要旨
本稿が問うのは、掃引のセルが重なっていると「どれかが有意」の確率がどれだけ下がるか、である。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。
第一に、★ 一つのセルが有意になる割合は、日次クラスタの t で 0.0214、素朴な t で 0.3690 である。 名目の 0.05 に対し、前者は 0.4286 倍、後者は 7.3810 倍である(第3節)。
第二に、★★ K 個見たときの確率は、たしかに名目の式より低い。 K = 20 で式は 0.6415 だが実測は 0.3630、K = 100 で式は 0.9941 だが実測は 0.9100 である(第4節)。
第三に、これが本稿の芯である。★★ だが理由は重なりではなかった。 一つのセルの割合 0.0214 を式に入れ直すと、実測とほとんど一致する(実測 ÷ 式 は 1.0000 から 1.0733)。セルは重なっているのに、独立と同じように積み上がる(第4節)。
第四に、★★ 合成乱数では、一つのセルの割合が 0.0488 と名目の 0.05 に戻る。 K = 20 で 0.6465、K = 100 で 0.9940 となり、独立を仮定した式にそのまま乗る(第5節)。
第五に、★ つまり実測で低かったのは、日次クラスタの t が実測では保守的だからである(0.0214 対 0.0488)(第5節)。
第六に、★★ 素朴な t なら、K = 10 で 0.9960 が「有意」になる。 一つのセルでも 0.3570 である(第6節)。
本稿の射程(scope note):新しい数学定理も新しい法則も主張しない。多重検定の式は初等的な結果である。特定の商材や提唱者を論じない。実在の教材、その著者、販売元は主題ではなく、一切名指さない。売買を論じない。成績も損益も測っていない。予言②の理由づけが誤っていた。式より低いのは重なりではなく検定の大きさのためだった(第4節・第5節)。予言⑥も外れた(第7節)。族を一つに固定している。移動平均のクロスである(第7節)。射程は日中・少数銘柄に限る。四銘柄・六年の測定である。月次の時系列モメンタム(数十市場・保有1〜12ヶ月)は学術的に文書化されており、本稿はそれを否定しない。予測を主張しない。
1. 記法と問い
「二十回試せば、どれかが有意になる」と言われる。独立な試行なら正しい。一回あたり 0.05 で外れるなら
P(どれかが有意) = 1 − (1 − 0.05)^K
で、K = 20 なら 0.6415、K = 100 なら 0.9941 である。
| 言われること | 言われないこと |
|---|---|
| 二十回試せば、どれかは有意になる | その二十回が独立だったか |
| 掃引して最良のセルを見つけた | 隣のセルとどれだけ重なっていたか |
| 有意水準は 5 パーセントである | その検定が、実際に 5 パーセントで外れているか |
観察 1.1:★ 掃引のセルは独立ではない。 期間 5 と 10 の移動平均は、ほとんど同じ足で同じ向きを向く。
観察 1.2:★ だとすれば、二十回ぶんの価値は無いはずである。 本稿はそれを測る。
観察 1.3:本稿の分離子は、見たセルが重なっているかどうかである。 銘柄・期間・格子・族をすべて固定し、何個のセルを見たかだけを変える。
問い:重なっていると、確率はどれだけ下がるのか。
2. 測る量と設計を、先に書く
走らせる前に宣言し、実行時には変えていない。
| 格子 | 1時間足(中値・完成足のみ) |
| 族 | 速い期間 5〜60(12 通り)× 遅い期間 20〜200(10 通り・速い<遅い)× 銘柄 4 × 先の長さ 6 本と 24 本 |
| 向き | 速い移動平均 − 遅い移動平均 の符号(完成足の終値で決める) |
| D | 平均(向き × これから先の値動き)。単位は pips |
| t | 日次クラスタと素朴な t の両方 |
| 閾値 | |t| ≥ 2 |
| 一回あたりの確率 | 0.05(両側 5 パーセント) |
| 抽出 | K 個を非復元で無作為に選び、2,000 回繰り返す |
| 基準線 | 足の中まで合成乱数(3 系列)。★ 真の値はゼロである |
| 分離子 | 見たセルが重なっているかどうか |
| 銘柄・期間 | USDJPY・EURUSD・GBPUSD・XAUUSD/2019–2024 |
観察 2.1:★ 合成乱数の真の値はゼロである。 そこで「有意」が出るなら、それは全部が偽である。
観察 2.2:セルは合わせて 840 個である。 ★ 日次 t は必ず日ごとに平均してから作る。素朴な t が件数で膨らむことは [F014] で測ってある。
観察 2.3:掃引の最良が見たセル数の関数であることは [F022] で測ってある。 ★ 本稿が測るのは最良の値ではなく、「どれかが閾値を超える」確率である。
予言(測る前に書いた)
① セル数を増やすと「どれかが有意」の確率は上がる。
② ★★ 独立を仮定した式より低い。セルが重なっているからである。
③ ★ 実効的な試行回数は、セル数よりずっと小さい。
④ ★★ 合成乱数でも同じ曲線が出る。
⑤ ★ 日次クラスタの t を使うと、素朴な t より曲線が下がる。
⑥ 実効回数 ÷ セル数 は、セル数を増やすほど小さくなる。
3. 一つのセルが有意になる割合
計算 3.1 840 セルの中身
| 量 | 値 |
|---|---|
| セルの数 | 840 |
| |日次 t| が 2 以上のセルの割合 | 0.0214 |
| |素朴 t| が 2 以上のセルの割合 | 0.3690 |
| |日次 t| の中央 | 0.4392 |
| |素朴 t| の中央 | 1.5770 |
| 素朴 ÷ 日次(中央どうし) | 3.5908 |
観察 3.2:★ 日次 t では 0.0214 で、名目の 0.05 の 0.4286 倍しかない。 この検定は、この場面では保守的である。
観察 3.3:★★ 素朴な t では 0.3690 で、名目の 7.3810 倍である。 十四分の五のセルが「有意」になる。
観察 3.4:中央どうしの比も 3.5908 である。 ★ 素朴な t は、日次 t の三倍以上に膨らむ。
4. K を増やすと、独立と同じように積み上がる
計算 4.1 どれかが有意になる割合
| K | 式(p=0.05) | 日次 t(実測) | 素朴 t(実測) | ★ 式(p=0.0214) | 実測 ÷ ★ |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 0.0500 | 0.0230 | 0.3570 | 0.0214 | 1.0733 |
| 2 | 0.0975 | 0.0455 | 0.6045 | 0.0424 | 1.0732 |
| 5 | 0.2262 | 0.1055 | 0.9000 | 0.1026 | 1.0278 |
| 10 | 0.4013 | 0.2070 | 0.9960 | 0.1948 | 1.0628 |
| 20 | 0.6415 | 0.3630 | 1.0000 | 0.3516 | 1.0325 |
| 50 | 0.9231 | 0.6620 | 1.0000 | 0.6614 | 1.0008 |
| 100 | 0.9941 | 0.9100 | 1.0000 | 0.8854 | 1.0278 |
| 200 | 1.0000 | 0.9965 | 1.0000 | 0.9869 | 1.0098 |
| 400 | 1.0000 | 1.0000 | 1.0000 | 0.9998 | 1.0002 |
| 800 | 1.0000 | 1.0000 | 1.0000 | 1.0000 | 1.0000 |
観察 4.2:予言②は当たった。 K = 20 で式は 0.6415 だが実測は 0.3630、K = 100 で式は 0.9941 だが実測は 0.9100 である。
観察 4.3:★★ だが理由は重なりではなかった。一つのセルの割合 0.0214 を式に入れ直すと、実測とほとんど一致する(実測 ÷ 式 は 1.0000 から 1.0733)。
観察 4.4:★★ つまりセルは重なっているのに、独立と同じように積み上がる。 重なりは、ここではほとんど効いていない。
観察 4.5:★ 重なりが効いているなら、同じことが合成乱数でも起きるはずである。 次節でそれを確かめる。

図1:横が見たセルの数 K(対数)、縦がどれかが有意になる割合。破線が独立を仮定した式、丸が日次 t の実測、三角が素朴 t、四角が合成乱数である。
5. 合成乱数では、割合が名目の 0.05 に戻る
計算 5.1 真の値がゼロの系列で同じことをする
| K | 実測(日次 t) | 合成乱数 | 式(p=合成乱数の 0.0488) | 式(p=0.05) |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 0.0230 | 0.0475 | 0.0488 | 0.0500 |
| 2 | 0.0455 | 0.0890 | 0.0952 | 0.0975 |
| 5 | 0.1055 | 0.2355 | 0.2214 | 0.2262 |
| 10 | 0.2070 | 0.3855 | 0.3937 | 0.4013 |
| 20 | 0.3630 | 0.6465 | 0.6324 | 0.6415 |
| 50 | 0.6620 | 0.9245 | 0.9181 | 0.9231 |
| 100 | 0.9100 | 0.9940 | 0.9933 | 0.9941 |
| 200 | 0.9965 | 1.0000 | 1.0000 | 1.0000 |
観察 5.2:★★ 合成乱数では、一つのセルが有意になる割合が 0.0488 で、名目の 0.05 とほぼ同じである。 検定の大きさは正しい。
観察 5.3:★★ そして曲線は、独立を仮定した式にそのまま乗る(K = 20 で 0.6465 対 0.6415、K = 100 で 0.9940 対 0.9941)。
観察 5.4:★★ 合成乱数のセルも、実測と同じだけ重なっている。 それでも式どおりに積み上がる。⇒ 重なりは効いていない、が確かめられた。
観察 5.5:★ だから実測で低かったのは、日次クラスタの t が実測では保守的(0.0214 対 0.0488)だからである。 理由は測っていないが、日々の値が正規から離れていることが効いていると読める。
観察 5.6:★ この基準線が何についてゼロなのかは [F033] で測ってある。
6. 素朴な t なら、十個見れば必ず出る
計算 6.1 素朴な t と日次 t
| K | 日次 t | 素朴 t |
|---|---|---|
| 1 | 0.0230 | 0.3570 |
| 5 | 0.1055 | 0.9000 |
| 10 | 0.2070 | 0.9960 |
| 20 | 0.3630 | 1.0000 |
観察 6.2:予言⑤は当たった。 ★ 素朴な t なら、一つのセルでも 0.3570、五つで 0.9000、十個で 0.9960 である。
観察 6.3:★★ つまり素朴な t を使うかぎり、十個見れば「有意なもの」はほぼ必ず出る。 見る前から出ると分かっている。
観察 6.4:★ これは [F014] で測った「素朴な t は一日あたりの件数で膨らむ」の、掃引での姿である。

図2:横が見たセルの数 K(対数)、縦が実効回数 ÷ K。点線が 1 である。
7. 実効的な試行回数と限界
計算 7.1 実効回数(名目の 0.05 で逆算)
| K | 日次 t の割合 | 実効回数 | 実効回数 ÷ K |
|---|---|---|---|
| 1 | 0.0230 | 0.4536 | 0.4536 |
| 5 | 0.1055 | 2.1736 | 0.4347 |
| 20 | 0.3630 | 8.7923 | 0.4396 |
| 50 | 0.6620 | 21.1472 | 0.4229 |
| 100 | 0.9100 | 46.9446 | 0.4694 |
| 200 | 0.9965 | 110.2482 | 0.5512 |
観察 7.2:★ 予言⑥は外れた。実効回数 ÷ K は 0.4536 から 0.5512 へ、下がらずむしろ上がる。
観察 7.3:★★ 比がほぼ一定(0.42 から 0.55)なのは、セルが独立と同じように振る舞っている証拠である。 重なっているなら、K を増やすほど比が下がるはずだった。
観察 7.4:★ そしてこの比は、名目の 0.05 に対する実測の割合 0.0214 の比(0.4286 倍)とほぼ同じである。 実効回数が小さいのは重なりではなく、一つのセルの検定が保守的だからである。
限界
- ⚠️ 予言②の理由づけが誤っていた。 式より低いことは当たったが、理由は重なりではなく検定の大きさだった。
- 予言⑥も外れた。 実効回数 ÷ K は下がらなかった。
- 族を一つに固定している。 移動平均のクロスである。別の族なら重なり方が変わる。
- 日次 t が実測で保守的な理由を測っていない。 日々の値が正規から離れていることが効いていると読めるだけである。
- 一回あたりの確率を 0.05、閾値を \|t\| ≥ 2 に固定している。
- 実効回数は、独立を仮定した式を逆に解いただけの目安である。
- 四銘柄・六年である。 他の市場、他の期間について述べるものではない。
結び
「二十回試せば、どれかが有意になる」は、独立な試行についての話である。掃引のセルは重なっているのだから、二十回ぶんの価値は無いはずだった。
★ たしかに、名目の式より低かった。 K = 20 で式は 0.6415 だが実測は 0.3630 である。
★★ だが理由は重なりではなかった。 一つのセルが有意になる割合 0.0214 を式に入れ直すと、実測と 1.0000 から 1.0733 で一致する。 セルは重なっているのに、独立と同じように積み上がる。
★★ 決め手は合成乱数である。 そこでは一つのセルの割合が 0.0488 と名目の 0.05 に戻り、曲線は式にそのまま乗る(K = 20 で 0.6465 対 0.6415)。合成乱数のセルも同じだけ重なっているのに、である。
★ つまり実測で低かったのは、日次クラスタの t が実測では保守的(0.0214 対 0.0488)だからである。 重なりのせいではない。
★ 実効回数 ÷ K が 0.4536 から 0.5512 でほぼ一定なのも、同じことを別の角度から言っている。 重なっているなら、K を増やすほど比が下がるはずだった。
★★ そして素朴な t なら、一つのセルでも 0.3570、十個で 0.9960 である。 見る前から「有意なものが出る」と分かっている。
だから、掃引の結果を読むときに割り引くべきなのは「重なっているから」ではない。 ★ 一つのセルの検定が、実際に何パーセントで外れるのかを測ることである。 それが 0.0214 なのか 0.3690 なのかで、答えはまるごと変わる。
データと再現
| データ | 為替は Dukascopy 由来のティック(2019 年以降はミリ秒・bid・ask まで一致することを確認済み)。金は Dukascopy |
| 期間 | 2019–2024(六年) |
| 銘柄 | USDJPY・EURUSD・GBPUSD・XAUUSD |
| 足 | 1時間足・中値・完成足のみ |
| 族 | 速い期間 5〜60(12 通り)× 遅い期間 20〜200(10 通り・速い<遅い)× 銘柄 4 × 先の長さ 6 本と 24 本 |
| 向き | 速い移動平均 − 遅い移動平均 の符号(完成足の終値で決める) |
| D | 平均(向き × これから先の値動き)。単位は pips |
| t | 日次クラスタ(日ごとに平均してから作る)と、素朴な t の両方 |
| 閾値 | |t| ≥ 2。一回あたりの確率は 0.05(両側 5 パーセント) |
| 抽出 | K 個を非復元で無作為に選び、2,000 回繰り返す |
| 基準線 | 足の中まで合成乱数(3 系列)。真の値はゼロである |
| 検算 | 検算/F051.py(--zu で図も書き出す)。本文の数字はすべて 検算/F051_output.txt から取っている |
| 図 | 図/F051_zu1・図/F051_zu2(png・svg・英語版) |
| 乱数の種 | 固定。再実行しても同じ値が出る |
| 土台の検査 | _ツール/audit_bars.py(足の先読み・夏時間・日の区切り)。記録は _土台の検査.txt |
参考文献
- 山岸勇輝 (2026). 素朴な t 値は、一日あたりの件数で膨らむ [F014]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22891694
- 山岸勇輝 (2026). 最良の値は、見たセル数の関数である [F022]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22892093
- 山岸勇輝 (2026). 合成乱数には、ボラティリティの群れが無い [F033]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22893674
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「掃引のセルは重なっていても、有意は独立と同じように積み上がる」[F051]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22898053
日付の証拠(OpenTimestamps):日本語版の .ots・英語版の .ots・SHA256SUMS
予備の置き場所(ミラー。中身は上と同じです):PDF 日本語・PDF English・SHA256SUMS
住所:https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/F051・DOI 10.5281/zenodo.22898053・CC BY 4.0・プレプリント(査読を経ていません)・ORCID 0009-0006-8587-3450
引用するとき
山岸勇輝 (2026). 掃引のセルは重なっていても、有意は独立と同じように積み上がる [F051]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/F051 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22898053
Yamagishi, Y. (2026). A Sweep's Cells Overlap, and Significance Still Piles Up as if They Were Independent [F051]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/F051; DOI: 10.5281/zenodo.22898053
@misc{yamagishi2026yoiF051,
author = {Yamagishi, Yuuki},
title = {A Sweep's Cells Overlap, and Significance Still Piles Up as if They Were Independent},
year = {2026},
howpublished = {YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/F051},
doi = {10.5281/zenodo.22898053},
note = {Preprint}
}
指紋(SHA-256)と確かめ方
db797949524972b1d3cebee5446bcd4d07b5cedb47eeda36ed0d4479e18d4d93 yamagishi_F051__20260922_jp.pdf874bc0a3d9c4d661e702f33ebd482f4be7625b982b96fd66500f3b8da5f6f336 yamagishi_F051__20260922_en.pdfPDF と .ots を同じ場所に保存し、opentimestamps.org に .ots、続けて PDF を落とすと、記録された日時が表示されます。PDF が 1 バイトでも変わっていれば通りません。