【論文153】何を忘れたかは、写像を数えれば分かる

要旨

体系は何度も「落とす」ことをしてきた。共形類は計量から密度を落とし(論文150)、指標表は平方写像を落とす(論文152)。本稿は「落とす」に三つの段があることを示し、どの段かを写像の個数で判定する。新しい数学定理は主張しない。

第一に、随伴とは数え上げである。自由群からの準同型は生成元の像の組にほかならないから、$|\mathrm{Hom}_{\mathrm{Grp}}(F(S),G)|=|G|^{|S|}=|\mathrm{Hom}_{\mathrm{Set}}(S,U(G))|$ である($G$ が $\mathbb{Z}/6$、$S_3$、$D_4$、$\mathbb{Z}/2\times\mathbb{Z}/2$ の場合に確認)(第2節)。

第二に、忘却には三段ある。性質を忘れる(充満忠実)・構造を忘れる(忠実だが充満でない)・ものを忘れる(忠実でない)。$\mathbb{Z}/3$ から $\mathbb{Z}/3$ への準同型は $3$ 本、写像は $27$ 本、忠実だが充満でない。そして $\mathrm{Ab}\to\mathrm{Grp}$ が届かない位数 $8$ の群は、ちょうど $D_4$ と $Q_8$ である(論文152 の二つ)(第3節)。

第三に、これが本稿の芯である。右随伴が無いことは、余積を数えれば見える。$\mathbb{Z}/3$ の $\mathrm{Ab}$ における余積は$9$ 元、下にある集合の直和は$6$ 元。$\mathbb{Z}/2$ の $\mathrm{Grp}$ における余積は無限二面体群で、直和は$4$ 元である。余積を保たないから、右随伴は存在しない(第4節)。

第四に、両方の随伴をもつ忘却関手もある。$\mathrm{Top}\to\mathrm{Set}$ は離散を左随伴、密着を右随伴にもつ(三点集合とシェルピンスキー空間で個数が一致することを確認)(第5節)。位相を忘れることは、群法則を忘れることより穏やかである。

第五に、自由に付け足したものは、忘れたものと釣り合わない。$\mathbb{Z}/2$ の下にある集合から自由群を作ると無限になる(長さ $3$ 以下の既約語だけで $53$ 個)。忘れて自由に建て直しても元には戻らない(第6節)。

射程(何を示さないか)

本稿の射程:新しい数学定理は主張しない。随伴関手(カン)、自由構成、性質・構造・ものの区別、位数 $8$ の群の分類はいずれも標準的である。本稿が加えるのは、三段のどれであるかを写像の個数で判定してみせたこと、右随伴の不在を余積の大きさという一つの数で示したこと、論文150 の「光は密度を忘れる」がどの段かを書いたことだけである。

1. 記法と位置づけ

忘却関手を $U$、自由関手を $F$ と書き、$F\dashv U$ で随伴を表す。関手が充満忠実なら性質を、忠実だが充満でないなら構造を、忠実でないならものを忘れているという。

位置づけ:論文151 は被覆の良さ、論文152 は平方写像を覚えているか否かを分離子とした。本稿の分離子は写像の個数そのものである。

2. 随伴とは数え上げである

検算 2.1:$S$ を二元集合とすると

$G$ $|G|$ $|\mathrm{Hom}_{\mathrm{Set}}(S,U(G))|$ $|\mathrm{Hom}_{\mathrm{Grp}}(F(S),G)|$
$\mathbb{Z}/6$ 6 36 36
$S_3$ 6 36 36
$D_4$ 8 64 64
$\mathbb{Z}/2\times\mathbb{Z}/2$ 4 16 16

(証明終)

観察 2.2 自由群からの準同型は、生成元の像の組にほかならない。随伴とは、この一致がすべての $G$ について同時に、かつ自然に成り立つという主張である。

3. 忘却には三段ある

検算 3.1(構造を忘れる):$\mathrm{Grp}\to\mathrm{Set}$ について

$G,\ H$ $|\mathrm{Hom}_{\mathrm{Grp}}|$ $|\mathrm{Hom}_{\mathrm{Set}}|$
$\mathbb{Z}/3,\ \mathbb{Z}/3$ 3 27
$\mathbb{Z}/4,\ \mathbb{Z}/6$ 2 1296
$\mathbb{Z}/2,\ \mathbb{Z}/4$ 2 16
$\mathbb{Z}/6,\ \mathbb{Z}/6$ 6 46656

(証明終) 相異なる準同型は相異なる写像に移る(忠実)が、写像のほとんどは準同型でない(充満でない)。

検算 3.2(ものを忘れる):集合の対から第一成分を取る関手について

対象 対の射の個数 像の射の個数 忠実か
$(2,2)\to(2,2)$ 16 4 いいえ
$(1,3)\to(2,2)$ 16 2 いいえ
$(2,1)\to(3,1)$ 9 9 はい

(証明終) 第二成分に二本以上の写像があると射が衝突する。忠実でないことが「ものを忘れた」の意味である。

検算 3.3(性質を忘れる、そして失われた対象を数える):$\mathrm{Ab}\to\mathrm{Grp}$ は充満忠実である(アーベル群のあいだの群準同型は、そのままアーベル群の準同型である)。失われるのは射ではなくどの対象が現れるかである。位数 $8$ の標準的な五つを元の位数の重複集合で分けると

群 アーベルか 元の位数の重複集合
$\mathbb{Z}/8$ はい $1,2,4,4,8,8,8,8$
$\mathbb{Z}/4\times\mathbb{Z}/2$ はい $1,2,2,2,4,4,4,4$
$(\mathbb{Z}/2)^3$ はい $1,2,2,2,2,2,2,2$
$D_4$ いいえ $1,2,2,2,2,2,4,4$
$Q_8$ いいえ $1,2,4,4,4,4,4,4$

五つの重複集合はどの二つも相異なる(本稿で確認)。(証明終)

観察 3.4 $\mathrm{Ab}\to\mathrm{Grp}$ が届かない位数 $8$ の群は、ちょうど $D_4$ と $Q_8$ である。論文152 が「指標表では区別できなかった」と書いた、あの二つである。一つの関手が届かない場所と、一つの不変量が見られない差が、同じ二つを指している。

観察 3.5 (判定規則) 

段 判定 例
性質を忘れる 充満忠実 $\mathrm{Ab}\to\mathrm{Grp}$
構造を忘れる 忠実だが充満でない $\mathrm{Grp}\to\mathrm{Set}$
ものを忘れる 忠実でない 対から第一成分

4. 右随伴が無いことは、余積を数えれば見える

事実 4.1:右随伴をもつ関手は余極限を保つ。したがって余積を保たなければ、右随伴は存在しない。

検算 4.2

圏の中の余積の大きさ 下にある集合の直和
$\mathbb{Z}/2$ in $\mathrm{Ab}$ 4 4
$\mathbb{Z}/3$ in $\mathrm{Ab}$ 9 6
$\mathbb{Z}/4$ in $\mathrm{Ab}$ 16 8
$\mathbb{Z}/2$ in $\mathrm{Grp}$ 無限 4

(証明終) $\mathbb{Z}/2$ の $\mathrm{Ab}$ での一致は偶然であり、$\mathbb{Z}/3$ で $9$ と $6$ に割れる。$\mathrm{Grp}$ の場合は無限二面体群であり、$a(x)=-x$、$b(x)=1-x$ を整数の等長変換として実現すると $a,b$ はともに位数 $2$、$ab$ は $3$ を $2,1,0,-1,-2,-3,-4,-5$ と送って位数が無限である(本稿で確認)。

観察 4.3 $\mathrm{Ab}\to\mathrm{Set}$ も $\mathrm{Grp}\to\mathrm{Set}$ も右随伴をもたない。左随伴(自由構成)はもつ。随伴は左右で対称ではない。

5. 両方の随伴をもつ忘却関手

検算 5.1:三点集合の離散位相は開集合を $8$ 個、密着位相は $2$ 個もつ。シェルピンスキー空間を相手にすると

連続写像の個数 集合としての写像の個数
離散三点 $\to$ シェルピンスキー 8 8
シェルピンスキー $\to$ 密着三点 9 9

(証明終)

観察 5.2 離散は左随伴、密着は右随伴である。位相を忘れることは、群法則を忘れることより穏やかである。同じ「忘却関手」という語が、随伴の在り方まで含めて別のものを指している。

6. 自由に付け足したものは、忘れたものと釣り合わない

検算 6.1:$\mathbb{Z}/2$ の下にある集合は二元だから $F(U(\mathbb{Z}/2))$ は二文字の自由群であり、長さ $0,1,2,3$ の既約語はそれぞれ $1,4,12,36$ 個、合計 $53$ 個ある(本稿で数え上げ)。(証明終)

観察 6.2 二文字の自由群は無限であり、$\mathbb{Z}/2$ は二元である。余単位 $F(U(G))\to G$ は全射だが核は無限である。忘れて自由に建て直しても、元には戻らない。随伴は同値ではなく、その隔たりが余単位である。

7. 体系への適用

観察 7.1 

写像 忠実か 充満か 段
計量 $\mapsto$ その共形類 はい いいえ 構造を忘れる(密度)
アーベル群 $\mapsto$ 群 はい はい 性質を忘れる
対 $(X,Y)\mapsto X$ いいえ 、 ものを忘れる

観察 7.2 四次元で計量は $10$ 成分、共形類は $9$ 成分、落ちるのは $1$ である。論文150 はその $1$ が密度であると突き止めた。本稿の語彙でいえば、「光は密度を忘れる」は「構造を忘れる」段であり、$10-9=1$ が忘れたものの大きさである。

観察 7.3 「落とす」「無視する」「近似する」を同じ語で呼んではならない。どれも関手だが、忘れているのが性質か構造かものかで、復元できるかどうかが変わる(論文17)。

8. 結論

  1. 随伴とは数え上げである(検算2.1):$|G|^{|S|}$ が両辺に立つ。
  2. 忘却には三段ある(観察3.5):性質・構造・もの、判定は充満性と忠実性である。
  3. $\mathrm{Ab}\to\mathrm{Grp}$ が届かない位数 $8$ の群は $D_4$ と $Q_8$ である(検算3.3)、論文152 の二つ。
  4. 右随伴の不在は余積の大きさで見える(検算4.2):$9$ 対 $6$、そして無限対 $4$。
  5. 両方の随伴をもつ忘却関手もある(検算5.1):離散と密着。
  6. 忘れて建て直しても戻らない(検算6.1):二文字の自由群は無限である。

結び:何を忘れたかは、対象を睨んでも分からない。写像を数えれば分かる。そして忘れたものが性質なら対象を選び直せばよく、構造なら外から持ち込むしかなく、ものなら区別そのものが消えている。同じ「落とす」という語が、取り返しのつく話と、つかない話を隠している。

参考文献

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  6. Baez, J. C. & Shulman, M. (2010). Lectures on n-categories and cohomology. In: Towards Higher Categories, Springer. arXiv:math/0608420.
  7. 山岸勇輝 (2026). 別根と言うのは半分である。住所を書け [論文17] 第3版. Zenodo. 10.5281/zenodo.21600813
  8. 山岸勇輝 (2026). 王道の点呼 [論文100]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21758864
  9. 山岸勇輝 (2026). $\varepsilon^2=0$ は環の定義であり、$(dW)^2=dt$ は道の事実である [論文148]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22083237
  10. 山岸勇輝 (2026). 分母を決めるのは行列式ではなく、最大不変因子である [論文149]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22083590
  11. 山岸勇輝 (2026). 光が測れないのは、密度である [論文150]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22083989
  12. 山岸勇輝 (2026). 二枚の被覆は、円周について間違った答を返す [論文151]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22084096
  13. 山岸勇輝 (2026). 同じ指標表を持ちながら、同型でない [論文152]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22084202

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書誌

山岸勇輝(2026)「何を忘れたかは、写像を数えれば分かる」[論文153]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22084355

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引用するとき

山岸勇輝 (2026). 何を忘れたかは、写像を数えれば分かる [論文153]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/153 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22084355

Yamagishi, Y. (2026). What Was Forgotten Can Be Read Off by Counting Maps [Paper 153]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/153; DOI: 10.5281/zenodo.22084355

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