レースにも使える巡航艇から、世界一周の催しを自分で開く造船所へ
イギリスのオイスターは、遠くの海へ出ていくためのセーリングヨットで知られる造船所です。会社は自分の船を「ブルーウォーター(外洋)の船」と呼びます。けれど公式の社史によれば、初めのころのオイスターは、おもにレースにも使える巡航艇として設計されていました。それがどうして、世界を回る船の代名詞になったのか。会社が公開している資料を読んでいきます。
CHAPTER 1速く巡るほうが、ずっと楽しい
1-1 1973 年、最初の一隻
公式の社史は 1973 年から始まります。オイスターを作ったリチャード・マシューズが、最初の船を進水させました。レースにも巡航にも使える「UFO 34」です。設計はホルマン・アンド・パイのドン・パイ、造ったのはノーフォークのロクサムにあるランダモアズでした。社史は、この船が新しい種類のヨットの基準を作った、と書いています。
ここで一つ、断っておくことがあります。会社の資料は、始まりの年について二通りの書き方をしています。会社案内のページは「1973 年から」と書き、過去の船を並べたページは「1974 年から」と書いています。この記事では、最初の一隻の進水の年として社史が挙げている 1973 年を使います。
最初の船には、まだ「オイスター」の名前が付いていませんでした。創業者が最初に出したのは、別の名前の船だったわけです。オイスターの名前が船に付くのは、五年あとのことです。
1-2 1978 年、デッキサルーンの始まり
オイスターの名前を持つ最初のヨットは、1978 年の「オイスター 35」です。社史は、この船が「デッキサルーン」の先がけになったと書いています。居間を高い位置に置く形のことです。社史によれば、これはいまも、オイスターのすべての船に共通する目印になっています。
スウェーデンのハルベルグ・ラッシーは、船の真ん中の操縦席と風よけの窓を目印にしていました。オイスターの目印は、高い位置の居間です。どちらも、長い航海のあいだ乗り手を守り、海を見ていられるようにするための形でした。遠くへ行く船の造船所が、それぞれ別の答えを出しています。これは二つの社史を並べて読んだ私の感想です。
会社はそのあとも、よく走る巡航艇の市場を広げていきました。社史は、その中に「オイスター 80」があったと書いています。新しい型が出るたびに、姿と走りと質が大きく進んだ、という説明です。これまでに造った型の数は、会社案内では 50 を超えると書かれ、過去の船のページでは 46 と書かれています。数え方が違うのだと思われますが、資料には説明がありません。
1-3 レースの船が、外洋の船になった
社史には、はっきりした一文があります。初めのころのオイスターは、おもにレースにも使える巡航艇として設計され、造られた。
それがなぜ外洋の船になったのか。社史の答えは、こうです。海での強さと丈夫さが並外れていたので、持ち主を世界のどこへでも、心地よく安全に連れて行ける外洋の巡航艇へと、急速に変わっていった。最初から世界一周の船を狙ったのではなく、速い船を頑丈に造っていたら、持ち主たちが遠くへ行き始めた、という順番です。
社史は、創業者マシューズの言葉を引いています。「速く巡るほうが、ゆっくり巡るより、ずっと楽しい」。オイスターが、外洋の船でありながら走りを大事にする理由が、この一言に入っています。
1984 年には、中古のオイスターを売り買いするための部門を作りました。新しい型が出ると、いまの持ち主が大きい船へ乗り換えたがったからです。社史は、その船を売ったり買ったりするとき、造った本人たちより良い相談相手がいるだろうか、と書いています。それ以来、何百人もの持ち主の売り買いを手伝ってきたそうです。
- 1973リチャード・マシューズが UFO 34 を進水させる
- 1978オイスター 35。オイスターの名前を持つ最初の船
- 1984中古のオイスターを扱う部門を作る
CHAPTER 2世界を回った距離が、次の船を決める
2-1 2,000 万海里と、90 回を超える世界一周
会社は、自分たちの船の土台を、数字で言い表しています。オイスターの船が外洋を走った距離は、合わせて 20 百万海里、つまり 2,000 万海里を超える。地球を一周した回数は 90 回を超える。
会社は、この実際の経験が、新しい型の一つ一つに生かされると書いています。持ち主と、乗組員と、会社の専門家が、設計と建造と走りのあらゆる面を磨く手助けをしている、という説明です。その結果として、いまあるどの型も、世界のどこへでも安全に行ける、と会社は述べています。
設計室で考えた強さではなく、持ち主が実際に走った距離を根拠にする。これは、長く使われてきた船を持つ造船所にしか言えないことです。
2-2 設計者ロブ・ハンフリーズと、いちばん成功した「56」
1999 年、オイスターは船の設計者ロブ・ハンフリーズに「オイスター 53」の設計を頼みました。この関係はいまも続いている、と社史は書いています。
2012 年、ハンフリーズは「G6」と呼ばれる新しい世代の船体と甲板の、最初のものを設計しました。社史によれば、姿はよりすっきりと今ふうになり、船の後ろの幅を広げたことで、甲板の上にも下にも大きく場所が増え、走りも良くなりました。この考え方は、七つの第六世代の型で確かめられてきた、と書かれています。その中に、賞を取った「オイスター 565」と「オイスター 595」があります。
過去の船のページは、ある一隻を特別に扱っています。「オイスター 56」です。その時代に、同じ大きさの中で文句なしの一番だった船で、これまでに造った中でいちばん成功したヨットだ、と書かれています。1998 年から 2010 年までのあいだに、七十五隻が進水しました。
2000 年代には、「575」「625」「675」「745」、そして「885」が続きます。2005 年には、オイスターを借りて休暇を過ごせるようにする部門も始まりました。
2-3 2013 年、世界一周の催しを自分で開く
2013 年、会社は創業から 40 年を祝うために、新しい催しを始めました。「オイスター・ワールド・ラリー」です。オイスターの持ち主たちが、自分の船で、一緒に地球を一周します。
最初の回では、28 人の持ち主とその船が、航海をやり遂げました。二回目は 2017 年です。三回目は 2022 年 1 月に、カリブ海のアンティグアから出発しました。社史は、2024 年と 2026 年にも予定があると書いています。
会社の説明によれば、このラリーは、27,000 海里を、16 か月かけて回るものです。会社が全面的に支えるので、持ち主は一人きりで世界一周に挑むわけではありません。船を売って終わりではなく、その船で世界を回る段取りまで造船所が用意する。外洋の船という看板を、催しの形で実際に見せているわけです。
CHAPTER 3乗り手が、持ち主になった
3-1 2018 年、リチャード・ハディダ
2018 年、リチャード・ハディダがオイスターの新しい持ち主になりました。
会社案内のページには、ハディダ本人の文が載っています。それによれば、彼はほかの会社のいろいろなヨットに乗ってきた人で、2013 年に初めてオイスターを借りました。それ以来、何年もオイスターで外洋を走っています。いちばん最近は、自分のオイスター 885 に乗っているそうです。オイスターに初めて乗ると、まったく新しい世界への扉が開く。自分もその一人だった、と彼は書いています。
そして、こう続けています。オイスターを持つことは本当の特権だが、この会社を持つことは、それ以上のもの、つまり責任である、と。客として乗っていた人が、五年後に会社の持ち主になったことになります。
3-2 注文の記録と、600 人
社史によれば、ハディダは大きな投資を持ち込み、新しい世代のオイスターの設計と進水を見届けました。大きい船の目印になる形を小さい船にも広げて、系列全体をそろえています。新しい造り方と、昔からのイギリスの手仕事を組み合わせた、という説明です。
結果は、注文に出ました。「オイスター 565」と「595」は、それまでの注文の記録をすべて破った、と社史は書いています。働く人は 600 人を超えました。
そのあと会社は、原点へ戻る一隻を出しています。50 フィートの「オイスター 495」です。サウサンプトンに近いハイスの、新しい設備の工場で造られています。最初のオイスター 35 より大きい船ですが、いまの系列の中ではいちばん小さい船です。いまの新しい世代は、50 フィートから 90 フィートまでそろっています。
3-3 売ったあとの面倒と、これからの船
会社がほかの造船所との違いとして挙げるのは、売ったあとの面倒です。持ち主がその船を持っているあいだ、ずっと面倒を見る。世界のどこにいても支える。会社は、この支えが船乗りのあいだで「伝説的」と言われている、と書いています。ほかの造船所と比べた資料を私は持っていないので、これは会社の言い分として読んでください。
環境についても、会社は目標を掲げています。2030 年までに、できるかぎり環境に負担をかけないやり方で船を造り、しかも自分だけですべてをまかなえる船を出したい、というものです。帆で走る船はもともと究極のハイブリッドだ、とも書いています。
新しい船の知らせも出ています。一つは、長さ 36 メートルの大きなヨットです。設計はフレースで、新しい世代の旗艦と紹介されています。ハルベルグ・ラッシーとスワンの社史にも出てきた、あの設計者の名前です。もう一つは、オイスターで最初の双胴の帆船「C60」です。
過去の船のページには、いちばん小さい「オイスター 26」から、125 フィートの大きな船までが並んでいます。レースにも使える巡航艇から始めた会社が、半世紀かけて、世界を回る船の名前になりました。速く巡るほうが楽しい、という創業者の一言は、いまも会社の説明の中に残っています。
| 出来事 | 資料に書かれていること |
|---|---|
| 持ち主がかわる | 2018 年にリチャード・ハディダが持ち主に |
| 注文の記録 | オイスター 565 と 595 が、それまでの記録を破る |
| 働く人 | 600 人を超える |
| 原点に戻る船 | 50 フィートのオイスター 495。ハイスの工場で造る |
| 目標 | 2030 年までに、環境に負担をかけない造り方と、自分でまかなえる船 |
SOURCES出典
- Oyster Yachts 公式サイト「About」
https://oysteryachts.com/about/(2026-10-02 確認) - Oyster Yachts 公式サイト「Heritage Yachts」
https://oysteryachts.com/heritage-yachts/(2026-10-02 確認) - Hallberg-Rassy 公式サイト「Company history」(設計者フレースの名前)
https://www.hallberg-rassy.com/company/company-history(2026-10-02 確認)
この記事は、上の資料の原文を確かめたうえで書いています。年や長さなどの数は、資料に書かれているものだけを使いました。資料どうしで書き方が違う所は、本文でそのように断っています。記事の中の社名と艇名は、各社の商標です。