要旨
デルタに要求される性質を、どんな関数も持てない。本稿はそれを構成的に示し、デルタが値の集まりではなく写像であることを数で確かめる。新しい数学定理は主張しない。シュワルツ以来の標準的内容である。
第一に、一点での値は積分を動かせない。面積を $1$ に保ったまま幅を縮めると、高さは $10$ から $10^{6}$ へ際限なく上がり、$x=0.01$ での値は途中で $0$ に落ちる。各点の極限は求めているものではない(第2節)。
第二に、これが本稿の芯である。箱型・ガウス型・シンク型の三つを幅 $0.01$ で並べると、$x=0.02$ での値は $\mathbf{0}$、$\mathbf{5.399}$、$\mathbf{14.472}$ と三者三様である。ところが試験関数に当てると、三つとも $\varphi(0)=0.367879441171$ に収束する(第3節)。
第三に、したがって動かすべきものは試験関数の空間である。何に対して試すかを狭めると、通れる対象が減る。測度はデルタを表せるが、$-\varphi'(0)=-0.331091497054$ を返すデルタの微分は表せない(第4節)。
第四に、見返りは無かった微分である。階段関数の差分商は $h\to0$ で発散するのに、部分積分で試験関数に当てると $0.367879441171$、$\varphi(0)$ と $1.2\times10^{-13}$ で一致する(第5節)。
第五に、柵は積が定義できないことである。近似列の二乗を当てると $1.033$、$10.377$、$103.777$ と発散する(第6節)。
射程(何を示さないか)
本稿の射程:新しい数学定理は主張しない。シュワルツの超関数論、デルタ列、超関数微分、そして超関数の積が一般には定義できないこと(シュワルツの不可能性定理 $1954$)は、いずれも標準的である。またディラックを批判しない。$1927$ 年に超関数の枠組みは存在せず、彼が使った対象はのちに厳密化された。加えたのは「どんな関数も持てない」を数で構成したこと、三つの近似列が各点でまるで違うのに試験関数には同じ答を返すことを並べたこと、階段関数の超関数微分を部分積分で実際に計算したこと、二乗が発散する速さを測ったことである。
1. 記法と位置づけ
試験関数として、滑らかで台がコンパクトな
$$\varphi(x)=e^{-1/(1-x^2)}(1+0.9\,x)\quad(|x|<1),\qquad \varphi(x)=0\quad(|x|\ge1)$$
を用いる。左右非対称にしてあるのは、「原点で評価しただけ」の誤りが偶然一致してしまわないようにするためである。$\varphi(0)=1/e=0.367879441171$ である。
位置づけ:論文155 は点を持たない空間を扱い、点が開集合から復元できないことを示した。本稿はその対である。こちらは、点の側に何も無いのに対象が在る場合である。
2. 一点での値は、積分を動かせない
観察 2.1 デルタには二つのことが同時に要求される。原点の外で消えることと、積分が $1$ であること。
観察 2.2 一点だけで値を持つ関数は、その値がいくら大きくても積分に寄与しない。積分を $1$ にするには幅が要り、幅があれば原点の外で消えていない。二つの要求は、関数では同時に満たせない。
検算 2.3:面積を $1$ に保ったまま幅を縮める。
| 幅 $w$ | 高さ $1/w$ | 積分 | $x=0.01$ での値 |
|---|---|---|---|
| $0.1$ | $10.0$ | $1.0$ | $10.0$ |
| $0.01$ | $100.0$ | $1.0$ | $\mathbf{0.0}$ |
| $0.001$ | $1000.0$ | $1.0$ | $0.0$ |
| $10^{-6}$ | $10^{6}$ | $1.0$ | $0.0$ |
(証明終)
観察 2.4 積分は $1$ のまま、各点の値は一点で無限へ、他のすべてで $0$ へ走る。この列が各点収束する先は、求めているものではない。
3. 芯:各点でまるで違い、試験関数には同じ
検算 3.1:面積 $1$ の三つの族を、同じ幅 $0.01$ で比べる。
| $x$ | 箱型 | ガウス型 | シンク型 |
|---|---|---|---|
| $0$ | $100.0$ | $39.894228$ | $31.830989$ |
| $0.02$ | $\mathbf{0.0}$ | $\mathbf{5.3990967}$ | $\mathbf{14.471918}$ |
| $0.13$ | $0.0$ | $7.9988278\times10^{-36}$ | $1.0287948$ |
観察 3.2 $x=0.02$ では、箱型が $0$、ガウス型が $5.4$、シンク型が $14.5$ である。関数としては互いに似ても似つかない。しかもシンク型は $x=0.13$ でまだ $1.03$ あり、各点収束すらしていない。
検算 3.3:同じ三つを、試験関数に当てる。
| 幅 | 箱型 | ガウス型 | シンク型 |
|---|---|---|---|
| $0.1$ | $0.367572644909$ | $0.36414456767$ | $0.362742785466$ |
| $0.01$ | $0.367876375486$ | $0.367842647708$ | $0.367880239715$ |
| $0.001$ | $\mathbf{0.367879410515}$ | $\mathbf{0.367879073291}$ | $0.359945061448$ |
比較すべき値は $\varphi(0)=\mathbf{0.367879441171}$ である。(証明終)
観察 3.4 三つとも同じ数へ向かい、その数は $\varphi(0)$ である。シンク型は収束が遅く振動する($0.36$ 前後で揺れている)。各点で収束しない列でも、試験関数に当てれば同じ極限を持ちうる、ということである。
観察 3.5 したがって対象は値の集まりではない。値が試験関数に対して何をするかであり、そこでは三つが一致している。デルタとは、写像 $\varphi\mapsto\varphi(0)$ そのものである。
4. 動かすべきものは、試験関数の空間である
観察 4.1 $\varphi$ に何を許すかを変えると、その上で働ける対象の族が変わる。
| 試験関数 | 働ける対象 | 注 |
|---|---|---|
| 滑らか・台がコンパクト | 超関数 | いちばん広い |
| 滑らか・急減少 | 緩増加超関数 | フーリエ変換が内側に閉じる |
| 連続・台がコンパクト | 測度 | デルタの微分は入らない |
| 多項式だけ | ごく僅か | 試験が少なすぎて分離できない |
検算 4.2:デルタの微分は、粗い試験では捉えられない対象を分ける。
| $\varphi$ に作用させると | デルタ | その微分 |
|---|---|---|
| 返る数 | $0.367879441171$ | $\mathbf{-0.331091497054}$ |
デルタの微分は $-\varphi'(0)$ を返す。(証明終)
観察 4.3 測度はデルタを表せるが、この $-\varphi'(0)$ を返す対象は表せない。同じ記号が、何に対して試すかによって別の対象を指す。それが分離子である。
5. 見返り:無かった微分が、在ることになる
検算 5.1:階段関数 $H$ の差分商。
| $h$ | $(H(h)-H(-h))/(2h)$ |
|---|---|
| $0.1$ | $5.0$ |
| $0.01$ | $50.0$ |
| $10^{-6}$ | $500000.0$ |
発散する。古典的には原点で微分できない。(証明終)
検算 5.2:ところが部分積分で $-\int H\varphi’$ を計算すると、
| $-\int H\varphi’\,dx$ | $\mathbf{0.367879441171}$ |
|---|---|
| $\varphi(0)$ | $\mathbf{0.367879441171}$ |
| 差 | $1.22626\times10^{-13}$ |
(証明終)
観察 5.3 階段関数の超関数微分は、デルタとまったく同じ働きをする。微分は存在しなかったのに、いま存在する。問いを値から作用へ移したからである。
観察 5.4 そしてこの見返りは、論文177 が扱った限界の隣にある。あちらではカントール関数が「至るところ微分可能」の仮定を満たさず、基本定理が破れた。こちらでは、微分可能でない関数に微分が与えられる。どちらも、どの意味で微分と言っているかの問題である。
6. 柵:積は定義できない
観察 6.1 超関数はベクトル空間をなし、何度でも微分できる。ところが一般には掛け算ができない。
検算 6.2:近似列の二乗を試験関数に当てる。
| 幅 | $\int(\delta_n)^2\varphi$ |
|---|---|
| $0.1$ | $1.032540663$ |
| $0.01$ | $10.37716851$ |
| $0.001$ | $\mathbf{103.7768225}$ |
幅に反比例して増え、収束しない。(証明終)
観察 6.3 「デルタの二乗」は超関数ではない。柵は積が定義されないことであり、だからこの定義が買ったのは微分であって代数ではない(シュワルツの不可能性定理 $1954$ は、この障害が偶然でないことを述べている)。
観察 6.4 これは論文168 と同じ形の取引である。あちらでは、極限で閉じることを買って絶対収束を払った。こちらでは、何度でも微分できることを買って、掛け算を払った。
7. 点呼
観察 7.1
| 対象 | 何であるか | できること | できないこと |
|---|---|---|---|
| 関数 | 各点の値 | 積も微分もできる | 微分できないことがある |
| 測度 | 集合に数を返す | デルタは測度である | デルタの微分は測度でない |
| 超関数 | 試験関数に数を返す | 何度でも微分できる | 積が定義できない |
観察 7.2 三つは強さの階段ではない。関数にできて超関数にできないことがあり、その逆もある。決めているのは、何に対して試すかである。
8. 結論
- 一点の値は積分を動かせない(検算2.3):高さ $10^{6}$ でも、$x=0.01$ での値は $0$。
- 各点ではまるで違う(検算3.1):$x=0.02$ で $0$/$5.399$/$14.472$。
- 試験関数には同じ(検算3.3):三つとも $\varphi(0)=0.367879441171$ へ。
- デルタの微分は $-\varphi'(0)$(検算4.2):$-0.331091497054$。測度では表せない。
- 階段関数に微分が与えられる(検算5.2):差 $1.2\times10^{-13}$。
- 二乗は発散する(検算6.2):$1.03\to103.78$。
結び:デルタを「無限に高く無限に細い関数」と説明するのは、絵としては親切だが、どこを見るかを間違えている。見るべきは高さでも細さでもなく、試験関数に何を返すかである。そこを見れば、まるで違う三つの列が同じ一つの対象を指していたことが、数で見える。
参考文献
- Dirac, P. A. M. (1927). The physical interpretation of the quantum dynamics. Proceedings of the Royal Society A, 113(765).
- Dirac, P. A. M. (1930). The Principles of Quantum Mechanics. Oxford: Clarendon Press.
- Sobolev, S. L. (1936). Méthode nouvelle à résoudre le problème de Cauchy pour les équations linéaires hyperboliques normales. Matematicheskii Sbornik, 1(43).
- Schwartz, L. (1950). Théorie des distributions. Paris: Hermann.
- Schwartz, L. (1954). Sur l’impossibilité de la multiplication des distributions. Comptes rendus de l’Académie des Sciences, 239.
- Colombeau, J. F. (1984). New Generalized Functions and Multiplication of Distributions. Amsterdam: North-Holland.
- 山岸勇輝 (2026). モジュールは壁ではなく、極限である [論文113]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21962996
- 山岸勇輝 (2026). 点を持たない空間 [論文155]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22084848
- 山岸勇輝 (2026). 「良い符号が在る」と「これが良い符号だ」は、別の文である [論文163]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22092677
- 山岸勇輝 (2026). ルベーグが買ったのは、クラスの大きさではなく、極限で閉じることである [論文168]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22093320
- 山岸勇輝 (2026). 「小さい」は二つあって、両立しない [論文176]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22097994
- 山岸勇輝 (2026). 量化子の順序が、中身のすべてである [論文177]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22098103
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「デルタは関数ではなく、写像である」[論文178]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22098261
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). デルタは関数ではなく、写像である [論文178]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/178 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22098261
Yamagishi, Y. (2026). The Delta Is Not a Function but a Map [Paper 178]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/178; DOI: 10.5281/zenodo.22098261
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author = {Yamagishi, Yuuki},
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