要旨
面の上に関数を置くと、極小・鞍・極大の個数が決まる。本稿は、その三つがどれも大きく動くのに、交代和だけが一度も動かないことを、許容誤差ゼロの整数の数え上げで示す。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。
第一に、部分は動く。$24\times24$ に三角形分割したトーラスで乱数の関数を $100$ 本走らせると、$c_0$ は $72$ から $94$、$c_1$ は $145$ から $183$、$c_2$ は $72$ から $91$ に散らばり、総数は $290$ から $366$ まで動いた(第2節)。
第二に、交代和は動かない。同じ $100$ 本すべてで $c_0-c_1+c_2$ が取った値はただ一つ、$0$ である(第2節)。
第三に、同じ手続きが球面では別の固定数を返す。細かさを三段階に変えても、総数が $16$ から $396$ まで動く一方で、交代和はつねに $2$であった(第3節)。
第四に、これが本稿の芯である。床は在るのに、偶然には届かない。トーラスの床は $4$ である。乱数の関数を $4000$ 本試して最少は $\mathbf{282}$ であり、狙って作った関数は一発で $4$であった(第4節)。
第五に、超過はかならず打ち消し合う。床からの超過を三つ並べると、どの試行でも $e_0-e_1+e_2=0$ である。極小や極大を一つ余分に持てば、鞍を一つ余分に払う(第5節)。
射程(何を示さないか)
新しい数学定理も新しい法則も主張しない。モースの不等式、バンショフの離散指数、オイラー標数は、いずれも標準的である。モースの不等式を証明しない。本稿はそれが何を許し、何を許さないかを数えるだけである。乱数の値は関数として雑音である。格子上の無作為な値は隣どうしが無関係なので臨界点が多いのは当然であり、驚くべきは個数ではなく、その雑音の中でも交代和が動かないことである。二つの面しか扱わない。トーラスと球面だけであり、一般の曲面を論じない。論文128 との関係:128 はポアンカレ=ホップを扱い、指数の総和がオイラー標数になることを書いた。本稿は総和ではなく個々の個数がどれだけ自由かを数える。論文151 との関係:151 はベッチ数を境界行列の階数から計算する手続きを確かめた。本稿はその数を床として使うだけで、計算の手続きには立ち入らない。加えたのは部分の振れ幅と交代和の不動を同じ試行の中で並べたこと、同じ手続きが二つの面で別の固定数を返すことを細かさを変えて確かめたこと、床が偶然には届かないことを $4000$ 本の試行で測ったこと、超過が打ち消し合うことを試行ごとに確かめたことである。
1. 記法と位置づけ
三角形分割された面の各頂点に相異なる値を置く。頂点 $v$ のリンク($v$ を囲む頂点の環)のうち、$v$ より値の小さいものを下側と呼ぶ。下側が一つも無ければ $v$ は極小、すべてが下側なら極大、下側が環の上で $k$ 個のかたまりに分かれていれば鞍点を $k-1$ 個ぶん数える。この数え方は整数のみを使い、許容誤差を一切含まない。$c_0$、$c_1$、$c_2$ をそれぞれ極小・鞍・極大の総数とする。
位置づけ:論文128 はポアンカレ=ホップを扱い、ベクトル場の指数の総和がオイラー標数になることを書いた。本稿が数えるのは総和ではなく、その総和を作っている個々の項がどれだけ自由かである。
2. トーラス:部分は動き、交代和は動かない
検算 2.1:$24\times24$ の三角形分割トーラス(頂点 $576$)に、無作為な値の割り当てを $100$ 通り置く。
| 試行 | $c_0$ | $c_1$ | $c_2$ | $c_0-c_1+c_2$ |
|---|---|---|---|---|
| $1$ | $80$ | $161$ | $81$ | $0$ |
| $2$ | $85$ | $171$ | $86$ | $0$ |
| $3$ | $81$ | $168$ | $87$ | $0$ |
| $4$ | $87$ | $172$ | $85$ | $0$ |
| $5$ | $88$ | $163$ | $75$ | $0$ |
| $6$ | $76$ | $155$ | $79$ | $0$ |
検算 2.2:$100$ 本すべてをまとめる。
| 測ったもの | 値 |
|---|---|
| $c_0$ の範囲 | $72$ 〜 $94$ |
| $c_1$ の範囲 | $145$ 〜 $183$ |
| $c_2$ の範囲 | $72$ 〜 $91$ |
| 臨界点の総数の範囲 | $290$ 〜 $366$ |
| $c_0-c_1+c_2$ が取った値 | $\mathbf{0}$ のみ |
観察 2.3 三つの数はどれも $20$ 以上の幅で振れ、総数は $76$ の幅で振れる。それらを足し引きした一つの数だけが、$100$ 回とも同じであった。「近い値になった」のではない。整数の数え上げなので、厳密に同じである。
3. 球面:同じ手続きが、別の固定数を返す
検算 3.1:正二十面体を細分した球面で、細かさを三段階に変えて同じことをする(各 $40$ 通り)。
| 細分 | 頂点数 | $c_0-c_1+c_2$ | 総数の範囲 |
|---|---|---|---|
| $1$ | $42$ | $\mathbf{2}$ のみ | $16$ 〜 $30$ |
| $2$ | $162$ | $\mathbf{2}$ のみ | $74$ 〜 $104$ |
| $3$ | $642$ | $\mathbf{2}$ のみ | $342$ 〜 $396$ |
観察 3.2 頂点数を $15$ 倍にし、総数を $20$ 倍にしても、交代和は $2$ のまま動かない。トーラスでは $0$、球面では $2$ である。手続きは同じで、返る数だけが面によって違う。
観察 3.3 この $0$ と $2$ が何であるかを、本稿は導かない。オイラー標数であることは標準的な事実であり、ここで確かめたのはそれが動かないという振る舞いのほうである。
4. 芯:床は在るのに、偶然には届かない
モースの不等式は、$c_i$ がベッチ数 $b_i$ を下回れないと言う。トーラスでは $b_0,b_1,b_2=1,2,1$ なので、臨界点は少なくとも $4$ 個必要である。
検算 4.1:
| 関数の作り方 | $(c_0,c_1,c_2)$ | 総数 |
|---|---|---|
| 無作為な値、$4000$ 本のうち最少 | $(73,141,68)$ | $\mathbf{282}$ |
| 各方向に余弦を一つ置いただけの関数 | $(1,2,1)$ | $\mathbf{4}$ |
| 床(ベッチ数) | $(1,2,1)$ | $4$ |
観察 4.2 床は $4$ であり、狙って作った関数は一発でそこに着く。ところが無作為な関数は $4000$ 本試して $282$ までしか下がらなかった。床の $70$ 倍である。
観察 4.3 これを「乱数は関数として下手だ」と読んではいけない。格子の各点に無関係な値を置いたものは雑音であり、隣どうしに相関が無いのだから、頂点のおよそ半分が臨界点になるのは当たり前である。驚くべきは個数ではない。その雑音の中でも、交代和が一度も動かなかったことである。$282$ 個の無意味な出入りが、ちょうど打ち消し合っている。
5. 超過は、かならず打ち消し合う
検算 5.1:$16\times16$ のトーラスで、床からの超過 $e_i=c_i-b_i$ を並べる。
| $e_0$ | $e_1$ | $e_2$ | 超過の総数 | $e_0-e_1+e_2$ |
|---|---|---|---|---|
| $30$ | $67$ | $37$ | $134$ | $\mathbf{0}$ |
| $37$ | $74$ | $37$ | $148$ | $\mathbf{0}$ |
| $32$ | $68$ | $36$ | $136$ | $\mathbf{0}$ |
| $33$ | $71$ | $38$ | $142$ | $\mathbf{0}$ |
| $33$ | $67$ | $34$ | $134$ | $\mathbf{0}$ |
| $37$ | $77$ | $40$ | $154$ | $\mathbf{0}$ |
観察 5.2 極小や極大を一つ余分に持てば、鞍をちょうど一つ余分に払う。余分な臨界点は単独では生まれない。必ず打ち消す相方を連れてくる。床から離れる自由はあるが、離れ方には向きがある。
6. 分離子と柵
観察 6.1 (分離子) 動くものと動かないものを分けているのは、関数に依るか、面に依るかである。$c_0$、$c_1$、$c_2$ は置いた関数が決める。関数を替えれば何十でも動く。交代和は面が決める。どんな関数を置いても同じ数を返す。同じ試行の中に、二種類の量が混じっている。
観察 6.2 (柵) 「臨界点を数えれば形が分かる」という言い方を囲っている柵は、交代和を取ることである。柵の内側では答は面だけで決まり、外に出れば、すなわち $c_0$ だけ、$c_1$ だけを見れば、答は関数の癖に飲み込まれる。総数 $290$ から $366$ という振れ幅は、その飲み込まれ方の大きさである。
観察 6.3 床のほうは柵の外にある。$c_i\ge b_i$ は個々の $c_i$ についての言明であり、交代和を取る前に効いている。ゆえに二つの拘束は別物である:一つは各項に床を置き、もう一つは組合せを固定する。
7. 点呼と結び
本稿が確かめたことを並べる。
- 部分は大きく動く(検算2.2):総数は $290$ から $366$。
- 交代和は一度も動かない(検算2.2):$100$ 本すべてで $0$、厳密に。
- 別の面では別の固定数(検算3.1):球面ではつねに $2$、頂点を $15$ 倍にしても。
- 床は $4$、偶然の最少は $282$(検算4.1):狙えば一発、偶然では $70$ 倍。
- 驚くべきは個数ではなく、雑音の中でも和が動かないこと(観察4.3)。
- 超過は打ち消し合う(検算5.1):どの試行でも $e_0-e_1+e_2=0$。
- 柵は「交代和を取ること」(観察6.2)。
結び:面の上に関数を一つ置くと、$300$ 個を超える臨界点が現れることがある。そのほとんどは、置いた関数の癖でしかない。別の関数を置けば、数は何十も変わる。それでも、足し引きの仕方をひとつ決めた瞬間に、そのすべてが消えて面そのものの数が残る。本稿が測ったのは、その消え方の正確さである。$282$ 個の無意味な出入りが、一つの余りも残さずに打ち消し合った。何かを数えるとき、その数が対象のものか道具のものかを分ける方法は、道具を替えて数え直すことである。替えても動かなかったものだけが、対象のものであった。
参考文献
- Morse, M. (1934). The Calculus of Variations in the Large. Providence: American Mathematical Society.
- Banchoff, T. (1967). Critical Points and Curvature for Embedded Polyhedra. Journal of Differential Geometry, 1(3).
- Milnor, J. (1963). Morse Theory. Princeton: Princeton University Press.
- Poincaré, H. (1885). Sur les courbes définies par les équations différentielles. Journal de Mathématiques Pures et Appliquées, 1.
- Hopf, H. (1927). Vektorfelder in n-dimensionalen Mannigfaltigkeiten. Mathematische Annalen, 96(1).
- 山岸勇輝 (2026). $4\pi=2\pi\chi$ は三次元でだけ成り立つ [論文128]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22079576
- 山岸勇輝 (2026). 二つの開集合で覆うと、円は違う答を返す [論文151]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22084096
- 山岸勇輝 (2026). 「不動点」は一つの定理ではない [論文161]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22092530
- 山岸勇輝 (2026). 「まっすぐ」は「最短」を意味せず、柵は二つある [論文198]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22107954
- 山岸勇輝 (2026). 二百本目の点呼 [論文200]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22108829
- 山岸勇輝 (2026). 接続は計量から導かれない [論文202]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22109349
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「臨界点の個数は大きく動くのに、交代和だけは一度も動かない」[論文203]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22109443
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 臨界点の個数は大きく動くのに、交代和だけは一度も動かない [論文203]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/203 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22109443
Yamagishi, Y. (2026). The Counts of Critical Points Move a Great Deal, and Their Alternating Sum Never Moves at All [Paper 203]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/203; DOI: 10.5281/zenodo.22109443
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author = {Yamagishi, Yuuki},
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