要旨
超撥水面は「水をはじく表面」と説明される。本稿が問うのはその状態が安定かである。答えは条件によっては準安定であって、安定ではない。新しい定理も法則も主張しない。
第一に、同じ粗い表面に、ウェンゼル状態とカシー状態の二つがある(第2節)。
第二に、$r=2.0$・$f=0.30$ では接触角が $\mathbf{133.1602}$ 度と $\mathbf{143.3797}$ 度に分かれる(第2節)。
第三に、これが本稿の芯である。二状態が釣り合うヤング角は $\mathbf{114.3157}$ 度であり、実際の $110$ 度はそこに届かない(第3節)。
第四に、つまりこの条件では、撥水しているカシー状態のほうが熱力学的に負けている(第3節)。
第五に、接触分率を下げると境目は上がる。安定にするには粗さを $\mathbf{2.3467}$ 以上にする(第4節)。
第六に、分離子は「どちらの状態のエネルギーが低いか」であって、接触角の大きさではない(第5節)。
射程(何を示さないか)
新しい定理も法則も主張しない。ヤングの式・ウェンゼルの式・カシー=バクスターの式はすべて既知である。界面科学を作らない。状態間の遷移の障壁の高さや、その動力学には立ち入らない。名前を挙げるにとどめる。実験をしない。実際の表面での測定は行わない。ヤング角 $110$ 度は明示した仮定である。接触角ヒステリシスを扱わない。前進角と後退角の差は主題ではない。平衡接触角だけを計算する。材料を設計しない。どんな構造を作るべきかという指針は与えない。動的な現象を扱わない。液滴の衝突や蒸発による状態遷移は主題ではない。既刊との関係:論文363 は「芯」が三つあることを示した。そこでは一語が複数を指した。ここでは一つの表面が二つの状態をもつ。論文365 は定番の説明が幾何で落ちることを示した。そこでも条件を数で確かめると予想が外れた。論文300 は同根か別根かが判定できることを示した。「撥水する」と「その状態が安定である」は、その基準で別根である。論文373 は初期値が振幅を決めることを示した。ここでは液滴がどちらの状態で置かれたかが結果を決める。加えたのは、五つの粗さで二つの接触角を並べたこと、境目のヤング角 $114.3157$ 度を逆算したこと、実際のヤング角がそこに届かないことを示したこと、安定にするのに要る粗さ $2.3467$ を逆算し式が閉じることを確かめたこと、分離子を「どちらのエネルギーが低いか」に置いたことである。
1. 記法と問い
設定:平滑面での接触角(ヤング角)を $\theta_Y=110$ 度とし、粗さ $r$ と接触分率 $f$ で二つの状態を書く。
$$\cos\theta_W=r\cos\theta_Y,\qquad
\cos\theta_C=f\cos\theta_Y+f-1$$
$r$ は実面積を見かけ面積で割った値、$f$ は液が固体に触れている面積分率である。
観察 1.1 ウェンゼル状態では、液が溝の底まで入る。接触面積が $r$ 倍になる。疎水面なら粗さが疎水を強める。
観察 1.2 カシー状態では、液が溝の上に架かる。下に空気が残る。接触しているのは $f$ の割合だけである。
観察 1.3 二つは同じ表面の上にある。どちらになるかは、表面が決めるのではない。本稿はどちらのエネルギーが低いかを数で出す。
問い:超撥水の状態は、安定か。
2. 同じ表面に、二つの接触角
計算 2.1:粗さと接触分率に対する二つの接触角(本稿で計算・$\theta_Y=110$ 度)。
| $r$ / $f$ | ウェンゼル角 [度] | カシー角 [度] | 差 |
|---|---|---|---|
| $1.0$ / $1.00$ | $110.0000$ | $110.0000$ | $+0.0000$ |
| $1.5$ / $0.50$ | $120.8659$ | $132.1451$ | $+11.2792$ |
| $\mathbf{2.0}$ / $\mathbf{0.30}$ | $\mathbf{133.1602}$ | $\mathbf{143.3797}$ | $\mathbf{+10.2195}$ |
| $3.0$ / $0.10$ | (式が解を持たない) | $159.0996$ | 、 |
| $4.0$ / $0.05$ | (式が解を持たない) | $\mathbf{165.2624}$ | 、 |
観察 2.2 $r=1$・$f=1$ では両式がヤング角に戻る。どちらも $110.0000$ 度、式が閉じていることの確認になる。
観察 2.3 $r=3$ 以上でウェンゼルの式が破れる。$r\cos\theta_Y$ の絶対値が $1$ を超える。$\cos$ の値域を出るので、ウェンゼル状態そのものが存在しない。表の「解を持たない」はそれである。
観察 2.4 カシー角は $165.2624$ 度まで上がる。$f=0.05$、超撥水の目安である $150$ 度を超えている。
観察 2.5 同じ粗さで二つの角が $10$ 度以上違う。$r=2.0$・$f=0.30$ で $133.1602$ と $143.3797$、どちらの状態で測ったかを言わずに「この表面の接触角」と書けない。
3. 釣り合うヤング角は $114.3157$ 度である
計算 3.1:二状態のエネルギーが等しくなるヤング角を逆算する(本稿で計算・$r=2.0$・$f=0.30$)。
| 量 | 値 |
|---|---|
| $\cos\theta_{\text{crit}}=(f-1)/(r-f)$ | $-0.411765$ |
| 境目のヤング角 | $\mathbf{114.3157}$ 度 |
| 実際のヤング角 | $110.0$ 度 |
| 熱力学的に安定なのは | ウェンゼル |
観察 3.2 これが本稿の芯である。実際のヤング角 $110$ 度は、境目の $114.3157$ 度に届かない。つまりこの条件では、カシー状態は準安定であって安定ではない。
観察 3.3 それでもカシー角のほうが大きい。$143.3797$ 度 対 $133.1602$ 度、よく撥水するほうが、熱力学的には負けている。
観察 3.4 この二つを混同しやすい。「よく弾く」ことと「その状態が続く」ことは別である。論文300 の基準で別根であって、前者は接触角の式、後者はエネルギーの比較が決める。
観察 3.5 そして準安定な状態は、きっかけで崩れる。液滴が落ちる・押される・蒸発して小さくなる。一度ウェンゼル状態へ落ちれば、戻らない。
観察 3.6 超撥水面が使っているうちに濡れるのは、この形である。本稿はその遷移の動力学を計算していない。示したのは、遷移の向きが最初から決まっているということだけである。
4. 安定にするには粗さを上げる
計算 4.1:$f=0.30$ のまま、カシーを安定にするのに要る粗さ(本稿で計算)。
| 量 | 値 |
|---|---|
| 必要な粗さ $r=f+(f-1)/\cos\theta_Y$ | $\mathbf{2.3467}$ 以上 |
| その $r$ での境目のヤング角 | $110.0000000000$ 度(検算) |
| いまの $r$ | $2.0$ |
観察 4.2 式が閉じている。$r=2.3467$ を戻すと境目が $110.0000000000$ 度になる。計算の誤りではない。
観察 4.3 向きに注意が要る。接触分率 $f$ を下げると境目は上がる。$f=0$ の極限では $120$ 度になり、$110$ 度からさらに遠のく。
観察 4.4 つまり「細くすればよい」は逆である。接触点を減らすとカシー角は上がるが、安定性は下がる。撥水の強さと状態の安定性が、逆向きに動く。
観察 4.5 正しい方向は、粗さを増やすことである。同じ $f$ で $r$ を $2.0$ から $2.3467$ へ、溝を深くする。実際の超撥水面が階層構造をもつのは、この要求に応えている。
観察 4.6 正直に言えば、本稿は階層構造を計算していない。$r$ と $f$ を独立に置いた模型を使った。実際の構造では二つは連動する。
5. 分離子:どちらのエネルギーが低いか
観察 5.1 分離子、二状態のうちどちらのエネルギーが低いかであって、接触角の大きさではない。
| 条件 | カシー角 | 安定なのは | カシーは |
|---|---|---|---|
| $\theta_Y=110$、$r=2.0$、$f=0.30$ | $\mathbf{143.3797}$ 度 | ウェンゼル | 準安定 |
| $\theta_Y=110$、$r=2.3467$、$f=0.30$ | 同じ | ちょうど釣り合う | 境目 |
| $\theta_Y=120$、$r=2.0$、$f=0.30$ | さらに大きい | カシー | 安定 |
観察 5.2 一行目のカシー角がいちばん大きいわけではないのに、いちばん不安定である。接触角を見ても安定性は分からない。見るべきは境目との差である。
観察 5.3 分離子は動かせる。ヤング角を上げる(より疎水な材料)か、粗さを上げる。どちらでも境目をまたげる。$f$ を下げるのは逆効果である。
観察 5.4 ヤング角の上限が制約になる。平滑な固体で $120$ 度を大きく超える材料は少ない。だから粗さのほうで稼ぐことになる。本稿はその上限を計算していない。
観察 5.5 正直に言えば、$114.3157$ 度も $2.3467$ も、$\theta_Y=110$ 度・$f=0.30$ と明示した条件の上での値である。別の材料なら別の数が出る。動かないのは、撥水の強さと安定性が別の式で決まるという構造だけである。
観察 5.6 最後に一つ、よく機能していることは、その状態が保たれることを意味しない。$143.3797$ 度という優れた撥水が、熱力学的には負けている状態で起きている。性能を測る式と、持続を測る式が別のとき、性能だけを見ると寿命を見落とす。
6. 点呼と結び
- $r=1$・$f=1$ で両式が $110.0000$ 度(観察 2.2):式が閉じている。
- $r=2.0$・$f=0.30$ で $133.1602$ と $143.3797$(計算 2.1):差 $10.2195$ 度。
- $r=3$ 以上でウェンゼルの式が破れる(観察 2.3):$\cos$ の値域を出る。
- $f=0.05$ でカシー角 $165.2624$ 度(計算 2.1):$150$ 度を超える。
- 境目のヤング角は $114.3157$ 度(計算 3.1):$110$ 度は届かない。
- 安定なのはウェンゼル(計算 3.1):カシーは準安定。
- よく撥水するほうが負けている(観察 3.3):$143.3797$ 対 $133.1602$。
- 安定にするには $r\ge2.3467$(計算 4.1):戻すと $110.0000000000$ 度。
- $f$ を下げると境目は上がる(観察 4.3):向きが逆。
- 撥水の強さと安定性が逆向き(観察 4.4):同時には取れない。
結び:超撥水面は「水をはじく表面」と説明される。だがそのはじいている状態が、安定であるとはかぎらない。同じ粗い表面に、二つの状態がある。液が溝の底まで入るウェンゼル状態と、溝の上に架かって下に空気を残すカシー状態。$r=2.0$・$f=0.30$ では接触角が $\mathbf{133.1602}$ 度と $\mathbf{143.3797}$ 度に分かれ、$10.2195$ 度違う。どちらの状態で測ったかを言わずに「この表面の接触角」とは書けない。そして二状態が釣り合うヤング角は $\mathbf{114.3157}$ 度である。実際のヤング角 $110$ 度は、そこに届かない。つまりこの条件では、カシー状態は準安定であって安定ではなく、熱力学的に勝っているのはウェンゼルのほうである。それでもカシー角のほうが大きい($143.3797$ 対 $133.1602$)、よく撥水するほうが、熱力学的には負けている。準安定な状態は、きっかけで崩れる。液滴が落ちる、押される、蒸発して小さくなる。一度ウェンゼル状態へ落ちれば、戻らない。超撥水面が使っているうちに濡れるのは、この形である。本稿はその遷移の動力学を計算しておらず、示したのは遷移の向きが最初から決まっているということだけである。安定にする方向には注意が要る。接触分率 $f$ を下げるとカシー角は上がるが、境目も上がる($f=0$ の極限で $120$ 度)。つまり「細くすればよい」は逆で、撥水の強さと状態の安定性は逆向きに動く。正しい方向は粗さを増やすことで、$f=0.30$ のままなら $r\ge\mathbf{2.3467}$ が要る(戻すと境目が $110.0000000000$ 度になる)。実際の超撥水面が階層構造をもつのは、この要求に応えている。分けているものは一つ、二状態のうちどちらのエネルギーが低いかであって、接触角の大きさではない。接触角を見ても安定性は分からず、見るべきは境目との差である。ヤング角を上げるか粗さを上げるかで境目をまたげるが、平滑な固体で $120$ 度を大きく超える材料は少ないので、粗さのほうで稼ぐことになる。正直に言えば、本稿は階層構造を計算しておらず、$r$ と $f$ を独立に置いた模型を使った。実際の構造では二つは連動する。$114.3157$ 度も $2.3467$ も $\theta_Y=110$ 度・$f=0.30$ の上での値である。最後に一つ、よく機能していることは、その状態が保たれることを意味しない。$143.3797$ 度という優れた撥水が、熱力学的には負けている状態で起きている。性能を測る式と持続を測る式が別のとき、性能だけを見ると寿命を見落とす。
参考文献
- Young, T. (1805). An Essay on the Cohesion of Fluids. Philosophical Transactions of the Royal Society of London.
- Wenzel, R. N. (1936). Resistance of Solid Surfaces to Wetting by Water. Industrial & Engineering Chemistry.
- Cassie, A. B. D., Baxter, S. (1944). Wettability of porous surfaces. Transactions of the Faraday Society.
- Quéré, D. (2008). Wetting and Roughness. Annual Review of Materials Research.
- Lafuma, A., Quéré, D. (2003). Superhydrophobic states. Nature Materials.
- 山岸勇輝 (2026). 『第三百回の点呼、同根か別根かは判定できる』[論文300]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171914
- 山岸勇輝 (2026). 『バットの「芯」は三つあり、同じバットの上で 23 cm 離れている』[論文363]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22697505
- 山岸勇輝 (2026). 『ブラジルナッツ効果の定番の説明は、隙間の大きさで落ちる』[論文365]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22697622
- 山岸勇輝 (2026). 『捕食者と被食者の振幅を決めているのは、方程式ではなく初期値である』[論文373]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22698669
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「超撥水の状態は、安定ではなく準安定である」[論文376]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22698727
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 超撥水の状態は、安定ではなく準安定である [論文376]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/376 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22698727
Yamagishi, Y. (2026). The Superhydrophobic State Is Metastable, Not Stable [Paper 376]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/376; DOI: 10.5281/zenodo.22698727
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