要旨
同じ面積を最も短い周長で囲む形は、平面では円板である。本稿は、平らなトーラスでは答が途中で帯に変わることを示し、その境目で降下法が働かなくなることを数で測る。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。
第一に、境目は閉じた形で書ける。面積 $A$ の円板の周長は $2\sqrt{\pi A}$、帯の周長は $A$ によらず $2$ であり、二つが交わるのは $A=1/\pi=0.3183098862$ ちょうどである(第2節)。
第二に、道具を先に検証した。周長を下げる流れに円板と帯を入れると、どちらも動かない。変化は $-2.16\times10^{-4}$ と $+3.33\times10^{-15}$ であった(第3節)。
第三に、境目から離れていれば流れは正しく答える。面積 $0.15$ では $12$ 回の最良が $1.3811$(円板は $1.3729$)、面積 $0.45$ では $2.0189$(帯は $2.0000$)である(第4節)。
第四に、これが本稿の芯である。境目の近くでは、降下法が答を選べない。見分けるべき差は面積 $0.30$ で $0.0584$、$0.34$ で $0.0670$ しかないのに、$12$ 回の結果の散らばりは $1.1535$ と $0.9378$ である。散らばりが差の十五倍から二十倍である(第5節)。
第五に、切り替えは二つある。面積が $1-1/\pi=0.681690$ を超えると、今度は穴のほうが円板になる。答は $1/2$ を軸に対称である(第6節)。
射程(何を示さないか)
新しい数学定理も新しい法則も主張しない。等周不等式、平坦トーラスの等周領域、しきい値力学は、いずれも標準的である。帯と円板が唯一の候補であることを証明しない。本稿が比べたのはその二つ(と穴の円板)だけであり、他に短いものが無いことは示していない。数値の流れは大域最小を保証しない。第5節が測っているのは、まさにその保証の無さである。周長の推定子は完全ではない。既知の形で較正したうえで、円板に対して $0.7\%$ ほど残差がある。論文198 との関係:198 は平らな円筒の上で「まっすぐ」が遠回りになることを見せた。本稿は平らなトーラスの上で「最短の囲い」が円板でなくなることを見せる。どちらも曲率は無実であり、犯人は大域的な形である。論文193 との関係:193 は「見積もりは、それを使いたい帯でこそ間違う」と書いた。本稿の第5節は同じ形である:降下法は、答が切り替わる場所でこそ選べない。加えたのは二つの候補の交点を閉じた形で出したこと、周長を下げる流れを既知の形で検証してから使ったこと、境目から離れた両側で流れが正しく答えることを確かめたこと、境目の近くで散らばりが差の十五倍以上になることを $12$ 回ずつ測ったことである。
1. 記法と位置づけ
一辺 $1$ の平らな正方形トーラス(向かい合う辺を貼り合わせた正方形)の上で、面積 $A$ の領域を取り、その境界の長さを周長と呼ぶ。周長は等方な推定子で測った。格子の辺を数える方法は斜めの境界を $\sqrt2$ 倍に見積もるので使わない。数値はすべて自前の計算である。
位置づけ:論文198 は、平らな円筒の上で「まっすぐ」が遠回りになることを見せた。曲率は恒等的に零であり、犯人は大域的な形であった。本稿は同じ問いを面積と周長で立てる:平らなのに、最短の囲いが円板でなくなるのはどこからか。
2. 二つの候補は、ちょうど $1/\pi$ で交わる
トーラスの上には、平面には無い候補がある。ぐるりと一周する帯である。帯は端を持たないので、境界は二本の切れ目だけであり、その長さは面積によらず $2$である。
検算 2.1:
| 面積 $A$ | 円板 $2\sqrt{\pi A}$ | 帯 | 短いほう |
|---|---|---|---|
| $0.100000$ | $1.120998$ | $2.000000$ | 円板 |
| $0.200000$ | $1.585331$ | $2.000000$ | 円板 |
| $0.300000$ | $1.941626$ | $2.000000$ | 円板 |
| $1/\pi=0.318310$ | $2.000000$ | $2.000000$ | 等しい |
| $0.350000$ | $2.097196$ | $2.000000$ | 帯 |
| $0.450000$ | $2.377996$ | $2.000000$ | 帯 |
観察 2.2 $2\sqrt{\pi A}=2$ を解けば $A=1/\pi$ である。境目は近似ではなく、ちょうどこの数である。ただし本稿は「この二つが唯一の候補である」ことを証明しない。比べたのは二つだけである。
3. 道具を先に検証する
検算 3.1:周長の推定子を、答が分かっている形で較正する。較正のあとでも残差がある。
| 形 | 本当の周長 | 較正後の推定 |
|---|---|---|
| 面積 $0.2$ の円板 | $1.585331$ | $1.597002$ |
| 帯 | $2$ | $1.984925$ |
残差はおよそ $0.7\%$ である。この $0.7\%$ が、以下で「見える」ことの下限である。
検算 3.2:周長を下げる流れ(面積を保つしきい値力学)に、円板と帯を入れる。どちらもすでに最適の候補なので、動いてはならない。
| 入れた形 | 前の周長 | 後の周長 | 変化 |
|---|---|---|---|
| 面積 $0.20$ の円板 | $1.597002$ | $1.596787$ | $-2.16\times10^{-4}$ |
| 面積 $0.10$ の円板 | $1.129082$ | $1.128550$ | $-5.32\times10^{-4}$ |
| 面積 $0.40$ の帯 | $1.984925$ | $1.984925$ | $+3.33\times10^{-15}$ |
| 面積 $0.60$ の帯 | $1.984925$ | $1.984925$ | $+2.22\times10^{-16}$ |
観察 3.3 二つとも不動点である。流れは良い形を壊さない。そのうえで、答の分からない場合に使う。
観察 3.4 (最初の試みは失敗した) 本稿の最初の実行は収束不足であった。拡散の長さが短すぎ、雑音から一つの塊にまとまる前に止まり、最終周長は円板とも帯とも合わない $2.5$ から $3.9$ の値を返した。検証を先に置いていなければ、その数字を書いていたはずである。
4. 境目から離れていれば、流れは正しく答える
検算 4.1:なめらかな無作為の初期形から流れを走らせる。各面積で $12$ 回試し、最良を取る。
| 面積 | 円板 | 帯 | 流れの最良 | 近いほう |
|---|---|---|---|---|
| $0.1500$ | $1.3729$ | $2.0000$ | $1.3811$ | 円板 |
| $0.4500$ | $2.3780$ | $2.0000$ | $2.0189$ | 帯 |
観察 4.2 境目の両側で、流れは閉じた形の答に一致する。$0.15$ では円板に $0.6\%$、$0.45$ では帯に $0.9\%$ で寄っている。
5. 芯:境目の近くでは、降下法が答を選べない
検算 5.1:同じことを境目の近くで行い、$12$ 回の散らばりも測る。
| 面積 | 見分けるべき差 | 最良 | 中央値 | 散らばり |
|---|---|---|---|---|
| $0.1500$ | $0.6271$ | $1.3811$ | $1.9339$ | $1.0008$ |
| $0.2600$ | $0.1924$ | $1.8503$ | $2.4933$ | $2.5780$ |
| $0.3000$ | $\mathbf{0.0584}$ | $1.9757$ | $2.1500$ | $\mathbf{1.1535}$ |
| $1/\pi$ | $\mathbf{0.0000}$ | $2.0120$ | $2.2993$ | $0.9454$ |
| $0.3400$ | $\mathbf{0.0670}$ | $2.0161$ | $2.2155$ | $\mathbf{0.9378}$ |
| $0.4500$ | $0.3780$ | $2.0189$ | $2.8598$ | $5.2529$ |
観察 5.2 面積 $0.30$ では、見分けるべき差は $0.0584$ しかないのに、$12$ 回の結果は $1.1535$ の幅に散らばる。散らばりが差の二十倍である。$0.34$ でも $0.0670$ に対して $0.9378$、すなわち十四倍である。
検算 5.3:差のほうを、境目のまわりで細かく見る。
| 面積 | 円板 | 帯 | 差の割合 |
|---|---|---|---|
| $0.250000$ | $1.772454$ | $2.000000$ | $11.377\%$ |
| $0.290000$ | $1.908991$ | $2.000000$ | $4.550\%$ |
| $0.310000$ | $1.973721$ | $2.000000$ | $1.314\%$ |
| $1/\pi$ | $2.000000$ | $2.000000$ | $\mathbf{0\%}$ |
| $0.330000$ | $2.036394$ | $2.000000$ | $1.820\%$ |
| $0.350000$ | $2.097196$ | $2.000000$ | $4.860\%$ |
観察 5.4 境目のすぐ両側では、二つの形の周長は $1\%$ 台しか違わない。第3節で測った推定子の残差 $0.7\%$ と、同じ桁である。ゆえに、たとえ流れが完璧に働いても、測るほうが見分けられない。
観察 5.5 そして境目そのものでは、差は厳密にゼロである。二つの形は同じ長さであり、周長を下げる手続きには選ぶ理由が無い。「答が切り替わる場所」とは、降下法が方法でなくなる場所でもある。論文193 は「見積もりは、それを使いたい帯でこそ間違う」と書いた。ここでは降下法が、いちばん知りたい場所でこそ黙る。
6. 切り替えは二つあり、$1/2$ を軸に対称である
検算 6.1:面積が大きくなると、今度は穴のほうが円板になる。三つの候補を並べる。
| 面積 | 円板 | 帯 | 穴が円板 | 最短 |
|---|---|---|---|---|
| $0.100000$ | $1.120998$ | $2.000000$ | $3.362995$ | 円板 |
| $0.250000$ | $1.772454$ | $2.000000$ | $3.069980$ | 円板 |
| $1/\pi$ | $2.000000$ | $2.000000$ | $2.926836$ | 境目 |
| $0.500000$ | $2.506628$ | $2.000000$ | $2.506628$ | 帯 |
| $1-1/\pi$ | $2.926836$ | $2.000000$ | $2.000000$ | 境目 |
| $0.800000$ | $3.170662$ | $2.000000$ | $1.585331$ | 穴が円板 |
観察 6.2 切り替えは $1/\pi=0.318310$ と $1-1/\pi=0.681690$ の二か所にあり、$1/2$ を軸に対称である。面積 $1/2$ では、円板と穴の円板がちょうど同じ長さになる。そしてどちらも帯に負ける。
7. 辺の長さを変えると、境目が動く
検算 7.1:面積 $1$ のまま、トーラスの辺の長さを変える。最も短い帯は短いほうの辺を二回横切るので、周長は $2\min(a,b)$ である。
| 辺 | 最短の帯 | 境目の面積 | $1/\pi$ の何倍 |
|---|---|---|---|
| $1.00\times1.00$ | $2.000000$ | $0.318310$ | $1.0000$ |
| $0.80\times1.25$ | $1.600000$ | $0.203718$ | $0.6400$ |
| $0.50\times2.00$ | $1.000000$ | $0.079577$ | $0.2500$ |
| $0.25\times4.00$ | $0.500000$ | $0.019894$ | $0.0625$ |
観察 7.2 境目は $\min(a,b)^2/\pi$ である。トーラスを細く潰すほど、帯が早く勝つ。$0.25\times4.00$ では、面積のわずか $2\%$ で切り替わる。
8. 分離子と柵
観察 8.1 (分離子) 答が変わるのは曲率のせいではない。トーラスは平らである。変えているのは一周できるかどうかであり、大域的な形である。論文198 の平らな円筒と同じ形で、曲率は二度とも無実であった。
観察 8.2 (柵) 「最も短い囲いは円板である」という言い方を囲っている柵は、平面であること、正しくは他の候補が存在しないことである。トーラスでは帯という候補が現れ、それだけで答が変わる。面積が小さいうちは平面の答が生き残る:$1/\pi$ より下では円板が勝つ。
観察 8.3 そして本稿が測ったもう一つの柵は、方法の側にある。降下法が使えるのは答が明確に一つ良いあいだだけであり、二つが並ぶ場所では働かない。その場所は、閉じた形なら一行で書ける。$A=1/\pi$。
9. 点呼と結び
本稿が確かめたことを並べる。
- 境目は閉じた形で $1/\pi$(検算2.1)。
- 道具を先に検証した(検算3.2):円板も帯も不動点。最初の実行は収束不足で失敗していた(観察3.4)。
- 境目から離れれば流れは正しい(検算4.1):$0.6\%$ と $0.9\%$ で一致。
- 境目の近くでは選べない(検算5.1):散らばりが差の十四倍から二十倍。
- 境目では差が厳密にゼロ(検算5.3):降下法に選ぶ理由が無い。
- 切り替えは二つ、$1/2$ を軸に対称(検算6.1)。
- 潰すほど帯が早く勝つ(検算7.1):境目は $\min(a,b)^2/\pi$。
結び:「同じ面積なら円が最短」は、平面の上でだけ完結した話である。一周できる道が一本あるだけで、帯という候補が生まれ、面積が $1/\pi$ を超えた瞬間にそちらが勝つ。曲率は零のままであり、変わったのはつながり方だけである。論文198 で平らな円筒が「まっすぐなのに遠回り」を見せたのと、同じ犯人である。そして本稿がもう一つ測ったのは、方法の限界である:答が切り替わる場所では二つの形が同じ長さになり、周長を下げる手続きには選ぶ理由が消える。境目とは、降下がもう教えてくれない場所であった。そこで要るのは、より長く走らせることではなく、閉じた形で一行書くことである。
参考文献
- Steiner, J. (1838). Einfache Beweise der isoperimetrischen Hauptsaetze. Journal fuer die reine und angewandte Mathematik, 18.
- Hauswirth, L., Perez, J., Romon, P., Ros, A. (2004). The Periodic Isoperimetric Problem. Transactions of the American Mathematical Society, 356(5).
- Ros, A. (2005). The Isoperimetric Problem. In: Global Theory of Minimal Surfaces. Providence: American Mathematical Society.
- Merriman, B., Bence, J. K., Osher, S. (1992). Diffusion Generated Motion by Mean Curvature. UCLA Computational and Applied Mathematics Report 92-18.
- Osher, S., Sethian, J. A. (1988). Fronts Propagating with Curvature-Dependent Speed. Journal of Computational Physics, 79(1).
- 山岸勇輝 (2026). 「次元の呪い」は一つの呪いではない [論文182]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22104170
- 山岸勇輝 (2026). 結合した二つの費用は、別々に見積もって足せない [論文193]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22106668
- 山岸勇輝 (2026). 「まっすぐ」は「最短」を意味せず、柵は二つある [論文198]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22107954
- 山岸勇輝 (2026). 二百本目の点呼 [論文200]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22108829
- 山岸勇輝 (2026). 臨界点の個数は大きく動くのに、交代和だけは一度も動かない [論文203]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22109443
- 山岸勇輝 (2026). 固有値を数えたときのべきは、次元の半分である [論文204]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22110032
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「最も短い囲いは、いつも円板とはかぎらない」[論文205]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22110143
日付の証拠(OpenTimestamps):日本語版の .ots・英語版の .ots・SHA256SUMS
予備の置き場所(ミラー。中身は上と同じです):PDF 日本語・PDF English・SHA256SUMS
住所:https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/205・DOI 10.5281/zenodo.22110143・CC BY 4.0・プレプリント(査読を経ていません)・ORCID 0009-0006-8587-3450
引用するとき
山岸勇輝 (2026). 最も短い囲いは、いつも円板とはかぎらない [論文205]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/205 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22110143
Yamagishi, Y. (2026). The Shortest Enclosure Is Not Always a Disc [Paper 205]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/205; DOI: 10.5281/zenodo.22110143
@misc{yamagishi2026yoi205,
author = {Yamagishi, Yuuki},
title = {The Shortest Enclosure Is Not Always a Disc},
year = {2026},
howpublished = {YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/205},
doi = {10.5281/zenodo.22110143},
note = {Preprint, edition 1}
}
指紋(SHA-256)と確かめ方
89e1f1931697514d1da09126aab5e38c6da586b9f2f81514886d53a9c5833f17 yamagishi_yoi205_v1_jp.pdfcb3e2291991d073b6ea42f5be69e54e43af7ada5b93aeb08bd1e87193b316402 yamagishi_yoi205_v1_en.pdfPDF と .ots を同じ場所に保存し、opentimestamps.org に .ots、続けて PDF を落とすと、記録された日時が表示されます。PDF が 1 バイトでも変わっていれば通りません。