要旨
論文10 は「ファインチューニングできるのは無次元量だけである」と示した。本稿が問うのは、同じ制限が「変化したか」にも掛かるかである。答は、掛かるである。そしてその一つは実際に測られている。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。
第一に、「$c$ は変わったか」は真偽を持たない。単位の選び方と区別できないからである(第2節)。
第二に、これが本稿の芯である。オクロ天然原子炉が $\alpha$ を年あたり $\mathbf{5.0\times10^{-18}}$ 未満に押さえている(第3節)。
第三に、宇宙年齢に引き伸ばしても $7.0\times10^{-8}$ である(第3節)。
第四に、エディントンが争ったのは第 $3$ 位、オクロが押さえたのは第 $9$ 位である(第4節)。
第五に、クェーサーの主張はオクロと $\mathbf{114}$ 倍食い違う(第5節)。
第六に、分離子は「単位を変えて消せるか」である(第6節)。
射程(何を示さないか)
新しい数学定理も新しい法則も主張しない。オクロ天然原子炉の $\alpha$ への制限、微細構造定数の定義、ダフによる「次元を持つ定数の変化は問えない」という指摘は、いずれも標準的である。定理を作らない。「調整できるのは無次元量だけである」は論文10 の結論であり、本稿はそれを前提として受け取る。本稿が加えるのは測定の側だけである。原子核物理を作らない。サマリウム $149$ の共鳴から $\alpha$ の制限を導く計算には立ち入らない。結果の数を引く。$\alpha$ の値を導かない。$1/\alpha$ を理論から出そうとしない。論文101 がエディントンの滑落として扱った道には入らない。クェーサーの結果を判定しない。ウェッブらの主張が正しいかどうかは扱わない。オクロと何倍食い違うかを数えるだけである。時間変化の理論を論じない。$\alpha$ が変わりうる模型(スカラー場など)は扱わない。人間原理に立ち入らない。論文10・64・69 が扱った文脈であり、本稿は「変化したか」だけを見る。既刊との関係:論文10 は「ファインチューニングできるのは無次元量だけである」を確立し、$c$・$\hbar$・$G$ が次元を持つ=単位の選択だと示した。本稿はその定理をそのまま受け取り、蒸し返さない。加えるのは「では実際に測るとどうか」の一点だけである。論文101 はエディントンが $1/\alpha$ を $136$ と「導き」、測定が $137$ と分かってから足したことを戒めとして扱った。本稿はその同じ桁に、測定がどこまで踏み込んだかを置く。論文15 は $1/\alpha=137.035999$ を自前で計算した。本稿はその桁を使う。論文285 は「禁じられている」が $\alpha$ の冪で書けると示した。$\alpha$ が動けばその率も動くという接続がある。論文95 は規約と事実を分けた。本稿の芯は「変わったか」という問いが、規約の側では文にならないという一点である。加えたのはオクロの制限を年あたりの率 $5.0\times10^{-18}$ に直したこと、それを宇宙年齢に引き伸ばして $7.0\times10^{-8}$ と出したこと、エディントンが争った桁と比べたこと、クェーサーの主張との食い違いを $114$ 倍と数えたことである。
1. 記法と問い
事実(論文10):$c$・$\hbar$・$G$ は次元を持つ。次元を持つ量の値は単位の選び方であり、調整の対象にならない。
問い:同じ制限は「変わったか」にも掛かるのか。
観察 1.1 掛かる。「$c$ が昨日より $1\%$ 小さくなった」は、メートルを $1\%$ 長くしたと区別できない。区別できない二つを述べる文は、真偽を持たない。
観察 1.2 $2019$ 年以降、$c$ は定義値である。$299792458$ m/s は測定結果ではなく約束であり、変わりようがない。論文95 の言う足場である。
2. 問える相手を数える
検算 2.1:
| 量 | 次元 | 「変わったか」は問えるか |
|---|---|---|
| $c$ | $\mathrm{m/s}$ | 問えない(いまや定義値) |
| $\hbar$ | $\mathrm{J s}$ | 問えない(単位の選択) |
| $G$ | $\mathrm{m^3/(kg s^2)}$ | 問えない(単位の選択) |
| $k_B$ | $\mathrm{J/K}$ | 問えない(いまや定義値) |
| $\alpha=e^2/(4\pi\varepsilon_0\hbar c)$ | 無次元 | 問える |
| $m_p/m_e$ | 無次元 | 問える |
観察 2.2 下二行だけが問える。どんな単位系を取っても $\alpha$ は $1/137.035999$ であり、単位の再定義で動かせない。だから動いたら、それは物理である。
観察 2.3 ここで一つ注意が要る。「$G$ の変化」を報告する論文は実在する。それらが測っているのは$G$ そのものではなく、$Gm_p^2/(\hbar c)$ のような無次元の組み合わせである。名前が「$G$ の変化」でも、中身は無次元量の変化である。
観察 2.4 論文95 は規約と事実を分けた。本稿はその分割を「変化」に当てている。規約の側では、変化という語が文を作らない。
3. 芯:オクロは年あたり $5.0\times10^{-18}$ を押さえた
設定:ガボンのオクロで、$20$ 億年前に天然の核分裂連鎖反応が起きていた。サマリウム $149$ の中性子捕獲共鳴の位置は $\alpha$ に敏感であり、残された同位体比から当時の $\alpha$ に制限がつく。
検算 3.1:
| 量 | 値 |
|---|---|
| 経過時間 | $2.0\times10^{9}$ 年 |
| $|\Delta\alpha/\alpha|$ の上限 | $10^{-8}$ 程度 |
| 年あたりの率 | $\mathbf{5.0\times10^{-18}}$ 未満 |
観察 3.2 これが本稿の芯である。問える相手について、実際に測られている。$\alpha$ は動いていない。
検算 3.3:この率を宇宙年齢まで引き伸ばす。
| 期間 | 積算した変化の上限 |
|---|---|
| $2.0\times10^{9}$ 年(オクロ) | $10^{-8}$ |
| $1.4\times10^{10}$ 年(宇宙年齢) | $\mathbf{7.0\times10^{-8}}$ |
観察 3.4 宇宙の全歴史でも $7.0\times10^{-8}$ にしかならない。$\alpha$ は宇宙の歴史を通じて、$1$ 億分の $7$ より大きくは動いていない。ただし率が一定だと仮定した場合である。
観察 3.5 正直に書くべき点、この外挿には根拠が無い。オクロが押さえているのは$20$ 億年前から今までであり、それ以前は何も言っていない。率が一定でなければ、この $7.0\times10^{-8}$ は意味を持たない。
観察 3.6 もう一つ、オクロの制限は $\alpha$ だけを分離していない。共鳴の位置は強い相互作用の量にも依存する。「$\alpha$ だけが動いた」と仮定した上での上限である。
4. エディントンが争った桁と、比べる
設定:論文101 は、エディントンが $1/\alpha$ を群論から $136$ と「導き」、測定が $137$ に近いと分かってから$136\to137$ と一つ足した逸話を戒めとして扱った。
検算 4.1:$1/\alpha=137.035999$ として、$\alpha$ の $10^{-8}$ の変化が $1/\alpha$ をどれだけ動かすかを見る。
| 量 | 値 |
|---|---|
| $1/\alpha$ | $137.035999$ |
| $\Delta\alpha/\alpha=10^{-8}$ に対応する $\Delta(1/\alpha)$ | $\mathbf{0.000001370}$ |
観察 4.2 小数第 $6$ 位である。エディントンが $136$ か $137$ かで争ったのは整数の位、$6$ 桁下で、測定は「動いていない」と言っている。
観察 4.3 ここに二つの主張の型の違いが見える。
| 主張の型 | 反証のされ方 | |
|---|---|---|
| エディントン | 値を導く | 測定値と合わない |
| 本稿(オクロ) | 値が動かないと押さえる | 動いたと示せば倒れる |
観察 4.4 どちらも反証可能である。エディントンの失敗は反証不能だったからではなく、反証されたあとに数を合わせたからである。論文101 が後知恵の調整と名指したとおりである。
観察 4.5 そして本稿は $\alpha$ の値を導こうとしていない。$1/137$ がなぜその値かには一言も触れない。動いたかどうかだけを見る。この自己限定が、論文101 の戒めに対する本稿の答である。
5. クェーサーの主張と、$114$ 倍の食い違い
設定:$1999$ 年以降、遠方クェーサーの吸収線から$\alpha$ がわずかに小さかったという主張が出た。$\Delta\alpha/\alpha\sim-0.57\times10^{-5}$、時間尺度は $10^{10}$ 年程度。
検算 5.1:
| 出所 | 年あたりの率 |
|---|---|
| オクロ(上限) | $5.0\times10^{-18}$ |
| クェーサー(主張) | $5.7\times10^{-16}$ |
| 比 | $\mathbf{114}$ 倍 |
観察 5.2 $114$ 倍食い違っている。どちらかが間違っているか、率が一定でないかのどちらかである。これがクェーサーの主張が論争的である理由の一つである。
観察 5.3 正直に書くべき点、本稿はどちらが正しいかを判定しない。両者は違う時代を見ている(オクロは $20$ 億年前、クェーサーは $100$ 億年前)ので、率が一定でなければ両立しうる。食い違いの大きさを数えるだけである。
観察 5.4 論文297 は宇宙の距離が七段のはしごで、直接測られているのは一段目だけだと書いた。ここにも同じ構造がある。オクロは地面の上の岩石、クェーサーははしごの上である。制限の強さと、届く距離が交換されている。
観察 5.5 論文285 との接続を書いておく。$\alpha$ が動けば禁制遷移の率も動く(E1 と M1 の比は $\alpha^2$)、$\alpha$ の変化は、原子の時計の刻みを変える。だから原子時計の比較そのものが、いま最も強い制限を与えている。
6. 分離子:単位を変えて消せるか
観察 6.1 分離子、単位を変えて消せるかどうか。
| 主張 | 単位を変えると | 身分 |
|---|---|---|
| 「$c$ が $1\%$ 変わった」 | 消える | 文になっていない |
| 「$\alpha$ が $10^{-8}$ 変わった」 | 消えない | 測れる主張 |
観察 6.2 一行目は偽ではなく、文になっていない。「偽」と「真偽を持たない」は別である。論文16 が等号の六つ目の根に「次元的に無効」を置いたのと同じ場所である。
観察 6.3 そしてこの区別は、測定の前に決まる。どれだけ精密に測っても一行目は測れるようにならない。測定精度の問題ではなく、問いの形の問題である。
観察 6.4 論文10 は何が調整できるかを確定した。本稿が加えたのはその一つが実際に測られていて、動いていないという一点である。定理の隣に、数がある。
観察 6.5 最後に、体系の規律として書いておく。「まだ示せていない」は安全ではない。$\alpha$ の変化について「分からない」と保留すれば、年あたり $5.0\times10^{-18}$ という測定が既に在ることを隠す。見ずに保留することは、証拠が一方向を向いていた事実を消してしまう。
7. 点呼と結び
- 問えるのは下二行だけ(検算2.1):無次元量のみ。
- 「$G$ の変化」も中身は無次元(観察2.3):名前に騙されない。
- オクロは $5.0\times10^{-18}$/年(検算3.1):$20$ 億年前から今まで。
- 宇宙年齢でも $7.0\times10^{-8}$(検算3.3):率一定の仮定つき。
- $\alpha$ だけを分離していない(観察3.6):強い相互作用も入る。
- $1/\alpha$ の小数第 $6$ 位(検算4.1):エディントンは整数の位。
- 値を導こうとしない(観察4.5):動いたかだけを見る。
- クェーサーと $114$ 倍(検算5.1):どちらが正しいかは判定しない。
- 原子時計が最も強い(観察5.5):$\alpha$ が刻みを変えるから。
- 一行目は偽ではない(観察6.2):文になっていない。
結び:論文10 は「ファインチューニングできるのは無次元量だけである」を確立した。同じ制限が「変わったか」にも掛かる。「$c$ が $1\%$ 小さくなった」はメートルを $1\%$ 長くしたと区別できず、区別できない二つを述べる文は真偽を持たない。偽なのではなく、文になっていない。問える相手は $\alpha$ や $m_p/m_e$ のような無次元量だけである。そしてその一つは実際に測られている。ガボンのオクロで $20$ 億年前に起きた天然の核分裂は、サマリウム $149$ の共鳴を通じて $\alpha$ の変化を押さえており、年あたり $\mathbf{5.0\times10^{-18}}$ 未満、宇宙年齢まで引き伸ばしても$\mathbf{7.0\times10^{-8}}$にしかならない(率が一定だと仮定した場合であり、それ以前については何も言っていない)。エディントンが $136$ か $137$ かで争ったのは整数の位で、オクロが押さえているのは小数第 $6$ 位、$6$ 桁下である。そして本稿は $\alpha$ の値を導こうとしない。動いたかどうかだけを見る。この自己限定が、論文101 の戒めに対する答である。クェーサーからの主張はオクロと$\mathbf{114}$ 倍食い違う。どちらが正しいかは本稿では判定しない。違う時代を見ているので、率が一定でなければ両立しうる。分けるものは一つ、単位を変えて消せるかどうか。測定精度の問題ではなく、問いの形の問題であり、測定の前に決まっている。論文10 が何を調整できるかを確定し、本稿はその一つが実際に測られていて動いていないと書いた。定理の隣に、数がある。
参考文献
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- Duff, M. J. (2002). Comment on Time-Variation of Fundamental Constants. arXiv:hep-th/0208093.
- Webb, J. K. et al. (1999). Search for Time Variation of the Fine Structure Constant. Physical Review Letters, 82(5).
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- Rosenband, T. et al. (2008). Frequency Ratio of Al+ and Hg+ Single-Ion Optical Clocks. Science, 319(5871).
- 山岸勇輝 (2026). ファインチューニングできるのは無次元量だけである。第3版 [論文10]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21404556
- 山岸勇輝 (2026). 規約は数であって、配置の関数ではない。第3版 [論文15]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21600352
- 山岸勇輝 (2026). 等号にも別根がある。第3版 [論文16]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21600471
- 山岸勇輝 (2026). 規約と事実を分ける。ポアンカレの規約主義と、体系の「足場」 [論文95]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21758621
- 山岸勇輝 (2026). 憧れと戒め、エディントンの基礎理論と、数秘術に落ちないための作法 [論文101]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21836382
- 山岸勇輝 (2026). 「禁じられている」は、「$7.62\times10^7$ 倍遅い」という意味である [論文285]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171179
- 山岸勇輝 (2026). 宇宙の距離は七段のはしごで、直接測られているのは一段目だけである [論文297]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171788
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「「定数は変わったか」と問える相手は、一つしかない」[論文314]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22175192
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 「定数は変わったか」と問える相手は、一つしかない [論文314]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/314 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22175192
Yamagishi, Y. (2026). There Is Only One Kind of Constant You Can Ask “Has It Changed?” About [Paper 314]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/314; DOI: 10.5281/zenodo.22175192
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