要旨
熱力学の圧力、気体分子運動論の圧力、縮退圧、放射圧、そして非圧縮流の圧力は、どれも同じ単位を持つ。本稿は、単位が同じであることが何も保証しないことを数で示す。新しい数学定理も新しい物理法則も主張しない。
第一に、縮退圧は温度を無視する。自由フェルミ気体を $T/E_F=10^{-3}$ まで冷やすと、古典的な $nT$ は $0.0076$ まで落ちるのに圧力は $3.0385$ のままであり、比は $400.0$ に達して際限なく増える(第2節)。
第二に、そこには力が一つも入っていない。使ったハミルトニアンは運動エネルギーだけで、粒子間の力も場も無い。それでも圧力はゼロにならない(第2節)。
第三に、同じエネルギー密度から違う圧力が出る。等方な光子気体では $u/3$、吸収される平行光線では $u$、反射されるなら $2u$、$60$ 度で当たるなら $u/4$、同じ $u$ から八倍の幅が出る(第3節)。
第四に、これが本稿の芯である。非圧縮流の圧力は状態方程式を持たない。それは楕円型方程式の解であり、定数だけ不定で、そして全体で決まる。$256\times256$ の格子で流れを一マスだけ変えると、圧力が変わったマスは $65536$ 個中 $65536$ 個、すなわち $100.00\%$ であった(第4節)。
第五に、密度を二倍にしたときの答も違う。縮退圧は $3.174794$ 倍になり、非圧縮流の圧力はちょうど二倍になる(第5節)。
射程(何を示さないか)
新しい数学定理も新しい物理法則も主張しない。フェルミ=ディラック統計、放射圧、非圧縮ナヴィエ=ストークスの圧力ポアソン方程式は、いずれも標準的である。どの圧力が「本当の」圧力かを決めない。五つとも同じ資格で運動量の収支に現れる。実在の星や流体について何も主張しない。数値はすべて無次元化した模型である。相対論的な縮退圧を扱わない。本稿の計算は非相対論的である。論文141 との関係:縮退圧の指数が上限を生む仕組みは論文141 の主題である。本稿はその指数を使わず、答が違うという事実だけを用いる。論文145 との関係:145 は圧力が重力の源になることを扱った。あちらは機構の話であり、本稿は点呼である。加えたのは縮退圧と古典圧の比が発散する様子を四桁にわたって測ったこと、同じエネルギー密度から八倍の幅が出ることを並べたこと、一マスの変更が格子の $100\%$ に届くことを数えたこと、密度を二倍にしたときの二つの答を並べたことである。
1. 記法と位置づけ
圧力とは、運動量の収支に単位面積あたりの力として現れる量である。単位は $\mathrm{Pa}=\mathrm{N/m^2}=\mathrm{J/m^3}=\mathrm{kg/(m\,s^2)}$ であり、以下に挙げる五つはすべてこの単位を持つ。フェルミ気体の計算では $\hbar=m=1$ とし、数値積分と二分法はいずれも自前である。
位置づけ:論文157 は体系に現れる $2$ を点呼し、論文194 は「平均」という操作を点呼した。本稿は「圧力」を点呼する。そして問いは「どれが正しいか」ではなく、何を動かすと、その圧力が動くかである。
2. 縮退圧は温度を無視し、そこには力が入っていない
検算 2.1:自由フェルミ気体を数密度 $n=1$ に固定し、温度を下げながら圧力を測る。各温度で化学ポテンシャルを二分法で決め、$P$ を求積した。$k_F=3.897777$、$E_F=7.596333$、$T=0$ での閉じた形は $P=\frac{2}{5}nE_F=3.038533248$ である。
| $T/E_F$ | フェルミ気体の $P$ | 古典的な $nT$ | 比 | $P/P(0)$ |
|---|---|---|---|---|
| $1$ | $8.592664900$ | $7.596333121$ | $1.1312$ | $2.827898923$ |
| $0.3$ | $3.986742518$ | $2.278899936$ | $1.7494$ | $1.312061509$ |
| $0.1$ | $3.161508291$ | $0.759633312$ | $4.1619$ | $1.040471844$ |
| $0.03$ | $3.049764111$ | $0.227889994$ | $13.3826$ | $1.003696146$ |
| $0.01$ | $3.039782610$ | $0.075963331$ | $40.0164$ | $1.000411173$ |
| $0.003$ | $3.038645706$ | $0.022788999$ | $133.3383$ | $1.000037011$ |
| $0.001$ | $3.038545744$ | $0.007596333$ | $400.0016$ | $1.000004112$ |
観察 2.2 温度を下げると古典的な圧力は消えるが、こちらは消えない。比は $400$ を超えてなお増え、$P/P(0)$ は $1.000004$ に張りついた。「圧力があるのは分子が熱く動きまわっているからだ」という説明は、ここでは一言も効いていない。
観察 2.3 しかも、そこには力が一つも入っていない。上の計算で使ったハミルトニアンは一粒子あたり $k^2/2$ だけであり、粒子間のポテンシャルも、外場も、相互作用項も無い。それでも $T\to0$ で $P=3.038533248$ が残る。この圧力を生んでいるのは力ではなく、同じ状態に二つ入れないという規則である。
3. 同じエネルギー密度から、違う圧力が出る
検算 3.1:エネルギー密度 $u$ を固定し、光の当たり方と壁のふるまいを変えて圧力を測る。等方の場合は立体角にわたる $\cos^2$ の平均を数値で取った。
| 状況 | $P/u$ |
|---|---|
| 等方な光子気体 | $0.333335$($1/3=0.333333$) |
| 平行光線、$60$ 度で入射、完全吸収 | $0.250000$ |
| 平行光線、垂直入射、完全吸収 | $1.000000$ |
| 平行光線、垂直入射、完全反射 | $2.000000$ |
観察 3.2 同じ $u$ から、$0.25$ から $2.00$ まで八倍の幅が出る。ここで動かしているのは光の量ではなく、角度分布と壁が何をするかである。ゆえに「放射圧」という一語も、それだけでは数を指定しない。
観察 3.3 $1/3$ という数は光子に固有ではない。等方な三次元の運動量流束を面に射影したときの $\cos^2$ の平均であり、粒子が何であっても同じである。論文157 が点呼した $2$ と同じで、この $3$ は次元から来ている。
4. 非圧縮流の圧力は、状態方程式を持たない
非圧縮流では、密度は動かないと決めてある。したがって圧力を密度や温度から決めることができない。圧力はそのかわり、$\nabla\cdot u=0$ を保たせるための未定乗数として現れ、発散を取って得られるポアソン方程式で決まる。
検算 4.1:テイラー=グリーン渦 $u=(\sin x\cos y,\ -\cos x\sin y)$ を $256\times256$ の周期格子に置く。差分で発散を測ると $|\nabla\cdot u|$ の最大は $1.876\times10^{-14}$ であった。候補 $p=\frac{1}{4}(\cos 2x+\cos 2y)$ を圧力ポアソン方程式に入れると、両辺の差の最大は $1.488\times10^{-12}$ である。
観察 4.2 この方程式には時間微分が現れない。楕円型であり、放物型でも双曲型でもない。ゆえに圧力は「伝わる」のではなく、その瞬間に決まる。
検算 4.3(定数だけ不定である):$p$ に定数を足しても流れは変わらない。勾配を比べる。
| 足した定数 | $|\nabla(p+c)-\nabla p|$ の最大 |
|---|---|
| $0$ | $0$ |
| $1$ | $4.552\times10^{-15}$ |
| $10^{6}$ | $2.178\times10^{-9}$ |
残差は浮動小数の丸めであり、$10^{6}$ を足しても流れは同じである。熱力学の圧力にこれをやれば、状態が変わる。こちらでは何も起きない。
検算 4.4(これが本稿の芯である):格子上で流れを一マスだけ変え、圧力ポアソン方程式を解き直して、圧力がどこまで変わるかを数える。
| 測ったもの | 値 |
|---|---|
| 格子の大きさ | $256\times256=65536$ マス |
| 変更したマス | $1$ マス |
| 圧力が $10^{-9}$ より大きく変わったマス | $\mathbf{65536}$ マス($100.00\%$) |
| 隣のマスでの変化 | $2.049\times10^{-2}$ |
| 最も遠いマスでの変化 | $1.628\times10^{-3}$(隣の $7.9\%$) |
| 格子上で最小の変化 | $3.240\times10^{-8}$ |
(箱は周期的なので、$128$ マスを超えると距離はそれ以上伸びない。)
観察 4.5 一マスの変更が、格子の $100\%$ に届いた。この圧力は局所の量ではない。ある点の圧力は、その点の状態ではなく流れ全体によって決まっている。もちろん実際の流体は非圧縮ではなく、情報は音速で伝わる。非圧縮という近似は音速を無限大にしたということであり、この瞬時性はその代償である。圧力が状態方程式を失った代わりに、拘束を守る役目を引き受けた。
5. 密度を二倍にしたとき、答は一致しない
検算 5.1:非常に低い温度の自由フェルミ気体で、数密度を $1$ から $2$ にする。
| 系 | 密度を二倍にしたときの圧力の倍率 | 値 |
|---|---|---|
| 自由フェルミ気体(低温) | $9.646757493/3.038545744$ | $3.174794$ |
| 非圧縮流 | 密度は乗数としてしか入らない | $2.000000$ |
観察 5.2 「密度が二倍になれば圧力も二倍」という感覚は、片方でしか正しくない。この倍率を決めている指数がなぜその値になるのか、そしてそれが星の質量に上限を作る仕組みは、論文141 の主題である。本稿はその指数を使わず、二つの答が違うという事実だけを用いる。
6. 分離子:何を動かすと動くか
観察 6.1 五つを、動かすものと無視するもので並べる。
| 呼び名 | 何を動かすと動くか | 何を無視するか |
|---|---|---|
| 熱力学の圧力 | 体積(温度を固定して) | 、 |
| 運動論の圧力 | 速度分布 | 相互作用 |
| 縮退圧 | 数密度(と $\hbar$) | 温度 |
| 放射圧 | 角度分布と壁のふるまい | 媒質 |
| 非圧縮流の圧力 | 流れ場全体、瞬時に | 状態方程式 |
観察 6.2 五つは同じ単位を持ち、同じ資格で運動量の収支に現れ、そして一つも同じ関数ではない。最初の二つは理想気体では一致するが、三番目は温度を落としても残り、四番目は同じエネルギー密度から八倍の幅を出し、五番目はそもそも状態の関数ですらない。
観察 6.3 ゆえに「単位が同じだから同じ量である」は成り立たない。単位が保証しているのは、足し合わせてよいということだけである。実際、星の内部では気体の圧力と放射圧と縮退圧を足す。足せることと、同じ仕組みであることは別である。
7. 点呼と結び
本稿が確かめたことを並べる。
- 縮退圧は温度を無視する(検算2.1):$T/E_F=10^{-3}$ で比は $400.0$、$P/P(0)$ は $1.000004$。
- そこには力が一つも入っていない(観察2.3):運動エネルギーだけのハミルトニアンで $P=3.038533248$。
- 同じエネルギー密度から八倍の幅(検算3.1):$0.25$ から $2.00$ まで。
- 非圧縮流の圧力は状態方程式を持たない(検算4.1、4.3、4.4):楕円型・定数だけ不定・一マスの変更が $100.00\%$ に届く。
- 密度を二倍にしたときの答が違う(検算5.1):$3.174794$ 対 $2.000000$。
- 分離子は「何を動かすと動くか」(観察6.1)。
結び:「圧力」という一語は、五つの別の関数に同じ名札を貼っている。名札が同じなのは、それらが運動量の収支という同じ場所に立つからであって、同じ理由で立っているからではない。片方は分子が動くから、片方は同じ状態に二つ入れないから、片方は光が跳ね返るから、そして最後の一つはそう置かないと拘束が破れるからである。単位が一致していることは、この四つの理由について何一つ語っていない。単位が保証するのは足し算だけであり、足せることは、同じであることではない。
参考文献
- Maxwell, J. C. (1873). A Treatise on Electricity and Magnetism. Oxford: Clarendon Press.
- Fowler, R. H. (1926). On Dense Matter. Monthly Notices of the Royal Astronomical Society, 87(2).
- Chandrasekhar, S. (1939). An Introduction to the Study of Stellar Structure. Chicago: University of Chicago Press.
- Landau, L. D., Lifshitz, E. M. (1987). Fluid Mechanics. Second edition. Oxford: Pergamon Press.
- Chorin, A. J. (1968). Numerical Solution of the Navier–Stokes Equations. Mathematics of Computation, 22(104).
- Taylor, G. I., Green, A. E. (1937). Mechanism of the Production of Small Eddies from Large Ones. Proceedings of the Royal Society A, 158(895).
- 山岸勇輝 (2026). 限界が存在するのは、二つの力が同じ指数を持つからである [論文141]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22082127
- 山岸勇輝 (2026). 指数は、何が保存しているかの署名である [論文144]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22082585
- 山岸勇輝 (2026). 圧力も引く。だから上限がある [論文145]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22082693
- 山岸勇輝 (2026). 二乗の点呼 [論文157]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22091931
- 山岸勇輝 (2026). 欠陥を分類しているのは、方程式ではなく行き先の空間である [論文185]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22105496
- 山岸勇輝 (2026). 四つの平均は一つの族であり、等号の柵は一つしかない [論文194]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22106809
- 山岸勇輝 (2026). 「安定」は六つの別の言葉であり、分けているのは何を揺らすかである [論文195]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22107170
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「「圧力」は四つの別の量であり、単位が同じことは何も保証しない」[論文196]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22107518
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 「圧力」は四つの別の量であり、単位が同じことは何も保証しない [論文196]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/196 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22107518
Yamagishi, Y. (2026). “Pressure” Is Four Separate Quantities, and Sharing a Unit Guarantees Nothing [Paper 196]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/196; DOI: 10.5281/zenodo.22107518
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