【M032】がんの罹患率が 2016 年に跳んだ年は、登録の仕組みが替わった年である

要旨

本稿が問うのは、がんの罹患率が 2016 年に大きく上がったことを、ほかの年の動きとどう並べて見ればよいか、である。2016 年は、罹患の数え方が地域がん登録から全国がん登録に替わった年である。がん情報サービスの二つの系列(全国(2015 年までは地域がん登録からの全国推計値、2016 年からは全国がん登録)と、山形・福井・長崎の 3 県(2015 年までは地域がん登録の実測値、2016 年からは全国がん登録))の年齢調整罹患率で、2015 年から 2016 年への変化を、ほかの年の変化・部位・年齢と並べた。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。

第一に、三つの集計表の中の足し算はそろっており、集計表の頁は「2016年の全国がん登録の導入による制度変更により、2015-2016年前後の罹患データの変化の解釈には注意が必要です」と書いている。3 県の系列で 2016 年の値が過去最高だったことは、先行研究(Tanaka ほか, 2026)の要旨がすでに述べている(第3節)。

第二に、全部位の年齢調整罹患率(男女計)は、全国で 369.0 から 402.0(1.089 倍)、3 県で 356.6 から 419.4(1.176 倍)になった。どちらの系列でも、2004〜2023 年でいちばん大きな年の変化である。 前の 10 年(2006〜2015 年)の前年比は、全国で 0.990〜1.049、3 県で 0.976〜1.039 だった(第4節)。

第三に、これが本稿の芯である。3 県では 2016 年に 17 部位すべてが前年より上がり、ほかの年は多くても 12 部位だった。全国でも 2016 年は 16 部位(上がらなかったのは喉頭だけ)で、ほかの年は多くても 15 部位である(第5節)。

第四に、跳びは部位で大きさが違う。前の 10 年の最大を超えた部位は、全国で 6、3 県で 11 だった。40〜84 歳の 9 つの年齢階級では、両系列ともすべて前年比が 1 を超える(第6節)。

第五に、全国の前の 10 年でいちばん大きな前年比は 2011 年の 1.049 で、これは全国推計の地域の選び方の基準が替わった年と重なる。跳んだあとは、2017 年に全国 0.967・3 県 0.954 と下がり、2023 年は全国で 2016 年の 0.933 倍である(第4節)。

第六に、分けているのは、数え方の継ぎ目か、病気の動きかである。本稿は、2016 年の跳びのうちどれだけが数え方によるかを決めない。示すのは、跳びが数え方の替わった年に重なり、ほかのどの年よりも大きく、ほとんどの部位とすべての年齢で同じ向きに起きた、という形である。

本稿の射程(scope note):新しい数学定理も新しい法則も主張しない。年齢調整罹患率はがん情報サービスが公表している数で、本稿はそれを前年と比べ、部位と年齢に並べるだけである。本稿は公開の集計データの数の形を述べる構造的解釈であり、医学的な助言・診断・治療の推奨ではない。著者は医師ではない。個人の健康に関する判断は医師・医療機関に相談すること。査読を経ていないプレプリントである。 2016 年の跳びのうち、数え方によるぶんと病気によるぶんを分けない。分けるには、同じ人たちを両方の仕組みで数えた資料が要る。2016 年に 3 県の値が過去最高だったことは先行研究の要旨がすでに述べている(Tanaka ほか, 2026)。本稿はその本文を読んでおらず、要旨の一文だけを引く。2020 年の下がりの理由には立ち入らない。 登録の仕組みの良し悪しを論じない。 一人のなりやすさではない。3 県と全国を、地域の比べ合いとして読まない。3 県は、長く精度の高い登録として選ばれた系列である。データについて:がん情報サービスの集計表を、頁が示す出典の表記とルールに従って使い、本稿の前年比・部位の数は加工して作成した。加えたのは、2016 年の変化を 2004〜2023 年のほかの年の変化と同じ物差しで並べたこと、その年に上がった部位の数を数え、3 県では 2016 年だけ 17 部位すべてが上がったことを示したこと、部位ごと・年齢ごとの跳びを前の 10 年の幅と並べたことである。

1. 記法と問い

  • 年齢調整罹患率:集計表の asr のシートの、昭和60年モデル人口の値(三つの集計表でそろう標準人口)。人口 10 万対。
  • 全国の系列:1975〜2015 年は地域がん登録からの全国推計値、2016〜2023 年は全国がん登録。3 県の系列:山形・福井・長崎で、1985〜2015 年は地域がん登録の実測値、2016〜2023 年は全国がん登録。どちらも 2015 年と 2016 年のあいだで元が替わる。
  • 前年比:その年の値 ÷ 前の年の値。変化の大きさは、前年比の自然対数の絶対値で比べる(上がりと下がりを同じ物差しにする)。
  • 前の 10 年の幅:2006〜2015 年の前年比の最小と最大。
  • 上がった部位の数:男女計で両系列にそろう 17 部位のうち、前年比が 1 を超えた部位の数。

問い:2016 年の上がりは、ほかの年の動きと比べてどれほど大きく、どんな形をしているか。

観察 1.1:M031 は、「いちばん多いがん」が部位の束ね方と上皮内がんの含め方で替わることを示した。本稿は、数え方の違いを部位の側ではなく、年の側で見る。

2. 下見と設計

正直に書く:本稿の設計は、表と先行研究の要旨を見たあとに決めた。

中身
全国の系列 がん情報サービス 全国推計値(1975〜2015 年)と全国がん登録(2016〜2023 年)
3 県の系列 がん情報サービス 高精度地域実測値(1985〜2015 年)と全国がん登録(2016〜2023 年)
物差し 年齢調整罹患率(昭和60年モデル人口)の前年比・上がった部位の数・前の 10 年の幅
見込みと、測ったこと 下見の前は、3 県の系列は継ぎ目をまたがない対照になると見込んでいた。ファイルの注記を読むと、3 県の系列も 2016 年から全国がん登録に替わっており、対照にはならなかった。そこで、二つの系列をどちらも継ぎ目をまたぐ系列として並べた

3. データと、その確かめ

計算 3.1 取得したファイル 6 本(集計表 3 本・集計表の頁・先行研究の書誌と頁)を SHA-256 で固定し、次のことを確かめた。

  • 三つの集計表とも、number のシートの全部位の「全年齢」= 年齢の列の和(全国推計値の 2015 年 903,914・3 県の 2015 年 24,926 と 2016 年 29,595・全国がん登録の 2016 年 995,131)。
  • 三つの集計表とも、全部位の粗罹患率 = 罹患数 ÷ 人口 × 10 万(全国推計値の 2015 年の人口 127,094,745・3 県の 2016 年 3,264,000・全国がん登録の 2016 年 126,933,000)。
  • 集計表の頁に、2015-2016 年前後の変化と、全国推計値の年次推移の両方について、注意を促す文が在る。
  • 先行研究(Tanaka・Arai・Katanoda, Journal of Epidemiology, 2026)の要旨に「The ASR incidence in 2016 (the first year of the NCR) was the highest ever recorded」の文が在る。
  • 両系列にそろう部位(男女計・上皮内を含む集計を除く)は 17。

4. 全部位の前年比

計算 4.1 全部位の年齢調整罹患率の前年比と、その年に上がった部位の数(男女計・2004〜2023 年)

年 全国の前年比 3 県の前年比 全国で上がった部位 3 県で上がった部位
2004 0.992 0.976 8/17 5/17
2005 1.010 0.997 9/17 8/17
2006 1.009 1.037 9/17 11/17
2007 1.037 1.032 14/17 12/17
2008 1.043 1.004 15/17 10/17
2009 1.015 1.013 10/17 10/17
2010 1.017 1.039 11/17 8/17
2011 1.049 0.976 13/17 5/17
2012 0.999 1.001 6/17 10/17
2013 0.990 1.000 5/17 9/17
2014 1.001 0.985 7/17 6/17
2015 1.019 0.995 11/17 7/17
2016 1.089 1.176 16/17 17/17
2017 0.967 0.954 3/17 3/17
2018 0.990 0.967 7/17 5/17
2019 1.006 1.001 9/17 6/17
2020 0.935 0.956 0/17 7/17
2021 1.046 1.047 15/17 12/17
2022 0.988 0.981 3/17 7/17
2023 1.001 0.985 8/17 7/17

観察 4.2:2016 年の前年比は、全国で 1.089、3 県で 1.176 で、どちらの系列でも 2004〜2023 年でいちばん大きな変化である。 次に大きいのは、全国で 2020 年の 0.935、3 県で 2017 年の 0.954 である。前の 10 年の幅は、全国で 0.990〜1.049(最大は 2011 年)、3 県で 0.976〜1.039(最大は 2010 年)だった。

観察 4.3:2016 年の値は、全国(1975〜2023 年)でも 3 県(1985〜2023 年)でも、いちばん高い(全国 402.0・3 県 419.4)。3 県についてはこれを先行研究の要旨がすでに述べている。2017 年は全国 0.967・3 県 0.954 と下がり、2023 年は全国 375.0(2016 年の 0.933 倍)、3 県 374.4(0.893 倍)である。

観察 4.4:全国の前の 10 年でいちばん大きな前年比は、2011 年の 1.049 である。全国推計値のファイルの注記によれば、全国推計に使う地域がん登録の基準が「2011年以降」で替わっている。数え方の替わった年に大きな変化が出る形は、2016 年だけでなく、全国推計の中にも一度ある。

男女別の 2016 年の前年比は、男性で全国 1.081・3 県 1.157、女性で全国 1.098・3 県 1.201 である。

図1 全部位の年齢調整罹患率

図1:全部位の年齢調整罹患率(男女計・昭和60年モデル人口)。紺は全国(2015 年まで全国推計値・2016 年から全国がん登録)、金は 3 県(2015 年まで地域がん登録・2016 年から全国がん登録)。破線が登録の切り替え。

5. 芯、17 部位が同じ年に上がる

観察 5.1:3 県では、2016 年に 17 部位すべてが前年より上がった。ほかの年(2004〜2023 年)に上がった部位の数は 3〜12 である。 全国でも、2016 年は 17 部位のうち 16 が上がり(上がらなかったのは喉頭)、ほかの年は 0〜15 である。

観察 5.2:ふつうの年には、上がる部位と下がる部位が混ざる。2016 年は、ほとんどの部位が同じ年に同じ向きに動いた。多くの部位が一度に同じ向きに動く形は、部位ごとの病気の動きが偶然そろったと読むより、数え方が全体に一度にかかったと読む方が素直な形である。 ただし本稿は、どちらかに決めない。

観察 5.3:全国の 2020 年は、17 部位すべてが前年より下がった(上がった部位 0)。これも一度に同じ向きに動いた形だが、本稿はその理由には立ち入らない。

図2 前年より上がった部位の数

図2:前年より上がった部位の数(男女計・17 部位)。紺は全国、金は 3 県。破線が登録の切り替え。

6. 部位と年齢

計算 6.1 部位ごとの 2015→2016 年の前年比と、前の 10 年(2006〜2015 年)の前年比の幅(男女計)

部位 全国の前年比 全国の前の 10 年 3 県の前年比 3 県の前の 10 年
全部位 1.089 0.990〜1.049 1.176 0.976〜1.039
口腔・咽頭 1.175 0.959〜1.216 1.243 0.850〜1.139
食道 1.113 0.934〜1.076 1.131 0.863〜1.130
胃 1.015 0.954〜1.029 1.078 0.932〜1.052
結腸 1.116 0.983〜1.045 1.157 0.955〜1.086
肝臓 1.045 0.907〜1.040 1.289 0.896〜1.041
胆嚢・胆管 1.004 0.944〜1.034 1.210 0.876〜1.083
膵臓 1.069 0.989〜1.108 1.185 0.930〜1.115
喉頭 0.940 0.880〜1.193 1.052 0.883〜1.205
肺 1.065 0.978〜1.067 1.252 0.931〜1.079
皮膚 1.159 0.914〜1.285 1.129 0.904〜1.217
膀胱 1.114 0.917〜1.033 1.239 0.874〜1.057
腎・尿路(膀胱除く) 1.092 0.968〜1.119 1.040 0.932〜1.074
脳・中枢神経系 1.113 0.914〜1.122 1.072 0.817〜1.400
甲状腺 1.237 0.964〜1.112 1.422 0.936〜1.153
悪性リンパ腫 1.109 0.956〜1.160 1.080 0.970〜1.185
多発性骨髄腫 1.031 0.962〜1.102 1.088 0.891〜1.164
白血病 1.109 0.972〜1.103 1.100 0.879〜1.073

観察 6.2:前の 10 年の最大を超えた部位は、全国で 6(食道・結腸・肝臓・膀胱・甲状腺・白血病)、3 県で 11 である。 17 部位のうち 12 で、3 県の方が跳びが大きい。甲状腺は全国 1.237・3 県 1.422 と、どちらの系列でも大きい。胃は全国 1.015 で、前の 10 年の幅(0.954〜1.029)の中にある。

計算 6.3 年齢ごとの 2015→2016 年の前年比(全部位・男女計)

年齢 全国 3 県
40〜44 歳 1.100 1.096
45〜49 歳 1.044 1.252
50〜54 歳 1.084 1.205
55〜59 歳 1.070 1.154
60〜64 歳 1.084 1.184
65〜69 歳 1.105 1.157
70〜74 歳 1.094 1.167
75〜79 歳 1.079 1.176
80〜84 歳 1.093 1.187

観察 6.4:40〜84 歳の 9 つの年齢階級で、両系列とも前年比が 1 を超える(全国 1.044〜1.105・3 県 1.096〜1.252)。跳びは、どこか一つの年齢に集まっていない。

7. 限界

  1. 跳びのうち、数え方によるぶんと病気によるぶんを分けない。 分けるには、同じ人たちを両方の仕組みで数えた資料が要る。
  2. 2016 年から全国がん登録の中で起きた動き(2017 年の下がり・2020 年の下がり)の理由には立ち入らない。
  3. 全国の系列の 2015 年以前は推計値である。 集計表の頁は、年によって推計方法や含まれる地域が異なるため、年次推移の検討には注意が必要と書いている。
  4. 3 県の系列は人口が小さく(2016 年 3,264,000)、罹患の少ない部位の率は年ごとに揺れやすい。
  5. 先行研究は要旨だけを読んだ。 一人のなりやすさではない。3 県と全国を地域の比べ合いとして読まない。

結び

がんの年齢調整罹患率は、2016 年に全国で 1.089 倍、3 県で 1.176 倍になった。どちらも 2004〜2023 年でいちばん大きな年の変化で、3 県では 17 部位すべてが、全国では 16 部位が同じ年に上がり、40〜84 歳のどの年齢でも上がった。その年は、罹患の数え方が全国がん登録に替わった年である。

分けるものは一つ、数え方の継ぎ目か、病気の動きか、である。

「2016 年にがんが増えた」という年次推移を見たときは、その年に数え方が替わったことと、その跳びがほかの年の変化とどれほど違う形をしているかを、一緒に確かめる。

データと再現

データ 国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」の集計表 3 本(全国推計値 1975〜2015 年・高精度地域実測値と全国がん登録 1985〜2023 年・全国がん登録 2016〜2023 年)(2026 年 9 月 25〜26 日に取得)
出典の表記 国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」(全国がん罹患モニタリング集計(MCIJ)、全国がん登録)。英文の出典は参考文献の Hori ほか(2015)・Tanaka ほか(2026)と、がん情報サービスの項
範囲 日本(全国)と山形・福井・長崎の 3 県・1985〜2023 年
検算 検算/M032.py(--zu で図も書き出す)。本文の数字はすべて 検算/M032_output.txt から取っている
生データ data/ に取得したファイル 6 本と SOURCES.md(URL・取得日・SHA-256・利用の際のルール・注記の写し・言葉と計算の置き方)
図 図/M032_zu1・図/M032_zu2(png・svg・英語版)

参考文献

  • Hori, M., Matsuda, T., Shibata, A., Katanoda, K., Sobue, T., & Nishimoto, H. (2015). Cancer incidence and incidence rates in Japan in 2009: a study of 32 population-based cancer registries for the Monitoring of Cancer Incidence in Japan (MCIJ) project. Japanese Journal of Clinical Oncology. 10.1093/jjco/hyv088
  • 国立がん研究センターがん情報サービス. 「がん統計」集計表 cancer_incidence(1975-2015).xls(全国がん罹患モニタリング集計(MCIJ))・cancer_incidence3pref(1985-2023).xls・cancer_incidenceNCR(2016-2023).xls(全国がん登録)(2026年9月26日に利用). https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/data/dl/index.html
  • Tanaka, H., Arai, K., & Katanoda, K. (2026). Updated Trends in Cancer Statistics in Japan: Incidence in 1985–2021 in selected prefectures and Mortality in 1979–2023、Beyond the Launch of the National Cancer Registry in 2016. Journal of Epidemiology. 10.2188/jea.JE20250559
  • 山岸勇輝 (2026). 「いちばん多いがん」は部位の束ね方で替わる。男女計の罹患数の 1 位は、大腸と束ねれば大腸、結腸と直腸に分ければ肺、ICD の 4 桁では前立腺 [M031]. Zenodo. https://doi.org/10.5281/zenodo.22972431

作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。

書誌

山岸勇輝(2026)「がんの罹患率が 2016 年に跳んだ年は、登録の仕組みが替わった年である」[M032]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22972789

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引用するとき

山岸勇輝 (2026). がんの罹患率が 2016 年に跳んだ年は、登録の仕組みが替わった年である [M032]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/M032 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22972789

Yamagishi, Y. (2026). The Year Cancer Incidence Jumped, 2016, Is the Year the Registry System Changed [M032]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/M032; DOI: 10.5281/zenodo.22972789

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