要旨
未知数が $60$ 個あって式が $30$ 本なら、解は無限にある。ところが、そのうちの一つを機械精度で言い当てられる場合がある。本稿は、足りない情報をどこから持ってきているのかを分ける。新しい数学定理は主張しない。
第一に、系は本当に劣決定である。$8$ 本の式に $20$ 個の未知数では零空間が $12$ 次元あり、どの解も残差 $10^{-15}$ で式を満たす(第2節)。
第二に、これが本稿の芯である。どのノルムを最小化するかで答が変わる。測定が足りていれば、最小 $1$ ノルムは非ゼロ $3$ 個で誤差 $2.2\times10^{-16}$、最小 $2$ ノルムは非ゼロ $60$ 個で誤差 $0.940$、どちらも式は残差 $10^{-15}$ で満たしている(第3節)。
第三に、ノルムの選択は必要だが十分ではない。測定が足りない設定では、最小 $1$ ノルムも誤差 $0.837$ で外した(第3節)。
第四に、境目は狭い。$60$ 個の未知数を $20$ 本で測ると、非ゼロが $3$ 個までは $40$ 回中 $40$ 回、$7$ 個で $16$ 回、$13$ 個で $0$ 回、答は六桁一致か、外れるかのどちらかである(第4節)。
第五に、疎さだけでは足りない。同じ疎さ・同じ本数で、各測定が全未知数を混ぜれば $40$ 回中 $40$ 回、各測定が一つの座標を読むだけなら $7$ 回であった(第5節)。
射程(何を示さないか)
本稿の射程:新しい数学定理は主張しない。基底追求、圧縮センシングの回復定理、ADMM はいずれも標準的である。回復の条件を定理として述べない(測ったのは有限個の例である)。論文159 との関係:159 は特異値の落ち方で悪条件を分類した。あれは測りすぎた作用素が逆に解けない話である。本稿は逆で、測り足りないのに解ける話である。論文163 との関係:163 は「存在」と「構成」を分けた。ここに現れるのは第三の語である。解は無限に存在し、どれを取るかは選択であり、それを実際に出すのが構成である。計算について:$1$ ノルム最小化は自前で二度書いて二度とも失敗し、いずれも「答が分かっている場合」に当てて捕まえた(第6節)。加えたのは四つの材料を「誰の性質か」で分けたこと、ノルムの選択が必要だが十分でないことを二つの予算で並べたこと、境目を測ったこと、疎さと広がりを取り違えないよう実験で分けたことである。
1. 記法と位置づけ
未知数を $n$ 個、測定を $m$ 本とし、$m<n$ とする。測定行列 $A$ に対し $Ax=y$ を満たす $x$ を探す。真の $x$ の非ゼロ成分の個数を $k$ と書く。数値はすべて自前の計算であり、試行数を明記する。
位置づけ:論文99 はカルデロンの逆問題を、論文106 はウィーナー濾波を、論文159 は悪条件の分類を扱った。いずれも「測ったものから元を復元する」族である。本稿はその族に、測定の本数が足りない場合を加える。
2. 系は本当に劣決定である
検算 2.1:$8$ 本の式、$20$ 個の未知数。零空間の次元は $12$ である。零空間の方向に沿って動かした解を三つ挙げる。
| 零空間方向の係数 | 残差 | 非ゼロの個数 |
|---|---|---|
| $0$ | $0$ | $3$ |
| $1$ | $3.1\times10^{-16}$ | $20$ |
| $-3.7$ | $1.1\times10^{-15}$ | $20$ |
(証明終)
観察 2.2 どれも式を満たす。方程式の側には、どれかを選ぶ理由が一つも無い。解が無限に存在するのに、どれを取るかは決まっていない。論文163 の言葉でいえば、存在の先に選択という段がある。
3. 芯:どのノルムを最小化するかで、答が変わる
検算 3.1:測定が足りている場合($30$ 本、$60$ 個、非ゼロ $3$ 個)。
| 規則 | 残差 | 非ゼロ | 真値との誤差 |
|---|---|---|---|
| 最小 $2$ ノルム | $1.7\times10^{-15}$ | $60$ | $\mathbf{0.940}$ |
| 最小 $1$ ノルム | $2.2\times10^{-16}$ | $3$ | $\mathbf{2.2\times10^{-16}}$ |
| 全数探索($3$ 項) | $2.2\times10^{-16}$ | $3$ | $2.2\times10^{-16}$ |
| 真値 | $0$ | $3$ | $0$ |
(証明終)
観察 3.2 どれも式を残差 $10^{-15}$ で満たしている。違いは「何を最小化したか」だけであり、それだけで答が真値になったり $0.940$ 外れたりする。データが選んだのではない。ノルムが選んだのである。
検算 3.3:測定が足りない場合($8$ 本、$20$ 個、非ゼロ $3$ 個)。
| 規則 | 残差 | 非ゼロ | 真値との誤差 |
|---|---|---|---|
| 最小 $2$ ノルム | $2.3\times10^{-15}$ | $20$ | $1.229$ |
| 最小 $1$ ノルム | $2.6\times10^{-15}$ | $8$ | $\mathbf{0.837}$ |
| 全数探索($3$ 項) | $2.0\times10^{-15}$ | $3$ | $2.1\times10^{-15}$ |
(証明終)
観察 3.4 ここでは最小 $1$ ノルムも外している。ノルムの選択は必要であって十分ではない。足りないものがもう一つある。それが次節の予算である。
4. 境目は狭い
検算 4.1:$60$ 個の未知数について、測定の本数と非ゼロの個数を動かし、$40$ 回のうち何回が機械精度で当たるかを数える。
| 非ゼロ | $20$ 本 | $30$ 本 | $40$ 本 |
|---|---|---|---|
| $3$ | $1.000$ | $1.000$ | $1.000$ |
| $5$ | $0.825$ | $0.975$ | $1.000$ |
| $7$ | $\mathbf{0.400}$ | $1.000$ | $1.000$ |
| $9$ | $0.100$ | $0.925$ | $1.000$ |
| $11$ | $0.025$ | $0.700$ | $0.975$ |
| $13$ | $\mathbf{0.000}$ | $0.325$ | $0.975$ |
| $15$ | $0.000$ | $0.100$ | $0.950$ |
(証明終)
観察 4.2 当たるときは六桁一致であり、外れるときははっきり外れる。緩やかに悪くなるのではなく、狭い帯で切り替わる。そして本数を増やすと帯が動く。$20$ 本で $k=7$ が $0.400$ だったものが、$30$ 本では $1.000$ になる。
観察 4.3 本稿は回復の条件を定理として述べない。測ったのは有限個の例であり、帯の位置は行列の作り方にも依る。示したのは、帯が存在して狭いということだけである。
5. 疎さだけでは足りない
検算 5.1:$60$ 個の未知数、非ゼロ $3$ 個、測定 $30$ 本を固定し、測定行列だけを変える。$40$ 回。
| 測り方 | 機械精度で当たった回数 |
|---|---|
| 各測定が全未知数を混ぜる | $\mathbf{40/40}$ |
| 各測定が一つの座標を読む | $\mathbf{7/40}$ |
(証明終)
観察 5.2 疎さも本数も同じで、片方だけが当たる。一つの座標を読む測定は、読まなかった座標について何も学ばない。疎さは信号の性質であり、広がりは測り方の性質である。二つは別の場所にあり、両方が要る。
6. 道具の話:二度失敗し、二度とも捕まえた
観察 6.1 $1$ ノルム最小化を自前で書き、二度失敗した。一度目は $2$ ノルムの解で初期化したあと重みを変える前に収束判定を置いたため、初回で止まって$2$ ノルムの答をそのまま返していた。二度目は反復再重み付き最小二乗で、動きはするが疎にならず、$60$ 回中 $2$ 回しか当たらなかった。
観察 6.2 どちらも「答が分かっている場合」に当てて捕まえた。$m=30$、$n=60$、$k=3$ ではほぼ必ず当たるはずであり、そうならないなら道具が悪い。三度目は ADMM で書き、使う前にその設定で $40$ 回中 $40$ 回・誤差 $10^{-15}$ を確認した。
観察 6.3 ここに一般の規律がある。道具を新しく書いたら、答が分かっている問題に先に当てる。そうでなければ、道具の失敗が現象の発見に見えてしまう。実際、一度目の失敗は「$1$ ノルムは効かない」という偽の発見に見えていた。
7. 点呼
観察 7.1
| 要る材料 | 誰の性質か | 外すとどうなるか |
|---|---|---|
| 疎であること | 信号 | 解が決まらない |
| 測定が広がっていること | 測り方 | 読まない所が分からない(検算5.1) |
| 何を最小化するか | こちらの選択 | $2$ ノルムなら真値を外す(検算3.1) |
| 測定の本数 | 予算 | 帯を割ると失敗する(検算4.1) |
観察 7.2 四つは並列ではない。最初の二つは世界の側の事実、三つ目はこちらの決め事、四つ目は資源である。「圧縮センシングは疎な信号なら少ない測定で済む」という言い方は、四つのうち一つだけを名指している。
観察 7.3 論文163 の並びが一つ伸びる。分類は類の一覧を与え(論文185)、存在は空でないことを言い、選択はどれを取るかを決め、構成は一つ渡す。本稿の $1$ ノルムは選択の規則であり、ADMM が構成である。
8. 結論
- 系は本当に劣決定(検算2.1):零空間 $12$ 次元。
- ノルムが答を決める(検算3.1):誤差 $2.2\times10^{-16}$ 対 $0.940$。
- ノルムは必要だが十分でない(検算3.3):足りなければ $1$ ノルムも $0.837$ 外す。
- 境目は狭い(検算4.1):$20$ 本で $k=7$ が $0.400$、$k=13$ で $0$。
- 疎さは信号、広がりは測り方(検算5.1):$40/40$ 対 $7/40$。
- 道具は答の分かる問題で先に試す(観察6.2)。
結び:「未知数より少ない測定で決まる」と言われたら、次に問うべきは足りない情報をどこから持ってきたかである。信号が疎だという事実か、測り方が広がっているという事実か、こちらが選んだ最小化の規則か、それとも単に本数か。四つのうち一つでも欠ければ、答は無限にあるままである。
参考文献
- Chen, S. S., Donoho, D. L., Saunders, M. A. (1998). Atomic Decomposition by Basis Pursuit. SIAM Journal on Scientific Computing, 20(1).
- Candès, E. J., Romberg, J., Tao, T. (2006). Robust Uncertainty Principles: Exact Signal Reconstruction from Highly Incomplete Frequency Information. IEEE Transactions on Information Theory, 52(2).
- Donoho, D. L. (2006). Compressed Sensing. IEEE Transactions on Information Theory, 52(4).
- Candès, E. J., Tao, T. (2005). Decoding by Linear Programming. IEEE Transactions on Information Theory, 51(12).
- Boyd, S., Parikh, N., Chu, E., Peleato, B., Eckstein, J. (2011). Distributed Optimization and Statistical Learning via the Alternating Direction Method of Multipliers. Foundations and Trends in Machine Learning, 3(1).
- 山岸勇輝 (2026). カルデロンの逆問題 [論文99]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21758790
- 山岸勇輝 (2026). ウィーナー濾波 [論文106]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21836984
- 山岸勇輝 (2026). 「悪条件」は一語ではない [論文159]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22092229
- 山岸勇輝 (2026). 存在と構成は別の文である [論文163]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22092677
- 山岸勇輝 (2026). 柵は線形性である [論文171]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22094287
- 山岸勇輝 (2026). 「小さい」は二つあって、両立しない [論文176]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22097994
- 山岸勇輝 (2026). 「次元の呪い」は一つの呪いではない [論文182]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22104170
- 山岸勇輝 (2026). 欠陥を分類しているのは行き先の空間である [論文185]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22105496
- 山岸勇輝 (2026). 代理を目標にすると、代理でなくなる [論文186]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22105530
- 山岸勇輝 (2026). 正規分布が特別である理由は、一つではない [論文187]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22105639
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「未知数より少ない測定で、厳密に決まる」[論文188]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22105691
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 未知数より少ない測定で、厳密に決まる [論文188]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/188 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22105691
Yamagishi, Y. (2026). Fewer Measurements Than Unknowns, and Still Exact [Paper 188]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/188; DOI: 10.5281/zenodo.22105691
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