要旨
「雑音が多い」という一語は、機構の違う複数の量を指している。本稿が問うのは、長く測れば必ず下がるのかである。答は、下がらないものがあるである。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。
第一に、熱雑音は抵抗だけで決まる。$300$ K で $50 \Omega$ なら $0.910$、$1$ k$\Omega$ なら $\mathbf{4.070}$ nV/$\sqrt{\mathrm{Hz}}$(第2節)。
第二に、ショット雑音は電流だけで決まる。$1$ k$\Omega$ で両者が入れ替わるのは $\mathbf{51.70} \mu$A(第3節)。
第三に、これが本稿の芯である。白色雑音は $\tau^{-1/2}$ で落ちるが、$1/f$ は平坦のまま動かない(第4節)。
第四に、$\tau=1000$ s で $\mathbf{31.6}$ 倍の差がつく(第4節)。
第五に、「雑音」は四つあり、要る対策が違う(第5節)。
第六に、分離子は「平均時間で下がるか」である(第6節)。
射程(何を示さないか)
新しい数学定理も新しい法則も主張しない。ジョンソン=ナイキストの熱雑音、ショットキーのショット雑音、$1/f$ 雑音、アラン分散は、いずれも標準的である。雑音の理論を作らない。使うのは二つの公式と、一つの交点だけである。$1/f$ の起源を論じない。$1/f$ がなぜ生じるかは未解決であり、本稿は立ち入らない。アラン分散での振る舞いだけを引く。推定を扱わない。雑音の中から信号を取り出す方法は論文106 が扱った。本稿は取り出す前の、床の側だけを見る。測定器の設計を論じない。増幅器の雑音指数も、遮蔽も、接地も扱わない。代表値に精度を主張しない。$T=300$ K は桁を見るための値である。既刊との関係:論文78 は摩擦と散逸が粗視化であることを示し、揺動散逸定理で熱雑音と摩擦が同じ結合の二つの顔だと書いた。本稿はその機構には立ち入らず、床の高さと、時間による下がり方だけを扱う。78 は「なぜ在るか」、本稿は「どれが効くか」である。論文106 はウィーナー・フィルタで雑音から信号を取り出した。本稿は取り出す対象の側を数える。論文266 はジョンソン=ナイキストの熱雑音と、標本化のナイキストは同じ人名の別の仕事だと明記した。本稿の $\mathrm{Nyquist}$ は前者である。論文252 は「情報量」が四つあると数えた。本稿は「雑音」を四つ数える。同じ型である。論文255 は精度が二つあり、回数で減るのは片方だけだと示した。本稿は回数で減らない雑音を出す。255 の「ばらつきは $\sigma/\sqrt n$ で減る」に、例外がある。加えたのは三つの抵抗で熱雑音を計算したこと、熱とショットの交点を $51.70 \mu$A と出したこと、アラン分散で白色と $1/f$ の分かれ方を数で並べたこと、四つの雑音を対策とともに表にしたことである。
1. 記法と問い
設定:測定の「床」を決める雑音を考える。$k_B=1.380649\times10^{-23}$ J/K、$q=1.602176634\times10^{-19}$ C、$T=300$ K。
観察 1.1 測定を繰り返せばばらつきは $\sigma/\sqrt n$ で減る。論文255 が書いたとおりである。本稿はその例外を探す。
問い:長く測れば、雑音は必ず下がるのか。
2. 熱雑音は、抵抗だけで決まる
設定:ジョンソン=ナイキストの熱雑音は $v_n=\sqrt{4k_BTR}$(単位帯域あたり)。
検算 2.1:
| $R$ [$\Omega$] | $v_n$ [nV/$\sqrt{\mathrm{Hz}}$] |
|---|---|
| $50$ | $0.910$ |
| $1000$ | $\mathbf{4.070}$ |
| $10^6$ | $128.716$ |
観察 2.2 $R$ が $20000$ 倍になっても $v_n$ は $\mathbf{141.4}$ 倍にしかならない。平方根だからである。
観察 2.3 ここに電流が入っていない。回路に電流を流さなくても、抵抗があれば雑音がある。論文78 の言い方をすれば、摩擦がある以上、揺動もある。
観察 2.4 そして周波数が入っていない。どの周波数でも同じ大きさ(白色である)この性質が第4節で効く。
3. ショット雑音は、電流だけで決まる
設定:ショットキーのショット雑音は $i_n=\sqrt{2qI}$(単位帯域あたり)。電荷が離散であることから出る。
検算 3.1:
| $I$ [A] | $i_n$ [A/$\sqrt{\mathrm{Hz}}$] |
|---|---|
| $10^{-6}$ | $5.6607\times10^{-13}$ |
| $10^{-3}$ | $1.7901\times10^{-11}$ |
| $1$ | $5.6607\times10^{-10}$ |
観察 3.2 ここには温度が入っていない。絶対零度でもショット雑音は消えない。熱ではなく、粒であることから出ている。
検算 3.3:二つが等しくなる電流を求める。$2qIR^2=4k_BTR$ より $I=2k_BT/(qR)$。
| $R$ [$\Omega$] | 交点の $I$ |
|---|---|
| $1000$ | $5.1704\times10^{-5}$ A $=\mathbf{51.70} \mu$A |
観察 3.4 $51.70 \mu$A より下では熱雑音が、上ではショット雑音が床を決める。同じ回路で、電流を変えるだけで支配者が入れ替わる。どちらが「その回路の雑音」かは、回路だけでは決まらない。
観察 3.5 そして二つとも白色である。機構は違う(片方は熱、片方は離散性)のに、時間に対する振る舞いは同じ、ここまでは平均すれば下がる。
4. 芯:平均しても下がらない雑音がある
設定:アラン分散は、平均時間 $\tau$ ごとの平均を取り、隣り合う平均の差のばらつきを見る道具である。雑音の種類ごとに $\tau$ 依存が違う。
検算 4.1:相対値で並べる($\tau=1$ を $1$ とする)。
| $\tau$ [s] | 白色雑音 $\propto\tau^{-1/2}$ | $1/f$ 雑音 |
|---|---|---|
| $1$ | $1.00000$ | $1.00000$ |
| $10$ | $0.31623$ | $\mathbf{1.00000}$ |
| $100$ | $0.10000$ | $\mathbf{1.00000}$ |
| $1000$ | $0.03162$ | $\mathbf{1.00000}$ |
観察 4.2 これが本稿の芯である。右の列が動かない。$\tau$ を $1000$ 倍にしても一切下がらない。
観察 4.3 $\tau=1000$ s で$\mathbf{31.6}$ 倍の差がついている。最初は同じ大きさだったのに、長く測るほどひらく。短時間では見分けがつかない。
観察 4.4 したがって論文255 の「ばらつきは $\sigma/\sqrt n$ で減る」には例外がある。$1/f$ が床のとき、回数を増やしても減らない。255 が「偏りは回数で消えない」と書いたのと同じ場所に、もう一つの消えないものがある。
検算 4.5:三者を並べる。
| 雑音 | スペクトル | アラン分散の $\tau$ 依存 |
|---|---|---|
| 熱雑音 | 白色 | $\tau^{-1/2}$ |
| ショット雑音 | 白色 | $\tau^{-1/2}$ |
| $1/f$ | $\propto1/f$ | 平坦 |
| ランダムウォーク | $\propto1/f^2$ | $\tau^{+1/2}$(増える) |
観察 4.6 四行目は増える。長く測るほど悪くなる。最適な測定時間が存在することになる。
観察 4.7 正直に書くべき点、$1/f$ がなぜ生じるかは、本稿では説明しない。起源は今も一般には未解決であり、系ごとに別の機構が提案されている。本稿が使うのは $\tau$ 依存という測定上の事実だけである。
5. 「雑音」は四つあり、要る対策が違う
検算 5.1:
| 雑音 | 何で決まるか | 消せるか | 有効な手 |
|---|---|---|---|
| 熱雑音 | $R$ と $T$ | 冷やせば減る | 抵抗を下げる・冷却 |
| ショット雑音 | $I$ のみ | 冷やしても減らない | 電流を下げる |
| $1/f$ | 素子・工程 | 平均では減らない | 変調して周波数を上げる |
| 外来雑音 | 環境 | 原理的に消せる | 遮蔽・接地・差動 |
観察 5.2 四つとも有効な手が違う。冷やすのは一行目にしか効かず、長く測るのは三行目に効かない。「雑音を減らす」という一語で括ると、間違った手を打つ。
観察 5.3 三行目の対策が特徴的である。$1/f$ は低い周波数で大きいので、信号のほうを高い周波数へ動かす。雑音を減らすのではなく、雑音の小さい場所へ逃げる。
観察 5.4 論文252 は「情報量」が四つあり要るものが違うと書いた。同じ形が雑音にもある。一語が四つの量を覆っていて、対策だけが四つに分かれている。
6. 分離子:平均時間で下がるか
観察 6.1 分離子、平均時間を延ばすと下がるかどうか。
| 下がるか | 理由 | |
|---|---|---|
| 熱・ショット(白色) | 下がる | 相関が無いので $\sqrt{\tau}$ で平均される |
| $1/f$ | 下がらない | どの時間尺度にも同じだけ揺らぎがある |
| ランダムウォーク | 上がる | 長時間ほど大きく漂う |
観察 6.2 $1/f$ が下がらない理由は、名前がそのまま言っている。$1/f$ は対数目盛りで平らである。どの十倍区間にも同じだけの力がある。時間尺度を変えても景色が変わらない。
観察 6.3 論文190 は「稀」は対数の目盛りで測ると書き、論文292 は足せるのは対数だけだと書いた。$1/f$ はその目盛りで一様な雑音である。だから対数の言葉でしか特徴づけられない。
検算 6.4:論文300 の判定基準を、熱雑音とショット雑音に当てる。どちらも白色で、式の形も似ている。同根か。
| 基準 | 結果 |
|---|---|
| 変数を動かしても一致し続けるか | いいえ。$T$ を下げると熱だけ消える |
| 同じ量が入っているか | いいえ。$T$ 対 $q$ |
| 一方から他方が出るか | いいえ。平衡と非平衡である |
| $\tau$ 依存 | はい。どちらも $\tau^{-1/2}$ |
観察 6.5 三つ「いいえ」、一つ「はい」である。機構は別根だが、時間に対する振る舞いは同じ、同じ振る舞いをすることは、同じ根を持つことではない(論文300)。
観察 6.6 そして測る側にとっては、この「はい」だけが効く。床を下げたい人にとって、$\tau^{-1/2}$ かどうかがすべてである。機構の別根と、対策の同根が、ここで食い違っている。
7. 点呼と結び
- $1$ k$\Omega$ で $4.070$ nV/$\sqrt{\mathrm{Hz}}$(検算2.1):電流は入らない。
- $R$ が $20000$ 倍で $141.4$ 倍(観察2.2):平方根。
- ショットに温度は入らない(観察3.2):離散性から出る。
- 交点は $51.70 \mu$A(検算3.3):支配者が入れ替わる。
- $1/f$ は平坦(検算4.1):$\tau$ を $1000$ 倍にしても動かない。
- $\tau=1000$ s で $31.6$ 倍(観察4.3):長く測るほどひらく。
- ランダムウォークは増える(検算4.5):最適な測定時間がある。
- 四つとも有効な手が違う(検算5.1):冷やすのは一行目だけ。
- $1/f$ は逃げるしかない(観察5.3):変調して周波数を上げる。
- 三「いいえ」一「はい」(検算6.4):機構は別根、振る舞いは同じ。
結び:「雑音が多い」という一語は、機構の違う複数の量を指している。熱雑音は $\sqrt{4k_BTR}$ で抵抗と温度だけで決まり、$300$ K・$1$ k$\Omega$ で $\mathbf{4.070}$ nV/$\sqrt{\mathrm{Hz}}$、ショット雑音は $\sqrt{2qI}$ で電流だけで決まり、温度が入らない(絶対零度でも消えない)。$1$ k$\Omega$ で両者が入れ替わるのは $\mathbf{51.70} \mu$A、どちらが「その回路の雑音」かは、回路だけでは決まらない。そして本稿の芯は、長く測ったときの振る舞いである。白色雑音はアラン分散で $\tau^{-1/2}$ で落ちるが、$1/f$ は平坦のまま一切下がらない。$\tau=1000$ s で $\mathbf{31.6}$ 倍の差がつく。ランダムウォークに至っては増える。最適な測定時間が存在する。「雑音」は四つあり、有効な手が四つとも違う。冷やすのは熱雑音にしか効かず、長く測るのは $1/f$ に効かない。$1/f$ には、変調して周波数を上げて逃げるしかない。分けるものは一つ、平均時間を延ばすと下がるかどうか。$1/f$ が下がらない理由は名前がそのまま言っている。対数目盛りで平らであり、どの十倍区間にも同じだけの力がある。時間尺度を変えても景色が変わらない。最後に一つ、熱雑音とショット雑音は論文300 の基準で別根(温度を下げると片方だけ消える)なのに、$\tau$ 依存だけが一致している。機構の別根と、対策の同根が食い違っているのであり、床を下げたい人にとっては、その一致だけが効く。
参考文献
- Johnson, J. B. (1928). Thermal Agitation of Electricity in Conductors. Physical Review, 32(1).
- Nyquist, H. (1928). Thermal Agitation of Electric Charge in Conductors. Physical Review, 32(1).
- Schottky, W. (1918). Uber spontane Stromschwankungen in verschiedenen Elektrizitatsleitern. Annalen der Physik, 362(23).
- Allan, D. W. (1966). Statistics of Atomic Frequency Standards. Proceedings of the IEEE, 54(2).
- Voss, R. F. and Clarke, J. (1976). Flicker Noise in Equilibrium. Physical Review B, 13(2).
- van der Ziel, A. (1986). Noise in Solid State Devices and Circuits. New York: Wiley.
- 山岸勇輝 (2026). 摩擦と散逸は粗視化である。揺動散逸定理を橋として [論文78]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21731937
- 山岸勇輝 (2026). 雑音から信号を取り出す。ウィーナーのフィルタ・サイバネティクスと、逆問題の統計版 [論文106]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21836984
- 山岸勇輝 (2026). 「稀」は、対数の目盛りで測る [論文190]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22106182
- 山岸勇輝 (2026). 「情報量」は四つあり、要るものが違う [論文252]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22161148
- 山岸勇輝 (2026). 「精度」は二つあり、較正で消えるのは一方だけ [論文255]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22168883
- 山岸勇輝 (2026). 標本化定理は正しく、その前提は決して満たされない [論文266]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22169765
- 山岸勇輝 (2026). 三百本目の点呼、同根か別根かは、判定できる [論文300]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171914
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「長く測れば下がる雑音と、下がらない雑音がある」[論文312]. Zenodo.
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 長く測れば下がる雑音と、下がらない雑音がある [論文312]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/312 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22174709
Yamagishi, Y. (2026). Some Noise Falls When You Measure Longer, and Some Does Not [Paper 312]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/312; DOI: 10.5281/zenodo.22174709
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