【論文37】$6\pi$ は $4\pi+2\pi$ か

要旨

球の粘性抵抗は粘着境界で $6\pi\mu Ua$、完全滑り境界で $4\pi\mu Ua$ である。そこで「$6\pi=4\pi+2\pi$ だから、$4\pi$ が本質で $2\pi$ が粘着の付け足しだ」と読みたくなる。本稿はその読みを、抵抗を実際に解剖して否定する。新しい流体力学は主張しない。

第一に、粘着の $6$ の内訳は $2+0+4$ である($\pi\mu Ua$ を単位として):圧力から $2$、法線粘性から $0$、接線粘性から $4$(本稿で計算)(第2節)。

第二に、滑りの $4$ の内訳は $4/3+8/3+0$ である:圧力から $4/3$、法線粘性から $8/3$、接線粘性から $0$。境界条件(法線速度ゼロ・接線応力ゼロ)とストークス方程式の残差がいずれも $0$ であることを確認した(第3節)。

第三に、これが本稿の芯である。二つの $4$ は中身が正反対である。粘着の内訳に現れる $4$ は接線粘性 $100\%$(法線はちょうどゼロ)、滑りの全抵抗である $4$ は法線粘性 $2/3$ +圧力 $1/3$(接線はちょうどゼロ)。算数としての $6\pi=4\pi+2\pi$ は正しいが、その $4\pi$ は滑りの $4\pi$ ではない(第4節)。

第四に、$d$ 次元に持ち上げると二つの係数は共通因子を持つ。粘着は $d\cdot\frac{d-2}{d-1}$、滑りは $2\cdot\frac{d-2}{d-1}$(いずれも $\mathrm{Vol}(S^{d-1})$ 倍、$d=3,4,5,6$ で確認)。$\frac{d-2}{d-1}$ は共通で、境界条件の違いは因子 $d$ 対 $2$ ただ一つに集約される(第5節)。

第五に、$d=3$ に現れる二つの $3/2$ も別根である。比 $d/2$ と、粘着の係数 $d(d-2)/(d-1)$ が、$d=3$ でたまたま一致する。$d=4$ では $2$ 対 $8/3$ に分かれる(第5節)。

第六に、アインシュタイン=ストークスの $D=k_BT/(6\pi\mu a)$ の $6$ は、流体の性質ではなく表面についての模型の選択である(第6節)。

射程(何を示さないか)

本稿の射程:新しい流体力学は主張しない。ストークス流、滑り/粘着境界条件、アインシュタイン=ストークス関係はいずれも標準的である。加えたのは抵抗を三成分に分解して二つの $4$ の中身が交わらないと示したこと、「$6\pi=4\pi+2\pi$」という読みに反例で柵を立てたこと、$d$ 次元で二つの係数が共通因子を持ち違いが $d$ 対 $2$ に尽きると書いたこと、$d=3$ の二つの $3/2$ に住所を書いたことである。

1. 記法と位置づけ

粘性率 $\mu$、遠方の一様流 $U$、球の半径 $a$。抵抗はすべて $\pi\mu Ua$($d$ 次元では $\mathrm{Vol}(S^{d-1})\mu Ua^{d-2}$)を単位として書く。応力は $\sigma_{ij}=-p\delta_{ij}+\mu(\partial_iu_j+\partial_ju_i)$ とする。

位置づけ:論文43 は「パッチ定数を文字のまま置けば、分解の曖昧さは消える」と述べた。本稿はその逆向きの検査である。数として正しい分解が、二つ以上の意味を持ちうるかを見る。なお本稿と対をなす稿(論文36)では、同じ抵抗を次元を動かして調べ、$6\pi$ の $\pi$ が立体角であることを示した。

2. 粘着境界:$6=2+0+4$

検算 2.1:流れ関数 $\psi=\tfrac{U\sin^2\theta}{2}\left(r^2-\tfrac32ar+\tfrac{a^3}{2r}\right)$、圧力 $p=-\tfrac32\mu Ua\cos\theta/r^2$ とする。境界条件と方程式は

$u_r|_{r=a}$、$u_\theta|_{r=a}$ ともに $0$
$r\to\infty$ $U\cos\theta$、$-U\sin\theta$
$\nabla p-\mu\nabla^2u$ $0$

球面上の応力は $\sigma_{rr}=\tfrac{3\mu U\cos\theta}{2a}$、$\sigma_{r\theta}=-\tfrac{3\mu U\sin\theta}{2a}$ である。積分すると

寄与 $\pi\mu Ua$ 単位
圧力 $2$
法線粘性 $2\mu\partial_ru_r$ $0$
接線粘性 $\sigma_{r\theta}$ $4$
合計 $6$

(証明終)

観察 2.2 法線粘性の寄与がちょうどゼロであることに注意しておく。これは後で効く。

3. 滑り境界:$4=\tfrac43+\tfrac83+0$

検算 3.1:完全滑りは「法線速度ゼロ・接線応力ゼロ」で定める。$\psi=\tfrac{U\sin^2\theta}{2}\left(r^2-ar\right)$、$p=-\mu Ua\cos\theta/r^2$ とすると

$u_r|_{r=a}$ $0$
$\sigma_{r\theta}|_{r=a}$ $0$
$\nabla p-\mu\nabla^2u$ $0$

積分すると

寄与 $\pi\mu Ua$ 単位
圧力 $4/3$
法線粘性 $8/3$
接線粘性 $0$(構成による)
合計 $4$

(証明終)

4. 芯:二つの $4$ は中身が正反対である

観察 4.1 

圧力 法線粘性 接線粘性 合計
粘着 $2$ $0$ $4$ $6$
滑り $4/3$ $8/3$ $0$ $4$

観察 4.2 粘着の内訳に現れる $4$ は、接線粘性だけでできている(法線粘性はちょうどゼロ)。滑りの全抵抗である $4$ は、法線粘性 $2/3$ と圧力 $1/3$ でできている(接線粘性はちょうどゼロ)。同じ数でありながら、成分の台が交わらない。

観察 4.3 したがって「$6\pi=4\pi+2\pi$、すなわち滑りの答に粘着の補正 $2\pi$ を足したもの」という読みは誤りである。分解のどの成分も滑りの流れではない。滑りは別の解であって、粘着の解の部分ではない。算数としての等式は正しく、意味としての等式は成り立たない。

観察 4.4 これは体系が繰り返し当ててきた型である。数が一致することは、根が同じであることを意味しない(論文43・論文45)。

5. $d$ 次元:違いは $d$ 対 $2$ に尽きる

検算 5.1:$d$ 次元で同じ問題を解くと($\mathrm{Vol}(S^{d-1})\mu Ua^{d-2}$ を単位として)

$d$ 粘着 滑り 比
3 $3/2$ $1$ $3/2$
4 $8/3$ $4/3$ $2$
5 $15/4$ $3/2$ $5/2$
6 $24/5$ $8/5$ $3$

四つとも

$$ \text{粘着}=d\cdot\frac{d-2}{d-1},\qquad
\text{滑り}=2\cdot\frac{d-2}{d-1},\qquad
\frac{\text{粘着}}{\text{滑り}}=\frac{d}{2} $$

に一致した(本稿で計算)。(証明終)

観察 5.2 $\dfrac{d-2}{d-1}$ は二つに共通である。表面に貼りつくか、表面を滑るかという物理的にまるで違う二つの条件の差は、因子 $d$ 対 $2$ ただ一つに集約される。

観察 5.3 そして $d=3$ に現れる二つの $3/2$ は、別根である。一方は比 $d/2$、他方は粘着の係数 $d(d-2)/(d-1)$ である。$d=3$ で一致するのは $2(d-2)/(d-1)=1$ となるからにすぎず、$d=4$ では $2$ 対 $8/3$ に分かれる。

観察 5.4 両方が $(d-2)$ を担うので、$d=2$ では両方が消える。ストークスのパラドックスは、どちらの境界条件を選んだかを問わない。

6. アインシュタイン=ストークスの $6$

観察 6.1 拡散係数 $D=k_BT/(6\pi\mu a)$ の $6$ は粘着境界の係数である。完全滑りなら同じ関係は $k_BT/(4\pi\mu a)$ となり、$D$ は $3/2$ 倍になる。

観察 6.2 すなわち測定される拡散係数の $1.5$ 倍が、流体の性質ではなく表面についての模型の選択に乗っている。ゆらぎ散逸の側($k_BT$)は動いていない。動いているのは移動度の側だけである。

観察 6.3 したがって $6\pi$ を「普遍定数」のように扱ってはならない。分子スケールでは滑り長がゼロでないことが知られており、実効的な係数は $4\pi$ と $6\pi$ のあいだに置かれる。$6$ は事実ではなく、選んだ境界条件の名前である。

7. 点呼

観察 7.1 

現れる数 出所 動かすと動くもの
粘着の $4$ 接線粘性のみ 境界条件
滑りの $4$ 法線粘性 $2/3$ +圧力 $1/3$ 境界条件
$\pi$ $\mathrm{Vol}(S^{d-1})$ の中 次元
$(d-2)/(d-1)$ 二つに共通 次元
$d$ 対 $2$ 境界条件そのもの 境界条件

8. 結論

  1. 粘着の $6$ は $2+0+4$ である(検算2.1)。法線粘性はちょうどゼロ。
  2. 滑りの $4$ は $4/3+8/3+0$ である(検算3.1)。接線粘性はちょうどゼロ。
  3. 二つの $4$ は台が交わらない(観察4.2)。「$4\pi$ +補正」という読みは誤り。
  4. $d$ 次元で共通因子は $(d-2)/(d-1)$、差は $d$ 対 $2$(検算5.1)。
  5. $d=3$ の二つの $3/2$ は別根である(観察5.3)。$d=4$ で $2$ 対 $8/3$。
  6. $D=k_BT/(6\pi\mu a)$ の $6$ は模型の選択である(観察6.2)。

結び:$6\pi=4\pi+2\pi$ は、電卓の上では正しい。だが片方の $4\pi$ は球を滑る流れの全部であり、もう片方の $4\pi$ は球に貼りついた流れの一部分にすぎない。同じ数を見たときに問うべきなのは「等しいか」ではなく、「何でできているか」である。

参考文献

  1. Stokes, G. G. (1851). On the effect of the internal friction of fluids on the motion of pendulums. Transactions of the Cambridge Philosophical Society, 9.
  2. Einstein, A. (1905). Über die von der molekularkinetischen Theorie der Wärme geforderte Bewegung von in ruhenden Flüssigkeiten suspendierten Teilchen. Annalen der Physik, 322(8).
  3. Hadamard, J. (1911). Mouvement permanent lent d’une sphère liquide et visqueuse dans un liquide visqueux. Comptes Rendus, 152.
  4. Happel, J., & Brenner, H. (1983). Low Reynolds Number Hydrodynamics. Martinus Nijhoff.
  5. Landau, L. D., & Lifshitz, E. M. (1987). Fluid Mechanics, 2nd ed. Pergamon.
  6. Lauga, E., Brenner, M. P., & Stone, H. A. (2007). Microfluidics: The No-Slip Boundary Condition. In Springer Handbook of Experimental Fluid Mechanics.
  7. 山岸勇輝 (2026). 次元を持たない $\pi$ [論文31]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22090430
  8. 山岸勇輝 (2026). $c$ の冪は、何を数えているか [論文116]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22003794
  9. 山岸勇輝 (2026). 集約の三つの別根 [論文124]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22057728
  10. 山岸勇輝 (2026). 渦線が終われないのは、法則ではなく恒等式である [論文130]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22079996
  11. 山岸勇輝 (2026). 伊藤の $2$ は、次元ではない [論文132]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22080358

作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。

書誌

山岸勇輝(2026)「6π は 4π+2π か」[論文37]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22091500

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引用するとき

山岸勇輝 (2026). 6π は 4π+2π か [論文37]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/37 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22091500

Yamagishi, Y. (2026). Is 6π Really 4π+2π? [Paper 37]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/37; DOI: 10.5281/zenodo.22091500

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