【論文238】「正則」は三つあり、複素平面では一回微分できれば無限回である

要旨

論文233 は、全方向に微分係数があっても全微分は無いことを示した。本稿はその逆側を測る。方向についての要求を一段だけ強めると、無限回の微分可能性と解析性が丸ごと付いてくる体系がある。そして同じ「正則」という語が、三つの別のことを指している。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。

第一に、実数直線では一回と二回が別である。$f(x)=x|x|$ の二階差分商は右から $+2$、左から $-2$ で、$h$ をどれだけ縮めても近づかない(第2節)。

第二に、実数直線では無限回微分できても解析的でない。$g(x)=e^{-1/x^2}$ は $g(0.1)/h^{10}=3.72\times10^{-34}$、$g(0.1)/h^{20}=3.72\times10^{-24}$ とどの冪より速く消える。よってすべての導関数が $0$、テイラー級数は恒等的に $0$、それでも $g(0.5)=1.83\times10^{-2}$ である(第3節)。

第三に、これが本稿の芯である。複素平面では円周上の値だけからすべての階数の導関数が読める。$e^z$ について $n=0$ から $6$ まで、コーシーの公式が返す値と厳密値の差は $1.24\times10^{-16}$ から $7.85\times10^{-14}$ であった(第4節)。

第四に、最大値はつねに境界にある。単位円板上の $|e^z|$ は内部で $2.711477622183$、境界で $\mathbf{2.718281828459}$($=e$)である。だから境界の無いコンパクトな面の上では、正則関数は定数しかない(第5節)。

第五に、偏微分方程式の「正則性」は第三の語である。$-u”=f$ で $f$ が滑らかなら $u”$ の隣接差は $0.001571$、$f$ が一箇所で跳べば $\mathbf{1.000000}$ 跳ぶ(第6節)。

射程(何を示さないか)

新しい数学定理も新しい法則も主張しない。コーシー=リーマンの方程式、コーシーの積分公式、最大値原理、リウヴィルの定理、$e^{-1/x^2}$ が解析的でないこと、楕円型正則性は、いずれも標準的である。複素解析を再建しない。第4節は公式を数値で確かめるだけであり、証明しない。代数幾何に立ち入らない。第5節が示すのは複素解析の最大値原理だけで、層も概型も扱わない。楕円型正則性の定理を証明しない。第6節は一次元の一例を数えるだけである。「どちらが良い正則か」を決めない。三つは別の目的を持つ。数値解析を論じない。既刊との関係:論文233 は「全方向に微分係数があっても全微分は無い」ことを示した。本稿は逆側であり、方向についての要求を一段強めると何が付いてくるかを測る。論文177 は「連続」の五別根を数え、強さの階段を示した。本稿の三つは階段ではなく、別の分野の同名語である。論文235 は「境界条件」の四別根を数えた。第6節の「正則性」はその境界条件込みで決まる。論文16 は柵の外では偽ですらなく空と書いた。本稿の三語も分野を言わないかぎり空である。加えたのは一階と二階の片側極限が $\pm2$ で離れることを見せたこと、$e^{-1/x^2}$ がどの冪より速く消えることを四つの冪で測ったこと、コーシーの公式で七階まで境界値から復元したこと、最大値が内部で境界に届かないことを数えたこと、源の跳びが解の二階微分の跳びに一対一で移ることを示したことである。

1. 記法と位置づけ

論文233 は「あらゆる方向に微分係数があるのに、全微分は存在しない」例を挙げた。方向の要求が弱すぎるとどうなるかの話である。

本稿は逆側を測る。要求を一段だけ強めるとどうなるか。複素平面で「微分可能」と言うとき、平面のあらゆる方向から近づいて同じ極限を要求する。その一段だけで、無限回微分可能性と解析性が丸ごと付いてくる。

そして「正則」という語は、分野ごとに別のものを指す。複素解析ではこの剛性、偏微分方程式では解の滑らかさの度合い、実解析では単に $C^\infty$ である。

2. 実数直線では、一回と二回が別である

検算 2.1:$f(x)=x|x|$ とする。$f'(x)=2|x|$ はどこでも存在する。$f”(0)$ を両側から測る。

$h$ 右から 左から
$10^{-1}$ $2.000000000$ $-2.000000000$
$10^{-3}$ $2.000000000$ $-2.000000000$
$10^{-5}$ $2.000000000$ $-2.000000000$
$10^{-6}$ $\mathbf{2.000000000}$ $\mathbf{-2.000000000}$

両側の極限は $+2$ と $-2$ で、どれだけ縮めても近づかない。(証明終)

検算 2.2:$f(x)=x^2\sin(1/x)$ は $f'(0)=0$ を持つが、$f'(x)=2x\sin(1/x)-\cos(1/x)$ である。

$x$ $f'(x)$
$10^{-1}$ $-0.647396142$
$10^{-2}$ $-0.851780622$
$10^{-3}$ $-0.562345465$
$10^{-4}$ $0.952094245$
$10^{-5}$ $0.999361522$

観察 2.3 導関数は $0$ の近くで全振幅にわたって振れ続ける。$f$ は微分可能だが、$f’$ は連続でない。実数直線では、一回は二回を買わない。

3. 実数直線では、無限回でも解析的でない

検算 3.1:$g(x)=e^{-1/x^2}$($g(0)=0$)が、どの冪よりも速く消えるかを測る。

$h$ $g(h)/h$ $g(h)/h^{10}$ $g(h)/h^{20}$
$0.5$ $3.663\times10^{-2}$ $1.876\times10^{1}$ $1.921\times10^{4}$
$0.3$ $4.982\times10^{-5}$ $2.531$ $4.286\times10^{5}$
$0.2$ $6.944\times10^{-11}$ $1.356\times10^{-4}$ $1.324\times10^{3}$
$0.15$ $3.326\times10^{-19}$ $8.652\times10^{-12}$ $1.500\times10^{-3}$
$0.1$ $3.720\times10^{-43}$ $\mathbf{3.720\times10^{-34}}$ $\mathbf{3.720\times10^{-24}}$

どの列も $0$ へ行く。高い冪では途中で増えてから落ちるが、落ちる。(証明終)

観察 3.2 したがって $0$ での導関数はすべて $0$ であり、テイラー級数は恒等的に $0$である。それでも $g(0.5)=1.831563888873418\times10^{-2}$、$g(0.3)=1.494533852478145\times10^{-5}$ は$0$ ではない。実数直線では $C^\infty$ が解析性を買わない。

観察 3.3 (本稿で避けた罠) 最初、$0$ での導関数を中心差分で測った。ところが $g$ は偶関数なので $g(h)-g(-h)$ は恒等的に $0$であり、何を測っても $0$ が出る。対称性であって、証拠ではない。論文233 で試験関数を原点対称に置いて両辺 $0$ になったのと同じ罠である。

4. 芯:複素平面では、一回で全部決まる

検算 4.1:単位円周上の $e^z$ の値だけを使い、コーシーの公式で $0$ における各階の導関数を求める($N=4096$ 点の台形則)。

$n$ 円周から得た値 厳密値との差
$0$ $1.000000000000000$ $1.241\times10^{-16}$
$1$ $1.000000000000000$ $1.144\times10^{-16}$
$2$ $1.000000000000000$ $1.110\times10^{-16}$
$4$ $0.999999999999998$ $2.220\times10^{-15}$
$6$ $0.999999999999922$ $\mathbf{7.849\times10^{-14}}$

観察 4.2 すべての階の導関数が、境界の値だけから出た。実数直線にはこれに当たるものが無い。区間の端の値をいくら知っても、内部の導関数は決まらない。

観察 4.3 違いは方向の要求である。実数直線では左右の二方向、複素平面では平面のあらゆる方向で同じ極限を要求する。論文233 が示したのは方向ごとに存在しても足りないことであった。ここで示すのは、全方向で一致することを要求すると、要求以上のものが付いてくることである。

5. 最大値は、つねに境界にある

検算 5.1:単位円板の上で $|e^z|$ の最大を、内部と境界で比べる。

場所 $|e^z|$ の最大
内部($r<1$ の格子) $2.711477622183$
境界($r=1$) $\mathbf{2.718281828459}$
$e$ $2.718281828459$

観察 5.2 内部は一度も勝たない。したがって境界の無いコンパクトな面の上では、正則関数は定数しかない。最大を取る点が内部にあることになり、矛盾するからである。

観察 5.3 「関数がたくさんある」ことを当たり前だと思ってはいけない。実数直線には滑らかな関数がいくらでもある(第3節の $g$ はその一例で、台をコンパクトにもできる)。複素の側では、同じことが原理的に起きない。本稿は層も概型も扱わないが、代数幾何で「正則関数」と言うときの窮屈さの出所はここである。

6. 偏微分方程式の「正則性」は、第三の語である

検算 6.1:$-u”=f$、$u(0)=u(1)=0$ を解き、$u”$ の隣接差の最大を測る。

源 $f$ $u”$ の隣接差の最大
$\sin\pi x$(滑らか) $0.001571$
$0.5$ で跳ぶ階段 $\mathbf{1.000000}$

観察 6.2 源の跳び $1$ が、解の二階微分の跳び $1$ にそのまま移る。解は源よりちょうど二階だけ滑らかであり、それ以上ではない。ここで「正則性」と言うのは剛性のことではなく、滑らかさの度合いである。

観察 6.3 そしてどこまで滑らかかは、境界条件込みで決まる。論文235 が「正値性も存在も一意性も方程式の性質ではない」と書いたのと同じ場所に、この語も立っている。

7. 分離子と柵

観察 7.1 (点呼) 

分野 「正則」の意味 買えるもの
複素解析 全方向で微分可能 無限回+解析性+剛性
偏微分方程式 解の滑らかさの度合い 源より二階だけ
実解析 $C^\infty$ 解析性は買えない

観察 7.2 (分離子) 三つを分けているのはどの方向から近づくことを許すかである。実数直線では二方向、複素平面では全方向、そして偏微分方程式の「正則性」は方向の話ですらなく、度合いの話である。

観察 7.3 (柵) 「一回微分できれば無限回」という文は複素平面の上でだけ真である。実数直線では一回は二回を買わず(第2節)、無限回は解析性を買わない(第3節)。分野を言わないかぎり、「正則」は偽ですらなく、空である(論文16)。

8. 点呼と結び

本稿が測ったことを並べる。

  1. 片側極限が $+2$ と $-2$ で離れたまま(検算2.1)。
  2. 導関数が $0$ の近くで振れ続ける(検算2.2)。
  3. $g$ がどの冪より速く消える(検算3.1):$g(0.1)/h^{20}=3.72\times10^{-24}$。
  4. 境界の値から七階まで復元(検算4.1):誤差 $7.85\times10^{-14}$ まで。
  5. 内部の最大が境界に届かない(検算5.1):$2.711477622183$ 対 $2.718281828459$。
  6. 源の跳び $1$ が解の二階に $1$ で移る(検算6.1)。

結び:論文233 は、あらゆる方向に微分係数があっても全微分は無いと示した。本稿はその逆側である。方向についての要求を一段だけ強め、平面のあらゆる方向で同じ極限を求めると、無限回の微分可能性も、解析性も、境界値からの復元も、最大値原理も、丸ごと付いてくる。一つの要求が、要求していないものまで買った。実数直線では何も付いてこない。一回は二回を買わず、無限回は解析性を買わない。そして「正則」という同じ語が、偏微分方程式では剛性ではなく度合いを指し、その度合いは境界条件込みで決まる。分野を言わないかぎり、この語は偽ですらなく、空である。最後に、本稿でも自分の検算が一度、対称性のせいで無意味になった。偶関数の中心差分は、何を測っても $0$ を返す。論文233 で同じ罠を踏んだのに、また踏んだ。

参考文献

  1. Cauchy, A.-L. (1825). Mémoire sur les intégrales définies prises entre des limites imaginaires. Paris: de Bure.
  2. Riemann, B. (1851). Grundlagen für eine allgemeine Theorie der Functionen einer veränderlichen complexen Grösse. Göttingen.
  3. Ahlfors, L. V. (1979). Complex Analysis, 3rd edition. New York: McGraw-Hill.
  4. Cauchy, A.-L. (1823). Résumé des leçons sur le calcul infinitésimal. Paris: Imprimerie Royale.
  5. Gilbarg, D., Trudinger, N. S. (1983). Elliptic Partial Differential Equations of Second Order, 2nd edition. Berlin: Springer.
  6. 山岸勇輝 (2026). 等号にも別根がある [論文16]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21600471
  7. 山岸勇輝 (2026). 量化子の順序が、中身のすべてである [論文177]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22098103
  8. 山岸勇輝 (2026). 「微分できる」は六つあり、そのうち二つは極限を取らない [論文233]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22127806
  9. 山岸勇輝 (2026). 「境界条件」は四つあり、方程式を一文字も変えずに固有値が全部動く [論文235]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22128989
  10. 山岸勇輝 (2026). 同じ「=0」でも、解の集まりは五つの別の種類のものである [論文236]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22129043

作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。

書誌

山岸勇輝(2026)「「正則」は三つあり、複素平面では一回微分できれば無限回である」[論文238]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22129257

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引用するとき

山岸勇輝 (2026). 「正則」は三つあり、複素平面では一回微分できれば無限回である [論文238]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/238 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22129257

Yamagishi, Y. (2026). “Regular” Is Three Things, and in the Complex Plane One Derivative Gives Infinitely Many [Paper 238]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/238; DOI: 10.5281/zenodo.22129257

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