要旨
論文91 は曲率が内在的である(面の中にいるだけで測れる)と書いた。ナッシュ(1956)はその逆を言う:内在的に定義された計量は、必ずどこかのユークリッド空間に等長に住める。本稿はこの二つを対に置き、双対でありながら別根であることを示す。新しい数学定理は主張しない。
第一に、驚異の定理を検算した。球面・トーラス・円柱について、第一基本形式だけから計算した曲率(ブリオスキの公式)と$\det(\mathrm{II})/\det(\mathrm{I})$ から計算した曲率が、三つとも差ちょうど $0$ で一致した(本稿で記号計算)(第2節)。
第二に、曲げると第二基本形式は動き、第一基本形式は動かない。平面と円柱は第一基本形式がともに $(a^2,0,1)$ で同一、第二基本形式は $(0,0,0)$ と $(-a,0,0)$ で別物、曲率はどちらも $0$(第3節)。
第三に、住所は必ず在る。しかし必要な次元は、要求した滑らかさで動く。$n$ 次元多様体について、滑らかな埋め込み(ホイットニー)は $2n$、$C^1$ 等長(ナッシュ=クイパー)は $n+1$、$C^k$($k\ge3$)等長(ナッシュ 1956・コンパクト)は $n(3n+11)/2$、$n=2$ ではそれぞれ $4$、$3$、$17$ である(第4節)。
第四に、これが本稿の芯である。平坦トーラスは $C^1$ では住めて、$C^2$ では住めない。$\mathbb{R}^3$ のコンパクトな $C^2$ 曲面は、原点から最も遠い点で必ず $K\ge1/D^2>0$ を満たす。トーラスで四つの形について確かめるとすべて成立した。ゆえに至るところ $K=0$ の平坦トーラスは $\mathbb{R}^3$ に $C^2$ 等長には入らない。それでもナッシュ=クイパーは $C^1$ の住所を与える(第5節)。
射程(何を示さないか)
本稿の射程:新しい数学定理は主張しない。驚異の定理(ガウス 1828)、ホイットニーの埋め込み定理、ナッシュ=クイパーの $C^1$ 定理、ナッシュの $C^k$ 定理はいずれも標準的である。加えたのは内在と外在を体系の別根の言葉で並べたこと、驚異の定理を三つの曲面で自前検算したこと、必要な次元を動かしているのが「要求した滑らかさ」であると住所を書いたこと、平坦トーラスの $C^1$/$C^2$ の分岐を、コンパクト曲面の曲率の下界として数で示したことである。
1. 記法と位置づけ
曲面の第一基本形式を $\mathrm{I}=(E,F,G)$、第二基本形式を $\mathrm{II}=(L,M,N)$ と書く。$\mathrm{I}$ は面の中で測れる量(長さ・角)だけから決まり、$\mathrm{II}$ は周囲の空間への曲がり方を要する。
位置づけ:論文91 は「面の中にいるだけで曲率が測れる」という側を書いた。本稿はその反対側に立つ、「中で定義されたものは、外のどこかに実現される」。論文157 が一つの数の出所を数えたのに対し、本稿は一つの対象が持つ二つの記述を並べる。
2. 驚異の定理を検算する
検算 2.1:三つの曲面について、$\mathrm{I}$ だけから求めた曲率(ブリオスキの公式)と $\det(\mathrm{II})/\det(\mathrm{I})$ を比べる。
| 曲面 | $\mathrm{I}$ から | $\mathrm{II}/\mathrm{I}$ から | 差 |
|---|---|---|---|
| 半径 $a$ の球面 | $1/a^2$ | $1/a^2$ | $\mathbf{0}$ |
| トーラス $(R,r)$ | $\dfrac{\cos v}{r(R+r\cos v)}$ | $\dfrac{\cos v}{r(R+r\cos v)}$ | $\mathbf{0}$ |
| 半径 $a$ の円柱 | $0$ | $0$ | $\mathbf{0}$ |
(証明終)
観察 2.2 周囲の空間を一度も使わずに求めた曲率が、使って求めたものと一致する。これが驚異の定理であり、論文91 が「曲率は内在的である」と書いた中身である。
3. 曲げると第二基本形式は動き、第一基本形式は動かない
検算 3.1
| 曲面 | $\mathrm{I}$ | $\mathrm{II}$ | $K$ |
|---|---|---|---|
| 平面 $x=(au,v,0)$ | $(a^2,0,1)$ | $(0,0,0)$ | $0$ |
| 半径 $a$ の円柱 | $\mathbf{(a^2,0,1)}$(同一) | $\mathbf{(-a,0,0)}$(別物) | $0$ |
(証明終)
観察 3.2 第一基本形式は同じで、第二基本形式だけが動いた。紙を丸めても紙の上の距離は変わらない。等長だが合同ではない、という状態である。
観察 3.3 したがって $\mathrm{II}$ は計量の関数ではない。同じ計量に、いくつもの $\mathrm{II}$ が対応する。この一点が、本稿の残り全部を用意している。
4. 住所は必ず在る。しかし必要な次元は動く
事実 4.1(ナッシュ 1956):任意のリーマン多様体は、十分高次元のユークリッド空間に等長に埋め込める。内在的に定義された計量には、必ず外在的な実現がある。
検算 4.2:$n$ 次元多様体について、要求ごとに必要な次元を並べる。
| $n$ | 滑らかな埋め込み(ホイットニー)$2n$ | $C^1$ 等長(ナッシュ=クイパー)$n+1$ | $C^k$ 等長(ナッシュ)$n(3n+11)/2$ |
|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 2 | 7 |
| 2 | 4 | 3 | 17 |
| 3 | 6 | 4 | 30 |
| 4 | 8 | 5 | 46 |
| 5 | 10 | 6 | 65 |
(証明終)
観察 4.3 三つの数は三つの別の問いへの答である。ホイットニーは計量を無視した埋め込み、ナッシュ=クイパーは $C^1$ の等長、ナッシュは $C^k$($k\ge3$)の等長。動かすべきものは、要求した滑らかさである。
観察 4.4 $n=2$ で $C^1$ が $3$、$C^k$ が $17$ というのは、桁が違うのではない。問いが違う。「住める」という一語が、滑らかさを言わないかぎり次元を指定しない。
5. 芯:平坦トーラスは $C^1$ では住めて、$C^2$ では住めない
検算 5.1:トーラス $(R,r)=(2,1)$ の曲率 $K=\cos v/(r(R+r\cos v))$ は、管のまわりで符号を変える。
| $v$ | $K$ | 位置 |
|---|---|---|
| $0^\circ$ | $1/3$ | 外側(正) |
| $60^\circ$ | $1/5$ | 外側(正) |
| $90^\circ$ | $0$ | 上下(零) |
| $120^\circ$ | $-1/3$ | 内側(負) |
| $180^\circ$ | $-1$ | 内側(負) |
全体で積分すると $\int K\,dA=\mathbf{0}$ であり、ガウス=ボンネの $2\pi\chi=0$ と合う。(証明終)
事実 5.2(障害):$\mathbb{R}^3$ のコンパクトな $C^2$ 曲面について、原点から最も遠い点を $p$、その距離を $D$ とすると、曲面は半径 $D$ の球の内側にあるから、$p$ ではその球より曲がっていなければならない:$K(p)\ge1/D^2>0$。
検算 5.3
| $(R,r)$ | $D=R+r$ | $v=0$ での $K$ | $1/D^2$ | $K\ge1/D^2$ |
|---|---|---|---|---|
| $(2,1)$ | $3$ | $1/3$ | $1/9$ | 成立 |
| $(5,1)$ | $6$ | $1/6$ | $1/36$ | 成立 |
| $(3,2)$ | $5$ | $1/10$ | $1/25$ | 成立 |
| $(10,1/2)$ | $21/2$ | $4/21$ | $4/441$ | 成立 |
(証明終)
観察 5.4 ゆえに至るところ $K=0$ である平坦トーラスは、$\mathbb{R}^3$ に $C^2$ 等長には入れない。正の曲率を持つ点が必ず現れてしまうからである。
観察 5.5 ところがナッシュ=クイパーの定理は、その平坦トーラスに $\mathbb{R}^3$ の $C^1$ 等長埋め込みを与える(ボレリらは 2012 年にそれを明示的に構成し、描いてみせた)。二つは矛盾しない。別の問いに答えているからである。
観察 5.6 分離子は滑らかさである。$C^1$ と $C^2$ のあいだに線が引かれており、そこで「住める/住めない」が入れ替わる。曲率という概念そのものが $C^2$ を必要とするので、$C^1$ の世界では障害を述べることすらできない。障害が消えるのではなく、障害を書く言葉が無くなる。
6. 点呼
観察 6.1
| 量 | 住所 | 何が効くか |
|---|---|---|
| 曲率 $K$ | 内在($\mathrm{I}$ だけ) | 驚異の定理(論文91) |
| 第二基本形式 $\mathrm{II}$ | 外在(周囲の空間が要る) | 曲げると動く(第3節) |
| 埋め込みの存在 | 外在・常に在る | ナッシュ 1956 |
| 必要な次元 | 要求した滑らかさで動く | $n+1$ か $n(3n+11)/2$ か |
| 平坦トーラス | $C^1$ なら在る・$C^2$ では無い | 曲率の下界が障害 |
観察 6.2 内在と外在は双対である。内で定義したものには必ず外の実現がある。しかし別根でもある。その実現がどこに在るかは、計量からは決まらない。決めているのは、こちらが要求した滑らかさである。
観察 6.3 これは体系が繰り返し見てきた形である。「存在する」という言明と「どこに」という言明は、別の強さを持つ(論文113 が「存在までは言えるが値は測るしかない」と書いたのと同じ型)。
7. 結論
- 曲率は $\mathrm{I}$ だけから出る(検算2.1)。三つの曲面で差ちょうど $0$。
- 曲げると $\mathrm{II}$ は動き、$\mathrm{I}$ は動かない(検算3.1)。平面と円柱は $\mathrm{I}$ が同一。
- 住所は必ず在る(事実4.1)。ナッシュ 1956。
- 必要な次元は要求した滑らかさで動く(検算4.2)。$n=2$ で $3$ と $17$。
- コンパクト $C^2$ 曲面には正曲率の点が必ずある(検算5.3)。四つの形すべてで成立。
- 平坦トーラスは $C^1$ では住めて $C^2$ では住めない(観察5.4・5.5)。
結び:中で測れるものには、外の住所が必ずある。だがその住所は、中の情報だけでは決まらない。どこに住めるかを決めているのは、私たちが「どれくらい滑らかに住まわせたいか」という要求のほうである。そして要求を一段ゆるめると、住めなかったはずのものが住みはじめる。
参考文献
- Gauss, C. F. (1828). Disquisitiones generales circa superficies curvas. Commentationes Societatis Regiae Scientiarum Gottingensis Recentiores, 6.
- Whitney, H. (1936). Differentiable manifolds. Annals of Mathematics, 37(3).
- Nash, J. (1954). $C^1$ isometric imbeddings. Annals of Mathematics, 60(3).
- Kuiper, N. H. (1955). On $C^1$-isometric imbeddings I, II. Indagationes Mathematicae, 58.
- Nash, J. (1956). The imbedding problem for Riemannian manifolds. Annals of Mathematics, 63(1).
- Günther, M. (1989). Zum Einbettungssatz von J. Nash. Mathematische Nachrichten, 144.
- Borrelli, V., Jabrane, S., Lazarus, F., & Thibert, B. (2012). Flat tori in three-dimensional space and convex integration. Proceedings of the National Academy of Sciences, 109(19).
- do Carmo, M. P. (1976). Differential Geometry of Curves and Surfaces. Prentice-Hall.
- 山岸勇輝 (2026). 曲率は内在的である [論文91]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21758406
- 山岸勇輝 (2026). 王道の交差 [論文100]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21758864
- 山岸勇輝 (2026). 幾何を正準形へ流す [論文103]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21836801
- 山岸勇輝 (2026). 計量を宿す代数 [論文104]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21836876
- 山岸勇輝 (2026). 4次元だけの例外 [論文105]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21836925
- 山岸勇輝 (2026). モジュールは壁ではなく、極限である [論文113]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21962996
- 山岸勇輝 (2026). 二乗の点呼 [論文157]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22091931
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書誌
山岸勇輝(2026)「内から測れるものは、必ずどこかに住める」[論文158]. Zenodo.
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 内から測れるものは、必ずどこかに住める [論文158]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/158 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22092143
Yamagishi, Y. (2026). Whatever Can Be Measured from Inside Has a Home Somewhere [Paper 158]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/158; DOI: 10.5281/zenodo.22092143
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author = {Yamagishi, Yuuki},
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