【論文24】片道の光速は、測れない

要旨

論文95 は規約と事実を分け、論文111 は光が共形構造までしか決めないと書いた。本稿はその二つが交わる一点を扱う。片道の光速である。新しい物理法則は主張しない。

第一に、往復はどの $\varepsilon$ でも $c$ である。同期の規約 $\varepsilon\in(0,1)$ を取ると片道速度は $c/2\varepsilon$ と $c/2(1-\varepsilon)$ に分かれるが、往復時間は $2L/c$、往復速度は $c$ で、$\varepsilon$ に依らない(本稿で記号計算)(第2節)。

第二に、これが本稿の芯である。$\varepsilon$ を変えるのは座標変換にすぎない。$t’=t+\kappa x$、$\kappa=(1-2\varepsilon)/c$ と置くと計量に非対角項が現れるが、零方向を解くと片道速度がちょうど第2節の値に戻る($\varepsilon=1/4,1/2,3/4,9/10$ で確認)。光円錐は動いていない(第3節)。

第三に、観測量は動かない。固有時は世界線の長さであり同時面の貼り替えでは変わらず、ドップラー比は一つの時計の上の二つの事象から作られるので同期が入らない(第4節)。

第四に、規約には柵がある。$\varepsilon\le0$ や $\varepsilon\ge1$ では片道速度が負または無限になり、原因と結果の順序が壊れる。自由なのは開区間 $(0,1)$ の中だけである(第5節)。

第五に、ブレーキ。マレメント(1977)は、同時性を「因果構造と一本の慣性世界線だけから定義できる同値関係」に限れば、それは一意で $\varepsilon=1/2$ であることを示した。ライヘンバッハもマレメントも正しい。違うのは「定義に何を許すか」である(第6節)。そして体系が「規約」と呼んできたものは、三つの深さに分かれる(第7節)。

射程(何を示さないか)

本稿の射程:新しい物理法則は主張しない。ライヘンバッハの $\varepsilon$、往復速度だけが測定にかかること、$\varepsilon$ 座標系、マレメントの定理はいずれも標準的である。相対論に反する主張は一つもない。むしろ、相対論のどの部分が測定でどの部分が取り決めかを線引きする作業である。本稿が加えるのは、$\varepsilon$ 変更が光円錐を動かさないことを数で示したこと、柵が開区間であると書いたこと、ライヘンバッハとマレメントを「定義に何を許すか」で分けたこと、体系の三つの「規約」を深さで並べたことだけである。

1. 記法と位置づけ

距離 $L$ の二点間で、往路の到着を $t_B=t_1+\varepsilon(t_2-t_1)$ と定める($t_1$ は出発、$t_2$ は帰着)。標準の同期は $\varepsilon=1/2$ である。

位置づけ:論文118 は $dt$ と $d\tau$ の論理型を分け、論文123 は「装置の遅延」という読みを三通りで棄却した。本稿はその手前にある問い(そもそも離れた二点の「同時」は、測っているのか決めているのか)を扱う。

2. 往復は、どの $\varepsilon$ でも $c$ である

検算 2.1

$\varepsilon$ 往路 $c_+$ 復路 $c_-$ 往復速度
$1/4$ $2c$ $2c/3$ $c$
$1/2$ $c$ $c$ $c$
$3/4$ $2c/3$ $2c$ $c$
$9/10$ $5c/9$ $5c$ $c$

一般に往復時間は $L/c_++L/c_-=2L/c$ であり、$\varepsilon$ が消える。(証明終)

観察 2.2 測定にかかるのは往復だけである。片道を分離して測るには、離れた二つの時計を先に合わせておかねばならず、その合わせ方こそが $\varepsilon$ である。循環を避けられない。

3. $\varepsilon$ を変えるのは、座標変換である

検算 3.1:$t’=t+\kappa x$、$\kappa=(1-2\varepsilon)/c$ と置くと
$ds^2=-c^2dt’^2+2c(1-2\varepsilon)\,dt’dx+4\varepsilon(1-\varepsilon)\,dx^2$
となり非対角項が現れる。この $ds^2=0$ を $u=dx/dt’$ について解くと

$\varepsilon$ 零方向の二解 第2節の $c_\pm$ と
$1/4$ $-2c,\ 2c/3$ 一致
$1/2$ $-c,\ c$ 一致
$3/4$ $-2c/3,\ 2c$ 一致
$9/10$ $-5c/9,\ 5c$ 一致

(証明終)

観察 3.2 (これが本稿の芯である) 零方向の集合は同じである。変わったのはその座標表示だけであって、$\varepsilon$ は幾何を一切動かしていない。

観察 3.3 論文111 の言葉でいえば、$\varepsilon$ は共形構造の内側の自由度ですらない。共形構造そのものが不変だからである。論文150 の密度が「幾何が動く」自由度だったのに対し、$\varepsilon$ は「何も動かない」自由度である。

4. 観測量は動かない

検算 4.1:速度 $v$ で動く世界線に沿う固有時は、標準座標でも $\varepsilon$ 座標でも $T_0\sqrt{1-v^2/c^2}$ である。(証明終)

観察 4.2 固有時は世界線の長さであり(論文118・121)、同時面の貼り替えでは変わらない。ドップラー比 $\sqrt{(1-v/c)/(1+v/c)}$ も、放出と受信という二つの事象を一つの時計で読むだけなので、同期が入る余地がない。

観察 4.3 したがって「片道光速を測った」と称する実験は、必ずどこかで同期を仮定している。測っているのは往復か、あるいは仮定した $\varepsilon$ そのものである。

5. 柵:因果律が開区間を強制する

検算 5.1

$\varepsilon$ $c_+$ $c_-$ 判定
$-1/4$ $-2c$ $2c/5$ 負の速度=原因と結果が入れ替わる
$0$ 無限大 $c/2$ 境界:片道が無限速
$1/2$ $c$ $c$ 許される
$1$ $c/2$ 無限大 境界:片道が無限速
$5/4$ $2c/5$ $-2c$ 負の速度

(証明終)

観察 5.2 規約は「何でもよい」ではない。開区間 $(0,1)$ の中の一径数の自由であり、端点は因果律が閉ざしている(論文95 の「規約は数であって何でもありではない」の実例)。

6. ブレーキ:マレメントの定理

事実 6.1:ライヘンバッハ(1928)は $\varepsilon$ が規約であると論じた。マレメント(1977)は、同時性を「因果構造と一本の慣性世界線だけから定義できる同値関係」に限れば、それは一意であり標準同期($\varepsilon=1/2$)に他ならないことを示した。

観察 6.2 二つとも正しい。違うのは「定義に何を許すか」である。ライヘンバッハは任意の取り決めを許し、マレメントは因果順序と一本の世界線から定義できるものだけを許す。

観察 6.3 したがって「同時性は規約か」という問いは、何を定義として認めるかを言うまで答を持たない。一語が二つの根を持っている(論文17)。そして体系の作法でいえば、住所を書くとは「どの定義の枠内でか」を書くことである。

7. 点呼:「規約」と呼ばれる三つのもの

観察 7.1 

何が自由か 型 動かすと何が動くか 住所
同時性の $\varepsilon$ 座標の選び方 何も動かない(光円錐も不変) 本稿
共形類の中の密度 幾何量の自由度 計量が動く(体積・距離) 論文150
単位の選択 数の割り当て 数値が動く(不変量は不変) 論文95・35

観察 7.2 三つとも「規約」と呼ばれてきたが、深さが違う。分離子は、選び直したときに何が動くかである。何も/幾何が/数が。

8. 結論

  1. 往復はどの $\varepsilon$ でも $c$ である(検算2.1)。測定にかかるのは往復だけ。
  2. $\varepsilon$ を変えるのは座標変換である(検算3.1)。零方向は動かない。
  3. 観測量は動かない(検算4.1)。固有時もドップラーも同期を含まない。
  4. 柵は開区間 $(0,1)$ である(検算5.1)。端点は因果律が閉ざす。
  5. マレメントの定理は $\varepsilon=1/2$ を強制する(事実6.1)、ただし「定義に何を許すか」を狭めたときに。
  6. 「規約」は三つの深さに分かれる(観察7.1)。

結び:片道の光速が測れないのは、装置が足りないからではない。測るために先に決めておかねばならないものが、まさにその値だからである。そして決め方を変えても、光円錐は一ミリも動かなかった。動いたのは、紙の上の目盛りだけである。

参考文献

  1. Einstein, A. (1905). Zur Elektrodynamik bewegter Körper. Annalen der Physik, 322.
  2. Michelson, A. A. & Morley, E. W. (1887). On the relative motion of the Earth and the luminiferous ether. American Journal of Science, 34.
  3. Reichenbach, H. (1928). Philosophie der Raum-Zeit-Lehre. de Gruyter.
  4. Grünbaum, A. (1973). Philosophical Problems of Space and Time, 2nd ed. Reidel.
  5. Malament, D. (1977). Causal theories of time and the conventionality of simultaneity. Noûs, 11.
  6. Anderson, R., Vetharaniam, I. & Stedman, G. E. (1998). Conventionality of synchronisation, gauge dependence and test theories of relativity. Physics Reports, 295.
  7. 山岸勇輝 (2026). $8\pi$ は単位の産物である [論文17] 第3版. Zenodo. 10.5281/zenodo.21600813
  8. 山岸勇輝 (2026). 規約と事実を分ける [論文95]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21758621
  9. 山岸勇輝 (2026). 光は共形構造までしか決めない [論文111]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21961685
  10. 山岸勇輝 (2026). 二つの時計、一つの尺度 [論文118]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22036237
  11. 山岸勇輝 (2026). 動いているのは時計ではなく世界線である [論文123]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22055231
  12. 山岸勇輝 (2026). 光が測れないのは、密度である [論文150]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22083989

作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。

書誌

山岸勇輝(2026)「片道の光速は、測れない」[論文24]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22090261

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引用するとき

山岸勇輝 (2026). 片道の光速は、測れない [論文24]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/24 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22090261

Yamagishi, Y. (2026). The One-Way Speed of Light Cannot Be Measured [Paper 24]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/24; DOI: 10.5281/zenodo.22090261

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