要旨
量子状態は複製できない(複製不可能定理)。ところが量子誤り訂正は動く。訂正するには誤りを知らねばならず、知るには測らねばならず、測れば状態は壊れる。はずである。本稿が問うのは、この二つがなぜ両立するかである。答は、測っているのが状態ではなく誤りだからである。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。
第一に、シンドロームが語るビット数を数える。ショアの $9$ 量子ビット符号は誤りについて $\mathbf{8}$ ビット語り、論理状態については $\mathbf{0}$ ビット語る(第2節)。
第二に、$5$ 量子ビット符号ではちょうど飽和する。シンドローム数 $16$ に対し、訂正すべき誤りが $\mathbf{16}$ 通り、一つも余らない(第3節)。
第三に、同じ理屈が盗聴を数にする。BB84 の傍受再送で、誤り率は $\mathbf{25\%}$ ちょうどになる(第4節)。
第四に、$25\%$ は安全限界の $2.27$ 倍である。片方向後処理の限界は $\mathbf{11.0028\%}$ であり、確実に検出される(第5節)。
第五に、$73$ ビット照合すれば見逃し確率は $10^{-9}$ を切る。$0.75^{73}$ である(第5節)。
第六に、分離子は「安全性の根拠が計算量でない」ことである。計算機が速くなっても、$25\%$ は $25\%$ のままである(第6節)。
射程(何を示さないか)
新しい数学定理も新しい法則も主張しない。複製不可能定理、ショアの $9$ 量子ビット符号、$5$ 量子ビット符号、BB84、傍受再送攻撃の $25\%$、ショア=プレスキルの $11\%$ は、いずれも標準的である。符号を作らない。数えるのはシンドロームの個数と、訂正すべき誤りの個数だけである。複製不可能定理を証明しない。引くだけである。安全性証明をしない。ショア=プレスキルの $11.0028\%$ は数値として引くのみで、証明には立ち入らない。現実の量子鍵配送を論じない。損失、暗黒計数、多光子成分、装置攻撃を一切扱わない。本稿の $25\%$ は理想的な傍受再送のみの値である。最良の攻撃を主張しない。傍受再送は最良の攻撃ではない。より賢い攻撃は同じ情報量をより少ない誤り率で得る。$25\%$ は「素朴な攻撃がどれだけ目立つか」の数である。有限鍵効果を扱わない。第5節の $0.75^{73}$ は全量傍受のときの見逃し確率であり、統計的安全性の完全な評価ではない。量子計算を論じない。ショアの因数分解も、閾値定理も扱わない。既刊との関係:論文163 は「良い符号が在る」と「これが良い符号だ」を分けた。本稿は構成の側に立ち、具体的な符号のシンドロームを数える。論文252 は「情報量」が四つあることを数えた。本稿が数える $8$ と $0$ は同じ一つの測定が、二つの対象について返すビット数であり、量の種類ではなく対象の分離である。論文188 は未知数より少ない測定で厳密に決まる場合を扱った。本稿はその逆で、必要な分だけ測って、それ以外を測らない場合である。論文179 は「構成できない」に別根があることを示した。複製不可能定理も一つの「構成できない」であり、本稿はその根が線型性にあることを前提として使う。論文68 は量子ビットをホップ束として読んだ。本稿は同じ量子ビットを、情報のビット数として数える。加えたのはシンドロームが語るビット数を「誤りについて $8$/状態について $0$」と分けて数えたこと、$5$ 量子ビット符号で $16=16$ とちょうど飽和することを確かめたこと、同じ理屈が BB84 の $25\%$ を生むと並べたこと、$25\%$ が安全限界の $2.2722$ 倍だと計算したことである。
1. 記法と、両立しないはずの二つ
一つめ:複製不可能定理、未知の量子状態を複製する操作は存在しない。
二つめ:量子誤り訂正、符号化された状態に誤りが入っても、元に戻せる。
両立しないように見える理由:訂正するには、どの誤りが入ったかを知らねばならない。知るには測らねばならない。量子状態を測れば、状態は壊れる。
答:測っているのは状態ではない。測っているのは誤りの種類である。
本稿の方法:この区別を、ビット数を数えることで示す。
2. シンドロームが語るビット数を数える
設定:$n$ 個の物理量子ビットに $k$ 個の論理量子ビットを埋め込む。安定符号では、生成元の個数は $n-k$ 個であり、それぞれが $\pm1$ を返す。
検算 2.1:ショアの $9$ 量子ビット符号($n=9$、$k=1$)。
| 量 | 値 |
|---|---|
| 物理量子ビット $n$ | $9$ |
| 論理量子ビット $k$ | $1$ |
| 生成元の個数 $n-k$ | $\mathbf{8}$ |
| シンドロームの場合の数 $2^{8}$ | $\mathbf{256}$ |
| 訂正すべき $1$ 量子ビット誤り $1+3n$ | $\mathbf{28}$ |
| 余り | $228$ |
観察 2.2 シンドロームは $\mathbf{8}$ ビットを返す。その $8$ ビットはどこにどの誤りが入ったかを語る。
観察 2.3 これが本稿の芯である。その $8$ ビットが論理状態について語るビット数は $\mathbf{0}$ である。生成元は論理演算子と可換なので、測っても論理状態の重ね合わせを壊さない。複製していないし、覗いてもいない。
検算 2.4:三つの符号で同じ数え方をする。
| 符号 | $n$ | 生成元 | シンドローム数 | 訂正すべき誤り | 状態について |
|---|---|---|---|---|---|
| ショア | $9$ | $8$ | $256$ | $28$ | $\mathbf{0}$ ビット |
| ステイン | $7$ | $6$ | $64$ | $22$ | $\mathbf{0}$ ビット |
| $5$ 量子ビット | $5$ | $4$ | $\mathbf{16}$ | $\mathbf{16}$ | $\mathbf{0}$ ビット |
観察 2.5 右端の列がどれも $0$ である。符号が大きくなっても、シンドロームが状態について語る量は増えない。これが両立の理由である。
3. $5$ 量子ビット符号は、ちょうど飽和する
設定:シンドロームで誤りを見分けるには、シンドローム数 $\ge$ 訂正すべき誤りの数が要る。$k=1$、距離 $3$ なら $1+3n\le 2^{n-1}$ である(量子ハミング限界)。
検算 3.1:
| $n$ | $1+3n$ | $2^{n-1}$ | 可否 |
|---|---|---|---|
| $3$ | $10$ | $4$ | 不可 |
| $4$ | $13$ | $8$ | 不可 |
| $\mathbf{5}$ | $\mathbf{16}$ | $\mathbf{16}$ | ちょうど |
| $6$ | $19$ | $32$ | 余る |
| $7$ | $22$ | $64$ | 余る |
| $9$ | $28$ | $256$ | 余る |
観察 3.2 $n=5$ で等号が成り立つ。$16$ 個のシンドロームが $16$ 通りの誤りにちょうど一対一で対応し、一つも余らない。完全符号である。
観察 3.3 $n=4$ は $13>8$ で不可である。$1$ 量子ビットの誤りを訂正するには、最低 $5$ 個要る。ここに正確な下限がある。
観察 3.4 論文179 は「構成できない」にも別根があると書いた。$n=4$ が構成できない根は数え上げである。$1+3n\le2^{n-1}$ という不等式を解くだけで $n\ge5$ が出る。量子力学の詳細は要らない。
4. 同じ理屈が、盗聴を数にする
設定:BB84。アリスは二つの基底(直線・斜め)のどちらかを乱数で選び、ビットを送る。ボブも乱数で基底を選ぶ。エヴは途中で測り、測った結果を送り直す(傍受再送)。
検算 4.1:ボブの基底がアリスと一致した場合だけを見る(篩い分け後)。
| エヴの基底 | 確率 | 再送される状態 | ボブの誤り率 |
|---|---|---|---|
| アリスと一致 | $1/2$ | 正しい | $\mathbf{0}$ |
| アリスと不一致 | $1/2$ | $45^\circ$ ずれ | $\mathbf{1/2}$ |
| 合計 | $\frac12\cdot0+\frac12\cdot\frac12=\mathbf{0.25}$ |
観察 4.2 誤り率は $\mathbf{25\%}$ ちょうどである。エヴは測ったから目立つ、第2節のシンドロームが測っても目立たないのと、ちょうど裏表である。
検算 4.3:エヴがどれだけ得たかを数える。
| 量 | 値 |
|---|---|
| エヴのビットが当たる確率 | $\frac12\cdot1+\frac12\cdot\frac12=\mathbf{0.75}$ |
| 相互情報量 $1-h(1/4)$ | $\mathbf{0.188722}$ ビット |
観察 4.4 エヴは $1$ ビットあたり $0.19$ ビットしか得ないのに、$25\%$ の誤りを残す。取り分に対して、足跡が大きすぎる。
観察 4.5 正直に書くべき点、傍受再送は最良の攻撃ではない。より賢い攻撃は、同じ情報をより少ない誤りで得る。$25\%$ は「素朴な攻撃がどれだけ目立つか」の数であって、安全性の証明ではない。
5. $25\%$ は、限界の $2.27$ 倍である
設定:誤り率 $q$ から鍵を取り出せるかは、片方向後処理では $R=1-2h(q)$ で決まる(ショア=プレスキル)。
検算 5.1:
| 誤り率 $q$ | $h(q)$ | 鍵率 $R=1-2h(q)$ |
|---|---|---|
| $0$ | $0$ | $+1.000000$ |
| $0.01$ | $0.080793$ | $+0.838414$ |
| $0.02$ | $0.141441$ | $+0.717119$ |
| $0.05$ | $0.286397$ | $+0.427206$ |
| $0.08$ | $0.402179$ | $+0.195642$ |
| $\mathbf{0.110028}$ | $\mathbf{0.500000}$ | $\mathbf{0}$ |
| $0.15$ | $0.609840$ | $-0.219681$ |
| $\mathbf{0.25}$ | $0.811278$ | $\mathbf{-0.622556}$ |
観察 5.2 限界は $\mathbf{11.0028\%}$ である。傍受再送の $25\%$ はその $2.2722$ 倍、境界のすぐ外ではなく、はるかに外側にある。
検算 5.3:一部だけ傍受すれば隠れられるかを見る。割合 $f$ だけ傍受すると誤り率は $0.25f$ である。
| 量 | 値 |
|---|---|
| $0.25f\le0.110028$ となる $f$ の上限 | $\mathbf{0.440111}$ |
| そのときエヴが得る情報 | $\mathbf{0.083059}$ ビット/篩いビット |
観察 5.4 隠れることはできる。ただし取り分は $\mathbf{1}$ ビットあたり $0.083$ ビットに落ちる。隠れるほど、取れなくなる。
検算 5.5:全量傍受のとき、$n$ ビット照合して一つも誤りが出ない確率は $0.75^n$ である。
| $n$ | $0.75^n$ |
|---|---|
| $10$ | $5.63\times10^{-2}$ |
| $20$ | $3.17\times10^{-3}$ |
| $50$ | $5.66\times10^{-7}$ |
| $\mathbf{73}$ | $\mathbf{7.58\times10^{-10}}$ |
| $100$ | $3.21\times10^{-13}$ |
| $200$ | $1.03\times10^{-25}$ |
観察 5.6 $\mathbf{73}$ ビット照合すれば、見逃し確率は $10^{-9}$ を切る。鍵が何万ビットあろうと、確かめるのに要るのは $73$ ビットである。
6. 分離子:安全性の根拠が、計算量ではない
観察 6.1 分離子、何を動かすと、この $25\%$ は別の数になるか。測定の理論を変えるしかない。
観察 6.2 計算機を速くしても $25\%$ は動かない。鍵を長くしても動かない。アルゴリズムを賢くしても動かない。$25\%$ は基底の重なりから出る数であって、計算量から出る数ではない。
観察 6.3 これは古典暗号と身分が違う。古典暗号の安全性は「解くのが難しい」であり、難しさは計算機の速さに対する相対量である。ここでの安全性は「測れば目立つ」であり、相手の計算力に依存しない。
観察 6.4 第2節と第4節は、同じ一つの事実の裏表である。
| 誤りについて | 状態について | |
|---|---|---|
| シンドローム測定(第2節) | $\mathbf{8}$ ビット得る | $\mathbf{0}$ ビット得る $\Rightarrow$ 壊さない |
| エヴの測定(第4節) | 、 | 得ようとする $\Rightarrow$ 壊す($25\%$) |
観察 6.5 したがって「複製できないのに訂正できる」は矛盾ではない。複製も観測もしていない。状態について $0$ ビットしか取っていないから、代償も $0$ である。
7. 点呼と結び
- ショア符号のシンドロームは $8$ ビット(検算2.1):$2^{8}=256$ 通り。
- そのうち状態について $0$ ビット(観察2.3):だから壊れない。
- 三つの符号すべてで $0$(検算2.4):大きくしても増えない。
- $5$ 量子ビットで $16=16$(検算3.1):ちょうど飽和する。
- $n=4$ は $13>8$ で不可(観察3.3):最低 $5$ 個要る。
- 傍受再送の誤り率 $25\%$(検算4.1):$\frac12\cdot\frac12$。
- エヴの取り分 $0.188722$ ビット(検算4.3):足跡に対して小さい。
- 安全限界 $11.0028\%$(検算5.1):$25\%$ はその $2.2722$ 倍。
- 隠れると $0.083059$ ビット(検算5.3):隠れるほど取れない。
- $73$ ビットで $10^{-9}$(検算5.5):確かめるのは短くて済む。
結び:複製できないのに訂正できるのは、測っているのが状態ではないからである。ショアの $9$ 量子ビット符号のシンドロームは、誤りについて $\mathbf{8}$ ビットを語り、論理状態については $\mathbf{0}$ ビットを語る。$0$ ビットしか取らないから、代償も $0$ である。符号を大きくしてもこの $0$ は増えない。ショアもステインも $5$ 量子ビット符号も、状態については等しく $0$ である。そして $5$ 量子ビット符号では、$16$ 個のシンドロームが $16$ 通りの誤りにちょうど一対一で対応する。同じ理屈の裏側が、盗聴を数にする。エヴは状態について取ろうとするので、$25\%$ という足跡が残る。それは安全限界 $11.0028\%$ の $\mathbf{2.2722}$ 倍であり、$73$ ビット照合すれば見逃し確率は $10^{-9}$ を切る。分けるものは一つ、その測定が、状態について何ビット取っているかを数えること。数えれば、訂正と盗聴が同じ一つの原理の裏表だと分かる。数えなければ、両者は矛盾して見える。
参考文献
- Wootters, W. K. and Zurek, W. H. (1982). A Single Quantum Cannot Be Cloned. Nature, 299(5886).
- Shor, P. W. (1995). Scheme for Reducing Decoherence in Quantum Computer Memory. Physical Review A, 52(4).
- Steane, A. M. (1996). Error Correcting Codes in Quantum Theory. Physical Review Letters, 77(5).
- Laflamme, R., Miquel, C., Paz, J. P. and Zurek, W. H. (1996). Perfect Quantum Error Correcting Code. Physical Review Letters, 77(1).
- Bennett, C. H. and Brassard, G. (1984). Quantum Cryptography: Public Key Distribution and Coin Tossing. In Proceedings of IEEE International Conference on Computers, Systems and Signal Processing.
- Shor, P. W. and Preskill, J. (2000). Simple Proof of Security of the BB84 Quantum Key Distribution Protocol. Physical Review Letters, 85(2).
- Nielsen, M. A. and Chuang, I. L. (2010). Quantum Computation and Quantum Information. Cambridge: Cambridge University Press.
- Gottesman, D. (1997). Stabilizer Codes and Quantum Error Correction. PhD thesis, California Institute of Technology.
- 山岸勇輝 (2026). Hopf束としての量子ビット、ボルン則の「2」と Hopf写像の「2」は同根か韻か [論文68]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21642238
- 山岸勇輝 (2026). 「良い符号が在る」と「これが良い符号だ」は、別の文である [論文163]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22092677
- 山岸勇輝 (2026). 「構成できない」にも別根がある [論文179]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22098419
- 山岸勇輝 (2026). 未知数より少ない測定で、厳密に決まる [論文188]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22105691
- 山岸勇輝 (2026). 「情報量」は四つあり、要るものが違う [論文252]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22161148
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「複製できないのに、訂正はできる」[論文281]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22171058
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 複製できないのに、訂正はできる [論文281]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/281 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22171058
Yamagishi, Y. (2026). It Cannot Be Copied, Yet It Can Be Corrected [Paper 281]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/281; DOI: 10.5281/zenodo.22171058
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