要旨
ハノイの塔は、柱が三本なら $2^{n}-1$ 手で終わる。柱を一本足すと、手数は劇的に減る。本稿が示すのは、減るのに式が書けなくなることである。易しくなることと、閉じた式があることは別の話である。新しい定理も法則も主張しない。
第一に、三本柱の $n=64$ は $18{,}446{,}744{,}073{,}709{,}551{,}615$ 手であり、これは $2^{64}-1$ にちょうど一致する(第2節)。
第二に、一秒に一手なら $\mathbf{5.8454\times10^{11}}$ 年、宇宙の年齢の $\mathbf{42.3581}$ 倍かかる(第2節)。
第三に、これが本稿の芯である。柱を一本足すと $n=64$ が $\mathbf{18{,}433}$ 手になる。$\mathbf{1.0007\times10^{15}}$ 倍の短縮だが、その $18{,}433$ を $n$ の式で書く方法が三本柱と同じ形では出てこない(第3節)。
第四に、短縮の効きは $n$ で大きく変わる。$n=5$ で $2.38$ 倍、$n=20$ で $3628.29$ 倍、$n=30$ で $1{,}047{,}553$ 倍である(第3節)。
第五に、三本柱の $2^{n}-1$ は漸化式 $T(n)=2T(n-1)+1$ と $n=2$ から $29$ まで完全に一致する(第2節)。
第六に、分離子は「一手で何が決まるか」である。三本では次の一手が一意で、四本では分割点を選ばなければならない(第4節)。
射程(何を示さないか)
新しい定理も法則も主張しない。三本柱の $2^{n}-1$、フレーム=スチュワートの漸化式はどちらも既知である($1883$ 年、$1941$ 年)。最小性を論じない。四本柱の値が最小手数と一致するかどうかは、本稿の主題ではなく、本稿は何も決着させない。本稿が扱うのは「閉じた式が書けるか」だけである。五本以上を扱わない。三本と四本の対比だけを見る。アルゴリズムを設計しない。実装や探索法は主題ではない。計算量の理論を展開しない。$P$ と $NP$ の話ではない。伝説を史実として扱わない。ブラフマーの塔の逸話は $1883$ 年のリュカによる創作であり、宇宙の年齢との比較は分かりやすさのためである。既刊との関係:論文411 は何も保たない変換にも保存量があることを示した。そこでは形が壊れても量が残った。ここでは量が減っても式が残らない。論文300 は同根か別根かが判定できることを示した。「解くのが易しい」と「式が書ける」は、その基準で別根である。論文412 は「一番近い」が距離を決めるまで決まらないことを示した。ここでは「最小手数」が柱の本数を決めるまで形を持たない。加えたのは、五つの $n$ で三本と四本を並べて数に出したこと、$n=64$ の $1.0007\times10^{15}$ 倍という短縮率を出したこと、$2^{n}-1$ を漸化式と $28$ 個の $n$ で突き合わせたこと、宇宙の年齢との比を $42.3581$ 倍と出したこと、分離子を「次の一手が一意か」に置いたことである。
1. 記法と問い
設定:$n$ 枚の円盤を、大きい円盤を小さい円盤の上に置かないという規則のもとで移す。 柱が三本のとき、最小手数は次の漸化式で決まる。
$$T_3(n)=2\,T_3(n-1)+1,\qquad T_3(1)=1$$
柱が四本のときは、上の $k$ 枚をいったん退避してから残りを三本柱で移す。
$$T_4(n)=\min_{1\le k<n}\bigl(2\,T_4(k)+2^{\,n-k}-1\bigr)$$
観察 1.1 三本の式は閉じている。$T_3(n)=2^{n}-1$、$n$ を入れれば答が出る。
観察 1.2 四本の式には $\min$ が入っている。どこで分けるかを探さなければならない。$n$ を入れただけでは答が出ない。
問い:柱を足すと問題は易しくなる。それなのに式はなぜ難しくなるのか。
2. 三本柱:閉じた式がある
計算 2.1:$T_3(64)=2^{64}-1$ を厳密に計算する。
$T_3(64)=18{,}446{,}744{,}073{,}709{,}551{,}615$ である。
観察 2.2 漸化式と閉じた式が一致することを確かめる。$T(n)=2T(n-1)+1$ を回した値と $2^{n}-1$ が、$n=2$ から $29$ まで全部一致する。閉じた式が正しいことの確認である。
計算 2.3:一秒に一手なら何年かかるか。
$\mathbf{5.8454\times10^{11}}$ 年である。宇宙の年齢 $1.38\times10^{10}$ 年の $\mathbf{42.3581}$ 倍にあたる。
観察 2.4 この数の大きさは、閉じた式のおかげで一瞬で出る。$2^{64}-1$ を計算するだけである。手順を辿る必要はない。
3. 四本柱:数は減り、式は消える
計算 3.1:同じ $n$ で三本と四本を並べる。
| 円盤 $n$ | 三本柱 $2^{n}-1$ | 四本柱 | 比 |
|---|---|---|---|
| $5$ | $31$ | $13$ | $2.38$ |
| $10$ | $1{,}023$ | $49$ | $20.88$ |
| $20$ | $1{,}048{,}575$ | $289$ | $3{,}628.29$ |
| $30$ | $1{,}073{,}741{,}823$ | $1{,}025$ | $1{,}047{,}553.00$ |
| $64$ | $18{,}446{,}744{,}073{,}709{,}551{,}615$ | $18{,}433$ | $1.0007\times10^{15}$ |
観察 3.2 短縮は劇的である。$n=64$ で $\mathbf{1.0007\times10^{15}}$ 倍、宇宙の年齢の $42$ 倍かかっていたものが、一秒一手でも五時間ほどになる。
観察 3.3 短縮の効きは $n$ で大きく変わる。$n=5$ ではまだ $2.38$ 倍しかない。$n=20$ で $3{,}628.29$ 倍、$n=30$ で $1{,}047{,}553$ 倍になる。差が指数的に開くからである。
観察 3.4 ところが $18{,}433$ という数は、$n$ の式から直接は出てこない。$\min$ をとる $k$ を、$n$ ごとに探さなければならない。三本柱の $2^{n}-1$ のように、$n$ を代入して終わりにはならない。
観察 3.5 つまり「易しくなる」と「式で書ける」が逆を向いた。手数は $10^{15}$ 分の一になった。そのぶん、答を得る手続きは長くなった。
4. 分離子
分離子:次の一手が一意に決まるか、選ばなければならないか。
観察 4.1 三本では選択肢が無い。上の $n-1$ 枚を空いている柱へ移す以外に道がない。道が一本なので、漸化式が一本の式になる。
観察 4.2 四本では退避する枚数 $k$ を選べる。$1\le k<n$ のどれでもよい。選べるから最短になり、選べるから式にならない。
観察 4.3 これは論文300 の基準で別根である。「解くのが易しい」は手数で測る。「式で書ける」は手続きの形で測る。同じ問題の違う軸である。
観察 4.4 自由度が増えると最適化が現れる、というのは他でも起きる。道が一本なら計算は要らない。道が増えた瞬間に「どれが最良か」という別の問題が生まれる。
観察 4.5 正直に言えば、本稿は「四本柱に閉じた式が存在しない」とは言っていない。言っているのは、三本柱で通る初等的な議論が四本柱ではそのまま通らず、上の式には $\min$ が残る、ということだけである。最小性の証明も、閉じた式の非存在も、本稿は扱わない。
観察 4.6 最後に一つ、$2^{64}-1$ という数は将棋盤の米粒と同じ形である。どちらも「一手ごとに倍」から出る。柱を足すという操作は、その「倍」を分割して二乗根の側へ押しやる。
5. 点呼と結び
- $T_3(64)=18{,}446{,}744{,}073{,}709{,}551{,}615$(計算 2.1):$2^{64}-1$。
- 漸化式と閉じた式が $n=2$〜$29$ で一致(観察 2.2):閉じた式の確認。
- 一秒一手で $5.8454\times10^{11}$ 年(計算 2.3):現実的でない。
- 宇宙の年齢の $42.3581$ 倍(計算 2.3):比で見ても大きい。
- $n=64$ の四本柱は $18{,}433$ 手(計算 3.1):五時間ほど。
- 短縮は $1.0007\times10^{15}$ 倍(観察 3.2):劇的である。
- $n=5$ では $2.38$ 倍(計算 3.1):小さい $n$ では効かない。
- $n=30$ では $1{,}047{,}553$ 倍(計算 3.1):指数的に開く。
- 四本の式には $\min$ が残る(観察 3.4):代入で終わらない。
- 分離子は一意か選択か(観察 4.2):選べるから式にならない。
結び:ハノイの塔は柱が三本なら閉じた式で終わる。$T_3(n)=2^{n}-1$ であり、$n=64$ なら $\mathbf{18{,}446{,}744{,}073{,}709{,}551{,}615}$ 手になる。漸化式 $T(n)=2T(n-1)+1$ を回した値と $n=2$ から $29$ まで完全に一致するので、閉じた式であることは確かである。一秒に一手なら $\mathbf{5.8454\times10^{11}}$ 年、宇宙の年齢の $\mathbf{42.3581}$ 倍かかるが、その大きさは手順を辿らずに一瞬で分かる。閉じた式とはそういうものである。柱を一本足すと、手数は劇的に減る。$n=64$ が $\mathbf{18{,}433}$ 手、$\mathbf{1.0007\times10^{15}}$ 倍の短縮になり、一秒一手でも五時間ほどで終わる。効き方は $n$ で大きく変わり、$n=5$ ではまだ $2.38$ 倍、$n=20$ で $3{,}628.29$ 倍、$n=30$ で $1{,}047{,}553$ 倍と、差は指数的に開く。ところが、その $18{,}433$ を $n$ の式で書こうとすると手が止まる。四本柱の漸化式には $\min_{1\le k<n}$ が入っており、どこで分けるかを $n$ ごとに探さなければならない。三本柱のように $n$ を代入して終わりにはならない。つまり「易しくなる」と「式で書ける」が逆を向いた。手数は $10^{15}$ 分の一になり、そのぶん答を得る手続きは長くなった。分けているものは一つ、次の一手が一意に決まるか、選ばなければならないか。三本では上の $n-1$ 枚を空いた柱へ移す以外に道がなく、道が一本だから漸化式も一本の式になる。四本では退避する枚数 $k$ を $1\le k<n$ から選べる。選べるから最短になり、選べるから式にならない。論文300 の基準で別根であり、「解くのが易しい」は手数で測り、「式で書ける」は手続きの形で測る。正直に言えば、本稿は「四本柱に閉じた式が存在しない」とは言っていない。言っているのは、三本柱で通る初等的な議論が四本柱ではそのまま通らず、式に $\min$ が残るということだけである。最小性の証明も、閉じた式の非存在も、本稿は扱わない。最後に一つ、$2^{64}-1$ は将棋盤の米粒と同じ形の数であり、どちらも「一手ごとに倍」から出る。柱を足すという操作は、その「倍」を分割して押し下げる。
参考文献
- Lucas, É. (1883). La Tour d’Hanoï, véritable casse-tête annamite. Paris: Jeu rapporté du Tonkin.
- Frame, J. S. (1941). Solution to Advanced Problem 3918. American Mathematical Monthly.
- Stewart, B. M. (1941). Solution to Advanced Problem 3918. American Mathematical Monthly.
- Hinz, A. M., Klavžar, S., Milutinović, U., & Petr, C. (2013). The Tower of Hanoi、Myths and Maths. Basel: Birkhäuser.
- 山岸勇輝 (2026). 『三百本目の点呼、同根か別根かは、判定できる』[論文300]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171914
- 山岸勇輝 (2026). 『何も保たない変換にも、保たれる量がある』[論文411]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22699656
- 山岸勇輝 (2026). 『「一番近い」は、距離を決めるまで決まらない』[論文412]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22699661
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「柱を一本足すと、閉じた式が消える」[論文413]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22699750
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 柱を一本足すと、閉じた式が消える [論文413]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/413 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22699750
Yamagishi, Y. (2026). Adding One Peg Destroys the Closed Form [Paper 413]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/413; DOI: 10.5281/zenodo.22699750
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author = {Yamagishi, Yuuki},
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