【論文205】最も短い囲いは、いつも円板とはかぎらない

要旨

同じ面積を最も短い周長で囲む形は、平面では円板である。本稿は、平らなトーラスでは答が途中で帯に変わることを示し、その境目で降下法が働かなくなることを数で測る。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。

第一に、境目は閉じた形で書ける。面積 $A$ の円板の周長は $2\sqrt{\pi A}$、帯の周長は $A$ によらず $2$ であり、二つが交わるのは $A=1/\pi=0.3183098862$ ちょうどである(第2節)。

第二に、道具を先に検証した。周長を下げる流れに円板と帯を入れると、どちらも動かない。変化は $-2.16\times10^{-4}$ と $+3.33\times10^{-15}$ であった(第3節)。

第三に、境目から離れていれば流れは正しく答える。面積 $0.15$ では $12$ 回の最良が $1.3811$(円板は $1.3729$)、面積 $0.45$ では $2.0189$(帯は $2.0000$)である(第4節)。

第四に、これが本稿の芯である。境目の近くでは、降下法が答を選べない。見分けるべき差は面積 $0.30$ で $0.0584$、$0.34$ で $0.0670$ しかないのに、$12$ 回の結果の散らばりは $1.1535$ と $0.9378$ である。散らばりが差の十五倍から二十倍である(第5節)。

第五に、切り替えは二つある。面積が $1-1/\pi=0.681690$ を超えると、今度は穴のほうが円板になる。答は $1/2$ を軸に対称である(第6節)。

射程(何を示さないか)

新しい数学定理も新しい法則も主張しない。等周不等式、平坦トーラスの等周領域、しきい値力学は、いずれも標準的である。帯と円板が唯一の候補であることを証明しない。本稿が比べたのはその二つ(と穴の円板)だけであり、他に短いものが無いことは示していない。数値の流れは大域最小を保証しない。第5節が測っているのは、まさにその保証の無さである。周長の推定子は完全ではない。既知の形で較正したうえで、円板に対して $0.7\%$ ほど残差がある。論文198 との関係:198 は平らな円筒の上で「まっすぐ」が遠回りになることを見せた。本稿は平らなトーラスの上で「最短の囲い」が円板でなくなることを見せる。どちらも曲率は無実であり、犯人は大域的な形である。論文193 との関係:193 は「見積もりは、それを使いたい帯でこそ間違う」と書いた。本稿の第5節は同じ形である:降下法は、答が切り替わる場所でこそ選べない。加えたのは二つの候補の交点を閉じた形で出したこと、周長を下げる流れを既知の形で検証してから使ったこと、境目から離れた両側で流れが正しく答えることを確かめたこと、境目の近くで散らばりが差の十五倍以上になることを $12$ 回ずつ測ったことである。

1. 記法と位置づけ

一辺 $1$ の平らな正方形トーラス(向かい合う辺を貼り合わせた正方形)の上で、面積 $A$ の領域を取り、その境界の長さを周長と呼ぶ。周長は等方な推定子で測った。格子の辺を数える方法は斜めの境界を $\sqrt2$ 倍に見積もるので使わない。数値はすべて自前の計算である。

位置づけ:論文198 は、平らな円筒の上で「まっすぐ」が遠回りになることを見せた。曲率は恒等的に零であり、犯人は大域的な形であった。本稿は同じ問いを面積と周長で立てる:平らなのに、最短の囲いが円板でなくなるのはどこからか。

2. 二つの候補は、ちょうど $1/\pi$ で交わる

トーラスの上には、平面には無い候補がある。ぐるりと一周する帯である。帯は端を持たないので、境界は二本の切れ目だけであり、その長さは面積によらず $2$である。

検算 2.1:

面積 $A$ 円板 $2\sqrt{\pi A}$ 帯 短いほう
$0.100000$ $1.120998$ $2.000000$ 円板
$0.200000$ $1.585331$ $2.000000$ 円板
$0.300000$ $1.941626$ $2.000000$ 円板
$1/\pi=0.318310$ $2.000000$ $2.000000$ 等しい
$0.350000$ $2.097196$ $2.000000$ 帯
$0.450000$ $2.377996$ $2.000000$ 帯

観察 2.2 $2\sqrt{\pi A}=2$ を解けば $A=1/\pi$ である。境目は近似ではなく、ちょうどこの数である。ただし本稿は「この二つが唯一の候補である」ことを証明しない。比べたのは二つだけである。

3. 道具を先に検証する

検算 3.1:周長の推定子を、答が分かっている形で較正する。較正のあとでも残差がある。

形 本当の周長 較正後の推定
面積 $0.2$ の円板 $1.585331$ $1.597002$
帯 $2$ $1.984925$

残差はおよそ $0.7\%$ である。この $0.7\%$ が、以下で「見える」ことの下限である。

検算 3.2:周長を下げる流れ(面積を保つしきい値力学)に、円板と帯を入れる。どちらもすでに最適の候補なので、動いてはならない。

入れた形 前の周長 後の周長 変化
面積 $0.20$ の円板 $1.597002$ $1.596787$ $-2.16\times10^{-4}$
面積 $0.10$ の円板 $1.129082$ $1.128550$ $-5.32\times10^{-4}$
面積 $0.40$ の帯 $1.984925$ $1.984925$ $+3.33\times10^{-15}$
面積 $0.60$ の帯 $1.984925$ $1.984925$ $+2.22\times10^{-16}$

観察 3.3 二つとも不動点である。流れは良い形を壊さない。そのうえで、答の分からない場合に使う。

観察 3.4 (最初の試みは失敗した) 本稿の最初の実行は収束不足であった。拡散の長さが短すぎ、雑音から一つの塊にまとまる前に止まり、最終周長は円板とも帯とも合わない $2.5$ から $3.9$ の値を返した。検証を先に置いていなければ、その数字を書いていたはずである。

4. 境目から離れていれば、流れは正しく答える

検算 4.1:なめらかな無作為の初期形から流れを走らせる。各面積で $12$ 回試し、最良を取る。

面積 円板 帯 流れの最良 近いほう
$0.1500$ $1.3729$ $2.0000$ $1.3811$ 円板
$0.4500$ $2.3780$ $2.0000$ $2.0189$ 帯

観察 4.2 境目の両側で、流れは閉じた形の答に一致する。$0.15$ では円板に $0.6\%$、$0.45$ では帯に $0.9\%$ で寄っている。

5. 芯:境目の近くでは、降下法が答を選べない

検算 5.1:同じことを境目の近くで行い、$12$ 回の散らばりも測る。

面積 見分けるべき差 最良 中央値 散らばり
$0.1500$ $0.6271$ $1.3811$ $1.9339$ $1.0008$
$0.2600$ $0.1924$ $1.8503$ $2.4933$ $2.5780$
$0.3000$ $\mathbf{0.0584}$ $1.9757$ $2.1500$ $\mathbf{1.1535}$
$1/\pi$ $\mathbf{0.0000}$ $2.0120$ $2.2993$ $0.9454$
$0.3400$ $\mathbf{0.0670}$ $2.0161$ $2.2155$ $\mathbf{0.9378}$
$0.4500$ $0.3780$ $2.0189$ $2.8598$ $5.2529$

観察 5.2 面積 $0.30$ では、見分けるべき差は $0.0584$ しかないのに、$12$ 回の結果は $1.1535$ の幅に散らばる。散らばりが差の二十倍である。$0.34$ でも $0.0670$ に対して $0.9378$、すなわち十四倍である。

検算 5.3:差のほうを、境目のまわりで細かく見る。

面積 円板 帯 差の割合
$0.250000$ $1.772454$ $2.000000$ $11.377\%$
$0.290000$ $1.908991$ $2.000000$ $4.550\%$
$0.310000$ $1.973721$ $2.000000$ $1.314\%$
$1/\pi$ $2.000000$ $2.000000$ $\mathbf{0\%}$
$0.330000$ $2.036394$ $2.000000$ $1.820\%$
$0.350000$ $2.097196$ $2.000000$ $4.860\%$

観察 5.4 境目のすぐ両側では、二つの形の周長は $1\%$ 台しか違わない。第3節で測った推定子の残差 $0.7\%$ と、同じ桁である。ゆえに、たとえ流れが完璧に働いても、測るほうが見分けられない。

観察 5.5 そして境目そのものでは、差は厳密にゼロである。二つの形は同じ長さであり、周長を下げる手続きには選ぶ理由が無い。「答が切り替わる場所」とは、降下法が方法でなくなる場所でもある。論文193 は「見積もりは、それを使いたい帯でこそ間違う」と書いた。ここでは降下法が、いちばん知りたい場所でこそ黙る。

6. 切り替えは二つあり、$1/2$ を軸に対称である

検算 6.1:面積が大きくなると、今度は穴のほうが円板になる。三つの候補を並べる。

面積 円板 帯 穴が円板 最短
$0.100000$ $1.120998$ $2.000000$ $3.362995$ 円板
$0.250000$ $1.772454$ $2.000000$ $3.069980$ 円板
$1/\pi$ $2.000000$ $2.000000$ $2.926836$ 境目
$0.500000$ $2.506628$ $2.000000$ $2.506628$ 帯
$1-1/\pi$ $2.926836$ $2.000000$ $2.000000$ 境目
$0.800000$ $3.170662$ $2.000000$ $1.585331$ 穴が円板

観察 6.2 切り替えは $1/\pi=0.318310$ と $1-1/\pi=0.681690$ の二か所にあり、$1/2$ を軸に対称である。面積 $1/2$ では、円板と穴の円板がちょうど同じ長さになる。そしてどちらも帯に負ける。

7. 辺の長さを変えると、境目が動く

検算 7.1:面積 $1$ のまま、トーラスの辺の長さを変える。最も短い帯は短いほうの辺を二回横切るので、周長は $2\min(a,b)$ である。

辺 最短の帯 境目の面積 $1/\pi$ の何倍
$1.00\times1.00$ $2.000000$ $0.318310$ $1.0000$
$0.80\times1.25$ $1.600000$ $0.203718$ $0.6400$
$0.50\times2.00$ $1.000000$ $0.079577$ $0.2500$
$0.25\times4.00$ $0.500000$ $0.019894$ $0.0625$

観察 7.2 境目は $\min(a,b)^2/\pi$ である。トーラスを細く潰すほど、帯が早く勝つ。$0.25\times4.00$ では、面積のわずか $2\%$ で切り替わる。

8. 分離子と柵

観察 8.1 (分離子) 答が変わるのは曲率のせいではない。トーラスは平らである。変えているのは一周できるかどうかであり、大域的な形である。論文198 の平らな円筒と同じ形で、曲率は二度とも無実であった。

観察 8.2 (柵) 「最も短い囲いは円板である」という言い方を囲っている柵は、平面であること、正しくは他の候補が存在しないことである。トーラスでは帯という候補が現れ、それだけで答が変わる。面積が小さいうちは平面の答が生き残る:$1/\pi$ より下では円板が勝つ。

観察 8.3 そして本稿が測ったもう一つの柵は、方法の側にある。降下法が使えるのは答が明確に一つ良いあいだだけであり、二つが並ぶ場所では働かない。その場所は、閉じた形なら一行で書ける。$A=1/\pi$。

9. 点呼と結び

本稿が確かめたことを並べる。

  1. 境目は閉じた形で $1/\pi$(検算2.1)。
  2. 道具を先に検証した(検算3.2):円板も帯も不動点。最初の実行は収束不足で失敗していた(観察3.4)。
  3. 境目から離れれば流れは正しい(検算4.1):$0.6\%$ と $0.9\%$ で一致。
  4. 境目の近くでは選べない(検算5.1):散らばりが差の十四倍から二十倍。
  5. 境目では差が厳密にゼロ(検算5.3):降下法に選ぶ理由が無い。
  6. 切り替えは二つ、$1/2$ を軸に対称(検算6.1)。
  7. 潰すほど帯が早く勝つ(検算7.1):境目は $\min(a,b)^2/\pi$。

結び:「同じ面積なら円が最短」は、平面の上でだけ完結した話である。一周できる道が一本あるだけで、帯という候補が生まれ、面積が $1/\pi$ を超えた瞬間にそちらが勝つ。曲率は零のままであり、変わったのはつながり方だけである。論文198 で平らな円筒が「まっすぐなのに遠回り」を見せたのと、同じ犯人である。そして本稿がもう一つ測ったのは、方法の限界である:答が切り替わる場所では二つの形が同じ長さになり、周長を下げる手続きには選ぶ理由が消える。境目とは、降下がもう教えてくれない場所であった。そこで要るのは、より長く走らせることではなく、閉じた形で一行書くことである。

参考文献

  1. Steiner, J. (1838). Einfache Beweise der isoperimetrischen Hauptsaetze. Journal fuer die reine und angewandte Mathematik, 18.
  2. Hauswirth, L., Perez, J., Romon, P., Ros, A. (2004). The Periodic Isoperimetric Problem. Transactions of the American Mathematical Society, 356(5).
  3. Ros, A. (2005). The Isoperimetric Problem. In: Global Theory of Minimal Surfaces. Providence: American Mathematical Society.
  4. Merriman, B., Bence, J. K., Osher, S. (1992). Diffusion Generated Motion by Mean Curvature. UCLA Computational and Applied Mathematics Report 92-18.
  5. Osher, S., Sethian, J. A. (1988). Fronts Propagating with Curvature-Dependent Speed. Journal of Computational Physics, 79(1).
  6. 山岸勇輝 (2026). 「次元の呪い」は一つの呪いではない [論文182]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22104170
  7. 山岸勇輝 (2026). 結合した二つの費用は、別々に見積もって足せない [論文193]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22106668
  8. 山岸勇輝 (2026). 「まっすぐ」は「最短」を意味せず、柵は二つある [論文198]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22107954
  9. 山岸勇輝 (2026). 二百本目の点呼 [論文200]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22108829
  10. 山岸勇輝 (2026). 臨界点の個数は大きく動くのに、交代和だけは一度も動かない [論文203]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22109443
  11. 山岸勇輝 (2026). 固有値を数えたときのべきは、次元の半分である [論文204]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22110032

作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。

書誌

山岸勇輝(2026)「最も短い囲いは、いつも円板とはかぎらない」[論文205]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22110143

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引用するとき

山岸勇輝 (2026). 最も短い囲いは、いつも円板とはかぎらない [論文205]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/205 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22110143

Yamagishi, Y. (2026). The Shortest Enclosure Is Not Always a Disc [Paper 205]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/205; DOI: 10.5281/zenodo.22110143

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