前の読みもの「ダンベルとドーナツの雲は、満たすとまん丸に戻る」で、殻がちょうど半分や満杯の原子は雲がまん丸になり、外へ出る数が一つもなくなることを確かめました。ネオンやアルゴンのような希ガスは、まさにそういう原子です。外から見て、何も持っていません。
ところが希ガスも、冷やせば液体になります。何も出していない原子どうしが、なぜ引き合うのでしょうか。答えは「平均」ではなく「一瞬」にありました。
この文章の計算は、このページのために新しく行ったものと、査読を経ていない、著者自身による公開(プレプリント)の論文によります。
要点
- 殻が満杯の原子は、平均すればまん丸で、外へ出る数は0です。それでも一瞬一瞬の雲は、どこかへ片寄っています。水素なら、片寄りの平均は0でも、片寄りの二乗の平均は0ではありません。
- 二つの原子を並べると、一瞬ごとの片寄りが少しだけ向きをそろえます。結ぶ線の向きには同じ向きに、線と直角の向きには逆向きにです。そのわずかなそろいがエネルギーを下げ、引き合いになります。
- 引き合いは距離の6乗に反比例します。6は、双極子の場が距離の3乗で弱まることを二乗した分です。
- 水素どうしの引き合いの係数は、MitroyとBromleyと同じ道具でたどり直して6.4990267054でした(13桁で一致)。ロンドンの簡単な式は、その1.17倍に出ます。
- この引き合いがとても弱いのは、平均の片寄りが0で、二つの揺らぎの掛け合わせしか残らないからです。
平均はまん丸、一瞬は片寄っている
水素の1sの雲はまん丸で、電子の平均の位置は原子核と重なります。片寄りの平均は0です。ところが片寄りの二乗の平均は0ではなく、ボーア半径の二乗を単位にしてちょうど1です(雲の広がりの二乗の平均3の、3分の1)。量子の世界では電子の居場所は決まっていませんが、測れば、どこかへ片寄った所に見つかります。絵で言えば、電子は一瞬ごとにどこかへ片寄っています。

外から読める数は、この片寄りを平均したものです。平均すると消えてしまう片寄りが、引き合いの出どころになります。
二つ並べると、片寄りが向きをそろえる
一番簡単な模型で確かめます。二つの中心に、電荷をばねでつなぎます。電荷はふだん中心にいますが、量子の世界では止まりきれず、いつも少し揺れています(零点の揺れ)。二つの電荷の片寄りは、双極子どうしの力で結ばれます。結ぶ強さは、分極率(片寄りやすさ)をα、距離をRとして、κ=α/R³です。この模型は、原子どうしのこの引き合い(ロンドンの分散力)を見せる、解ける模型として知られています。
つまみで二つの中心の距離Rを変えます。ボタンで、決まった距離へ跳べます。
- 結ぶ強さκ=α/R³
- 零点のずれ|ΔE|(ħω0=1)
- ΔE÷(−3κ²/4)
- 線の向きに同じ向きの瞬間
- 線と直角に逆向きの瞬間
κ=0.1の所(距離2.15)では、結ぶ線の向きに二つとも同じ向きへ片寄って見つかる割合が53.22%、線と直角の向きに逆向きの瞬間が51.60%です。どちらも50%からほんの少しずれるだけです。それでもこのずれが、エネルギーを零点の揺れの大きさħω0の0.007572倍だけ下げます。これが引き合いです。
距離を10まで離すと、ずれは(3/4)α²/R⁶の式と、1.000001倍の差で重なります。引き合いは距離の6乗に反比例します。もしばねが古典の物で、電荷が止まっていたら、片寄りも引き合いも0です。温度が0なら、この引き合いは量子の零点の揺れだけから来ています(論文1109)。
水素どうしの係数と、ロンドンの一本の線
本物の水素で、引き合いの係数C6を数えました。遠い所で、引き合いのエネルギーは−C6/R⁶になります。C6は、電子が光を受けて片寄る度合い(分極率)を、虚数の振動数まで広げて二乗し、足し合わせた量です。電子が入りうるpの部屋を、束縛の部屋も連続の部分もまとめて、ラゲールの多項式という道具で数え上げました。
この道具は、MitroyとBromley(2005年)が同じ計算に使ったのと同じ形で、私の計算はそのたどり直しです。結果は6.4990267054で、その表の値と13桁で一致しました。
ロンドン(1930年)の簡単な式は、片寄りやすさ(分極率)は本当の9/2のまま、電子が上がるエネルギーだけを、電離のエネルギー(1/2)の一本の線にまとめて計算します。水素ではこれが7.59375で、本当の値の1.17倍です。大きく出るのは、本当の片寄りやすさの多くが、電離のエネルギーより下の線から来るからです。2pの部屋への線(エネルギーの差は3/8)だけで、片寄りやすさの0.66を占めます。
つまみで、電子が上がるエネルギーを一本の線にまとめたときの、そのエネルギーEを変えます。
- 一本の線のC6
- 本当のC6
- 比
一本の線で本当の係数に合わせるには、E=0.4279に置く必要があります。電離のエネルギーの0.86倍で、2pの線が強いぶん低くなります。ロンドンの式は、引き合いの形(距離の6乗)は正しく、大きさをおおまかに見積もる式です。
零点の揺らぎか、熱の揺らぎか
揺れには、もう一つの出どころがあります。温度です。ばねの模型を温かくすると、熱で揺れる分が加わります。
つまみで温度kTを変えます(目盛りは10倍ごと)。ボタンで、決まった温度へ跳べます。熱の上乗せは、引き合いの強さから零点の分3/4を引いた分です。
- 温度kT
- 引き合いの強さ−ΔF/κ²
- 零点の分
- 熱の上乗せ
- 大きい方
温度が低いと引き合いの強さは零点の揺らぎの3/4、高いと熱の揺らぎの3kTに近づきます。二つの近似の式は、kT=ħω0/4で交わります。ただ、そこで熱が上乗せする分は全体の0.1592にすぎず、熱の上乗せが零点の分に並ぶのはkT=0.4902ħω0です。熱の揺らぎの引き合いは、エネルギーではなく、エントロピー(並び方の数)の側から来ます。どちらの揺らぎでも、引き合いは同じく距離の6乗に反比例します。違うのは係数です。
原子の電子の揺れのħω0は、ハートリーという大きさ(27.2 eV)です。室温のkTはその0.000950倍しかありません。遅れの効かない近い距離では、原子どうしの引き合いは、ほぼ零点の揺らぎだけで決まっています。
6は、3の二倍
双極子の場は、三次元では距離の3乗で弱まります。引き合いはその結びつきを二乗した分なので、6乗になります。同じ模型を、空間の次元dを変えて解きました。双極子の場がd乗で弱まるので、引き合いは2d乗で弱まり、係数はd(d−1)/8(d=2、3、4、5で0.25、0.75、1.5、2.5)になります。

なぜ、こんなに弱いのか
化学の結びつきは、イオン結合、共有結合、金属結合、水素結合、ファンデルワールス力と名前で分けられます。私は前に、ファンデルワールス力だけが室温の熱より弱いことを数えました(論文278)。そのとき、なぜ弱いのかには入りませんでした。
今回答えるのは、ファンデルワールス力のうち、揺らぎによる分散力の弱さです。今回の数で言えば、弱い理由は二段あります。一つの原子の片寄りの平均は0なので、一段目の引き合いはありません。残るのは二つの揺らぎを掛け合わせた二段目で、小さい比α/R³の二乗で効きます。実在の水素を6ボーア半径に置いても、κは0.0208です。κ=0.1としても、ずれはħω0の0.007572倍にすぎません。
雲の形と、くっつくこと
ダンベルやドーナツの雲の形は、原子が手を出す向きを決めます。けれど、くっつくかどうかは形だけでは決まりません。まん丸の原子でも、揺らぎで弱くくっつきます。雲の形は、電子が中心へ落ちない理由でもありませんでした(論文1108)。形が決めるのは向きで、くっつく力の出どころは、形の外にもあります。
よくある問い
片寄りは、目に見えるのですか?
見えません。平均はまん丸です。片寄りがそろうというのは、二つが同じ向きに片寄って見つかる割合が、53.22%と、50%よりほんの少し多いという話です。
ロンドンの式は、間違っているのですか?
間違いではありません。距離の6乗という形は正しく、大きさを一本の線でおおまかに見積もる式です。水素では、本当の値の1.17倍になります。
うんと遠く離れても、6乗のままですか?
いいえ。遠く離れると、光が届くまでの遅れが効いて、7乗に反比例するようになります(CasimirとPolder、1948年)。このページでは、遅れの効かない近い距離だけを扱っています。
論文と文献
論文はどれもCC BY 4.0で公開しています。
- 論文1109「平均ではまん丸の原子どうしも、揺らぎの片寄りが向きをそろえて、距離の6乗に反比例して引き合う」:このページの計算のもと。
- 論文1107「場の方程式が二階なら、閉じた皮の外から読める中身は、角度の型ごとに一つの数である」:外から読める数。
- 論文1108「角度の型が中心への落下を防げるのは、中心の近くで引きつけるポテンシャルがちょうど1/r²のときだけである」:雲の形と落下。
- 論文278「「化学結合」の分類は、強さの連続体を温度で切っただけである」:結びつきの強さと温度。
- London, F. (1930). Zur Theorie und Systematik der Molekularkräfte. Zeitschrift für Physik.
- Casimir, H. B. G., and Polder, D. (1948). The influence of retardation on the London-van der Waals forces. Physical Review.
- Mitroy, J., and Bromley, M. W. J. (2005). The higher-order Cn dispersion coefficients for hydrogen. Physical Review A.