「分離子とは何か」は道具箱の仕切りの話で、「シワ取り治具の説明書」は小箱の話でした。このページは、同じ棚に置く次の小箱の説明書です。仕切りから数えて 3 本目になります。
方程式や定理は、どれも同じ「=」で書かれます。けれど、その=が言っていることは式ごとに違います。決めただけの=もあれば、数学が強制する=もあり、実験が確かめた=もあります。論文16 で、私は=に六つの根があることを点呼しました。その検査を、有名な式に誰でも当てられる手順にしたのがこの道具です。
この文章は、査読を経ていない、著者自身による公開(プレプリント)の論文の内容と、このページのために新しく行った試運転をまとめたものです。
説明書
- 一言で
- その=は、何が起きたら破れるのかを問う。
- できること
- 式に札を付ける。札は、立つ場所、根、幅、中身の一文、効かない条件の五つです。
- 差し込むもの
- =で書かれた式と、入力を動かせる世界を二つ以上。
- 効かないとき
- 一本だけ取り出して壊せないとき。証明された定理には「仮定を外す」に替えて使います。
- 渡った先
- 電気、ばね、粘り、光の吸収、化学反応、お金、熱、力学、宇宙、定理。
要点
- 抵抗 R を電圧÷電流で定めると、V=IR の等号はダイオードでも破れません。法則の中身は「R は電流に依らない」という一文のほうにあります。
- 札は二つの軸で付けます。なぜ成り立つか(根)と、どの細かさで成り立つか(幅)です。
- 同じ式でも、どの理論の内側に立つかで札が変わります。
- 証明された定理の真偽に弱さはありません。定理には「壊す」を「仮定を外す」に替えて使います。
- 札は身分であって、値打ちではありません。定義の札が付いた式は、弱い式という意味ではありません。
破れない等号
V=IR を見ます。抵抗 R を、電圧 V を電流 I で割った比で定めるなら、どんな部品でもこの等号は成り立ちます。ダイオードでも成り立ちます。
300 K の理想ダイオード(飽和電流 10⁻¹² A)で比 V/I を計算すると、0.40 V で 76270.4 Ω、0.70 V で 1.21791 Ω でした。比は 62623.9 倍も動きました。それでも、どの点でも V は I×R に等しいままです。R を V/I と決めたからです。
破れるのは等号ではなく、「R は電流に依らない」という一文です。オームの法則の中身は、等号の外にあるこの一文です。
動かしてみてください。世界の曲がりが 0 のとき、比はどこでも同じです。曲げると比は動きますが、等号の残りは 0 のままです。
分野を選んで、世界を曲げます。等号の残りを 0 から動かせるでしょうか。
- V
- R
- 等号の残り
- 比のばらつき
手順:動詞だけで書く
| 動詞 | すること |
|---|---|
| 立つ | どの理論の内側で読むかを書く |
| 測り分ける | 左辺と右辺を別々に測る手順を書く。片方が書けなければ、定義の札の候補 |
| 壊す | 等号が外れる世界を一つ作る。作れなければ、恒等式の札の候補 |
| 動かす | 入力を動かして、外れる所を探す |
| 札を付ける | 根と幅を決める |
| 取り出す | 「何に依らないか」の一文を書く |
| 囲う | 外れた所を、効かない条件として書く |
中心は「測り分ける」です。右辺の量を、左辺を使わずに測れるかを問います。測れなければ、その=は定義です。測れるなら、=は世界について何かを言っています。
もう一つの要は「取り出す」です。定義の札が付いても、話は終わりません。「○○は△△に依らない」の一文を書くと、法則の中身が出てきます。分離子が「何を動かすと別物になるか」を問うなら、この一文はその裏返しで、「何を動かしても動かないか」を書きます。論文530 は比例定数の身分を四つに分け、「何を動かすと定数が動くか」で見分けました。同じ問いです。
札は二つの軸で付けます
一つ目の軸は根です。なぜ成り立つかを問います。論文16 の六つです。
| 根 | 問い | 例 |
|---|---|---|
| 定義 | 片方が、もう片方から定められているか | R≡V/I |
| 代入の帰結 | 規約を選んだから成り立つのか | c=1 の単位の E=m |
| 恒等式 | どの世界でも外れないか | sin²θ+cos²θ=1 |
| 条件式 | 解の上でだけ成り立つか | エネルギーの保存 |
| 経験則 | 外れる世界が作れて、実験が確かめているか | R は I に依らない(範囲の中で) |
| 無効 | 両辺の次元が合わないか | 長さ=時間 |
二つ目の軸は幅です。どの細かさで成り立つかを問います。
| 幅 | 問い | 例 |
|---|---|---|
| 全部 | 一点ごと、一本ごとに成り立つか | ∇G=0 |
| 平均で | 一本ごとには外れ、平均でだけ成り立つか | ジャルジンスキーの等式 |
| 極限で | 極限でだけ成り立ち、途中では外れるか | PV=nRT |
| 一部だけ | 量の一部だけを結んでいるか | G=8πT |
幅は七つ目の根ではありません。平均で成り立つ式にも、なぜ成り立つかの根は別にあります。だから別の軸に置きます。

幅を見る
平均で成り立つ等号。小さな粒を調和の罠に入れて引きます。引いた仕事を W とすると、ジャルジンスキーの等式は ⟨e^(−W)⟩=e^(−ΔF) と言います(エネルギーは熱の大きさを単位に測ります)。この例では ΔF=0 なので、右辺は 1 です。一本ごとには成り立ちません。
速さと本数を動かします。一本ごとの W は散りますが、e^(−W) の平均はどこへ向かうでしょうか。
- W の平均
- W が負の本数
- ⟨e^(−W)⟩
- 上位 1%の取り分
同じ模型を 20 万本、時間を刻んで計算しました。W の分散÷(2×平均) は 0.998123 で、この分布の形とほぼ合います。速さ 1 では W が負の道が 22.5 %あり、⟨e^(−W)⟩ は 1.000102±0.006315 でした。速さ 2 では、上位 1%の本数が和の 73.2 %を握り、20 万本でも 0.926801±0.051570 でした。等号は厳密でも、確かめられるかは裾しだいです。これは論文136 の主題です。

ビリアル定理も同じ幅です。離心率 0.6 の楕円軌道で、2T/|V| は一瞬ごとに 0.400000 から 1.600000 まで動きます。一周で平均すると 1.000000 です。軌道の 4 分の 1 の角だけで平均すると 1.381972 で、等号になりません。
極限で成り立つ等号。PV=nRT は、圧力を 0 へ近づけた極限の式です。ファンデルワールスの式で Z=PV/(nRT) を換算温度 1.5 で計算すると、換算体積が 10、100、1000、10000 のとき 0.959483、0.995844、0.999583、0.999958 と 1 へ近づきます。臨界点では 0.375000、ちょうど 3/8 です。
一部だけを結ぶ等号。アインシュタイン方程式 G=8πT が結ぶのは、曲がりのうちリッチの部分だけです。右辺が 0 でも、時空が平らとは限りません。シュワルツシルトの時空はリッチが全部 0 で、曲がりの大きさ RabcdRabcd は 48M²/r⁶ です。M=1、r=3 で 0.065844 が残ります。残っているのは W の部分で、シワ取り治具が量っていた「しわ」そのものです。
立つ場所で札が変わる
札は式そのものではなく、式と立つ場所の組に付きます。論文21 で、質量殻の式についてこのことを書きました。
| 式 | こちらに立つと | あちらに立つと |
|---|---|---|
| F=ma | 力の法則を書かないなら、F の定義 | F=−kx などと組むと、外れうる経験則 |
| v=Hd | 固有距離なら、一様な宇宙の恒等式 | 赤方偏移と光度距離で読むと、経験則で、幅は極限 |
| e^(iπ)+1=0 | cos+i sin を定義に置くなら、代入の帰結 | 級数を定義に置くなら、定理 |
| E²=(pc)²+(mc²)² | 特殊相対論の内側では恒等式 | 外側では、試せる帰無仮説 |
v=Hd を見ます。固有距離 d=a(t)χ なら、どんな a(t) でも ḋ=(ȧ/a)d です。宇宙の中身に関係なく成り立ちます。これを観測の量で書くと事情が変わります。光度距離を d とすると、赤方偏移 1 で H₀d/c は、塵の宇宙で 1.171573、物質のない宇宙で 1.500000 で、cz=H₀d の 1.000000 と違います。論文1039 は、物質のない宇宙でハッブルの法則が厳密に出ることを書きました。観測の側の式は宇宙の中身で変わるので、世界について何かを言っています。
F=ma には、両方の読み方の流れがあります。解析力学の教科書の多くはキルヒホフとゾンマーフェルトの流れで第二法則を力の定義と読み、ファインマンは法則と読む側の代表とされています(ステファニーニとレアーリ)。どちらかが誤りなのではなく、立つ場所が違います。
渡った記録
同じ手順を別の分野で動かしました。比で定数を定める形の式が多いので、まず比の法則の族を並べます。
| 分野 | 等号を定めるもの | 中身の一文 | 壊す世界 | 比のばらつき |
|---|---|---|---|---|
| 電気 | R≡V/I | R は I に依らない | ダイオード | 10.779452 |
| ばね | k≡F/x | k は x に依らない | 軟化するばね | 0.462892 |
| 粘り | μ≡τ/s(s はずり速度) | μ は s に依らない | ずり流動化 | 3.446621 |
| 光の吸収 | ε≡A/(cl) | ε は c に依らない | 二量体になる溶液 | 1.597254 |
| 反応 | Ea≡RT²dlnk/dT | Ea は T に依らない | k=AT²e^(−E/RT) | 0.086785 |
| お金 | V≡PQ/M | V は M に依らない | M で V が落ちる世界 | 0.981862 |
比のばらつきは、法則の世界で 0 でした(反応だけは数値微分の誤差で 9.30×10⁻¹¹)。比で定めた 5 つの等号の残りは、壊す世界でも機械の丸めの大きさで、最大 1.59×10⁻¹⁶ です。
お金の式がいちばんはっきりしていました。経済学者のハンフリーは、V を PQ/M と定めれば MV=PQ は恒等式になり、V をほかの量と独立に定めれば恒等式でなくなる、と書いています。手順の「測り分ける」と同じことです。
反応の式は、定義が用語集にそのまま載っています。IUPAC は活性化エネルギーを Ea=RT²dlnk/dT で定め、経験的な係数と書いています。k=AT²e^(−E/RT) の世界(E は 50000 J/mol)では、Ea は 300 K の 54988.678 J/mol から 600 K の 59977.355 J/mol まで動きました。
熱の式は、一周の形になりました。外からした仕事を W として、熱 Q を ΔU−W で定めれば、第一法則の等号は破れません。中身は「断熱の仕事は道に依らない」です。これが外れる世界を作ると、一周して 0.200000 が残りました。シワ取り治具の効かない条件と同じ形ですが、同じ根かどうかは判定していません。
6 分野で同じ形が動いても、同じ根とは言いません。比で定めれば同じ形になるのは当然で、分離子の決まりでは判定になりません。言えるのは、同じ手順が動いたことだけです。
渡らなかったもの。「測り分ける」は、証明された定理には渡りませんでした。両辺が同じ公理の中で定まるからです。比で定める形は、平均や恒等式の式には当たりません。ばね、光の吸収、お金、熱の壊す世界は、外れる形を見せるために作ったもので、実データは使っていません。
定理には「仮定を外す」
証明された定理には、「壊す」は使えません。証明があるので、真偽に弱さはありません。問えるのは、どの仮定がどこまで要るかです。「壊す」を「仮定を外す」に替えると、手順はそのまま動きます。
| 定理 | 外す仮定 | 結果 |
|---|---|---|
| 三平方の定理 | 平らな面 | a=b=1 の直角三角形の c は、平らな面の 1.414214 から、半径 1 の球面で 1.274556 へ |
| 多面体の V−E+F=2 | 球と同じ形 | 立方体の 2 から、トーラスの格子で 0 へ |
| コーシーの積分定理 | 穴がない | ∮dz/z が 0 から、虚部 6.283185 へ |
定理の側には、すでに立派な道具があります。逆数学という分野は、定理を証明するのに本当に要る公理を測ります。平行線の公準と三平方の定理の関係は、その入口の例です。証明の検査に使う Lean には、定理が依っている公理を一覧にする命令があります。
効かないとき
| 条件 | どうなるか | 直し方 |
|---|---|---|
| 一本だけ取り出して壊せない | F=ma は単独では定義と読め、力の法則と組むと試せる | 札を束に付ける |
| 世界の範囲を決めていない | 「壊れなかった」は、試した世界の中だけの話になる | 試した世界を書く |
| 値で札を決めようとする | e^(iπ)+1 は、どの定義でも同じ値になる | 定義の置き場を書く |
| 証明された定理に「壊す」を当てる | 証明があるので壊れない | 「仮定を外す」に替える |
| 札を値打ちと読む | 定義の札を「弱い」と読むと誤る | 札は身分だと書く |
一つ目は、デュエムが指摘した場所です。物理の仮説は単独では試せず、疑われるのは足場全体だと彼は書きました。この場合は、札を一本の式ではなく束に付けます。F=ma と F=−kx の組は、減衰する道で残りが 0.172851 になり、外れます。
最後の一つは大事です。定義は測り方と道具を作ります。定義の札が付いたからといって、その式の値打ちが下がるわけではありません。
自分の分野で試す
- 気になる式を一本選び、どの理論の内側で読むかを書きます。
- 式の中の量のうち、ほかの量から定めているものを探します。
- あれば、その等号は破れません。「その量は○○に依らない」の一文を書きます。
- その一文が外れる世界を探します。見つかった所が効かない条件です。
- 一本ごとに成り立つのか、平均でか、極限でか、一部だけかを確かめます。
- 札を書き残します。止まった記録が、次の人の役に立ちます。
どこまでが既知で、どこからが私の仕事か
既知のこと。第二法則を定義と読むか法則と読むかの議論、仮説は単独では試せないというデュエムの指摘、MV=PQ が恒等式であること、Ea の定義は、どれも既知です。ディラックは「拘束の上でだけ等しい」を ≈ という記号で分けて書きました。ここに出てきた式の結果は、どれも新しくありません。
私の仕事。等号の六つの根(論文16)、立っている場所(論文21)、比例定数の身分(論文530)を土台に、これを手順にまとめたこと。根と幅を二つの軸に分けたこと。定義の等号と法則の中身を切り分けて、6 分野で同じ手順を動かし、渡らなかった部品まで書いたことです。同じ形の整理を書いた文献があるかどうかは、全部は調べていません。
しないこと。式を格付けしません。作った世界は形を見せる例で、現実についての主張ではありません。V が M に依るかどうかは測っていません。投資の助言ではありません。
論文と文献
論文はどれも CC BY 4.0 で公開しています。
- 論文16「等号にも別根がある」:等号の六つの根。
- 論文21「恒等式にゼロテンションは効かない」:立っている場所。
- 論文530「同じ「比例する」でも、比例定数の身分は四つある」:何を動かすと定数が動くか。
- 論文136「等式は厳密でも、平均は裾が握っている」:平均の等号と裾。
- 論文1039「物質の無い膨張宇宙は、平らな時空を固有時で切り直しただけのものである」:ハッブルの法則が厳密に出る面。
- 論文300「三百本目の点呼 ── 同根か別根かは、判定できる」:分離子の判定。
- Humphrey, T. M. (1984). Algebraic quantity equations before Fisher and Pigou. Federal Reserve Bank of Richmond Economic Review.
- Stefanini, L. & Reali, G. (2015). Newton’s second law: not so elementary (as it may seem). arXiv:1502.04303.
- Ariew, R. Pierre Duhem. Stanford Encyclopedia of Philosophy.
- Reverse Mathematics. Stanford Encyclopedia of Philosophy.
- IUPAC Gold Book. activation energy (Arrhenius activation energy).