Stops Only When Nearly All the Water Once Flowing to the River Has Been Taken},
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