要旨
「無限小」と呼ばれるものが少なくとも五つある。見分ける一番鋭い方法は二乗することである。二乗が自分より小さい非零になるもの、ちょうど零になるもの、一次の量になるもの。そして五つのうち二つは、そもそも小さくない。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。
第一に、$dx$ は小さくない。$f(x)=x^3$、$a=2$ で増分と微分の差は $h$ で割ると $6.00\times10^{-1}\to6.00\times10^{-5}$ と消えるが、微分の係数 $3a^2=12$ は動かない(第2節)。
第二に、本物の無限小がある。有理関数の順序体で $\varepsilon=1/t$ はどの $1/n$ より小さい正の元であり、$\varepsilon^2$ は零ではなく、二次の無限小である(第3節)。
第三に、これが本稿の芯の半分である。二重数の $\varepsilon$ は $\varepsilon^2$ がちょうど零である。そのおかげで $f(a+\varepsilon)$ が導関数を誤差 $0$で返す。差分商は $h=10^{-8}$ で $7.29\times10^{-8}$ まで下がったあと$9.93\times10^{-7}$ へ戻ってしまう(第4節)。
第四に、変分の $\delta$ も小さくない。方向 $v$ に対する線形汎関数であり、$L=4$ では第二変分が $v=\sin(\pi x/L)$ で $-0.766299449864$、$\sin(2\pi x/L)$ で $+2.934802200545$ である(第5節)。
第五に、二乗が一次の量になる無限小がある。ブラウン運動では $\sum(\Delta W)^2$ が $0.932\to0.978\to0.9996\to1.0013\to1.0008$ と$T=1$ へ行き、$\sum(\Delta t)^2$ は $10^{-2}$ から $10^{-6}$ へ消える(第6節)。
射程(何を示さないか)
新しい数学定理も新しい法則も主張しない。微分の線形性、非アルキメデス順序体としての有理関数体、二重数と前進型自動微分、変分の第一・第二変分、ブラウン運動の二次変分は、いずれも標準的である。超準解析を構成しない。第3節が示すのは非アルキメデス順序体があることだけで、移行原理も超冪も扱わない。総合微分幾何(滑らかな無限小解析)に立ち入らない。第4節は二重数という一つの環を計算に使うだけである。自動微分の実装論を書かない。比較は同じ関数・同じ点での一回きりである。確率解析の一般論を作らない。第6節は二次変分だけを見る。「無限小は存在するか」という問いに答えない。本稿が言うのはどの体系のどの元についてかを言えということだけである。既刊との関係:論文148 は「$\varepsilon^2=0$ は環の定義であり、$(dW)^2=dt$ は道の事実である」と書いた。本稿はその二つのあいだに残り三つを置いて点呼にする。論文132 は伊藤の $2$ が次元ではないことを示した。第6節はその二次変分の側だけを借りる。論文233 は「微分できる」の六別根を数え、ガトー微分を方向ごとの極限と呼んだ。第5節の $\delta$ はまさにそれである。論文236 は変分の「=0」が停留であって最小でないことを示した。本稿はその $\delta$ 自体が何かを問う。加えたのは増分と微分の差を $h$ で割って消えることを見せたこと、非アルキメデス性を $1/n$ との比較で確かめたこと、二重数の導関数と差分商を同じ点で並べ、後者が $10^{-8}$ を境に悪化することを測ったこと、第二変分の符号が方向で変わることを示したこと、二次変分が $T$ へ収束する一方で $\sum(\Delta t)^2$ が消えることを五桁で追ったことである。
1. 記法と位置づけ
論文148 は「$\varepsilon^2=0$ は環の定義であり、$(dW)^2=dt$ は道の事実である」と書いた。その一文は二つの無限小を並べている。本稿は、あいだに残り三つを置いて点呼にする。
方法:五つを見分けるのに、大きさを比べても仕方がない(どれも「小さい」と言われる)。二乗するのが一番鋭い。答は三通りに割れる。
2. $dx$ は小さくない
検算 2.1:$f(x)=x^3$、$a=2$ とし、増分 $f(a+h)-f(a)$ と微分 $3a^2h$ を比べる。
| $h$ | 増分 | 微分 | 差 $\div\ h$ |
|---|---|---|---|
| $10^{-1}$ | $6.610000000000$ | $6.000000000000$ | $6.100000\times10^{-1}$ |
| $10^{-2}$ | $1.206010000000$ | $1.200000000000$ | $6.010000\times10^{-2}$ |
| $10^{-3}$ | $0.120060010000$ | $0.120000000000$ | $6.001000\times10^{-3}$ |
| $10^{-5}$ | $0.001200060000$ | $0.001200000000$ | $6.000010\times10^{-5}$ |
観察 2.2 差は $h$ で割ってなお $0$ へ行く。つまり微分は小さい数の近似ではなく、誤差が $o(h)$ である線形関数である。そして係数 $3a^2=12$ はどこまで行っても縮まない。「$dx$ は無限に小さい数」という言い方は、この体系では何も指していない。
3. 本物の無限小:非アルキメデス順序体
検算 3.1:有理関数の体に「$f>0$ とは、十分大きなすべての $t$ で $f(t)>0$ であること」という順序を入れ、$\varepsilon=1/t$ とする。
| $n$ | $\varepsilon<1/n$ となる $t$ から | その $t$ での比較 |
|---|---|---|
| $1$ | $2.0$ | $0.500000000<1.000000000$ |
| $10$ | $11.0$ | $0.090909091<0.100000000$ |
| $100$ | $101.0$ | $0.009900990<0.010000000$ |
| $1000$ | $1001.0$ | $0.000999001<0.001000000$ |
したがって $0<\varepsilon<1/n$ がすべての $n$ で成り立ち、この体はアルキメデス的でない。(証明終)
検算 3.2:その二乗を見る。
| $t$ | $\varepsilon$ | $\varepsilon^2$ |
|---|---|---|
| $10$ | $1.0\times10^{-1}$ | $1.0\times10^{-2}$ |
| $10^{3}$ | $1.0\times10^{-3}$ | $1.0\times10^{-6}$ |
| $10^{6}$ | $1.0\times10^{-6}$ | $1.0\times10^{-12}$ |
| $10^{9}$ | $1.0\times10^{-9}$ | $\mathbf{1.0\times10^{-18}}$ |
観察 3.3 $\varepsilon^2$ は零ではない。どの $\varepsilon$ よりも小さい二次の無限小である。次節の $\varepsilon$ とはここで別れる。
観察 3.4 (射程) 本節が示したのは非アルキメデス順序体があることだけである。超準解析の力は移行原理にあり、それは本稿では示していない。示せていないことを、示したように書かない。
4. 芯の半分:二乗がちょうど零になる無限小
検算 4.1:二重数 $a+b\varepsilon$($\varepsilon^2=0$)を実装し、$\varepsilon\cdot\varepsilon$ を計算する。
| 量 | 値 |
|---|---|
| $\varepsilon$ | $0+1\varepsilon$ |
| $\varepsilon\cdot\varepsilon$ | $\mathbf{0+0\varepsilon}$ |
検算 4.2:$f(2+\varepsilon)$ の $\varepsilon$ 係数を読む。
| $f$ | 二重数が返す $f'(2)$ | 厳密な $f'(2)$ | 誤差 |
|---|---|---|---|
| $x^3$ | $12.000000000000000$ | $12$ | $\mathbf{0}$ |
| $x^3+5x$ | $17.000000000000000$ | $17$ | $\mathbf{0}$ |
| $x\cdot x\cdot x\cdot x$ | $32.000000000000000$ | $32$ | $\mathbf{0}$ |
検算 4.3:同じ導関数を差分商で求める。
| $h$ | $(f(2+h)-f(2))/h$ | $12$ との誤差 |
|---|---|---|
| $10^{-4}$ | $12.000600010023$ | $6.000\times10^{-4}$ |
| $10^{-6}$ | $12.000006002211$ | $6.002\times10^{-6}$ |
| $10^{-8}$ | $11.999999927070$ | $\mathbf{7.293\times10^{-8}}$ |
| $10^{-9}$ | $12.000000992884$ | $\mathbf{9.929\times10^{-7}}$ |
| $10^{-11}$ | $12.000000992884$ | $9.929\times10^{-7}$ |
観察 4.4 差分商の誤差は $h=10^{-8}$ で底を打ち、そこから増える。丸めが打ち切りを追い越すからである。二重数のほうはどの $h$ も選ばないので、誤差が $0$である。同じ「無限小」という語が、片方では極限を取り、片方では取らない。論文233 の「二つは差分商をまったく取らない」と同じ形である。
5. 変分の $\delta$ も、小さくない
検算 5.1:$J[y]=\int_0^L(y’^2-y^2)$、$L=4$、$y\equiv0$ で、方向 $v$ ごとに第一変分と第二変分を測る。
| 方向 $v$ | 第一変分 | 第二変分 |
|---|---|---|
| $\sin(\pi x/L)$ | $0$ | $\mathbf{-0.766299449864}$ |
| $\sin(2\pi x/L)$ | $0$ | $+2.934802200545$ |
| $\sin(3\pi x/L)$ | $0$ | $+9.103304951226$ |
観察 5.2 $\delta J$ は小さい数ではなく、方向に対する線形汎関数である。論文233 のガトー微分そのものである。だから「$\delta y$ は微小な変化」という言い方は、$dx$ の場合と同じ誤解を招く。
観察 5.3 第二変分は方向によって符号が変わる。$L=4$ では最初の方向で負、次から正である。論文236 が「$L>\pi$ で鞍点」と書いたのはこれのことである。
6. 芯:二乗が一次の量になる無限小
検算 6.1:$T=1$ のブラウン運動を $N$ 分割し、二次変分を測る。
| $N$ | $\sum(\Delta W)^2$ | $\sum|\Delta W|^3$ | $\sum(\Delta t)^2$ |
|---|---|---|---|
| $10^{2}$ | $0.932271698$ | $1.324\times10^{-1}$ | $1.0\times10^{-2}$ |
| $10^{3}$ | $0.977724833$ | $5.101\times10^{-2}$ | $1.0\times10^{-3}$ |
| $10^{4}$ | $0.999646793$ | $1.586\times10^{-2}$ | $1.0\times10^{-4}$ |
| $10^{5}$ | $1.001253242$ | $5.068\times10^{-3}$ | $1.0\times10^{-5}$ |
| $10^{6}$ | $\mathbf{1.000780569}$ | $1.598\times10^{-3}$ | $1.0\times10^{-6}$ |
観察 6.2 $\sum(\Delta W)^2$ は $T=1$ へ行き、消えない。一方 $\sum(\Delta t)^2$ は消え、$\sum|\Delta W|^3$ も消える。つまり $(\Delta W)^2$ は二次ではなく一次の量として振る舞う。これが伊藤の補正の出所である。
観察 6.3 ここでの「無限小」は環の定義でも順序体の元でもなく、道の性質である。論文148 の「規約と事実」の対比が、そのまま二乗の答の違いとして現れている。
7. 分離子と柵
観察 7.1 (点呼)
| 何と呼ばれるか | 二乗すると | 正体 |
|---|---|---|
| $dx$ | 、 | 線形形式(小さくない) |
| 非アルキメデス体の $\varepsilon$ | 零でない二次の無限小 | 体の元 |
| 二重数の $\varepsilon$ | ちょうど零 | 環の定義 |
| 変分の $\delta$ | 、 | 方向への線形汎関数(小さくない) |
| $dW$ | 一次の量 $dt$ | 道の性質 |
観察 7.2 (分離子) 五つを分けているのは二乗が何になるかであり、答は三通りである。自分より小さい非零、ちょうど零、一次の量。そして残り二つは二乗する対象ですらない。$dx$ も $\delta$ も線形写像だからである。
観察 7.3 (柵) 「無限小」という語にはつねに住所が要る。どの体系の、どの元か、順序体の元なのか、環の定義なのか、余接空間の元なのか、汎関数なのか、道の性質なのか。住所を言わないかぎり、この語は偽ですらなく、空である(論文16)。
8. 点呼と結び
本稿が測ったことを並べる。
- 増分と微分の差が $h$ で割って消える(検算2.1):係数 $12$ は動かない。
- $\varepsilon<1/n$ がすべての $n$ で(検算3.1)、$\varepsilon^2$ は零でない(検算3.2)。
- 二重数では $\varepsilon^2=0$ ちょうど、導関数の誤差 $0$(検算4.1・4.2)。
- 差分商は $10^{-8}$ で底を打ち、そこから悪化(検算4.3):$7.29\times10^{-8}\to9.93\times10^{-7}$。
- 第二変分の符号が方向で変わる(検算5.1):$-0.7663$ と $+2.9348$。
- $\sum(\Delta W)^2\to1$、$\sum(\Delta t)^2\to0$(検算6.1)。
結び:「無限小」と呼ばれるものを五つ並べ、二乗した。答は三通りに割れた。非アルキメデス体では自分より小さい非零、二重数ではちょうど零、ブラウン運動では一次の量 $dt$。そして残り二つ、$dx$ と $\delta$ は、そもそも小さくない。どちらも線形写像であって、量ではない。「無限に小さい数」という言い方が指しているものは、その二つには存在しない。論文148 は「$\varepsilon^2=0$ は環の定義であり、$(dW)^2=dt$ は道の事実である」と書いた。本稿が足すのは、その二つのあいだに三つあり、二乗すればどれがどれか分かるということである。語に住所を付けないかぎり、「無限小」は偽ですらなく、空である。
参考文献
- Robinson, A. (1966). Non-standard Analysis. Amsterdam: North-Holland.
- Clifford, W. K. (1873). Preliminary sketch of biquaternions. Proceedings of the London Mathematical Society, s1–4.
- Itô, K. (1951). On stochastic differential equations. Memoirs of the American Mathematical Society, 4.
- Gelfand, I. M., Fomin, S. V. (1963). Calculus of Variations. Englewood Cliffs: Prentice-Hall.
- Spivak, M. (1965). Calculus on Manifolds. New York: Benjamin.
- Griewank, A., Walther, A. (2008). Evaluating Derivatives, 2nd edition. Philadelphia: SIAM.
- 山岸勇輝 (2026). 等号にも別根がある [論文16]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21600471
- 山岸勇輝 (2026). 伊藤の $2$ は、次元ではない [論文132]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22080358
- 山岸勇輝 (2026). $\varepsilon^2=0$ は環の定義であり、$(dW)^2=dt$ は道の事実である [論文148]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22083237
- 山岸勇輝 (2026). 「微分できる」は六つあり、そのうち二つは極限を取らない [論文233]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22127806
- 山岸勇輝 (2026). 「境界条件」は四つあり、方程式を一文字も変えずに固有値が全部動く [論文235]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22128989
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「「無限小」は五つあり、二乗すると三つの違う答が出る」[論文237]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22129135
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 「無限小」は五つあり、二乗すると三つの違う答が出る [論文237]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/237 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22129135
Yamagishi, Y. (2026). “Infinitesimal” Is Five Things, and Squaring Them Gives Three Different Answers [Paper 237]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/237; DOI: 10.5281/zenodo.22129135
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