【論文31】次元を持たない $\pi$

要旨

体系は $4\pi$ を追い続けてきた。本稿は $\pi$ そのものに同じ検査を当てる。次元 $d$ を動かしたとき、その $\pi$ は動くか。新しい数学定理は主張しない。

第一に、珍しく「同根」を確認する回である。立体角の $\pi$ とガウス積分の $\pi$ は同じ根を持つ:$\mathrm{Vol}(S^{d-1})=2\pi^{d/2}/\Gamma(d/2)$ であり、$\mathbb{R}^d$ 上のガウス積分は $\pi^{d/2}$ である。$\pi^{d/2}$ を一切仮定しない再帰だけで球の体積を積分し、$d=2$ から $8$ まで一致を確認した(差は $10^{-120}$ 台)(第2節)。

第二に、これが本稿の芯である。ラマヌジャンの級数の $\pi$ には $d$ が無い。$1/\pi=(2\sqrt2/9801)\sum_k (4k)!\,(1103+26390k)/((k!)^4 396^{4k})$ のどこにも次元は現れず、動かすべきものが無い。体系自身の検査(次元非依存性、論文129)によれば、この $\pi$ は立体角ではない。モジュラー形式の周期である(第3節)。

第三に、桁の点呼。ライプニッツ級数は $10^6$ 項で $6$ 桁、ラマヌジャンは一項あたり約 $8$ 桁、チュドノフスキーは約 $14$ 桁である(本稿で計算)。三つとも「線形」であり、違うのは定数だけである(第4節)。

第四に、「速い」も三つの別根を持つ。ガウス=ルジャンドル(AGM)は桁が $3,8,19,40,84,171,345$ と倍々に増える。定数が大きいのではなく、増え方の法則が違う。BBP はどちらの意味でも速くないが、$n$ 番目の十六進数字を前の $n-1$ 個なしに与える(本稿で第 $1,2,10,50,100,200$ 位を照合、全一致)(第5節)。

第五に、ブレーキ。$e^{\pi\sqrt{163}}$ は偶然でもなく、整数でもない。$640320^3+744$ との差は $7.49927\times10^{-13}$ である(本稿で計算)(第6節)。

射程(何を示さないか)

本稿の射程:新しい数学定理は主張しない。ラマヌジャンの級数、チュドノフスキーの級数、ガウス=ルジャンドルのアルゴリズム、BBP 公式、類数 $1$ の虚二次体と $j$ 不変量はいずれも標準的である。加えたのは体系の次元検査を $\pi$ 自身に当てたこと、立体角の $\pi$ とガウスの $\pi$ が同根であると確認したこと、「速い」の三つの根に住所を書いたこと、$e^{\pi\sqrt{163}}$ について流通する二つの言い方の両方に柵を立てたことである。

1. 記法と位置づけ

$\mathrm{Vol}(S^{d-1})$ は $\mathbb{R}^d$ の単位球面の面積、$V_d$ は単位球の体積を表す。「桁」とは $\pi$ との相対誤差の常用対数の符号を変えたものをいう。

位置づけ:論文129 は次元に依存しないことをもって「その $4\pi$ は立体角でない」と判定した。論文130 は逆にビオ=サヴァールの $4\pi$ が $(d-2)\mathrm{Vol}(S^{d-1})$ として次元とともに動くことを示した。本稿はその検査を $\pi$ そのものに当てる。

2. 立体角の $\pi$ とガウス積分の $\pi$ は同根である

検算 2.1:$\pi^{d/2}$ を仮定しない再帰
$V_d=\int_{-1}^{1}V_{d-1}(1-x^2)^{(d-1)/2}dx$、$V_1=2$ で体積を積分し、$\mathrm{Vol}(S^{d-1})=dV_d$ を $2\pi^{d/2}/\Gamma(d/2)$ と比べる。

$d$ $dV_d$(積分) $2\pi^{d/2}/\Gamma(d/2)$ 差
2 $6.2831853071796$ $6.2831853071796$ $0.0$
3 $12.566370614359$ $12.566370614359$ $0.0$
4 $19.739208802179$ $19.739208802179$ $0.0$
5 $26.318945069572$ $26.318945069572$ $-3.098\times10^{-120}$
6 $31.0062766803$ $31.0062766803$ $0.0$
7 $33.07336179232$ $33.07336179232$ $-6.196\times10^{-120}$
8 $32.469697011334$ $32.469697011334$ $0.0$

さらに $\left(\int_{-\infty}^{\infty}e^{-t^2}dt\right)^d=\pi^{d/2}$ を $d=2,3,6$ で確認した(差は $0$ ないし $10^{-120}$ 台)。(証明終)

観察 2.2 立体角の $\pi$ とガウス積分の $\pi$ は、同じ根を持つ。どちらも指数 $d/2$ を担い、$d$ を動かせば一緒に動く。そもそもガウス積分は、球面の面積を計算する道具そのものである。

観察 2.3 体系が「同根」を確認するのは珍しい(論文142 に続く二度目)。別根を数えることと同じだけ、同根を確かめることは点呼の一部である。

3. 芯:ラマヌジャンの $\pi$ には $d$ が無い

事実 3.1(ラマヌジャン 1914):

$$ \frac{1}{\pi}=\frac{2\sqrt2}{9801}\sum_{k\ge0}\frac{(4k)!\,(1103+26390k)}{(k!)^4\,396^{4k}}. $$

観察 3.2 この式のどこにも次元 $d$ は現れない。したがって $d$ を動かしても、動くものが何も無い。

観察 3.3 体系の検査(論文129)は、次元非依存性をもって「その $\pi$ は立体角でない」と判定する。ここでの $\pi$ はモジュラー形式の周期として現れており、球面とは無関係である。同じ記号が、二つの別の理由で紙の上に現れている。

観察 3.4 これは「$\pi$ が二つある」という意味ではない。数としては一つである。別なのは、なぜそれが現れねばならないかという理由の方である。論文95 以来、体系はこの区別を「住所」と呼んできた。

4. 桁の点呼

検算 4.1

項数 ラマヌジャン(桁) チュドノフスキー(桁)
1 7 13
2 15 28
3 23 42
4 31 56
5 39 70
6 47 84
ライプニッツの項数 正しい桁
$10$ 1
$10^3$ 3
$10^5$ 5
$10^6$ 6

(証明終)

観察 4.2 ライプニッツは $k$ 桁に約 $10^k$ 項を要する。ラマヌジャンは一項あたり約 $8$ 桁、チュドノフスキーは約 $14$ 桁。しかし三つとも「一項あたり一定の桁数」という同じ型であり、違うのは定数だけである。

5. 「速い」は三つの別根を持つ

検算 5.1(ガウス=ルジャンドル、AGM):反復ごとの正しい桁数は

$$ 3,\quad 8,\quad 19,\quad 40,\quad 84,\quad 171,\quad 345 $$

であった(本稿で $500$ 桁精度により計算)。(証明終)

観察 5.2 桁が倍々に増えている。これは「定数が大きい」のではなく、増え方の法則そのものが違う。線形と二次は、別の根である。

検算 5.3(BBP):$\pi$ の十六進展開の第 $n$ 位を、前の $n-1$ 位を計算せずに求める。

位 BBP 参照値 一致
1 2 2 はい
2 4 4 はい
10 5 5 はい
50 8 8 はい
100 c c はい
200 5 5 はい

(証明終)

観察 5.4 BBP はどちらの意味でも速くない。一項あたりの桁も多くなく、倍々にもならない。与えるのはランダムアクセスである。三つの「良いアルゴリズム」のあいだに順序は無い。どれが良いかは、何を欲しいかで決まる。

6. ブレーキ:$e^{\pi\sqrt{163}}$ は偶然でもなく、整数でもない

検算 6.1

$e^{\pi\sqrt{163}}$ $262537412640768743.9999999999992500725972$
$640320^3$ $262537412640768000$
$640320^3+744$ $262537412640768744$
差 $\mathbf{7.49927\times10^{-13}}$

(証明終)

観察 6.2 流通する二つの言い方は、どちらも誤りである。「ただの偶然だ」は誤りで、$640320^3$ は類数 $1$ の虚二次体 $\mathbb{Q}(\sqrt{-163})$ に対する $j$ 不変量の値であり、$j$ の $q$ 展開が一致を強制している。「実は整数だ」も誤りで、$7.5\times10^{-13}$ だけ外れる。

観察 6.3 そして同じ $640320$ が、チュドノフスキーの級数に現れる。第4節の $14$ 桁は、この体の類数が $1$ であることの帰結である。速さの出所も、$\pi$ の出所と同じ場所にある。

7. 点呼

観察 7.1 

$\pi$ の現れ方 $d$ を動かすと 住所
立体角 $\mathrm{Vol}(S^{d-1})$ $\pi^{d/2}/\Gamma(d/2)$ で動く 幾何
ガウス積分 $\pi^{d/2}$ 同じ根:一緒に動く 幾何(上と同一)
ラマヌジャンの級数 動かない($d$ が無い) モジュラー形式の周期

観察 7.2 

「速い」の意味 増え方 例
一項あたりの桁が多い 線形 ラマヌジャン(8)、チュドノフスキー(14)
桁が倍になる 二次 ガウス=ルジャンドル(AGM)
$n$ 番目だけ取り出せる 。 BBP

8. 結論

  1. 立体角の $\pi$ とガウスの $\pi$ は同根である(検算2.1)。どちらも $d/2$ 乗を担う。
  2. ラマヌジャンの $\pi$ には $d$ が無い(観察3.2)。ゆえに立体角ではない。
  3. 桁は線形に増える(検算4.1)。$8$ と $14$ は定数の違いにすぎない。
  4. AGM は桁を倍にする(検算5.1)。$3,8,19,40,84,171,345$。
  5. BBP が与えるのはランダムアクセスである(検算5.3)。三つの「速い」に順序は無い。
  6. $e^{\pi\sqrt{163}}$ は偶然でも整数でもない(検算6.1)。差は $7.49927\times10^{-13}$。

結び:$\pi$ を見たら円を思う、という習慣は強い。だが $d$ を動かしてみると、動く $\pi$ と動かない $\pi$ がある。ラマヌジャンの紙の上の $\pi$ は、円から来たのではなかった。

参考文献

  1. Ramanujan, S. (1914). Modular equations and approximations to $\pi$. Quarterly Journal of Mathematics, 45.
  2. Borwein, J. M., & Borwein, P. B. (1987). Pi and the AGM. Wiley.
  3. Salamin, E. (1976). Computation of $\pi$ using arithmetic-geometric mean. Mathematics of Computation, 30(135).
  4. Brent, R. P. (1976). Fast multiple-precision evaluation of elementary functions. Journal of the ACM, 23(2).
  5. Chudnovsky, D. V., & Chudnovsky, G. V. (1989). The computation of classical constants. Proceedings of the National Academy of Sciences, 86(21).
  6. Bailey, D. H., Borwein, P. B., & Plouffe, S. (1997). On the rapid computation of various polylogarithmic constants. Mathematics of Computation, 66(218).
  7. Cox, D. A. (1989). Primes of the Form $x^2+ny^2$. Wiley.
  8. 山岸勇輝 (2026). 規約と事実 [論文95]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21758621
  9. 山岸勇輝 (2026). 次元の持ち上げ [論文109]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21837375
  10. 山岸勇輝 (2026). 二本の階段 [論文115]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21967686
  11. 山岸勇輝 (2026). 不確定性は一つの定理ではない [論文129]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22079681
  12. 山岸勇輝 (2026). 渦線は法則でなく恒等式である [論文130]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22079996
  13. 山岸勇輝 (2026). 生き残るのは $2\pi$ だけである [論文142]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22082281

作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。

書誌

山岸勇輝(2026)「次元を持たない π」[論文31]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22090430

YOI 31第1版・2026年8月ビットコインに記録済み

日付の証拠(OpenTimestamps):日本語版の .ots・英語版の .ots・SHA256SUMS

予備の置き場所(ミラー。中身は上と同じです):PDF 日本語・PDF English・SHA256SUMS

住所:https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/31・DOI 10.5281/zenodo.22090430・CC BY 4.0・プレプリント(査読を経ていません)・ORCID 0009-0006-8587-3450

引用するとき

山岸勇輝 (2026). 次元を持たない π [論文31]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/31 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22090430

Yamagishi, Y. (2026). The π That Carries No Dimension [Paper 31]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/31; DOI: 10.5281/zenodo.22090430

@misc{yamagishi2026yoi31,
  author = {Yamagishi, Yuuki},
  title = {The π That Carries No Dimension},
  year = {2026},
  howpublished = {YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/31},
  doi = {10.5281/zenodo.22090430},
  note = {Preprint, edition 1}
}
指紋(SHA-256)と確かめ方
2da12421d79d1dcc2d6cce9e9679c6a59953414fae86ae7ee9067aa450b8d456 yamagishi_yoi31_v1_jp.pdf
ae9dd5bd1a451d6a1279f94ab244cbeb516017b5d9f6cfc9d996c66e402733c1 yamagishi_yoi31_v1_en.pdf

PDF と .ots を同じ場所に保存し、opentimestamps.org に .ots、続けて PDF を落とすと、記録された日時が表示されます。PDF が 1 バイトでも変わっていれば通りません。