要旨
体系は $4\pi$ を追い続けてきた。本稿は $\pi$ そのものに同じ検査を当てる。次元 $d$ を動かしたとき、その $\pi$ は動くか。新しい数学定理は主張しない。
第一に、珍しく「同根」を確認する回である。立体角の $\pi$ とガウス積分の $\pi$ は同じ根を持つ:$\mathrm{Vol}(S^{d-1})=2\pi^{d/2}/\Gamma(d/2)$ であり、$\mathbb{R}^d$ 上のガウス積分は $\pi^{d/2}$ である。$\pi^{d/2}$ を一切仮定しない再帰だけで球の体積を積分し、$d=2$ から $8$ まで一致を確認した(差は $10^{-120}$ 台)(第2節)。
第二に、これが本稿の芯である。ラマヌジャンの級数の $\pi$ には $d$ が無い。$1/\pi=(2\sqrt2/9801)\sum_k (4k)!\,(1103+26390k)/((k!)^4 396^{4k})$ のどこにも次元は現れず、動かすべきものが無い。体系自身の検査(次元非依存性、論文129)によれば、この $\pi$ は立体角ではない。モジュラー形式の周期である(第3節)。
第三に、桁の点呼。ライプニッツ級数は $10^6$ 項で $6$ 桁、ラマヌジャンは一項あたり約 $8$ 桁、チュドノフスキーは約 $14$ 桁である(本稿で計算)。三つとも「線形」であり、違うのは定数だけである(第4節)。
第四に、「速い」も三つの別根を持つ。ガウス=ルジャンドル(AGM)は桁が $3,8,19,40,84,171,345$ と倍々に増える。定数が大きいのではなく、増え方の法則が違う。BBP はどちらの意味でも速くないが、$n$ 番目の十六進数字を前の $n-1$ 個なしに与える(本稿で第 $1,2,10,50,100,200$ 位を照合、全一致)(第5節)。
第五に、ブレーキ。$e^{\pi\sqrt{163}}$ は偶然でもなく、整数でもない。$640320^3+744$ との差は $7.49927\times10^{-13}$ である(本稿で計算)(第6節)。
射程(何を示さないか)
本稿の射程:新しい数学定理は主張しない。ラマヌジャンの級数、チュドノフスキーの級数、ガウス=ルジャンドルのアルゴリズム、BBP 公式、類数 $1$ の虚二次体と $j$ 不変量はいずれも標準的である。加えたのは体系の次元検査を $\pi$ 自身に当てたこと、立体角の $\pi$ とガウスの $\pi$ が同根であると確認したこと、「速い」の三つの根に住所を書いたこと、$e^{\pi\sqrt{163}}$ について流通する二つの言い方の両方に柵を立てたことである。
1. 記法と位置づけ
$\mathrm{Vol}(S^{d-1})$ は $\mathbb{R}^d$ の単位球面の面積、$V_d$ は単位球の体積を表す。「桁」とは $\pi$ との相対誤差の常用対数の符号を変えたものをいう。
位置づけ:論文129 は次元に依存しないことをもって「その $4\pi$ は立体角でない」と判定した。論文130 は逆にビオ=サヴァールの $4\pi$ が $(d-2)\mathrm{Vol}(S^{d-1})$ として次元とともに動くことを示した。本稿はその検査を $\pi$ そのものに当てる。
2. 立体角の $\pi$ とガウス積分の $\pi$ は同根である
検算 2.1:$\pi^{d/2}$ を仮定しない再帰
$V_d=\int_{-1}^{1}V_{d-1}(1-x^2)^{(d-1)/2}dx$、$V_1=2$ で体積を積分し、$\mathrm{Vol}(S^{d-1})=dV_d$ を $2\pi^{d/2}/\Gamma(d/2)$ と比べる。
| $d$ | $dV_d$(積分) | $2\pi^{d/2}/\Gamma(d/2)$ | 差 |
|---|---|---|---|
| 2 | $6.2831853071796$ | $6.2831853071796$ | $0.0$ |
| 3 | $12.566370614359$ | $12.566370614359$ | $0.0$ |
| 4 | $19.739208802179$ | $19.739208802179$ | $0.0$ |
| 5 | $26.318945069572$ | $26.318945069572$ | $-3.098\times10^{-120}$ |
| 6 | $31.0062766803$ | $31.0062766803$ | $0.0$ |
| 7 | $33.07336179232$ | $33.07336179232$ | $-6.196\times10^{-120}$ |
| 8 | $32.469697011334$ | $32.469697011334$ | $0.0$ |
さらに $\left(\int_{-\infty}^{\infty}e^{-t^2}dt\right)^d=\pi^{d/2}$ を $d=2,3,6$ で確認した(差は $0$ ないし $10^{-120}$ 台)。(証明終)
観察 2.2 立体角の $\pi$ とガウス積分の $\pi$ は、同じ根を持つ。どちらも指数 $d/2$ を担い、$d$ を動かせば一緒に動く。そもそもガウス積分は、球面の面積を計算する道具そのものである。
観察 2.3 体系が「同根」を確認するのは珍しい(論文142 に続く二度目)。別根を数えることと同じだけ、同根を確かめることは点呼の一部である。
3. 芯:ラマヌジャンの $\pi$ には $d$ が無い
事実 3.1(ラマヌジャン 1914):
$$ \frac{1}{\pi}=\frac{2\sqrt2}{9801}\sum_{k\ge0}\frac{(4k)!\,(1103+26390k)}{(k!)^4\,396^{4k}}. $$
観察 3.2 この式のどこにも次元 $d$ は現れない。したがって $d$ を動かしても、動くものが何も無い。
観察 3.3 体系の検査(論文129)は、次元非依存性をもって「その $\pi$ は立体角でない」と判定する。ここでの $\pi$ はモジュラー形式の周期として現れており、球面とは無関係である。同じ記号が、二つの別の理由で紙の上に現れている。
観察 3.4 これは「$\pi$ が二つある」という意味ではない。数としては一つである。別なのは、なぜそれが現れねばならないかという理由の方である。論文95 以来、体系はこの区別を「住所」と呼んできた。
4. 桁の点呼
検算 4.1
| 項数 | ラマヌジャン(桁) | チュドノフスキー(桁) |
|---|---|---|
| 1 | 7 | 13 |
| 2 | 15 | 28 |
| 3 | 23 | 42 |
| 4 | 31 | 56 |
| 5 | 39 | 70 |
| 6 | 47 | 84 |
| ライプニッツの項数 | 正しい桁 |
|---|---|
| $10$ | 1 |
| $10^3$ | 3 |
| $10^5$ | 5 |
| $10^6$ | 6 |
(証明終)
観察 4.2 ライプニッツは $k$ 桁に約 $10^k$ 項を要する。ラマヌジャンは一項あたり約 $8$ 桁、チュドノフスキーは約 $14$ 桁。しかし三つとも「一項あたり一定の桁数」という同じ型であり、違うのは定数だけである。
5. 「速い」は三つの別根を持つ
検算 5.1(ガウス=ルジャンドル、AGM):反復ごとの正しい桁数は
$$ 3,\quad 8,\quad 19,\quad 40,\quad 84,\quad 171,\quad 345 $$
であった(本稿で $500$ 桁精度により計算)。(証明終)
観察 5.2 桁が倍々に増えている。これは「定数が大きい」のではなく、増え方の法則そのものが違う。線形と二次は、別の根である。
検算 5.3(BBP):$\pi$ の十六進展開の第 $n$ 位を、前の $n-1$ 位を計算せずに求める。
| 位 | BBP | 参照値 | 一致 |
|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 2 | はい |
| 2 | 4 | 4 | はい |
| 10 | 5 | 5 | はい |
| 50 | 8 | 8 | はい |
| 100 | c | c | はい |
| 200 | 5 | 5 | はい |
(証明終)
観察 5.4 BBP はどちらの意味でも速くない。一項あたりの桁も多くなく、倍々にもならない。与えるのはランダムアクセスである。三つの「良いアルゴリズム」のあいだに順序は無い。どれが良いかは、何を欲しいかで決まる。
6. ブレーキ:$e^{\pi\sqrt{163}}$ は偶然でもなく、整数でもない
検算 6.1
| $e^{\pi\sqrt{163}}$ | $262537412640768743.9999999999992500725972$ |
|---|---|
| $640320^3$ | $262537412640768000$ |
| $640320^3+744$ | $262537412640768744$ |
| 差 | $\mathbf{7.49927\times10^{-13}}$ |
(証明終)
観察 6.2 流通する二つの言い方は、どちらも誤りである。「ただの偶然だ」は誤りで、$640320^3$ は類数 $1$ の虚二次体 $\mathbb{Q}(\sqrt{-163})$ に対する $j$ 不変量の値であり、$j$ の $q$ 展開が一致を強制している。「実は整数だ」も誤りで、$7.5\times10^{-13}$ だけ外れる。
観察 6.3 そして同じ $640320$ が、チュドノフスキーの級数に現れる。第4節の $14$ 桁は、この体の類数が $1$ であることの帰結である。速さの出所も、$\pi$ の出所と同じ場所にある。
7. 点呼
観察 7.1
| $\pi$ の現れ方 | $d$ を動かすと | 住所 |
|---|---|---|
| 立体角 $\mathrm{Vol}(S^{d-1})$ | $\pi^{d/2}/\Gamma(d/2)$ で動く | 幾何 |
| ガウス積分 $\pi^{d/2}$ | 同じ根:一緒に動く | 幾何(上と同一) |
| ラマヌジャンの級数 | 動かない($d$ が無い) | モジュラー形式の周期 |
観察 7.2
| 「速い」の意味 | 増え方 | 例 |
|---|---|---|
| 一項あたりの桁が多い | 線形 | ラマヌジャン(8)、チュドノフスキー(14) |
| 桁が倍になる | 二次 | ガウス=ルジャンドル(AGM) |
| $n$ 番目だけ取り出せる | 。 | BBP |
8. 結論
- 立体角の $\pi$ とガウスの $\pi$ は同根である(検算2.1)。どちらも $d/2$ 乗を担う。
- ラマヌジャンの $\pi$ には $d$ が無い(観察3.2)。ゆえに立体角ではない。
- 桁は線形に増える(検算4.1)。$8$ と $14$ は定数の違いにすぎない。
- AGM は桁を倍にする(検算5.1)。$3,8,19,40,84,171,345$。
- BBP が与えるのはランダムアクセスである(検算5.3)。三つの「速い」に順序は無い。
- $e^{\pi\sqrt{163}}$ は偶然でも整数でもない(検算6.1)。差は $7.49927\times10^{-13}$。
結び:$\pi$ を見たら円を思う、という習慣は強い。だが $d$ を動かしてみると、動く $\pi$ と動かない $\pi$ がある。ラマヌジャンの紙の上の $\pi$ は、円から来たのではなかった。
参考文献
- Ramanujan, S. (1914). Modular equations and approximations to $\pi$. Quarterly Journal of Mathematics, 45.
- Borwein, J. M., & Borwein, P. B. (1987). Pi and the AGM. Wiley.
- Salamin, E. (1976). Computation of $\pi$ using arithmetic-geometric mean. Mathematics of Computation, 30(135).
- Brent, R. P. (1976). Fast multiple-precision evaluation of elementary functions. Journal of the ACM, 23(2).
- Chudnovsky, D. V., & Chudnovsky, G. V. (1989). The computation of classical constants. Proceedings of the National Academy of Sciences, 86(21).
- Bailey, D. H., Borwein, P. B., & Plouffe, S. (1997). On the rapid computation of various polylogarithmic constants. Mathematics of Computation, 66(218).
- Cox, D. A. (1989). Primes of the Form $x^2+ny^2$. Wiley.
- 山岸勇輝 (2026). 規約と事実 [論文95]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21758621
- 山岸勇輝 (2026). 次元の持ち上げ [論文109]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21837375
- 山岸勇輝 (2026). 二本の階段 [論文115]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21967686
- 山岸勇輝 (2026). 不確定性は一つの定理ではない [論文129]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22079681
- 山岸勇輝 (2026). 渦線は法則でなく恒等式である [論文130]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22079996
- 山岸勇輝 (2026). 生き残るのは $2\pi$ だけである [論文142]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22082281
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「次元を持たない π」[論文31]. Zenodo.
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 次元を持たない π [論文31]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/31 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22090430
Yamagishi, Y. (2026). The π That Carries No Dimension [Paper 31]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/31; DOI: 10.5281/zenodo.22090430
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