要旨
「$3$ dB 上がった」という一文は、何が何倍になったかを決めていない。本稿が問うのは、何通りあるのかである。答は、同じ「$2$ 倍」に三つの別の数が対応する。そして三つとも根拠が違う。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。
第一に、同じ「$2$ 倍」を三通りに書く。音圧なら $\mathbf{6.0206}$ dB、音響パワーなら $\mathbf{3.0103}$ dB、ラウドネスなら $\mathbf{+10}$ phon である(第2節)。
第二に、これが本稿の芯である。$20$ と $10$ の違いはパワーが振幅の二乗だからであり、$+10$ phon はべき則から来ている。三つとも別の根拠である(第3節)。
第三に、基準も三つ別々である。音圧レベルは $20 \mu$Pa、音響パワーレベルは $1$ pW、ラウドネスは $1$ kHz $40$ dB を $1$ sone とする(第4節)。
第四に、「$3$ dB」はちょうど $2$ 倍ではない。$3$ dB のパワー比は $\mathbf{1.9953}$ 倍である。$3.0103$ を $3$ と丸めた分だけずれる(第2節)。
第五に、同じ dB 値が量によって別の倍率を意味する。$20$ dB は音圧で $\mathbf{10}$ 倍、パワーで $\mathbf{100}$ 倍である(第2節)。
第六に、論文273 の逆である。あちらは同じ単位が四つの量を書いていた。本稿は一つの記号 dB が、基準を書かなければ量を持たない(第5節)。
射程(何を示さないか)
新しい数学定理も新しい法則も主張しない。デシベルの定義、音圧レベルと音響パワーレベルの基準、ソーンとフォンの尺度は、いずれも標準的である。音響学を作らない。使うのは対数と、三つの基準の突き合わせだけである。聴覚を論じない。等ラウドネス曲線の由来にも、個人差にも立ち入らない。ソーンの尺度を導かない。$1$ sone の倍加が $+10$ phon であることは規約として引くだけである。音響測定の実務を扱わない。重み付け(A特性など)も、時定数も扱わない。精神物理の法則を再検討しない。論文272 がフェヒナーとスティーヴンスを扱った。本稿はその音響版であり、法則の当否には立ち入らない。電気工学の dB を扱わない。電圧比と電力比でも同じ $20$ と $10$ の差が出るが、本稿は音に限る。既刊との関係:論文272 は同じ「$2$ 倍に感じる」が刺激の側で $6.70$ 倍ひらくことを示した。本稿はその音響版であり、$+10$ phon はスティーヴンスのべき則から来ている。二編で対になる。論文273 は同じ $\mathrm{J/kg}$ が四つの別の量を書いていることを数えた。本稿は逆向きで、一つの記号が基準を書かなければ量を持たないことを書く。論文190 は「稀」を対数の目盛りで測った。本稿は対数の目盛りそのものが三通りあることを書く。論文255 は「精度」が二つあることを扱った。同じ形である。論文201 は「完備」が四つの別の主張であることを数えた。同じ形の点呼である。加えたのは同じ「$2$ 倍」に $6.0206$・$3.0103$・$+10$ の三つを並べたこと、三つの根拠が別々だと書き分けたこと、$3$ dB がちょうど $2$ 倍ではなく $1.9953$ 倍だと出したこと、$20$ dB が音圧で $10$ 倍・パワーで $100$ 倍になると並べたことである。
1. 記法と位置づけ
設定:デシベルは、二つの量の比の対数である。パワーのような量には $10\log_{10}$、振幅のような量には $20\log_{10}$ を使う。
問い:「$3$ dB 上がった」と言うとき、何が何倍になったのか。
答は、決まらない。どの量の比なのかと、基準が何かを書かなければ、dB は数ですらない。
注意:本稿は音に限る。電気工学でも同じ $20$ と $10$ の差が出るが、扱わない。
2. 芯:同じ「$2$ 倍」が三つの数になる
検算 2.1:何かが $2$ 倍になったとき、dB でどう書かれるかを並べる。
| $2$ 倍になったもの | 表式 | 値 |
|---|---|---|
| 音圧 | $20\log_{10}2$ | $\mathbf{6.0206}$ dB |
| 音響パワー | $10\log_{10}2$ | $\mathbf{3.0103}$ dB |
| ラウドネス($1\to2$ sone) | 規約 | $\mathbf{+10}$ phon |
観察 2.2 同じ「$2$ 倍」に、三つの別の数が対応する。どれも正しく、どれも別のことを言っている。
検算 2.3:逆に、同じ dB 値が量によって何倍を意味するかを並べる。
| dB 値 | 音圧の倍率 | パワーの倍率 |
|---|---|---|
| $3$ dB | $1.4125$ | $\mathbf{1.9953}$ |
| $6$ dB | $\mathbf{1.9953}$ | $3.9811$ |
| $10$ dB | $3.1623$ | $\mathbf{10.0000}$ |
| $20$ dB | $\mathbf{10.0000}$ | $\mathbf{100.0000}$ |
観察 2.4 $20$ dB は、音圧では $10$ 倍、パワーでは $\mathbf{100}$ 倍である。同じ数字が、量によって $10$ 倍違う倍率を意味する。
観察 2.5 そして「$3$ dB でちょうど $2$ 倍」は正確ではない。パワー比は $\mathbf{1.9953}$ である。$3.0103$ を $3$ と丸めた分だけずれている。$0.24\%$ の差だが、定義ではなく丸めである。
観察 2.6 面白いことに、$6$ dB の音圧比も $1.9953$ である。$3$ dB のパワー比と同じ数になる。どちらも $10^{3/10}$ だからで、偶然ではない。
3. 三つの根拠は、別々である
観察 3.1 第一の根拠、$20$ と $10$ の違いはパワーが振幅の二乗だからである。$P\propto p^2$ なので $10\log_{10}(p^2/p_0^2)=20\log_{10}(p/p_0)$、物理からの帰結である。
検算 3.2:$20$ を $10$ で割ると $2.0000$ である。これは指数の $2$ そのものである。
| 根拠 | 出どころ | 身分 |
|---|---|---|
| $20$ 対 $10$ | $P\propto p^2$ | 物理からの帰結 |
| $+10$ phon $=$ $2$ sone | 被験者の数値割り当て | 規約(べき則から) |
| 基準値($20 \mu$Pa など) | 取り決め | 規約 |
観察 3.3 $+10$ phon $=$ $2$ sone は物理からは出てこない。ラウドネスのべき則の指数がおよそ $0.6$ なので、$2$ 倍に感じるには音響パワーを約 $10$ 倍にする必要がある。論文272 が扱ったスティーヴンスのべき則が、ここに規約として埋め込まれている。
観察 3.4 分離子、何を動かすと数が変わるか。どの量の比を取っているかである。音そのものも、聞く人も、一つも動かしていない。
4. 基準も、三つ別々である
検算 4.1:三つの尺度の基準を並べる。
| 尺度 | 基準 | 単位 |
|---|---|---|
| 音圧レベル | $20 \mu$Pa | dB |
| 音響パワーレベル | $1$ pW | dB |
| ラウドネス | $1$ kHz・$40$ dB SPL $=1$ sone | sone / phon |
観察 4.2 基準が三つとも違う。したがって「$80$ dB」という表示は、どの基準からの $80$ dB かを書かなければ意味が定まらない。
観察 4.3 $20 \mu$Pa という基準も規約である。$1$ kHz における聴覚のおよその閾値として選ばれた。測定値ではなく、取り決めである。
観察 4.4 正直に書くべき点、実務では A特性などの重み付けが加わり、さらに別の数になる。本稿はそこに立ち入らない。重み付けを入れれば、区別すべきものはもっと増える。
5. 論文273 の逆である
観察 5.1 論文273 は、同じ単位 $\mathrm{J/kg}$ が四つの別の量を書いていることを数えた。本稿は逆向きである。dB という記号は、基準を書かなければ量を持たない。
検算 5.2:二つを並べる。
| 論文273 | 本稿 | |
|---|---|---|
| 記号 | $\mathrm{J/kg}$ | dB |
| 問題 | 一つの単位に四つの量 | 一つの記号に量が無い |
| 足りないもの | 名前 | 基準 |
観察 5.3 $\mathrm{J/kg}$ は次元を持っているが、dB は無次元である。比の対数なので、何で割ったかを書かなければ何も指していない。
観察 5.4 論文272 は「$2$ 倍に感じる」が刺激の側で $6.70$ 倍ひらくことを示した。本稿はその音響版で、同じ「$2$ 倍」が $6.0206$・$3.0103$・$+10$ の三つになる。二編で対になっている。
6. 点呼と結び
- $2$ 倍が三つの数に(検算2.1):$6.0206$・$3.0103$・$+10$。
- $20$ dB が $10$ 倍と $100$ 倍(検算2.3):量によって $10$ 倍違う。
- 「$3$ dB で $2$ 倍」は丸め(観察2.5):実際は $1.9953$ 倍。
- $6$ dB の音圧比も $1.9953$(観察2.6):どちらも $10^{3/10}$。
- $20$ 対 $10$ は物理(観察3.1):$P\propto p^2$ から。
- $+10$ phon は規約(観察3.3):べき則から埋め込まれている。
- 基準も三つ別々(検算4.1):$20 \mu$Pa、$1$ pW、$1$ sone。
- $20 \mu$Pa も規約(観察4.3):測定値ではない。
- 論文273 の逆(検算5.2):一つの記号に量が無い。
結び:デシベルは比であって、量ではなかった。同じ「$2$ 倍」が、音圧では $\mathbf{6.0206}$ dB、音響パワーでは $\mathbf{3.0103}$ dB、ラウドネスでは $\mathbf{+10}$ phon になる。そして三つとも根拠が違う。$20$ 対 $10$ は物理からの帰結(パワーは振幅の二乗)、$+10$ phon はべき則から来た規約、基準値は取り決めである。逆に同じ $20$ dB が、音圧では $10$ 倍、パワーでは $\mathbf{100}$ 倍を意味する。そして「$3$ dB でちょうど $2$ 倍」も丸めであって、実際は $1.9953$ 倍である。分けるものは一つ、どの量の比を、何を基準に取っているのかを書き出すこと。書き出せば、$6.0206$ と $3.0103$ が同じことを二通りに書いているのが見える。書き出さなければ、$20$ dB を $10$ 倍とも $100$ 倍とも読める文章を書いてしまう。
参考文献
- Fletcher, H. and Munson, W. A. (1933). Loudness, Its Definition, Measurement and Calculation. The Journal of the Acoustical Society of America, 5(2).
- Stevens, S. S. (1936). A Scale for the Measurement of a Psychological Magnitude: Loudness. Psychological Review, 43(5).
- ISO 226:2003. Acoustics、Normal Equal-Loudness-Level Contours. Geneva: International Organization for Standardization.
- Kinsler, L. E., Frey, A. R., Coppens, A. B. and Sanders, J. V. (2000). Fundamentals of Acoustics, 4th edition. New York: Wiley.
- Beranek, L. L. and Mellow, T. J. (2012). Acoustics: Sound Fields and Transducers. Oxford: Academic Press.
- BIPM (2019). The International System of Units (SI), 9th edition. Sevres: Bureau International des Poids et Mesures.
- 山岸勇輝 (2026). 「稀」は、対数の目盛りで測る [論文190]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22106182
- 山岸勇輝 (2026). 「完備」は四つの別の主張である [論文201]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22109052
- 山岸勇輝 (2026). 「精度」は二つあり、較正で消えるのは一方だけ [論文255]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22168883
- 山岸勇輝 (2026). 同じ「$2$ 倍に感じる」が、刺激の側では $6.70$ 倍ひらく [論文272]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22169965
- 山岸勇輝 (2026). 同じ $\mathrm{J/kg}$ で書かれた、四つの別の量 [論文273]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22169983
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「デシベルは比であって、量ではない」[論文276]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22170073
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). デシベルは比であって、量ではない [論文276]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/276 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22170073
Yamagishi, Y. (2026). The Decibel Is a Ratio and Not a Quantity [Paper 276]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/276; DOI: 10.5281/zenodo.22170073
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