【論文269】結晶が禁じているのは対称性ではなく、周期性である

要旨

結晶には五回対称が現れない、と言われる。本稿が問うのは、何が禁じているのかである。答は、対称性ではない。禁じているのは並進であり、並進を外すと $5$ は戻ってくる。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。

第一に、条件を整数で書く。格子と両立する $n$ 回回転は、$2\cos(2\pi/n)$ が整数であるものに限る(第2節)。

第二に、許されるのは五つだけである。$n=1,2,3,4,6$ が $+2,-2,-1,0,+1$ を返す。整数はこの五つで尽きる(第2節)。

第三に、これが本稿の芯である。$n=5$ は $\mathbf{0.618033989}$ を返す。整数でないので禁じられる(第3節)。

第四に、その値には名前がある。$0.618033989$ は黄金比の逆数 $1/\varphi$ そのものであり、差は $\mathbf{1.11\times10^{-16}}$(計算機の丸め)である(第3節)。

第五に、禁じているのは並進である。並進を外すと、$0.618033989$ を返す $5$ 回対称が許される。準結晶とペンローズ・タイルが乗っているのは、まさにこの数である(第4節)。

第六に、点呼。二次元の壁紙群 $\mathbf{17}$、三次元の空間群 $\mathbf{230}$、結晶点群 $\mathbf{32}$、ブラヴェ格子 $\mathbf{14}$、どれも有限で、どれも $5$ を含まない(第5節)。

射程(何を示さないか)

新しい数学定理も新しい法則も主張しない。結晶学的制限定理、壁紙群が $17$、空間群が $230$、結晶点群が $32$、ブラヴェ格子が $14$ であること、準結晶の存在は、いずれも標準的である。結晶学を作らない。使うのは一つの余弦と、整数かどうかの判定だけである。群の分類を行わない。$17$・$230$・$32$・$14$ は引用値であり、本稿で数え上げたものではない。準結晶の構造を扱わない。五回対称が並進なしなら許されることを書くだけで、実際の準結晶の作り方も安定性も扱わない。ペンローズ・タイルを構成しない。名前を引くだけである。ペンローズは別人と混同しない。既刊の「ペンローズ」$7$ 件(論文$98$・$100$・$103$)は物理学者のロジャー・ペンローズであり、タイルの話ではない。黄金比を神秘化しない。$0.618034$ が出るのは $2\cos72^\circ$ が $x^2+x-1=0$ の根だからであって、それ以上の含意を読まない。三次元の五回対称を論じない。本稿の議論は格子と両立する回転についてであり、分子の対称性(フラーレンなど)は格子の話ではないので扱わない。既刊との関係:論文265 は結晶の状態密度を扱った。本稿は同じ結晶を、対称性の側から見る。論文262 は結晶を降伏の担い手として挙げた。本稿は壊れ方ではなく、並び方を扱う。論文201 は「完備」が四つの別の主張であることを数えた。本稿は「結晶が禁じる」という一語が対称性ではなく周期性を指していると分ける。論文190 は「稀」を対数の目盛りで測った。本稿は整数かどうかという離散の判定で書く。加えたのは$n=1$ から $12$ まで $2\cos(2\pi/n)$ を実際に計算して整数判定を並べたこと、$n=5$ が返す値が $1/\varphi$ と $1.11\times10^{-16}$ まで一致することを確かめたこと、$n=10$ が $\varphi$ そのものを返すことを見たこと、禁じているのが並進であって対称性ではないと書き分けたことである。

1. 記法と位置づけ

設定:格子(並進で自分に重なる点の集まり)の上に、$n$ 回回転を置く。回転が格子を格子に写すなら、その回転は「両立する」という。

条件:回転行列の跡(トレース)は格子の基底で整数行列になるので、$2\cos(2\pi/n)$ が整数でなければならない。

問い:結晶に五回対称が現れないのは、なぜか。

答は、対称性が禁じられているからではない。並進と両立しないからである。並進を外せば、$5$ は許される。

注意:本稿の「ペンローズ」はタイルである。既刊の $7$ 件は物理学者のロジャー・ペンローズであり、別人ではないが別の仕事である。混同しない。

2. 許されるのは五つだけである

検算 2.1:$n=1$ から $12$ まで、$2\cos(2\pi/n)$ を計算して整数かどうかを見る。

$n$ $2\cos(2\pi/n)$ 判定
$1$ $+2.000000000$ 許される
$2$ $-2.000000000$ 許される
$3$ $-1.000000000$ 許される
$4$ $+0.000000000$ 許される
$\mathbf{5}$ $\mathbf{+0.618033989}$ 禁じられる
$6$ $+1.000000000$ 許される
$7$ $+1.246979604$ 禁じられる
$8$ $+1.414213562$ 禁じられる
$10$ $+1.618033989$ 禁じられる
$12$ $+1.732050808$ 禁じられる

観察 2.2 整数を返すのは $n=1,2,3,4,6$ の五つだけである。$n\ge7$ ではもう二度と整数にならない。$2\cos(2\pi/n)$ が $2$ に単調に近づくので、$n=6$ の $+1$ を越えたあとは $1$ と $2$ のあいだに挟まったままである。

観察 2.3 $5$ が抜けている。$4$ と $6$ は許されるのに、そのあいだの $5$ だけが落ちる。連続した数の並びの中に、一つだけ穴が空いている。

3. 芯:$n=5$ が返す値には名前がある

検算 3.1:$n=5$ の値を、黄金比と突き合わせる。

量 値
$2\cos(2\pi/5)=2\cos72^\circ$ $\mathbf{0.618033989}$
$1/\varphi=(\sqrt5-1)/2$ $\mathbf{0.618033989}$
差 $\mathbf{1.11\times10^{-16}}$(計算機の丸め)

観察 3.2 $5$ 回回転が返すのは、黄金比の逆数である。理由は代数で言える。$2\cos72^\circ$ は $x^2+x-1=0$ の根であり、$\varphi$ は $x^2-x-1=0$ の根で、同じ二次体に住んでいる。

検算 3.3:$\varphi$ が満たす関係を確かめる。

量 値
$\varphi^2$ $2.618033989$
$\varphi+1$ $2.618033989$
$n=10$ が返す $2\cos(2\pi/10)$ $\mathbf{1.618033989}=\varphi$

観察 3.4 $n=10$ は $\varphi$ そのものを返す。$5$ と $10$ が、$1/\varphi$ と $\varphi$ という対をなしている。禁じられ方まで対称である。

観察 3.5 正直に書くべき点、黄金比が出るのは五角形の代数からであって、それ以上の意味は無い。本稿はそこに神秘を読まない。

4. 禁じているのは並進である

観察 4.1 整数条件はどこから来たか。格子の基底で回転を書くと整数行列になるという一点からである。そしてそれは、並進対称性があるから成り立つ。

検算 4.2:並進を外すと何が許されるかを並べる。

対象 並進対称性 $5$ 回対称
結晶 ある 禁じられる
準結晶 ない 許される
ペンローズ・タイル ない 許される
分子(単体) ない 許される

観察 4.3 $5$ 回対称そのものは、どこにも禁じられていない。五角形は描けるし、五回対称の分子も存在する。禁じられるのは、それを並進で敷き詰めることである。

観察 4.4 分離子、何を動かすと $5$ が戻るか。並進を外すことである。回転も、次元も、対称性の定義も、一つも動かしていない。

観察 4.5 したがって「結晶が五回対称を禁じる」という言い方は、主語を取り違えている。禁じているのは対称性の側ではなく、周期性の側である。

5. 点呼

検算 5.1:結晶で有限個に尽きるものを並べる。

数え上げるもの 個数
二次元の壁紙群 $\mathbf{17}$
三次元の空間群 $\mathbf{230}$
結晶点群 $\mathbf{32}$
ブラヴェ格子(三次元) $\mathbf{14}$
許される回転の位数 $\mathbf{5}$ 個($1,2,3,4,6$)

観察 5.2 どれも有限である。そしてどれも $5$ 回回転を含まない。$230$ という大きな数の中にも、一つも無い。

観察 5.3 有限に尽きること自体が、並進の帰結である。並進を外した準結晶の側には、この種の有限な分類が無い。数え上げが効くかどうかも、並進が決めている。

6. 点呼と結び

  1. 条件は整数性(第1節):$2\cos(2\pi/n)$ が整数であること。
  2. 許されるのは五つ(検算2.1):$n=1,2,3,4,6$。
  3. $5$ だけ穴が空く(観察2.3):$4$ と $6$ のあいだ。
  4. $n=5$ は $0.618033989$(検算3.1):$1/\varphi$ と $1.11\times10^{-16}$ 一致。
  5. $n=10$ は $\varphi$(検算3.3):$1.618033989$。
  6. 整数条件は並進から来る(観察4.1):格子の基底で整数行列になるから。
  7. 並進を外すと許される(検算4.2):準結晶とペンローズ・タイル。
  8. 主語の取り違え(観察4.5):禁じているのは周期性の側。
  9. 点呼(検算5.1):$17$・$230$・$32$・$14$、どれも $5$ を含まない。

結び:「結晶は五回対称を禁じる」という一文は、主語を取り違えていた。禁じているのは対称性の側ではなく、並進の側である。条件は $2\cos(2\pi/n)$ が整数であることで、これは格子の基底で回転が整数行列になるという一点から来ている。そしてその一点は、並進対称性があるからこそ成り立つ。$n=5$ が返すのは $\mathbf{0.618033989}$、すなわち黄金比の逆数であり、$n=10$ は $\varphi$ そのものを返す。並進を外せば、その $0.618033989$ の上に準結晶とペンローズ・タイルが立つ、五角形は最初から描けたのであって、敷き詰められなかっただけである。分けるものは一つ、禁じているのがどちらの側かを書き出すこと。書き出せば、$5$ が現れない場所と、現れてよい場所が分かれる。書き出さなければ、$1984$ 年に準結晶が見つかったとき、対称性の側を疑うことになる。

参考文献

  1. Hahn, T. (ed.) (2005). International Tables for Crystallography, Volume A, 5th edition. Dordrecht: Springer.
  2. Ashcroft, N. W. and Mermin, N. D. (1976). Solid State Physics. New York: Holt, Rinehart and Winston.
  3. Shechtman, D., Blech, I., Gratias, D. and Cahn, J. W. (1984). Metallic Phase with Long-Range Orientational Order and No Translational Symmetry. Physical Review Letters, 53(20).
  4. Penrose, R. (1974). The Role of Aesthetics in Pure and Applied Mathematical Research. Bulletin of the Institute of Mathematics and Its Applications, 10.
  5. Senechal, M. (1995). Quasicrystals and Geometry. Cambridge: Cambridge University Press.
  6. Grunbaum, B. and Shephard, G. C. (1987). Tilings and Patterns. New York: Freeman.
  7. 山岸勇輝 (2026). 「稀」は、対数の目盛りで測る [論文190]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22106182
  8. 山岸勇輝 (2026). 「完備」は四つの別の主張である [論文201]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22109052
  9. 山岸勇輝 (2026). 「壊れる」は三つあり、強度では決まらない [論文262]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22169671
  10. 山岸勇輝 (2026). 低温比熱で二つの模型を分けたのは、量子化ではなく状態密度である [論文265]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22169749

作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。

書誌

山岸勇輝(2026)「結晶が禁じているのは対称性ではなく、周期性である」[論文269]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22169855

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引用するとき

山岸勇輝 (2026). 結晶が禁じているのは対称性ではなく、周期性である [論文269]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/269 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22169855

Yamagishi, Y. (2026). What a Crystal Forbids Is Not the Symmetry but the Periodicity [Paper 269]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/269; DOI: 10.5281/zenodo.22169855

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