【論文158】内から測れるものは、必ずどこかに住める

要旨

論文91 は曲率が内在的である(面の中にいるだけで測れる)と書いた。ナッシュ(1956)はその逆を言う:内在的に定義された計量は、必ずどこかのユークリッド空間に等長に住める。本稿はこの二つを対に置き、双対でありながら別根であることを示す。新しい数学定理は主張しない。

第一に、驚異の定理を検算した。球面・トーラス・円柱について、第一基本形式だけから計算した曲率(ブリオスキの公式)と$\det(\mathrm{II})/\det(\mathrm{I})$ から計算した曲率が、三つとも差ちょうど $0$ で一致した(本稿で記号計算)(第2節)。

第二に、曲げると第二基本形式は動き、第一基本形式は動かない。平面と円柱は第一基本形式がともに $(a^2,0,1)$ で同一、第二基本形式は $(0,0,0)$ と $(-a,0,0)$ で別物、曲率はどちらも $0$(第3節)。

第三に、住所は必ず在る。しかし必要な次元は、要求した滑らかさで動く。$n$ 次元多様体について、滑らかな埋め込み(ホイットニー)は $2n$、$C^1$ 等長(ナッシュ=クイパー)は $n+1$、$C^k$($k\ge3$)等長(ナッシュ 1956・コンパクト)は $n(3n+11)/2$、$n=2$ ではそれぞれ $4$、$3$、$17$ である(第4節)。

第四に、これが本稿の芯である。平坦トーラスは $C^1$ では住めて、$C^2$ では住めない。$\mathbb{R}^3$ のコンパクトな $C^2$ 曲面は、原点から最も遠い点で必ず $K\ge1/D^2>0$ を満たす。トーラスで四つの形について確かめるとすべて成立した。ゆえに至るところ $K=0$ の平坦トーラスは $\mathbb{R}^3$ に $C^2$ 等長には入らない。それでもナッシュ=クイパーは $C^1$ の住所を与える(第5節)。

射程(何を示さないか)

本稿の射程:新しい数学定理は主張しない。驚異の定理(ガウス 1828)、ホイットニーの埋め込み定理、ナッシュ=クイパーの $C^1$ 定理、ナッシュの $C^k$ 定理はいずれも標準的である。加えたのは内在と外在を体系の別根の言葉で並べたこと、驚異の定理を三つの曲面で自前検算したこと、必要な次元を動かしているのが「要求した滑らかさ」であると住所を書いたこと、平坦トーラスの $C^1$/$C^2$ の分岐を、コンパクト曲面の曲率の下界として数で示したことである。

1. 記法と位置づけ

曲面の第一基本形式を $\mathrm{I}=(E,F,G)$、第二基本形式を $\mathrm{II}=(L,M,N)$ と書く。$\mathrm{I}$ は面の中で測れる量(長さ・角)だけから決まり、$\mathrm{II}$ は周囲の空間への曲がり方を要する。

位置づけ:論文91 は「面の中にいるだけで曲率が測れる」という側を書いた。本稿はその反対側に立つ、「中で定義されたものは、外のどこかに実現される」。論文157 が一つの数の出所を数えたのに対し、本稿は一つの対象が持つ二つの記述を並べる。

2. 驚異の定理を検算する

検算 2.1:三つの曲面について、$\mathrm{I}$ だけから求めた曲率(ブリオスキの公式)と $\det(\mathrm{II})/\det(\mathrm{I})$ を比べる。

曲面 $\mathrm{I}$ から $\mathrm{II}/\mathrm{I}$ から 差
半径 $a$ の球面 $1/a^2$ $1/a^2$ $\mathbf{0}$
トーラス $(R,r)$ $\dfrac{\cos v}{r(R+r\cos v)}$ $\dfrac{\cos v}{r(R+r\cos v)}$ $\mathbf{0}$
半径 $a$ の円柱 $0$ $0$ $\mathbf{0}$

(証明終)

観察 2.2 周囲の空間を一度も使わずに求めた曲率が、使って求めたものと一致する。これが驚異の定理であり、論文91 が「曲率は内在的である」と書いた中身である。

3. 曲げると第二基本形式は動き、第一基本形式は動かない

検算 3.1

曲面 $\mathrm{I}$ $\mathrm{II}$ $K$
平面 $x=(au,v,0)$ $(a^2,0,1)$ $(0,0,0)$ $0$
半径 $a$ の円柱 $\mathbf{(a^2,0,1)}$(同一) $\mathbf{(-a,0,0)}$(別物) $0$

(証明終)

観察 3.2 第一基本形式は同じで、第二基本形式だけが動いた。紙を丸めても紙の上の距離は変わらない。等長だが合同ではない、という状態である。

観察 3.3 したがって $\mathrm{II}$ は計量の関数ではない。同じ計量に、いくつもの $\mathrm{II}$ が対応する。この一点が、本稿の残り全部を用意している。

4. 住所は必ず在る。しかし必要な次元は動く

事実 4.1(ナッシュ 1956):任意のリーマン多様体は、十分高次元のユークリッド空間に等長に埋め込める。内在的に定義された計量には、必ず外在的な実現がある。

検算 4.2:$n$ 次元多様体について、要求ごとに必要な次元を並べる。

$n$ 滑らかな埋め込み(ホイットニー)$2n$ $C^1$ 等長(ナッシュ=クイパー)$n+1$ $C^k$ 等長(ナッシュ)$n(3n+11)/2$
1 2 2 7
2 4 3 17
3 6 4 30
4 8 5 46
5 10 6 65

(証明終)

観察 4.3 三つの数は三つの別の問いへの答である。ホイットニーは計量を無視した埋め込み、ナッシュ=クイパーは $C^1$ の等長、ナッシュは $C^k$($k\ge3$)の等長。動かすべきものは、要求した滑らかさである。

観察 4.4 $n=2$ で $C^1$ が $3$、$C^k$ が $17$ というのは、桁が違うのではない。問いが違う。「住める」という一語が、滑らかさを言わないかぎり次元を指定しない。

5. 芯:平坦トーラスは $C^1$ では住めて、$C^2$ では住めない

検算 5.1:トーラス $(R,r)=(2,1)$ の曲率 $K=\cos v/(r(R+r\cos v))$ は、管のまわりで符号を変える。

$v$ $K$ 位置
$0^\circ$ $1/3$ 外側(正)
$60^\circ$ $1/5$ 外側(正)
$90^\circ$ $0$ 上下(零)
$120^\circ$ $-1/3$ 内側(負)
$180^\circ$ $-1$ 内側(負)

全体で積分すると $\int K\,dA=\mathbf{0}$ であり、ガウス=ボンネの $2\pi\chi=0$ と合う。(証明終)

事実 5.2(障害):$\mathbb{R}^3$ のコンパクトな $C^2$ 曲面について、原点から最も遠い点を $p$、その距離を $D$ とすると、曲面は半径 $D$ の球の内側にあるから、$p$ ではその球より曲がっていなければならない:$K(p)\ge1/D^2>0$。

検算 5.3

$(R,r)$ $D=R+r$ $v=0$ での $K$ $1/D^2$ $K\ge1/D^2$
$(2,1)$ $3$ $1/3$ $1/9$ 成立
$(5,1)$ $6$ $1/6$ $1/36$ 成立
$(3,2)$ $5$ $1/10$ $1/25$ 成立
$(10,1/2)$ $21/2$ $4/21$ $4/441$ 成立

(証明終)

観察 5.4 ゆえに至るところ $K=0$ である平坦トーラスは、$\mathbb{R}^3$ に $C^2$ 等長には入れない。正の曲率を持つ点が必ず現れてしまうからである。

観察 5.5 ところがナッシュ=クイパーの定理は、その平坦トーラスに $\mathbb{R}^3$ の $C^1$ 等長埋め込みを与える(ボレリらは 2012 年にそれを明示的に構成し、描いてみせた)。二つは矛盾しない。別の問いに答えているからである。

観察 5.6 分離子は滑らかさである。$C^1$ と $C^2$ のあいだに線が引かれており、そこで「住める/住めない」が入れ替わる。曲率という概念そのものが $C^2$ を必要とするので、$C^1$ の世界では障害を述べることすらできない。障害が消えるのではなく、障害を書く言葉が無くなる。

6. 点呼

観察 6.1 

量 住所 何が効くか
曲率 $K$ 内在($\mathrm{I}$ だけ) 驚異の定理(論文91)
第二基本形式 $\mathrm{II}$ 外在(周囲の空間が要る) 曲げると動く(第3節)
埋め込みの存在 外在・常に在る ナッシュ 1956
必要な次元 要求した滑らかさで動く $n+1$ か $n(3n+11)/2$ か
平坦トーラス $C^1$ なら在る・$C^2$ では無い 曲率の下界が障害

観察 6.2 内在と外在は双対である。内で定義したものには必ず外の実現がある。しかし別根でもある。その実現がどこに在るかは、計量からは決まらない。決めているのは、こちらが要求した滑らかさである。

観察 6.3 これは体系が繰り返し見てきた形である。「存在する」という言明と「どこに」という言明は、別の強さを持つ(論文113 が「存在までは言えるが値は測るしかない」と書いたのと同じ型)。

7. 結論

  1. 曲率は $\mathrm{I}$ だけから出る(検算2.1)。三つの曲面で差ちょうど $0$。
  2. 曲げると $\mathrm{II}$ は動き、$\mathrm{I}$ は動かない(検算3.1)。平面と円柱は $\mathrm{I}$ が同一。
  3. 住所は必ず在る(事実4.1)。ナッシュ 1956。
  4. 必要な次元は要求した滑らかさで動く(検算4.2)。$n=2$ で $3$ と $17$。
  5. コンパクト $C^2$ 曲面には正曲率の点が必ずある(検算5.3)。四つの形すべてで成立。
  6. 平坦トーラスは $C^1$ では住めて $C^2$ では住めない(観察5.4・5.5)。

結び:中で測れるものには、外の住所が必ずある。だがその住所は、中の情報だけでは決まらない。どこに住めるかを決めているのは、私たちが「どれくらい滑らかに住まわせたいか」という要求のほうである。そして要求を一段ゆるめると、住めなかったはずのものが住みはじめる。

参考文献

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  2. Whitney, H. (1936). Differentiable manifolds. Annals of Mathematics, 37(3).
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  4. Kuiper, N. H. (1955). On $C^1$-isometric imbeddings I, II. Indagationes Mathematicae, 58.
  5. Nash, J. (1956). The imbedding problem for Riemannian manifolds. Annals of Mathematics, 63(1).
  6. Günther, M. (1989). Zum Einbettungssatz von J. Nash. Mathematische Nachrichten, 144.
  7. Borrelli, V., Jabrane, S., Lazarus, F., & Thibert, B. (2012). Flat tori in three-dimensional space and convex integration. Proceedings of the National Academy of Sciences, 109(19).
  8. do Carmo, M. P. (1976). Differential Geometry of Curves and Surfaces. Prentice-Hall.
  9. 山岸勇輝 (2026). 曲率は内在的である [論文91]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21758406
  10. 山岸勇輝 (2026). 王道の交差 [論文100]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21758864
  11. 山岸勇輝 (2026). 幾何を正準形へ流す [論文103]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21836801
  12. 山岸勇輝 (2026). 計量を宿す代数 [論文104]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21836876
  13. 山岸勇輝 (2026). 4次元だけの例外 [論文105]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21836925
  14. 山岸勇輝 (2026). モジュールは壁ではなく、極限である [論文113]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21962996
  15. 山岸勇輝 (2026). 二乗の点呼 [論文157]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22091931

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書誌

山岸勇輝(2026)「内から測れるものは、必ずどこかに住める」[論文158]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22092143

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引用するとき

山岸勇輝 (2026). 内から測れるものは、必ずどこかに住める [論文158]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/158 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22092143

Yamagishi, Y. (2026). Whatever Can Be Measured from Inside Has a Home Somewhere [Paper 158]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/158; DOI: 10.5281/zenodo.22092143

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