【論文152】同じ指標表を持ちながら、同型でない

要旨

体系は「同じ」という語を何度も使ってきた。同根(論文142)、同じ $H^2$(論文147)、同じ被覆(論文151)。本稿はその語に四つの強さがあることを示し、いずれにも属さない例を一つ置く。新しい数学定理は主張しない。

第一に、指標表が完全に一致しながら同型でない二つの群がある。$D_4$ と $Q_8$ はどちらも位数 $8$、共役類は五つで大きさは $1,1,2,2,2$、既約指標は一次元四つと二次元一つ、二次元指標の値は $2,-2,0,0,0$ で完全に一致する。それでも$D_4$ の位数 $2$ の元は五個、$Q_8$ は一個であり、同型ではない(本稿ですべて計算)(第3節)。

第二に、分離子はフロベニウス=シュア指標である。$\nu_2(\chi)=\frac{1}{|G|}\sum_g\chi(g^2)$ は$D_4$ で $+1$、$Q_8$ で $-1$ を返す。指標表が見られない差を、この一つの数が見る(第4節)。

第三に、その帰結として $Q_8$ の二次元表現に実形は無い。実の $2\times2$ で $A^2=B^2=-I$ を満たす対を40万組取ると $|\mathrm{tr}(AB)|$ の最小は 2.000003(理論下界 $2$)であり、$AB=-BA$ に必要な $0$ には決して届かない。複素では $\mathrm{tr}(ij)=0$ で届く(第5節)。

第四に、同値は同型ではない。$\mathbb{Z}$ と $M_2(\mathbb{Z})$ は同型でない(一方は可換、他方は非零冪零元をもつ)が加群圏は同値である。中心は保たれ、可換性は保たれない。だから可換環では森田同値は同型に潰れる(第6節)。

射程(何を示さないか)

本稿の射程:新しい数学定理は主張しない。$D_4$ と $Q_8$ の指標表が一致すること、フロベニウス=シュア指標、森田同値、圏同値と圏同型の区別はいずれも標準的である。本稿が加えるのは、体系が使ってきた「同じ」を四つの強さに並べたこと、どの強さにも属さない例(不変量が一致するのに同型でない)を最下段に置いたこと、分離子を一つの数として計算したことだけである。

1. 記法と位置づけ

$D_4$ を正方形の対称群、$Q_8$ を四元数群とし、どちらも $2\times2$ 行列で明示的に生成する。既約指標を $\chi$、フロベニウス=シュア指標を $\nu_2$ と書く。

位置づけ:論文149 は向き、論文150 は重み、論文151 は被覆の良さを分離子とした。本稿の分離子はフロベニウス=シュア指標である。そして「同じ」という語そのものを点呼する。

2. 二つの群

検算 2.1:$D_4$ を $r=[\,0\ \ -1\,;\ 1\ \ 0\,]$ と $s=[\,1\ \ 0\,;\ 0\ \ -1\,]$ で、$Q_8$ を $i=[\,\mathrm{i}\ \ 0\,;\ 0\ \ -\mathrm{i}\,]$ と $j=[\,0\ \ 1\,;\ -1\ \ 0\,]$ で生成すると

群 位数 元の位数の分布 共役類の大きさ
$D_4$ 8 $1,2,2,2,2,2,4,4$ $1,1,2,2,2$
$Q_8$ 8 $1,2,4,4,4,4,4,4$ $1,1,2,2,2$

(証明終)

観察 2.2 共役類の個数も大きさも一致する。だが $D_4$ の位数 $2$ の元は五個、$Q_8$ は一個である。同型写像は位数を保つから、二つは同型でない。

3. 指標表は完全に一致する

検算 3.1:どちらも交換子部分群の位数が $2$、したがってアーベル化は位数 $4$ のクラインの四元群であり、一次元既約指標は四つである。$4\cdot1+d^2=8$ より残る既約指標の次数は $d=2$ で、それは定義表現である。その指標値は本稿の計算で

群 単位元 中心の対合 残り三つの類
$D_4$ $2$ $-2$ $0,\,0,\,0$
$Q_8$ $2$ $-2$ $0,\,0,\,0$

(証明終)

観察 3.2 一次元指標はどちらもクラインの四元群の四つの指標であり、二次元指標も一致する。すなわち指標表は完全に同じである。

観察 3.3 (これが要点である) 指標から作られるあらゆる量(次数、共役類の個数、群環の分解、表現の重複度)が一致する。それでも群は同型でない。「すべての不変量が一致する」は「同じ」の一番弱い読みですらない(論文17 のいう住所の問題)。

4. 分離子はフロベニウス=シュア指標である

検算 4.1:$\nu_2(\chi)=\frac{1}{|G|}\sum_{g\in G}\chi(g^2)$ を二次元指標について計算すると

群 $\nu_2(\chi_2)$ 型
$D_4$ $+1$ 実型
$Q_8$ $-1$ 四元数型

(証明終)

観察 4.2 $\nu_2$ は指標の値そのものからは作れない。$g\mapsto g^2$ という群の演算を使うからである。指標表は類の上の関数であって、平方写像が類をどう動かすかを覚えていない。だから見えなかった差を、この一つの数が見る。

5. $Q_8$ の二次元表現に実形は無い

検算 5.1:実の $2\times2$ 行列で $A^2=-I$ となるものは、$A=[\,a\ \ b\,;\ c\ \ -a\,]$ かつ $a^2+bc=-1$ に尽きる(本稿で確認)。この解集合から40万組を無作為に取り $|\mathrm{tr}(AB)|$ の最小を測ると

実の対(40万組)の $|\mathrm{tr}(AB)|$ の最小 2.000003
$AB=-BA$ が要求する値 0
複素での $\mathrm{tr}(ij)$(四元数行列) 0

(証明終)

観察 5.2 (理由) 跡が零の実 $2\times2$ 行列に $\langle M,M\rangle=\mathrm{tr}(M^2)/2=a^2+bc$ を入れると符号数は $(2,1)$ である。$A^2=-I$ は $\langle A,A\rangle=-1$ を、$AB=-BA$ は $\langle A,B\rangle=0$ を意味するから、負ノルムの直交する二本が要る。符号数 $(2,1)$ には負の方向が一本しかないから、それは不可能である。ローレンツ型の逆コーシー=シュワルツが $|\mathrm{tr}(AB)|\ge2$ を与え、数値の $2.000003$ はその下界に触れている。

観察 5.3 $Q_8$ の二次元表現は四元数を要し、$D_4$ のそれは実行列で足りる(第2節の生成元がすでに実である)。$\nu_2$ の符号は、この「どの体で書けるか」を数にしたものである。

6. 同型でないのに、加群圏は同値である

検算 6.1:$M_2(\mathbb{Z})$ の中心を直接解くとスカラー行列に限られ、$\mathbb{Z}$ と同型である。一方 $P=[\,0\ \ 1\,;\ 0\ \ 0\,]$ は非零で $P^2=0$ であり、$\mathbb{Z}$ にそのような元は無い。また $M_2(\mathbb{Z})$ は非可換である(本稿で確認)。(証明終)

観察 6.2 $\mathbb{Z}$ と $M_2(\mathbb{Z})$ は同型でない。しかし加群圏は同値である(森田)。保たれるもの:中心、両側イデアルの束、$K$ 理論。保たれないもの:可換性、環そのもの。

観察 6.3 中心が保たれるから、可換環どうしでは森田同値は同型に潰れる。「どこまで潰れるか」は、対象が何であるかで変わる。

7. 同値は同型ではない

観察 7.1 有限次元ベクトル空間の圏は対象が真の類をなす。その骨格は次元ごとに一つ、可算個である。両者は同値だが同型ではない。圏同型は対象の間の全単射を要求するからである。

観察 7.2 同値は「対象の個数」を保たない。だから「同じ圏」と言うときは、同型か同値かを書かねばならない。

8. 「同じ」の点呼

観察 8.1 

強さ 要求 例
等しい 同じ対象 論文16 の等号の六根
同型 可逆な写像 $\mathbb{Z}/6\cong\mathbb{Z}/2\times\mathbb{Z}/3$
同値 同型を除いて可逆 $\mathbb{Z}$ と $M_2(\mathbb{Z})$ の加群圏
同根 出所が一つ 論文129 の二つの $4\pi$
(どれでもない) 不変量が一致するだけ $D_4$ と $Q_8$

観察 8.2 最下段が本稿の置いた例である。指標表という強い不変量が完全に一致しても、同型ではない。「不変量で区別できない」は四つのどれよりも弱い。

観察 8.3 (体系への適用) 論文142 は「同根と同一は違う」と書いた。本稿はその下にもう一段あることを示す。同根ですらなく、ただ不変量が一致しているだけ、という段である。論文110 が $\beta^g=\alpha’\mathrm{Ric}$ を金、外科手術とくりこみの類似を韻と分けたのは、この階段を降りる作業であった。

9. 結論

  1. $D_4$ と $Q_8$ は指標表が完全に一致し、同型でない(検算2.1・3.1)。位数 $2$ の元が五個と一個。
  2. 分離子はフロベニウス=シュア指標である(検算4.1):$+1$ と $-1$。指標表は平方写像を覚えていない。
  3. $Q_8$ の二次元表現に実形は無い(検算5.1):40万組で $|\mathrm{tr}(AB)|$ の最小は 2.000003、必要な値は $0$。
  4. 同型でないのに加群圏は同値である(検算6.1)。中心は保たれ、可換性は保たれない。
  5. 同値は同型ではない(観察7.1)。対象の個数は保たれない。
  6. 「同じ」には四つの強さがあり、その下にもう一段ある(観察8.1)。

結び:二つの群は、指標という最も強い道具で見て、まったく区別がつかなかった。区別したのは、平方写像を覚えている一つの数である。「同じに見える」は、どの道具で見たかを書かないかぎり何も言っていない。そして道具を一つ増やすと、同じものが二つに割れる。

参考文献

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  4. Mac Lane, S. (1971). Categories for the Working Mathematician. Springer.
  5. Serre, J.-P. (1977). Linear Representations of Finite Groups. Springer.
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  7. 山岸勇輝 (2026). 等号は六つの別根を持つ [論文16] 第3版. Zenodo. 10.5281/zenodo.21600471
  8. 山岸勇輝 (2026). 王道の点呼 [論文100]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21758864
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  10. 山岸勇輝 (2026). 不確定性は一つの定理ではない [論文129]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22079681
  11. 山岸勇輝 (2026). 動かすと、$2\pi$ だけが残る [論文142]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22082281
  12. 山岸勇輝 (2026). 同じ $H^2$ でも、係数が違えば量子化しない [論文147]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22083144
  13. 山岸勇輝 (2026). 分母を決めるのは行列式ではなく、最大不変因子である [論文149]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22083590
  14. 山岸勇輝 (2026). 光が測れないのは、密度である [論文150]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22083989
  15. 山岸勇輝 (2026). 二枚の被覆は、円周について間違った答を返す [論文151]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22084096

作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。

書誌

山岸勇輝(2026)「同じ指標表を持ちながら、同型でない」[論文152]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22084202

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引用するとき

山岸勇輝 (2026). 同じ指標表を持ちながら、同型でない [論文152]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/152 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22084202

Yamagishi, Y. (2026). The Same Character Table, and Still Not Isomorphic [Paper 152]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/152; DOI: 10.5281/zenodo.22084202

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