Yamagishi Complexity Torus Lab山岸勇輝ラボ

あなたの体重の 99% は、E=mc² でできている

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体重計に乗ると、60 kg と出たとします。この 60 kg は、何でできているのでしょうか。

「原子でできている」が一つの答えです。では原子の重さは、どこから来ているのでしょうか。よく聞くのは「ヒッグス粒子が、物に重さを与えている」という説明です。私はこれを、数で確かめてみました。

結果は、思っていたのと逆でした。ヒッグスが与えている重さは、体重の 1% ほどしかありません。残りのおよそ 99% は、別の所から来ています。それが、世界でいちばん有名な式 E=mc² です。

陽子を、部品の重さで量ってみる

体の重さのほとんどは、原子の真ん中にある陽子と中性子が持っています。陽子は、クォークという粒が三つ集まったものです。アップクォークが二つと、ダウンクォークが一つです。

クォーク一つずつの重さは、素粒子の値をまとめている PDG(Particle Data Group)の 2024 年版に載っています。アップクォークが 2.16 MeV、ダウンクォークが 4.70 MeV です(MeV は、素粒子の重さを表すときの単位です)。三つを足すと、こうなります。

2.16 + 2.16 + 4.70 = 9.02 MeV

ところが、陽子そのものの重さは 938.27209 MeV です。部品を足した重さの、104.0 倍あります。部品の重さで説明できるのは、陽子の重さの 0.96% だけです。

陽子の重さを 100 マスに分けると、クォークの重さは 1 マスに届かない
図 1 陽子の重さを 100 マスに分けると、クォークの重さ(ヒッグス由来)は 1 マスに届きません。

クォークの重さは、ヒッグスの場から来ています。つまり「ヒッグスが重さを与えている」は、陽子については 0.96% のことしか言っていません。

残りの 99% は、閉じ込められたエネルギー

では、残りの 929.25 MeV はどこから来るのでしょうか。

クォークは、陽子の中に強い力で閉じ込められています。中では、クォークが激しく動き回り、クォークどうしをつなぐ力の場(グルーオンの場)にも、大きなエネルギーがたまっています。このエネルギーが、外から見ると重さとして量られます。

ここで E=mc² が出てきます。この式は、ふつう「重さはエネルギーに変えられる」と読まれます。けれども逆向きにも読めます。止まっている物の中に閉じ込められたエネルギー E は、外から見ると m = E ÷ c² の重さとして現れる、という読み方です。陽子の重さの 99% は、この読み方のほうの話です。

言いかえると、陽子の重さのほとんどは「部品の重さ」ではなく「部品が中で動き、つながっていることのエネルギー」です。

電子は、まったく逆

同じ原子の中にいても、電子は事情が逆です。電子は部品に分かれない粒で、その重さ 0.511 MeV は、まるごとヒッグスの場から来ています。

陽子はヒッグス由来が 0.96%、電子は 100%
図 2 同じ「重さ」という言葉でも、陽子と電子では出どころが逆になっています。

陽子のヒッグス由来の割合(0.96%)と、電子のヒッグス由来の割合(100%)は、104.0 倍ちがいます。「重さ」という一つの言葉の中に、出どころの違う二つのものが入っているのです。私は論文で、こういう「同じ名前で呼ばれる、別の出どころのもの」を別根(べっこん)と呼んでいます。

体重 60 kg に直すと

体は、重さで言うと、酸素が 65%、炭素が 18.5%、水素が 9.5%、窒素が 2.6%、そのほかカルシウムやリンなどでできています(文献によって少しずつ違う、代表的な値です)。それぞれの原子の陽子と中性子と電子を数えて、ヒッグス由来の重さを足し上げました。

  • クォークの重さ(ヒッグス由来):体重の 1.092%
  • 電子の重さ(ヒッグス由来):体重の 0.030%
  • 合わせて 1.122%。残りの 98.88% は、閉じ込められたエネルギーです。
体重 60 kg のうち 59.33 kg は閉じ込められたエネルギー
図 3 体重 60 kg のうち、ヒッグス由来はクォークの 0.655 kg と電子の 0.018 kg だけです。

体重 60 kg なら、ヒッグスが与えている重さは 0.67 kg ほどです。残りの 59.33 kg は、陽子と中性子の中に閉じ込められたエネルギーが、E=mc² によって重さとして見えているものです。題の「99%」は、この 98.88% を丸めた数です。

もしヒッグスの場の値が 0 だったら

考えの実験をしてみます。ヒッグスの場の値(真空期待値)を 0 にすると、クォークの重さも電子の重さも 0 になります。

ヒッグスの場を 0 にしても陽子はほとんど軽くならないが、電子は重さを失う
図 4 陽子は 938.27 MeV から 929.25 MeV へ、0.96% 軽くなるだけです。電子の重さは 0 になります。

陽子の重さは、ほとんど変わりません。けれども電子は重さを失います。重さの無い電子は、原子核のまわりにとどまれず、原子という形が保てなくなります。体の重さはほとんど残るのに、体の形は残らない、ということになります。

ここで断っておくことがあります。この「0 にする」計算は、クォークの重さを素直に引いただけです。本当にヒッグスの場が 0 の世界では、ほかのことも変わるはずで、その全部を計算したものではありません。

素朴な足し算が外れる所

部品の足し算がいつも使えるわけではありません。中性子は、アップクォーク一つとダウンクォーク二つでできています。中性子と陽子の違いは、アップクォーク一つがダウンクォーク一つに替わったことだけです。

クォークの重さの差は 4.70 − 2.16 = 2.54 MeV です。ところが、中性子と陽子の重さの差は 1.29333 MeV しかありません。実際の差に比べて、足し算の予想は 196% と、行き過ぎています。陽子はプラスの電気を帯びているので、その電気のエネルギーの分だけ重くなり、差を縮めているのです。重さの中身を考えるときは、部品だけを見てはいけない、という例です。

まとめ

  • 陽子の重さのうち、クォークの重さ(ヒッグス由来)は 0.96%。残りの 99.04% は、閉じ込められたエネルギーです。
  • 電子の重さは、100% ヒッグス由来です。同じ「重さ」でも、出どころが逆です。
  • 体重に直すと、ヒッグス由来は 1.122%。98.88% は、E=mc² を逆向きに読んだ「エネルギーが重さとして見える」分です。

E=mc² は、原子力の式としてだけでなく、いま体重計に乗っている自分の重さの式でもあります。

数の出どころと、この記事の射程

クォーク・陽子・中性子・電子の重さは、PDG 2024(S. Navas et al., Particle Data Group, Phys. Rev. D 110, 030001, 2024)の値です。軽いクォークの重さは、どの決め方で量るか(MS-bar という決め方・2 GeV)によって値が変わります。この記事の百分率は、その決め方の上での数です。体の元素の割合は、文献ごとに少しずつ違う代表的な値を使いました。原子の重さは、いちばん多い同位体の質量数から近い値で出しています。

この記事は、新しい法則を主張するものではありません。使ったのは、公表されている値と足し算と割り算だけです。もとになった私の論文は次の二本です。どちらも、査読を経ていないプレプリントです。

E=mc² を、こんどは「形」として読むこともできます。m に 4π を入れると、4πc² という球の表面積と同じ形が現れます。その読み方は、小さな本『一枚の皮と、その中身』に書きました。