【論文155】点がひとつも無い空間がある

要旨

論文148 は「点」に五つの別根を挙げ、分離子はどの試験対象から射を入れるかであると書いた。本稿は六つ目を置く。そしてその六つ目は、実例がひとつも無いことがありうる。新しい数学定理は主張しない。

第一に、開集合の代数は排中律を満たさない。シェルピンスキー空間で $U=\{1\}$ とすると $\lnot U=\varnothing$、$\lnot\lnot U=X$ であり$U$ に戻らない(本稿で計算)。実数直線でも $U=(0,1)\cup(1,2)$ に対し $\lnot\lnot U=(0,2)$ である(第2節)。

第二に、これが本稿の芯である。点は開集合からは復元できない。二点の密着空間は点を $2$ 個もつが、その枠(開集合の代数)の点は $1$ 個しかない(枠から二元枠への準同型を全数列挙して確認)。三点で二点を貼り合わせた空間も $3$ に対し $2$ である(第3節)。

第三に、空間が素(sober)なら点は戻る。シェルピンスキー空間は $2$ に対し $2$、二点・三点の離散空間も一致する。分離子は「空間か局所体か」ではなく、素であるかどうかである(第4節)。

第四に、点がひとつも無い局所体がある。完備ブール代数の点は原子に対応する。単位区間の測度代数は無原子であり、二等分を続けると $1/2,1/4,\dots,1/1048576$ と正のまま小さくなって最小の非零元に達しない。したがって点はゼロ個である。それでも代数は非自明で、豊かな束と測度をもつ(第5節)。

第五に、「点」の六つ目の根が置かれる。局所体の点とは二元枠への枠準同型である。そして論文148 の五つと違い、これは存在しないことがありうる。空でない概型は必ず点をもつが、空でない局所体はもたないことがある(第6節)。

射程(何を示さないか)

本稿の射程:新しい数学定理は主張しない。枠と局所体、素性、ハイティング代数、無原子完備ブール代数に点が無いこと(アイズベル、ジョンストン)はいずれも標準的である。本稿が加えるのは、点の個数を有限の枠で全数列挙して数として示したこと、分離子が素性であると書いたこと、論文148 の点呼に「実例が無いことがありうる」段を加えたことだけである。空間が実在しないとも、点が虚構だとも主張しない。

1. 記法と位置づけ

位相空間の開集合全体を枠(完備ハイティング代数)と呼び、枠を反対向きに読んだものを局所体と呼ぶ。局所体の点とは、枠から二元枠 $\{0,1\}$ への枠準同型(底と頂を保ち、有限交わりと任意の和を保つ写像)である。

位置づけ:論文153 は写像の個数、論文154 は添字の有向性を分離子とした。本稿の分離子は素性である。そして論文148 の「点」の点呼を一段延ばす。

2. 開集合の代数は排中律を満たさない

検算 2.1:シェルピンスキー空間(開集合は $\varnothing$、$\{1\}$、$X$)で

$U$ $\{1\}$
$\lnot U$(補集合の内部) $\varnothing$
$\lnot\lnot U$ $X$
$\lnot\lnot U=U$ か いいえ

(証明終)

観察 2.2 実数直線でも同じことが起きる。$U=(0,1)\cup(1,2)$ の補集合の内部は $(-\infty,0)\cup(2,\infty)$、その補集合の内部は $(0,2)$ であり、点 $1$ が戻ってくる。

観察 2.3 開集合の代数はハイティング代数であってブール代数ではない。「二重否定は恒等でない」。そしてその差が、いま消したはずの点である。

3. 点は、開集合からは復元できない

検算 3.1:有限の枠について、二元枠への枠準同型を全数列挙すると

空間 $|X|$ 開集合の個数 局所体の点 復元されるか
二点・密着 2 2 1 いいえ
二点・シェルピンスキー 2 3 2 はい
二点・離散 2 4 2 はい
三点・二点を貼り合わせ 3 3 2 いいえ
三点・離散 3 8 3 はい

(証明終)

観察 3.2 二点の密着空間の枠は二元枠であり、それは一点空間の枠にほかならない。したがって開集合をいくら眺めても、二点の密着空間と一点空間は区別できない。

観察 3.3 「空間とは点の集合に位相を入れたものである」は、ここですでに破れている。開集合が覚えているのは、位相的に区別できる点だけである。

4. 素なら、点は戻る

観察 4.1 検算3.1 の表で、シェルピンスキー空間と離散空間はいずれも $|X|$ をそのまま返した。有限空間は $T_0$ であることと素であることが同値であり、個数はそれに一致している。

観察 4.2 分離子は「空間か局所体か」ではない。素であるかどうかである。素性とは、点が復元できるための条件の名前である。そして実数直線もハウスドルフ空間も素であるから、日常の空間では何も失われない。

5. 点がひとつも無い局所体

事実 5.1:完備ブール代数の点(二元枠への枠準同型)は、その原子に一対一に対応する。

検算 5.2:単位区間の測度代数(ボレル集合を零集合で割ったもの)は無原子である。正の測度をもつ元は必ず正の測度をもつ真部分に割れるからで、二等分を繰り返すと

回数 残りの測度
1 $1/2$
3 $1/8$
10 $1/1024$
20 $1/1048576$

といつまでも正のままであり、最小の非零元に達しない。(証明終)

観察 5.3 原子が無いのだから、点はゼロ個である。それでもこの局所体は自明ではない。非可算個の元をもち、束としての構造をもち、その上に測度が乗っている。ただ、点と呼べるものが何も無いだけである。

観察 5.4 「点の空間」が空でありながら、空間そのものは空でない。これは病的な作り物ではなく、確率論が毎日使っている代数である。

6. 「点」の六つ目の根

観察 6.1 

名 何であるか 出典
位相空間の点 素イデアル 論文148
閉点 極大イデアル 論文148
生成点 イデアル $(0)$ 論文148
幾何的点 代数閉体からの射 論文148
肥った点 $k[\varepsilon]/(\varepsilon^2)$ からの射 論文148
局所体の点 二元枠への枠準同型 本稿

観察 6.2 (六つ目だけが持つ性質) 空でない概型は必ず点をもつ(非零環には素イデアルがある)。ところが空でない局所体は、点をひとつも持たないことがある(検算5.2)。一語の六つの根のうち、実例が空になりうるのはこれだけである。

観察 6.3 論文148 は分離子が「どの試験対象から射を入れるか」だと書いた。ここでの試験対象は二元枠であり、空間によってはその射が一本も無い。「点」という語には、実例がゼロの場合がある。

7. 結論

  1. 開集合の代数は排中律を満たさない(検算2.1)。二重否定は恒等ではない。
  2. 点は開集合からは復元できない(検算3.1)。二点の密着空間は $2$ に対し $1$。
  3. 素なら戻る(観察4.1)。分離子は素性である。
  4. 点がひとつも無い局所体がある(検算5.2)。無原子測度代数。
  5. 「点」の六つ目の根が置かれる(観察6.1)。
  6. 六つ目だけが、実例ゼロでありうる(観察6.2)。

結び:空間を点の集まりだと思うのは、素な空間で育った習慣である。開集合だけを持って歩くと、点は復元できたりできなかったりし、まったく無いこともある。そのとき失われるものは何も無い。測ることも、包含を追うことも、和と交わりを取ることも、すべてできる。点は、空間の材料ではなく、空間から取り出せることもある結果であった。

参考文献

  1. Stone, M. H. (1936). The theory of representations for Boolean algebras. Transactions of the American Mathematical Society, 40.
  2. Artin, M., Grothendieck, A. & Verdier, J.-L. (1972). Théorie des topos et cohomologie étale des schémas (SGA 4). Springer.
  3. Isbell, J. R. (1972). Atomless parts of spaces. Mathematica Scandinavica, 31.
  4. Johnstone, P. T. (1982). Stone Spaces. Cambridge University Press.
  5. Johnstone, P. T. (1983). The point of pointless topology. Bulletin of the American Mathematical Society, 8.
  6. Mac Lane, S. & Moerdijk, I. (1992). Sheaves in Geometry and Logic. Springer.
  7. 山岸勇輝 (2026). 別根と言うのは半分である。住所を書け [論文17] 第3版. Zenodo. 10.5281/zenodo.21600813
  8. 山岸勇輝 (2026). 王道の点呼 [論文100]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21758864
  9. 山岸勇輝 (2026). ディラックの弦は、一枚の紙で書こうとした跡である [論文146]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22082868
  10. 山岸勇輝 (2026). $\varepsilon^2=0$ は環の定義であり、$(dW)^2=dt$ は道の事実である [論文148]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22083237
  11. 山岸勇輝 (2026). 二枚の被覆は、円周について間違った答を返す [論文151]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22084096
  12. 山岸勇輝 (2026). 何を忘れたかは、写像を数えれば分かる [論文153]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22084355
  13. 山岸勇輝 (2026). 順序を書かない極限は、量ではない [論文154]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22084647

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書誌

山岸勇輝(2026)「点がひとつも無い空間がある」[論文155]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22084848

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引用するとき

山岸勇輝 (2026). 点がひとつも無い空間がある [論文155]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/155 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22084848

Yamagishi, Y. (2026). There Are Spaces With No Points at All [Paper 155]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/155; DOI: 10.5281/zenodo.22084848

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