要旨
ある水準に触る確率の表が、期間外でも当たることがある。それでも、その表に従った売買は負ける。本稿が示すのは、両立することである。確率を数えているバリアと、損益を決めているバリアが違う。新しい定理も法則も主張しない。
第一に、表は当たっている。予言 $79.6$〜$91.9\%$ に対し、期間外の実測は $82.0$〜$89.1\%$ で、帯の中に収まる(第2節)。
第二に、これが本稿の芯である。仕掛けから見た勝率はちょうど $\mathbf{0.5000}$ である。表の $0.75$〜$0.85$ とは別物である(第3節)。
第三に、差は非対称から来ているのではない。上下の距離は等しく、等しいからこそ $0.5$ になる(第3節)。
第四に、費用を入れた期待値はちょうど $\mathbf{-c}$ である。逆算しても同じ値が出る(第3節)。
第五に、表が当たる理由は距離だけである。同じ距離で上向き $95.5\%$・下向き $92.9\%$、差は $\mathbf{2.6}$ ポイントしかない(第4節)。
第六に、分離子は「どこから出発し、どこで止まるか」である(第4節)。
射程(何を示さないか)
新しい定理も法則も主張しない。タッチ確率(初通過確率)、任意停止定理、バリアオプションの用語はすべて既知である。特定の手法や提唱者を論じない。実在の指標、その考案者、販売元は主題ではなく、一切名指さない。扱うのは「ある水準へのタッチ確率の表を作り、それに従って売買する」という一般的な形だけである。表の作り方を評価しない。どの水準の置き方が良いかは主題ではない。表そのものは正しいとして扱う。ドリフトのある場合を扱わない。第3節の導出はドリフト無し・有界な停止時刻の下でのものである。ドリフトがあれば $0.5$ からずれる。予測を主張しない。どの水準に触るかを当てる方法は提案しない。費用の模型を一つに固定する。仕掛けで一度だけ $c$ を払うとする。既刊との関係:論文422 は核心と名指された条件が結果を動かさないことを示した。そこでは効くはずのものが効かなかった。ここでは当たっているはずのものが使えない。論文298 は勝率と期待値が別物であることを示した。ここでは「確率が高い」と「期待値が正」が別物である。論文300 は同根か別根かが判定できることを示した。「一日のどこかで触る確率」と「損切りより先に触る確率」は、その基準で別根である。論文416 は積が同じでも結果が同じにならないことを示した。ここでも、正しい部品から誤った結論が出る。加えたのは、表の予言と期間外の実測を並べて表の正しさを確かめたこと、仕掛けから見た勝率を距離の逆比で $0.5000$ と導いたこと、その $0.5$ が非対称ではなく対称から来ることを明示したこと、期待値が費用と符号込みで一致することを逆算で確かめたこと、方向の情報が $2.6$ ポイントしか無いことを示したこと、分離子を「出発点と停止条件」に置いたことである。
1. 記法と問い
設定:ある基準値 $P$ と、その上下に等間隔で置いた水準 $S_1$、$S_2$ を考える。
$$S_1=P-d,\qquad S_2=P-2d$$
表は「一日のうちに一度でも $P$ に触る確率」を過去から数えたものである。 売買は「$P$ より下にいるとき $S_1$ で買い、$P$ で利食い、$S_2$ で損切り」とする。 仕掛けで一度だけ費用 $c$ を払う。
観察 1.1 $S_1$ から見ると、利食いまでの距離も損切りまでの距離も $d$ である。$S_1\to P$ が $d$、$S_1\to S_2$ が $d$、損益比は $1:1$ である。
観察 1.2 だから「勝率が $75\%$ 以上あるなら、損益比 $1:1$ でも勝てる」と読める。算術としては正しい。$0.75\times d-0.25\times d=0.5d>0$。
問い:その $0.75$ は、この売買の勝率なのか。
2. 表は当たっている
計算 2.1:表を前半の期間だけで作り、後半で検定する。
| 量 | 値 |
|---|---|
| 表の予言 | $79.6$〜$91.9\%$ |
| 期間外の実測 | $82.0$〜$89.1\%$ |
実測は予言の帯の中に収まっている。
観察 2.2 つまり表に後付けも先読みも無い。作った期間の外でも当たる。これは強い性質である。
観察 2.3 ここで話が止まりやすい。「表が当たるなら、それに従えば勝てる」。当たることと、使えることが同じに見える。
観察 2.4 だが表が数えている事象を、正確に読む必要がある。「一日のうちに一度でも $P$ に触るか」である。出発点は当日の始値であり、窓は一日である。
3. 仕掛けから見た勝率は、ちょうど 0.5 である
計算 3.1:売買が要求する事象を書く。 「$S_1$ から出発して、$S_2$ に触るより先に $P$ に触るか」である。 ドリフト無し・有界な停止時刻の下で、先に上へ触る確率は距離の逆比で決まる。
$$p=\frac{|S_1-S_2|}{|P-S_1|+|S_1-S_2|}=\frac{d}{d+d}=\mathbf{0.5000}$$
観察 3.2 この $0.5$ は、上下が等距離だから出る。非対称だからではない。むしろ対称であることが $0.5$ の理由である。ここを取り違えると、幅を変えれば直ると誤解する。
観察 3.3 幅を変えても直らない。$S_1\to P$ と $S_1\to S_2$ の比を変えれば勝率は動く。だが同じ比だけ損益の大きさも動くので、期待値は動かない。
計算 3.4:費用を入れる。
$$\mathbb{E}=p\,d-(1-p)\,d-c=-c$$
$c=0.1d$ とすると $\mathbb{E}=\mathbf{-0.1000}$ であり、逆算しても $-c$ と符号込みで一致する。
観察 3.5 $0.75$ と $0.50$ の差は、腕の差ではない。二つの確率が、違う事象を数えている。出発点が違い、止まる条件が違う。
| 出発点 | 止まる条件 | 確率 | |
|---|---|---|---|
| 表 | 当日の始値 | 一日が終わる | $0.75$〜$0.85$ |
| 売買 | $S_1$ | $P$ か $S_2$ に触る | $0.5000$ |
観察 3.6 作り物でも同じ形が出る。ランダムウォークで「当日中に $P$ に触る割合」を測ると $0.820$ になる。方向の情報を一つも入れていないのに、$0.75$ を超える。高い数字そのものが、情報の証拠にならない。
4. 分離子
分離子:どこから出発し、どこで止まるか。
観察 4.1 表の値が高いのは、距離が近いからである。距離 $0.038$ で $94.2\%$、距離 $0.303$ で $56.7\%$、単調に下がる。表が測っているのは距離である。
観察 4.2 そして方向の情報はほとんど無い。同じ距離で上向き $95.5\%$、下向き $92.9\%$、差は $\mathbf{2.6}$ ポイントしかない。
観察 4.3 だから表は「近いものには触りやすい」と言っている。それは正しく、当たる。だが売買に必要なのは「どちらへ動くか」であり、そこは空である。
観察 4.4 これは論文300 の基準で別根である。どちらも「$P$ に触る確率」と呼ばれる。一方は当日の始値から一日、一方は $S_1$ から二つのバリアまで。同じ名前の、別の量である。
観察 4.5 混ぜると、正しい部品から誤った結論が出る。表は正しく、損益比の算術も正しい。正しくないのは、その二つを掛け合わせてよいという前提だけである。
観察 4.6 正直に言えば、$0.5000$ はドリフト無しの下での値である。ドリフトがあればずれる。だが本稿の要点はずれの大きさではなく、$0.75$ がこの売買の勝率ではないという点である。
観察 4.7 最後に一つ、確率を報告するときは、出発点と停止条件を併記する。「$P$ に触る確率 $80\%$」だけでは、どの売買にも接続できない。二つを書けば、掛け違いは起きない。
5. 点呼と結び
- 予言 $79.6$〜$91.9\%$・実測 $82.0$〜$89.1\%$(計算 2.1):表は当たる。
- 期間外でも当たる(観察 2.2):後付けも先読みも無い。
- 仕掛けから見た勝率は $0.5000$(計算 3.1):距離の逆比。
- $0.5$ は対称だから出る(観察 3.2):非対称からではない。
- 幅を変えても期待値は動かない(観察 3.3):損益も同じ比で動く。
- 期待値はちょうど $-0.1000$(計算 3.4):逆算で $-c$ と一致。
- 作り物でも当日タッチは $0.820$(観察 3.6):情報ゼロでも高く出る。
- 距離 $0.038\to94.2\%$、$0.303\to56.7\%$(観察 4.1):単調。
- 上向き $95.5\%$・下向き $92.9\%$(観察 4.2):差は $2.6$ ポイント。
- 分離子は出発点と停止条件(観察 4.4):論文300 の基準で別根。
結び:ある水準に触る確率の表が、作った期間の外でも当たることがある。予言 $79.6$〜$91.9\%$ に対し期間外の実測は $\mathbf{82.0}$〜$\mathbf{89.1\%}$ で、帯の中に収まる。後付けも先読みも無く、これは強い性質である。$S_1$ から見れば利食いまでも損切りまでも距離は $d$ で損益比は $1:1$ だから、「勝率が $75\%$ 以上あるなら $1:1$ でも勝てる」と読める。算術としては正しい。それでも売買は負ける。売買が要求するのは「$S_1$ から出発して $S_2$ に触るより先に $P$ に触るか」であり、ドリフト無し・有界な停止時刻の下でその確率は距離の逆比、すなわちちょうど $\mathbf{0.5000}$ である。この $0.5$ は上下が等距離だから出る。非対称だからではなく、むしろ対称であることが理由であり、ここを取り違えると幅を変えれば直ると誤解する。幅を変えても直らない。比を変えれば勝率は動くが、同じ比だけ損益の大きさも動くので期待値は動かない。費用を入れれば期待値はちょうど $\mathbf{-c}$ で、$c=0.1d$ なら $\mathbf{-0.1000}$、逆算しても符号込みで一致する。差は腕の差ではない。二つの確率が違う事象を数えている。表は当日の始値から出発して一日が終わるまで、売買は $S_1$ から出発して $P$ か $S_2$ に触るまでである。作り物でも同じ形が出る:ランダムウォークで方向の情報を一つも入れずに「当日中に $P$ に触る割合」を測ると $\mathbf{0.820}$ になり、$0.75$ を超える。高い数字そのものは、情報の証拠にならない。分けているものは一つ、どこから出発し、どこで止まるか。表の値が高いのは距離が近いからで、距離 $0.038$ で $94.2\%$、距離 $0.303$ で $56.7\%$ と単調に下がる。表が測っているのは距離である。そして方向の情報はほとんど無く、同じ距離で上向き $95.5\%$・下向き $92.9\%$、差は $\mathbf{2.6}$ ポイントしかない。だから表は「近いものには触りやすい」と言っており、それは正しく当たるが、売買に必要な「どちらへ動くか」はそこに無い。論文300 の基準で別根であり、同じ名前の別の量である。正直に言えば、$0.5000$ はドリフト無しの下での値であり、ドリフトがあればずれる。だが本稿の要点はずれの大きさではなく、$0.75$ がこの売買の勝率ではないという点である。最後に一つ、混ぜると、正しい部品から誤った結論が出る。表は正しく、損益比の算術も正しく、正しくないのはその二つを掛け合わせてよいという前提だけである。確率を報告するときは、出発点と停止条件を併記する。
参考文献
- Doob, J. L. (1953). Stochastic Processes. New York: Wiley.
- Karatzas, I., & Shreve, S. E. (1991). Brownian Motion and Stochastic Calculus (2nd ed.). New York: Springer.
- Redner, S. (2001). A Guide to First-Passage Processes. Cambridge: Cambridge University Press.
- Hull, J. C. (2018). Options, Futures, and Other Derivatives (10th ed.). Harlow: Pearson.
- 山岸勇輝 (2026). 『勝率 $99.9999\%$ の戦略の期待値は、ちょうど $0$ である』[論文298]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171857
- 山岸勇輝 (2026). 『三百本目の点呼、同根か別根かは、判定できる』[論文300]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171914
- 山岸勇輝 (2026). 『積が同じでも、結果が同じにならない』[論文416]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22699831
- 山岸勇輝 (2026). 『規則の核心と名指された条件を外しても、成績が動かない』[論文422]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22700081
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「表は当たっているのに、売買は負ける」[論文423]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22700114
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 表は当たっているのに、売買は負ける [論文423]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/423 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22700114
Yamagishi, Y. (2026). The Table Is Right and the Trade Still Loses [Paper 423]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/423; DOI: 10.5281/zenodo.22700114
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author = {Yamagishi, Yuuki},
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