針金で同じ大きさの輪を二つ作り、向かい合わせて石けん水から引き上げると、輪の間に真ん中がくびれた膜が張ります。輪をそっと離していくと、ある所で膜はぷつりと切れます。その間隔は、輪の半径の 1.3255 倍です。半径 5 cm の輪なら 6.627 cm です。
膜の断面は、垂れた鎖と同じ形(懸垂線)をしています。ところが鎖のほうは、どんなに長くしても、ちゃんと垂れて形を保ちます。同じ形なのに、何が二つを分けているのでしょうか。私は論文1102 で、それを数で確かめました。
この文章は、査読を経ていない、著者自身による公開(プレプリント)の論文の内容をまとめたものです。
要点
- 輪の間の膜は、間隔が半径の 1.325486839 倍を超えると切れます。半径 5 cm の輪なら 6.627 cm です。
- それより狭いと、膜の形は太いくびれと細いくびれの二つがあります。細いほうは、揺らすと崩れます。
- 間隔が半径の 1.055394794 倍を超えると、太いくびれの膜でも、輪にそれぞれ平らな膜を張った形(二枚の円板)より面積が大きくなります。
- 鎖がいつでも垂れるのは、長さが決まっていることが、形を上下にずらす自由を与えるからです。膜にはその自由がありません。
- 膜が三枚会う角は 120 度、膜の縁が四本会う角は 109.4712206 度です。この角は、正八面体の面と面の角と同じ根から来ています。
家でできる実験
針金で半径 5 cm の輪を二つ作り、同じ軸の上に向かい合わせて、石けん水から引き上げます。輪の間に、真ん中がくびれた膜が張ります。輪の間隔を少しずつ広げていくと、膜のくびれがだんだん細くなり、間隔が 6.627 cm を超えたところで、膜は切れて、二つの輪にそれぞれ平らな膜が残ります。
もう一つの目安が 5.277 cm です。間隔がこれより狭いうちは、くびれた膜のほうが、二枚の平らな膜より面積が小さくなります。膜は面積を小さくしようとするので、ここが「くびれた膜が得をする」境目です。
膜の形は、垂れた鎖と同じ
輪の間の膜は、面積がいちばん小さくなる形をとります。その断面は、垂れた鎖と同じ懸垂線です。輪の半径を R、間隔を h、真ん中のくびれの半径を a とすると、輪の上で膜の半径が R になるという条件から、間隔 ÷ 半径とくびれの関係が決まります。
膜は、二つの形を持つ
計算してみると、上限より狭い間隔では、条件を満たす膜の形がいつも二つありました。間隔が半径と同じとき、くびれの半径は、太いほうで輪の半径の 0.848338 倍、細いほうで 0.235095 倍です。

どちらが本当に現れるかを見るため、両端を動かさないように膜を少し揺らして、面積の変わり方を計算しました。太いくびれは揺らすと面積が増え(間隔が半径と同じとき 18.521973)、細いくびれは減りました(−7.421269)。面積が減る向きに揺らせる膜は、そのまま崩れていきます。実験で見えるのは、太いくびれのほうです。
間隔 1.3255 倍で、膜は消える
輪を離していくと、太いくびれは細くなり、細いくびれは太くなって、二つは近づいていきます。そして間隔が半径の 1.325486839 倍のところで一つに重なり、その先には膜の形がありません。そのときのくびれは、輪の半径の 0.552434125 倍です。

1.0554 倍から先は、平らな二枚のほうが狭い
面積で比べると、話はもう一段おもしろくなります。太いくびれの膜の面積は、間隔が半径の 1.055394794 倍のところで、二枚の平らな膜(円板)と等しくなります(ゴールドシュミット、1831 年)。そこから上限の 1.3255 倍までの間、太いくびれの膜は、二枚の円板より広いのに、崩れずに張っています。一度切れないと、二枚の円板には移れないからです。
上限での面積の比は 1.199678640 で、これは上限を決める数 t(tanh t=1/t をみたす数)と同じ値です。計算で気づき、式でもそうなることを確かめました。
鎖はなぜ、いつでも垂れるのか
同じ懸垂線なのに、鎖はどんなに長くても垂れます。端の間隔 2 の鎖で、長さ 2.05 から 100 まで、どの長さにも形がありました。垂れの深さは、長さ 2.05 で 0.195335、100 で 49.845746 です。
違いは、長さが決まっていることにあります。鎖の形は、懸垂線を上下にずらしたものです。長さが決まっているので、ずらす量を一つ選べば、二つの端と長さの三つの条件を、いつでも満たせます。膜には長さの決まりがありません。そして膜の断面を上下にずらすと、平均の曲がりが 0 でなくなり(−0.247651)、もう膜の形ではなくなります。膜は、くびれの太さ一つで輪の条件を満たすしかなく、間隔が開くと、それができなくなるのです。
何を最も小さくするか(鎖は重さの位置、膜は面積)に、縛りが付いているかどうか。これが、論文1102 で名指した分かれ目(分離子)です。
膜が会う角
泡が集まると、膜はきまった角度で会います(プラトーの法則)。三枚の膜は 120 度で会います。これは、点を一つ足して道の総延長を短くするときに現れる角と同じです(論文770)。膜の縁が四本会う所の角は 109.4712206 度です。この角は、正八面体の隣り合う面の角と同じ値で(論文209)、どちらも立方体の対角線の向きから来ています。
膜の上の円は、円周が余る
石けん膜は、二つの向きの曲がりが打ち消しあって、平均すると曲がっていません。それでも膜の上に円を描くと、円周は 2πr より長くなります。首の上の半径 0.1 の円で、2πr の 1.001662520 倍です。この話は、記事「地球に描いた半径 1000 km の円は、円周が 25.77 km 足りない」に書きました。
この話が言っていないこと
- 新しい定理は主張していません。懸垂面の形、間隔の上限、ゴールドシュミットの解、プラトーの法則は、どれも知られた事実です。
- 太いくびれが崩れないことは、一つの揺らし方で確かめただけで、証明ではありません。
- 膜がなぜ薄くなり、いつ割れるか(液の流れ落ちや蒸発)は扱っていません(膜の色の話は論文588)。
- 扱ったのは、同じ大きさの輪を同じ軸に並べた場合だけです。
よくある質問
実際にやると、6.627 cm より手前で切れることがありますか
あります。膜は時間とともに液が流れ落ちて薄くなり、上限の前に割れることがあります。論文1102 が数えたのは、膜の形がそもそも在るかどうかの上限です。
蛇口から出る水の柱が切れるのと、同じしくみですか
違います。水の柱は中に液があり、周の長さより長い波の揺れが育って切れます(論文309)。輪の間の膜は中に液がなく、間隔が開いて形そのものが無くなるので切れます。
109.47 度と正八面体の角が同じなのは、たまたまですか
たまたまではありません。どちらも、立方体の中心から角へ向かう向きどうしの角(余弦が −1/3)から来ています。
もとの論文
- 論文1102「輪の間の石けん膜は間隔が半径の 1.3255 倍で切れるが、同じ形の鎖はいつでも垂れる」
- 論文588「シャボン膜が黒くなるのは、膜が無くなったからではない」
- 論文309「重力と表面張力を分ける長さは、材料の寸法ではない」
- 論文770「点を一つ足すと道の総延長が短くなり、短くなるかどうかは 120 度の角が決める」
- 論文209「体積が等しくても、切り貼りでは移れない」
論文はどれも CC BY 4.0 で公開しています。