要旨
「相対論では速度が普通には足せない」という言い方は、事態を小さく見せすぎている。本稿は、足せない理由が速度空間の曲率であることを数で示す。新しい物理法則は主張しない。ローレンツ変換に反する主張は一つもない。
第一に、一直線上ならラピディティは厳密に足せる。$0.5$ と $0.5$ の合成は $0.8$、$0.8$ と $0.6$ は $0.9459459459459459$、$0.99$ と $0.99$ は $0.9999494975001263$ で、アインシュタインの合成則と $\tanh(\theta_1+\theta_2)$ は $10^{-41}$ の桁で一致する(本稿で計算)(第2節)。
第二に、一直線でなければ回転が残る。$\theta_1=1.0$、$\theta_2=0.9$ を角 $\alpha$ で合成すると、結果は純粋なブーストではなくブースト $\times$ 回転になる(第3節)。
第三に、これが本稿の芯である。その回転角は、ラピディティ三角形の面積である。$\alpha$ を $15^\circ$ から $170^\circ$ まで動かし、ウィグナー角と双曲三角形の角欠損が $10^{-40}$ の桁で一致することを確認した(本稿で計算)。ガウス=ボンネが、地表に続いて速度空間でも働いている(第4節)。
第四に、分離子は非共線性である。$\alpha=0$ では三角形が線分に潰れ、面積も回転もちょうど $0$ になる。$\alpha=0.001^\circ$ で $5.69524130474\times10^{-6}$、$1^\circ$ で $0.005695078292$(第5節)。
第五に、ブレーキ。「足し方が違う」では足りない。速度の合成は可換でも結合的でもない:$u=(0.8,0)$、$v=(0,0.6)$ に対し $u\oplus v=(0.8,0.36)$、$v\oplus u=(0.64,0.6)$ で速さは一致し向きが違う。結合則の破れは $0.0600488$ である(本稿で計算)(第6節)。
第六に、低速極限の $1/2$ は調整ではなく、面積の主要項である(第7節)。
射程(何を示さないか)
本稿の射程:新しい物理法則は主張しない。ローレンツ変換に反する主張は一つもない。速度空間の双曲性、ラピディティ、トーマス=ウィグナー回転、ジャイロ群はいずれも標準的である。加えたのはウィグナー角と双曲面積の一致を自前で数値検証したこと、分離子を非共線性と書いたこと、三つの「足し算」に住所を書いたこと、同じガウス=ボンネが体系の中で二度目に働くと指摘したことである。
1. 記法と位置づけ
$c=1$ とし、速度 $v$ に対しラピディティを $\theta=\mathrm{artanh}\,v$ で定める。速度空間とは、単位双曲面 $\{u:u\cdot u=1,\,u^0>0\}$ に誘導された計量を入れたものをいい、その曲率は $-1$($c$ を戻せば $-1/c^2$)である。
位置づけ:論文108 は相対論の三つの幾何を別根として分けた。論文91 は内在的曲率を扱った。本稿はその二つの交点に立つ、速度の集合そのものが、曲率を持った空間なのである。また、地表についてガウス=ボンネを使った議論(論文27)と、同じ定理がここで二度目に働く。
2. 一直線上なら、ラピディティは厳密に足せる
検算 2.1
| $v_1$ | $v_2$ | アインシュタイン合成 | $\tanh(\theta_1+\theta_2)$ | 差 |
|---|---|---|---|---|
| $0.5$ | $0.5$ | $0.8$ | $0.8$ | $0.0$ |
| $0.8$ | $0.6$ | $0.9459459459459459$ | $0.9459459459459459$ | $1.148\times10^{-41}$ |
| $0.99$ | $0.99$ | $0.9999494975001263$ | $0.9999494975001263$ | $0.0$ |
| $0.1$ | $0.2$ | $0.2941176470588235$ | $0.2941176470588235$ | $5.74\times10^{-42}$ |
(証明終)
観察 2.2 一直線上では、ラピディティが加法的な座標であり、速度はそうでない。ラピディティとは、静止点からの双曲的距離のことである。測地線に沿って長さを足しているのだから、足せて当たり前である。
3. 一直線でなければ、回転が残る
検算 3.1:$\theta_1=1.0$ を $x$ 方向に、$\theta_2=0.9$ を角 $\alpha$ の方向に合成する。
| $\alpha$ | 合成ラピディティ | ウィグナー角 $\omega$ |
|---|---|---|
| $0^\circ$ | $1.9$ | $0.0$ |
| $30^\circ$ | $1.849219714502761$ | $0.1664176186094826$ |
| $60^\circ$ | $1.694782265369292$ | $0.3053032447581819$ |
| $90^\circ$ | $1.431199273508851$ | $0.3851025270775771$ |
| $120^\circ$ | $1.053494636278679$ | $0.3698915743144614$ |
| $150^\circ$ | $0.5695508468232462$ | $0.2335068067413657$ |
(証明終)
観察 3.2 二つのブーストは、ブーストに合成されない。残るのは回転である。
4. 芯:その回転角は、三角形の面積である
単位双曲面上に三点を取る:$O$(静止)、$P_1$(第一のブーストの後)、$P_2$(両方の後)。三辺の長さはそれぞれ $\theta_1,\theta_2,\theta_3$ である。曲率 $-1$ の面ではガウス=ボンネにより面積 $=\pi-(\text{三つの内角の和})$ である。
検算 4.1
| $\alpha$ | ウィグナー角 | 双曲三角形の面積 | 差 |
|---|---|---|---|
| $15^\circ$ | $0.0848772541736125232$ | $0.0848772541736125232$ | $2.612\times10^{-40}$ |
| $30^\circ$ | $0.166417618609482628$ | $0.166417618609482628$ | $1.894\times10^{-40}$ |
| $45^\circ$ | $0.241142741675334008$ | $0.241142741675334008$ | $2.009\times10^{-40}$ |
| $60^\circ$ | $0.30530324475818192$ | $0.30530324475818192$ | $6.888\times10^{-41}$ |
| $90^\circ$ | $0.38510252707757708$ | $0.38510252707757708$ | $5.166\times10^{-41}$ |
| $120^\circ$ | $0.369891574314461439$ | $0.369891574314461439$ | $2.87\times10^{-41}$ |
| $150^\circ$ | $0.233506806741365669$ | $0.233506806741365669$ | $9.184\times10^{-41}$ |
| $170^\circ$ | $0.0837525550248853798$ | $0.0837525550248853798$ | $1.521\times10^{-40}$ |
表全体での最悪差は $\mathbf{2.612\times10^{-40}}$ であった。(証明終)
観察 4.2 残った回転は、後から付け足された効果ではない。それは曲がった空間における三角形の角欠損そのものである。
観察 4.3 同じガウス=ボンネが、体系の中で二度目に働いている(一度目は地表、論文27)。一度目は正の曲率で過剰を、二度目は負の曲率で欠損を与えた。定理は同じで、符号だけが違う。
観察 4.4 したがって「トーマス=ウィグナー回転」は、相対論に固有の奇妙な現象ではない。曲がった空間で閉じた道を一周したときのホロノミーである。フーコーの振り子が球面で向きを変えるのと、定理としては同じ場所にある。
5. 分離子は非共線性である
検算 5.1
| $\alpha$ | ウィグナー角 | 面積 |
|---|---|---|
| $0^\circ$ | $\mathbf{0.0}$ | $\mathbf{0.0}$ |
| $0.001^\circ$ | $5.69524130474\times10^{-6}$ | $5.69524130474\times10^{-6}$ |
| $0.1^\circ$ | $0.000569523967479$ | $0.000569523967479$ |
| $1^\circ$ | $0.005695078292$ | $0.005695078292$ |
| $10^\circ$ | $0.0567892433037$ | $0.0567892433037$ |
(証明終)
観察 5.2 $\alpha=0$ では三角形が線分に潰れる。面積は $0$、回転も $0$、そしてラピディティはただ足される。角を動かせば曲率が効きはじめる。動かすべきものは非共線性である。
観察 5.3 第2節が「足せる」と言えたのは、速度が特別だったからではない。一次元の部分多様体には面積が無いからである。
6. ブレーキ:可換でも結合的でもない
検算 6.1:$u=(0.8,0)$、$v=(0,0.6)$、$w=(0.4,0.4)$ とする。
| $u\oplus v$ | $(0.8,\ 0.36)$ |
|---|---|
| $v\oplus u$ | $(0.64,\ 0.6)$ |
| $|u\oplus v|$ | $0.8772684879784524$ |
| $|v\oplus u|$ | $0.8772684879784524$ |
| $(u\oplus v)\oplus w$ | $(0.84891448825875,\ 0.45414266725742)$ |
| $u\oplus(v\oplus w)$ | $(0.87700534759358,\ 0.40106951871658)$ |
| 結合則の破れ | $\mathbf{0.0600488}$ |
(証明終)
観察 6.2 速さは一致し、向きだけが違う。食い違いはちょうどウィグナー回転である。
観察 6.3 「相対論では速度の足し方が違う」という言い方は、事態を小さく見せすぎている。速度の集合は、この演算のもとで群ですらない。正しくは、群でないものを群のように書こうとしたから破れが出た、というべきである。
7. 低速極限の $1/2$
検算 7.1:$\alpha=90^\circ$、二つの速度をともに $v$ とする。
| $v$ | ウィグナー角 | $\tfrac12 v^2$ | 比 |
|---|---|---|---|
| $0.1$ | $0.0050251467773656$ | $0.005$ | $1.00502935547$ |
| $0.01$ | $5.0002500145843\times10^{-5}$ | $5.0\times10^{-5}$ | $1.00005000292$ |
| $0.001$ | $5.0000025000015\times10^{-7}$ | $5.0\times10^{-7}$ | $1.0000005$ |
| $0.0001$ | $5.000000025\times10^{-9}$ | $5.0\times10^{-9}$ | $1.000000005$ |
(証明終)
観察 7.2 比は $1$ に収束する。主要項が担う $1/2$ は、スピン軌道相互作用に現れるあの $1/2$ と同じものである。それは辻褄合わせの係数ではなく、面積の主要項である。三角形の面積が二辺の積の半分から始まるのと同じ理由による。
8. 点呼
観察 8.1
| 「足し算」 | 空間 | 曲率 | 演算の性質 |
|---|---|---|---|
| ガリレイの速度 | ユークリッド | $0$ | 可換群 |
| ラピディティ | 双曲空間の測地線の長さ | $-1$ | 一直線上でのみ加法的 |
| 相対論的速度 | 同じ双曲空間の点 | $-1$ | 可換でも結合的でもない |
観察 8.2 三つとも「速度を足す」と呼ばれてきた。分離子は、その集合が載っている空間の曲率である。
9. 結論
- 一直線上ならラピディティは厳密に足せる(検算2.1)。差は $10^{-41}$ の桁。
- 一直線でなければ回転が残る(検算3.1)。
- その回転角は三角形の面積である(検算4.1)。最悪差 $2.612\times10^{-40}$。
- 分離子は非共線性である(検算5.1)。$\alpha=0$ でちょうど $0$。
- 速度の合成は可換でも結合的でもない(検算6.1)。破れは $0.0600488$。
- 低速極限の $1/2$ は面積の主要項である(検算7.1)。
結び:速度が素直に足せないのは、規則が変だからではない。速度の住んでいる場所が、曲がっているからである。そして曲がった場所では、三角形を一周すると向きが変わる。地表でも、速度空間でも、同じ定理が同じことを言っている。
参考文献
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- Wigner, E. P. (1939). On unitary representations of the inhomogeneous Lorentz group. Annals of Mathematics, 40(1).
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- Ungar, A. A. (1988). Thomas rotation and the parametrization of the Lorentz transformation group. Foundations of Physics Letters, 1(1).
- 山岸勇輝 (2026). なぜ「最高速度」が存在するのか [論文83]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21741190
- 山岸勇輝 (2026). 内在的曲率 [論文91]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21758406
- 山岸勇輝 (2026). ミンコフスキーの不変量 [論文108]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21837313
- 山岸勇輝 (2026). 光は共形構造までしか決めない [論文111]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21961685
- 山岸勇輝 (2026). 世界線であって、時計の遅れではない [論文123]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22055231
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「ウィグナー角は面積である」[論文33]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22090872
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). ウィグナー角は面積である [論文33]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/33 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22090872
Yamagishi, Y. (2026). The Wigner Angle Is an Area [Paper 33]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/33; DOI: 10.5281/zenodo.22090872
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author = {Yamagishi, Yuuki},
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