要旨
「この網は小さな世界だ」という言い方は、少なくとも三つの別の主張を一つにまとめている。本稿はそれを分け、どれがどれから従わないかを数で示す。新しい数学定理は主張しない。
第一に、短い経路はただで手に入る。頂点 $1000$、平均次数 $10$ で、構造を一切持たない無作為な網の平均経路長は $3.26$ であった。短い経路は設計の証拠にならない(第2節)。
第二に、これが本稿の芯である。短い経路と局所的な固まりは別の辺が担っている。環の辺を $1\%$ だけ張り替えると、平均経路長は $50.45$ から $8.75$(もとの $17.3\%$)へ落ちるのに、クラスター係数は $0.6667$ から $0.6446$(もとの $96.7\%$)しか動かない(第3節)。
第三に、「次数の裾が重い」はそこから従わない。$10\%$ 張り替えた環では最大次数が平均の $1.40$ 倍にすぎないが、優先的選択で作った網では $14.50$ 倍(最大次数 $142$)であった(第4節)。
第四に、柵は二次モーメントである。平均次数がどれも $10$ でありながら、$\langle k^2\rangle/\langle k\rangle$ は $10.00$、$11.00$、$10.10$、$\mathbf{22.20}$ と分かれた(第5節)。
第五に、本稿は現実の網について何も主張しない。扱うのは、こちらで生成した四種類の網だけである。
射程(何を示さないか)
本稿の射程:新しい数学定理は主張しない。ワッツ=ストロガッツの構成、優先的選択、広がりの閾値に二次モーメントが現れることは、いずれも標準的である。実在の網(社会・生物・技術)について何も主張しない。現実の次数分布が何であるかは、本稿の扱う問いではない。扱うのは生成した網の測定だけである。語について:論文176 は「小さい」という語が測度と圏論的な大きさで別物になることを書いた。本稿の「小さい」はそのどちらでもない第三の用法である。同じ語が、また別の場所で分かれている。加えたのは三つの主張を「何が担うか」で分けたこと、$1\%$ の張り替えで二つが独立に動くことを測ったこと、短い経路から裾の重さが従わないことを反例で示したこと、柵を二次モーメントに置いたことである。
1. 記法と位置づけ
頂点 $1000$、平均次数 $10$ の無向な網を四種類つくる。環(各頂点を円周上の近い $10$ 個と結ぶ)、無作為な網、環の辺を割合 $p$ だけ張り替えたもの、優先的選択で育てたもの。平均経路長は無作為に選んだ $200$ 個の頂点から幅優先探索で測り、クラスター係数は各頂点の隣人どうしが結ばれている割合の平均とする。すべて自前の計算である。
位置づけ:論文186 は柵を誤差の裾に置き、論文190 は稀さの柵を指数モーメントに置いた。本稿はその並びに、網の広がりやすさを加える。そしてまた、平均が隠している。
2. 短い経路は、ただで手に入る
検算 2.1
| 網 | 平均経路長 | クラスター係数 |
|---|---|---|
| 環 | $50.4505$ | $\mathbf{0.6667}$ |
| 無作為 | $\mathbf{3.2648}$ | $0.0100$ |
(証明終)
観察 2.2 構造を一切持たない網が、すでに短い経路を持っている。したがって「六次の隔たり」のような観察は、それ自体では何の証拠にもならない。無作為さがただで与えるものだからである。
観察 2.3 驚くべきなのは短い経路そのものではなく、短い経路と高いクラスター係数が同居していることである。環は固まっているが遠く、無作為は近いが固まっていない。どちらも「小さな世界」ではない。
3. 芯:二つは別の辺が担っている
検算 3.1:環の辺を割合 $p$ だけ張り替える。
| $p$ | 平均経路長 | クラスター係数 | 経路(環比) | 固まり(環比) |
|---|---|---|---|---|
| $0$ | $50.4505$ | $0.6667$ | $1.0000$ | $1.0000$ |
| $0.001$ | $34.0233$ | $0.6654$ | $0.6744$ | $0.9980$ |
| $0.01$ | $\mathbf{8.7452}$ | $\mathbf{0.6446}$ | $\mathbf{0.1733}$ | $\mathbf{0.9668}$ |
| $0.05$ | $5.3227$ | $0.5823$ | $0.1055$ | $0.8734$ |
| $0.2$ | $3.8093$ | $0.3356$ | $0.0755$ | $0.5034$ |
| $1.0$ | $3.2601$ | $0.0080$ | $0.0646$ | $0.0119$ |
(証明終)
観察 3.2 $1\%$ の張り替えで、経路は $17\%$ まで落ちるのに固まりは $97\%$ 残る。二つの量は、別の辺が担っているのである。距離を決めているのは少数の近道、固まりを決めているのは多数の近所づきあいの辺。
観察 3.3 したがって「小さな世界」という語が名指しているのは、二つの性質のどちらでもなくその組である。片方だけを測って「小さな世界だ」と言うことはできない。
4. 「次数の裾が重い」は、そこから従わない
検算 4.1
| 網 | 平均次数 | 最大次数 | 標準偏差 | 最大/平均 |
|---|---|---|---|---|
| 環 | $10.00$ | $10$ | $0.00$ | $1.00$ |
| 無作為 | $10.00$ | $21$ | $3.17$ | $2.10$ |
| $10\%$ 張り替え | $10.00$ | $14$ | $0.98$ | $\mathbf{1.40}$ |
| 優先的選択 | $9.79$ | $\mathbf{142}$ | $10.50$ | $\mathbf{14.50}$ |
(証明終)
観察 4.2 $10\%$ 張り替えた環は立派な「小さな世界」でありながら、次数はどれも似たり寄ったりである。一方、優先的選択で育てた網には平均の $14.5$ 倍の頂点がある。短い経路から裾の重さは従わない。別々のことについての、別々の主張である。
観察 4.3 そして裾の重さを担っているのは生成の仕方である。既に多く結ばれた頂点がさらに結ばれる、という育ち方だけが、それを作る。
5. 柵は、二次モーメントである
観察 5.1 網の上で何かが広がるとき、閾値を決めるのは平均次数ではなく $\langle k^2\rangle/\langle k\rangle$ である。
検算 5.2
| 網 | 平均次数 | $\langle k^2\rangle/\langle k\rangle$ | 平均との比 |
|---|---|---|---|
| 環 | $10.000$ | $10.000$ | $1.000$ |
| 無作為 | $10.000$ | $11.004$ | $1.100$ |
| $10\%$ 張り替え | $10.000$ | $10.099$ | $1.010$ |
| 優先的選択 | $9.786$ | $\mathbf{22.197}$ | $\mathbf{2.268}$ |
(証明終)
観察 5.3 平均次数はどれも $10$ 前後で揃っているのに、閾値に入る量は倍以上違う。平均が隠しているのである。
観察 5.4 これは体系の中で三度目の同じ形である。論文186 は柵を誤差の裾に置き、論文190 は稀さの柵を指数モーメントに置いた。いずれも平均では決まらず、裾が決める。ここでも、平均次数を揃えても振る舞いは揃わない。
6. 点呼
観察 6.1
| 何を「小さい」と呼ぶか | 何が担うか | 注意 |
|---|---|---|
| 経路が短い | 少数の近道 | 無作為でただで手に入る |
| 局所的に固まる | 多数の近所の辺 | 経路とは別の辺 |
| 次数の裾が重い | 生成の仕方 | 経路の短さから従わない |
| 広がりやすい | 二次モーメント | 平均次数では決まらない |
観察 6.2 四つは強さの階段ではない。最初の二つは距離についての言明、三つ目は分布についての言明、四つ目はその上で起きることについての言明である。一語で呼ぶから、一つを見れば残りも分かると思ってしまう。
観察 6.3 語について一つ。論文176 は「小さい」が測度零と第一類で別物になることを書いた。本稿の「小さい」はそのどちらでもない。同じ語が、また別の場所で分かれている。
7. 結論
- 短い経路はただで手に入る(検算2.1):無作為な網で $3.26$。
- 二つは別の辺が担う(検算3.1):$1\%$ の張り替えで経路 $17\%$、固まり $97\%$。
- 裾の重さは従わない(検算4.1):最大/平均が $1.40$ 対 $14.50$。
- 柵は二次モーメント(検算5.2):平均次数が同じでも $10.10$ 対 $22.20$。
- 四つは強さの階段ではない(観察6.2)。
結び:「この網は小さな世界だ」と言われたら、次に問うべきはどの意味でかである。経路が短いのか、固まっているのか、大きな頂点があるのか、それとも何かが広がりやすいのか。最初の一つは無作為さがただで与え、最後の一つは平均次数では決まらない。四つは、別々に確かめるほかない。
参考文献
- Milgram, S. (1967). The Small World Problem. Psychology Today, 2(1).
- Watts, D. J., Strogatz, S. H. (1998). Collective Dynamics of Small-World Networks. Nature, 393(6684).
- Barabási, A.-L., Albert, R. (1999). Emergence of Scaling in Random Networks. Science, 286(5439).
- Pastor-Satorras, R., Vespignani, A. (2001). Epidemic Spreading in Scale-Free Networks. Physical Review Letters, 86(14).
- Clauset, A., Shalizi, C. R., Newman, M. E. J. (2009). Power-Law Distributions in Empirical Data. SIAM Review, 51(4).
- 山岸勇輝 (2026). フラクタル次元 [論文94]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21758581
- 山岸勇輝 (2026). 集約の三つの別根 [論文124]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22057728
- 山岸勇輝 (2026). 重なりか、隔たりか [論文139]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22081801
- 山岸勇輝 (2026). 「小さい」は二つあって、両立しない [論文176]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22097994
- 山岸勇輝 (2026). 「次元の呪い」は一つの呪いではない [論文182]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22104170
- 山岸勇輝 (2026). 代理を目標にすると、代理でなくなる [論文186]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22105530
- 山岸勇輝 (2026). 正規分布が特別である理由は、一つではない [論文187]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22105639
- 山岸勇輝 (2026). 「稀」は、対数の目盛りで測る [論文190]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22106182
- 山岸勇輝 (2026). 均すはずのものが、模様を作る [論文191]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22106439
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「「小さな世界」は、三つの別の主張である」[論文192]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22106544
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 「小さな世界」は、三つの別の主張である [論文192]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/192 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22106544
Yamagishi, Y. (2026). “A Small World” Is Three Separate Claims [Paper 192]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/192; DOI: 10.5281/zenodo.22106544
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author = {Yamagishi, Yuuki},
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year = {2026},
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