要旨
塩害は、塩辛い水を使うから起きると思える。本稿が示すのは飲める水でも起きることである。塩が蒸発しないという一点だけで、$14$ 年で限界に達する。新しい定理も法則も主張しない。
第一に、塩分 $500$ mg/L の水を年 $1000$ mm 入れると、$1$ ha に年 $\mathbf{5.0000}$ t の塩が入る(第2節)。
第二に、水は蒸発して出ていくが、塩は出ていかない(第1節)。
第三に、これが本稿の芯である。作土層 $1$ m の質量は $14000$ t なので、$50$ 年で土壌塩分が $\mathbf{1.7857}$ パーセントになる(第2節)。
第四に、作物の限界 $0.5$ パーセントに達するのは、ちょうど $\mathbf{14}$ 年である(第3節)。
第五に、水質を二倍良くしても、年数が二倍になるだけである。排水が無ければ止まらない(第4節)。
第六に、分離子は「出口があるか、無いか」である(第5節)。
射程(何を示さないか)
新しい定理も法則も主張しない。灌漑農業における塩類集積、リーチング率、塩分に対する作物の耐性はすべて土壌学で既知である。農業を設計しない。作付や灌漑計画は与えない。一つの質量収支だけを見る。土壌化学を作らない。イオン交換・沈殿・ナトリウム害(アルカリ化)は主題ではない。全塩分の収支だけを追う。作物の限界を主張しない。$0.5$ パーセントは代表値であり、作物と塩の種類で大きく変わる。地下水を扱わない。地下水位の上昇による毛管上昇は主題ではない。それは事態を早める向きに働く。降雨を入れていない。降雨による自然のリーチングは無視する。乾燥地では小さい。既刊との関係:論文386 は溶解度と溶出速度が別根であることを示した。ここでは水の出入りと塩の出入りが別根である。論文395 は音が閉じ込められることを示した。ここでは塩が閉じ込められる。論文389 は厚さではなく長さが効くことを示した。ここでは水質ではなく出口の有無が効く。論文300 は同根か別根かが判定できることを示した。水の収支と塩の収支は、その基準で別根である。加えたのは、年あたりの塩の量を数に出したこと、三つの年数で土壌塩分を出したこと、限界に達する年数を境目の両側から挟んだこと、水質を良くしても年数が延びるだけであることを示したこと、分離子を「出口の有無」に置いたことである。
1. 記法と問い
設定:塩分濃度 $c$ の水を、面積 $A$ の土地に深さ $I$ だけ入れる。年あたりの塩の流入は
$$M=c\,I\,A$$
である。$c=500$ mg/L、$I=1000$ mm/年、$A=1$ ha とする。作土層は深さ $1$ m、乾燥密度 $1400$ kg/m$^{3}$ とする。
観察 1.1 水には二つの出口がある。蒸発と排水、塩には一つしか無い。
観察 1.2 蒸発は水だけを持ち去る。溶けていた塩は残る。蒸留と同じことが、畑で毎日起きている。
観察 1.3 だから排水が無ければ、塩は溜まる一方である。流入があって流出が無い。濃度ではなく、積算量が問題になる。
問い:塩害は、どれくらい塩辛い水から起きるのか。
2. 飲める水でも、年 $5$ トン
計算 2.1:塩分 $500$ mg/L の水で $1$ ha を灌漑した場合(本稿で計算)。
| 経過年数 | 積算した塩 [t/ha] | 土壌塩分 [%] |
|---|---|---|
| $1$ | $\mathbf{5.0000}$ | $0.0357$ |
| $10$ | $50.0000$ | $0.3571$ |
| $\mathbf{50}$ | $\mathbf{250.0000}$ | $\mathbf{1.7857}$ |
| $100$ | $500.0000$ | $3.5714$ |
観察 2.2 これが本稿の芯である。$500$ mg/L は飲用に適する水である。それでも $1$ ha に年 $5$ トンの塩が入り、$50$ 年で土壌塩分が $1.7857$ パーセントになる。
観察 2.3 作土層 $1$ ha $\times$ $1$ m の質量は $14000$ t である。分母、$250$ t はその $1.79$ パーセント。
観察 2.4 $100$ 年で $3.5714$ パーセントに達する。海水の塩分は約 $3.5$ パーセント、畑の土が、海水と同じ塩分濃度の乾いた塩を抱えることになる。
観察 2.5 年数と塩分は比例している。$0.0357$ から $3.5714$ まで一直線、飽和も頭打ちも無い。
観察 2.6 濃度は流入速度にしか効かない。止める働きはしない。どれだけ薄くても、いつかは限界に達する。
3. 限界はちょうど $14$ 年
計算 3.1:作物の限界 $0.5$ パーセントの近傍(本稿で計算)。
| 経過年数 | 土壌塩分 [%] | 限界 $0.5$ % と比べて |
|---|---|---|
| $13$ | $0.4643$ | 下 |
| $\mathbf{14}$ | $\mathbf{0.5000}$ | ちょうど |
| $15$ | $0.5357$ | 上 |
観察 3.2 境目を両側から挟んだ。$13$ 年で $0.4643$、$15$ 年で $0.5357$、ちょうど $14$ 年で $0.5000$ になる。
観察 3.3 一世代の農業で届く。$14$ 年、開墾した本人が、自分の畑が塩を吹くのを見ることになる。
観察 3.4 $0.5$ パーセントは代表値である。作物によって大きく違う。動かないのは、比例して増えることと、いつかは超えることである。
観察 3.5 地下水位が上がれば、もっと早い。毛管上昇で下から塩が来る。本稿の見積もりは、その分を入れていない。
観察 3.6 歴史的にも同じ形が繰り返されている。メソポタミアの小麦から大麦への転換、本稿は歴史を論じないが、形は同じである。
4. 水質を良くしても、年数が延びるだけである
観察 4.1 塩分濃度を半分にすると、年あたりの流入も半分になる。$2.5$ t/ha、限界に達する年数は $28$ 年になる。
観察 4.2 十分の一にすれば $140$ 年である。一世代を超える。それでも止まってはいない。
観察 4.3 つまり水質は、問題を先送りする。比例定数を変えるだけ、解いていない。
観察 4.4 解くには、塩に出口を作るしかない。排水(リーチング)、土壌塩分を水の $c$ 倍に保つには、灌漑水の $1/c$ を排水する。
観察 4.5 $2$ 倍で保つなら半分、$5$ 倍で保つなら五分の一。リーチング率、作物が使う分の上に、余分に水を入れて流し出す必要がある。
観察 4.6 論文389 と同じ形である。論文389 では厚さではなく長さが効いていた。ここでは水質ではなく出口の有無が効く。どちらも、直しやすいほうが効いていない。
5. 分離子:出口があるか、無いか
観察 5.1 分離子、塩が出ていく経路があるか、無いか。
| 条件 | 塩の流出 | 長期の塩分 | 対策 |
|---|---|---|---|
| 排水がある | ある | 一定値に落ち着く | リーチング率 $1/c$ |
| 排水が無い | 無い | 発散する | 水質では解けない |
観察 5.2 二行目は、時間の問題でしかない。比例して増える。「まだ大丈夫」は、いつまでも大丈夫であることを意味しない。
観察 5.3 一行目は、定常状態になる。流入と流出が釣り合う。そこで初めて、水質が最終的な塩分を決める。
観察 5.4 これは検証できる分離子である。排水口の塩分を測る。入ってくる量と出ていく量を比べればよい。
観察 5.5 正直に言えば、$14$ 年も $1.7857$ パーセントも、降雨・地下水・イオン交換をすべて無視した収支である。実際の年数は前後する。動かないのは、塩が蒸発しないことと、出口が無ければ積算が線形に増えることである。
観察 5.6 最後に一つ、「良い水を使う」は、対策の形をしていて対策になっていない。速度を下げるだけ、流入を減らすことと、流出を作ることは、別のことである。
6. 点呼と結び
- 水には二つの出口、塩には一つ(観察 1.1):蒸発は水だけを運ぶ。
- 年 $5.0000$ t/ha(計算 2.1):飲める水で。
- 作土層は $14000$ t(観察 2.3):分母。
- $50$ 年で $1.7857$ パーセント(計算 2.1):一世代半。
- $100$ 年で $3.5714$ パーセント(観察 2.4):海水と同じ濃度。
- 限界はちょうど $14$ 年(計算 3.1):$13$ と $15$ で挟んだ。
- 濃度半分で $28$ 年(観察 4.1):先送りにすぎない。
- 十分の一でも $140$ 年(観察 4.2):止まっていない。
- リーチング率は $1/c$(観察 4.5):余分な水が要る。
- 出口の有無が効く(観察 5.1):水質ではない。
結び:塩害は、塩辛い水を使うから起きると思える。だが飲める水でも起きる。水には蒸発と排水という二つの出口があるが、塩には排水しか無い。蒸発は水だけを持ち去り、溶けていた塩は残る。蒸留と同じことが、畑で毎日起きている。だから排水が無ければ塩は溜まる一方で、濃度ではなく積算量が問題になる。塩分 $500$ mg/L(飲用に適する水である)それで年 $1000$ mm を灌漑すると、$1$ ha に年 $\mathbf{5.0000}$ t の塩が入る。作土層 $1$ ha $\times$ $1$ m の質量は $14000$ t なので、$50$ 年で土壌塩分が $\mathbf{1.7857}$ パーセント、$100$ 年で $3.5714$ パーセントになる。海水の塩分(約 $3.5$ パーセント)と同じである。年数と塩分は一直線に比例しており、飽和も頭打ちも無い。濃度は流入速度にしか効かず、止める働きはしない。作物の限界 $0.5$ パーセントに達するのは、ちょうど $\mathbf{14}$ 年である。$13$ 年で $0.4643$ パーセント、$15$ 年で $0.5357$ パーセントと、境目を両側から挟める。一世代の農業で届く年数であり、開墾した本人が自分の畑が塩を吹くのを見ることになる。地下水位が上がれば毛管上昇でもっと早く、本稿の見積もりはその分を入れていない。水質を良くしても、年数が延びるだけである。塩分濃度を半分にすれば年あたりの流入も半分になり、限界は $28$ 年になる。十分の一にすれば $140$ 年で一世代を超えるが、それでも止まってはいない。水質は比例定数を変えるだけで、問題を先送りしているにすぎない。解くには塩に出口を作るしかない。土壌塩分を水の $c$ 倍に保つには灌漑水の $1/c$ を排水する。$2$ 倍で保つなら半分、$5$ 倍で保つなら五分の一を、作物が使う分の上に余分に入れて流し出す必要がある。論文389 で厚さではなく長さが効いていたのと同じ形で、直しやすいほうが効いていない。分けているものは一つ、塩が出ていく経路があるか、無いか。排水があれば流入と流出が釣り合って定常状態になり、そこで初めて水質が最終的な塩分を決める。排水が無ければ塩分は発散し、水質では解けない。排水が無い場合は時間の問題でしかなく、「まだ大丈夫」はいつまでも大丈夫であることを意味しない。判定はできる。排水口の塩分を測り、入ってくる量と出ていく量を比べればよい。正直に言えば、$14$ 年も $1.7857$ パーセントも、降雨・地下水・イオン交換をすべて無視した収支であり、実際の年数は前後する。動かないのは、塩が蒸発しないことと、出口が無ければ積算が線形に増えることである。最後に一つ、「良い水を使う」は、対策の形をしていて対策になっていない。速度を下げるだけである。流入を減らすことと、流出を作ることは、別のことである。
参考文献
- Richards, L. A. (ed.) (1954). Diagnosis and Improvement of Saline and Alkali Soils. Washington: USDA Agriculture Handbook No. 60.
- Ayers, R. S., Westcot, D. W. (1985). Water Quality for Agriculture. Rome: FAO Irrigation and Drainage Paper 29.
- Rhoades, J. D., Kandiah, A., Mashali, A. M. (1992). The Use of Saline Waters for Crop Production. Rome: FAO Irrigation and Drainage Paper 48.
- Jacobsen, T., Adams, R. M. (1958). Salt and Silt in Ancient Mesopotamian Agriculture. Science.
- 山岸勇輝 (2026). 『第三百回の点呼、同根か別根かは判定できる』[論文300]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171914
- 山岸勇輝 (2026). 『溶解度は一つも動いていないのに、溶ける速さが 1000 倍になる』[論文386]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22699119
- 山岸勇輝 (2026). 『紙が折れなくなるのは厚いからではない。効いているのは長さである』[論文389]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22699183
- 山岸勇輝 (2026). 『音が遠くまで届くのは、直進しないからである』[論文395]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22699289
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「水は蒸発するが、塩は蒸発しない」[論文408]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22699566
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 水は蒸発するが、塩は蒸発しない:だから飲める水でも土地を殺す [論文408]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/408 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22699566
Yamagishi, Y. (2026). The Water Evaporates and the Salt Does Not, So Even Drinkable Water Kills the Land [Paper 408]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/408; DOI: 10.5281/zenodo.22699566
@misc{yamagishi2026yoi408,
author = {Yamagishi, Yuuki},
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year = {2026},
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