要旨
媒質の中で「光の速さ」と呼ばれる量は一つではない。本稿は四つを数え、そのうち相対性理論の柵が掛かっているのはどれかを数で書く。新しい数学定理も新しい物理法則も主張しない。
第一に、位相速度が $c$ を超えるのは珍しくない。導波管では位相速度と群速度の積が正確に $c^2$(携えた桁のすべてで一致)、希薄プラズマでは $\omega=1.01\,\omega_p$ で位相速度が $7.12\,c$ になる(第2節)。
第二に、最初の実験は失敗した。吸収線の真上(群指数 $-14.60$)にパルスを撃ったが、山は真空到着の $20$ に対し $63.65$ と遅れて着いた。搬送波が $1.1\times10^{-4}$ に減衰し、出てきたのはパルスではなくその裾だったからである(第3節)。
第三に、利得二重線に替えると、群速度は $-25.44\,c$ になる。$z=20$ での利得はわずか $1.1249$ 倍であり、ほとんど透明なまま強く異常分散する(第4節)。
第四に、これが本稿の芯である。出てきた山は $t=-1.950$ に立ち、入った山($t=0$)より前にある。真空到着より $21.950$ 早く、$z(1-n_g)=20.786$ という予言より $5.6\%$ 大きい。しかしガウス型には先端が無い:$t=-2000$ でも振幅は $1.4\times10^{-11}$ で、零ではない(第5節)。
第五に、先端を持つ信号に替えると、$c$ より先には何も来ない。到着前の振幅は刻み幅を半分にするごとに $6.0\times10^{-8}\to7.7\times10^{-9}\to9.8\times10^{-10}$ と落ちた。残っていたのは媒質ではなく格子である(第6節)。
射程(何を示さないか)
新しい数学定理も新しい物理法則も主張しない。ゾンマーフェルトとブリルアンによる信号速度と先端速度の分離、利得媒質での負の群速度は、いずれも標準的であり測定もされている。超光速通信ができるとは主張しない。本稿が示すのは逆であり、先端が $c$ を超えないことを数で見る。情報の速さを定義しない。扱うのは先端の位置であって、「どこから情報が読み取れるか」ではない。エネルギー速度を計算しない。それは第五の量であり、本稿は四つしか数えない。実在の媒質の定数を用いない。単位は $c=1$ で、線は $\omega=1$ に置いた模型である。論文11・21 との関係:11 は量子相関の無信号定理を、21 は量子重力による群速度のずれを扱った。どちらも別の話で、本稿は古典電磁気の分散だけを見る。加えたのは導波管で二つの速さの積が $c^2$ であることを桁いっぱいで確かめたこと、失敗した実験とその理由を書いたこと、群速度が負になる帯を数値で探し出したこと、山が入力より前に立つのを測ったこと、先端を持つ信号で到着前の振幅が格子とともに落ちることを測ったこと、屈折率が $\omega^{-2}$ で $1$ に戻る指数を測ったことである。
1. 記法と位置づけ
単位は $c=1$ とする。分散のある媒質で
$$ v_p=\frac{\omega}{k},\qquad v_g=\frac{d\omega}{dk} $$
を位相速度・群速度と呼び、群指数を $n_g=n+\omega\,dn/d\omega$($v_g=c/n_g$)とする。第三の量が先端速度であり、信号が「まだ何も来ていない」状態から離れる瞬間が進む速さをいう。第四が信号速度である。
位置づけ:論文197 では「収束する」が四つの別の主張であった。ここでは「光の速さ」が四つの別の量である。論文207 では、三つの道具のうち一つが問いを書けなかった。ここでは、四つの量のうち二つにしか柵が掛かっていない。
2. $c$ を超えるのは、珍しくない
検算 2.1:導波管($\omega^2=c^2k^2+\omega_c^2$、$\omega_c=1$)で二つの速さを測る。
| $k$ | 位相速度 | 群速度 | 積 |
|---|---|---|---|
| $0.25$ | $4.12310562562$ | $0.242535625036$ | $\mathbf{1.0}$ |
| $0.5$ | $2.2360679775$ | $0.4472135955$ | $\mathbf{1.0}$ |
| $1$ | $1.41421356237$ | $0.707106781187$ | $\mathbf{1.0}$ |
| $5$ | $1.01980390272$ | $0.980580675691$ | $\mathbf{1.0}$ |
どの $k$ でも位相速度は $c$ より大きく、群速度は小さく、積は携えた桁のすべてで $1$ であった。
検算 2.2:希薄プラズマ($n=\sqrt{1-(\omega_p/\omega)^2}$)。
| $\omega/\omega_p$ | 屈折率 $n$ | 位相速度 $/\,c$ |
|---|---|---|
| $1.01$ | $0.1403707612$ | $\mathbf{7.12399072}$ |
| $1.1$ | $0.4165977905$ | $2.400396793$ |
| $2$ | $0.8660254038$ | $1.154700538$ |
| $100$ | $0.9999499987$ | $1.000050004$ |
観察 2.3 硬X線に対するガラスの屈折率は $1-10^{-6}$ 程度だから、位相速度は毎日どこでも $c$ を百万分の一だけ超えている。それで誰も困らない。位相には印がつけられないからである。
3. 最初の実験は失敗した
群速度が負になる場所を探し、そこへパルスを撃つ。最初に選んだのは吸収線の真上($f=0.05$、$\omega_0=1$、$\gamma=0.05$、搬送波 $\omega=1.00$、群指数 $-14.60$)であった。
検算 3.1:出てきた山は $t=63.65$ に立った。真空なら $t=20$ である。早いどころか、三倍以上遅い。
| $\omega$ | $\operatorname{Im}n$ | $z=20$ での透過 |
|---|---|---|
| $0.99$ | $-0.3576874$ | $8.399\times10^{-4}$ |
| $1.00$(搬送波) | $-0.4550899$ | $\mathbf{1.115\times10^{-4}}$ |
| $1.20$ | $-0.008069653$ | $0.8239$ |
| $1.50$ | $-0.001220259$ | $0.9641$ |
観察 3.2 媒質は正しかった。実験のほうが間違っていた。搬送波は $1.1\times10^{-4}$ に減衰し、ほとんど吸収されない遠い裾だけが生き残る。出てきたのはパルスではなく裾であり、裾は遅れて着く。
観察 3.3 ここから一つ学べる:負の群速度は、媒質がパルスの帯域にわたってほぼ透明でなければ見えない。「群速度が負である」ことと「山が早く出る」ことは同じではない。前者は分散関係の性質、後者は実際に何が生き残るかの話である。
4. 利得二重線では、群速度は $-25.4\,c$ になる
$\omega=0.98$ と $1.02$ に幅 $0.01$ の利得線を二本置く(実験室がしていることである)。
検算 4.1:
| $\omega$ | $\operatorname{Re}n-1$ | $\operatorname{Im}n$ | 群指数 | 群速度 $/\,c$ |
|---|---|---|---|---|
| $0.90$ | $-5.45\times10^{-3}$ | $2.80\times10^{-4}$ | $0.944481$ | $1.0588$ |
| $0.99$ | $1.11\times10^{-2}$ | $1.10\times10^{-2}$ | $-0.410674$ | $-2.4350$ |
| $1.00$ | $-7.16\times10^{-4}$ | $5.89\times10^{-3}$ | $\mathbf{-0.039305}$ | $\mathbf{-25.4422}$ |
| $1.01$ | $-1.27\times10^{-2}$ | $1.17\times10^{-2}$ | $-0.502749$ | $-1.9891$ |
| $1.10$ | $4.96\times10^{-3}$ | $2.81\times10^{-4}$ | $0.943470$ | $1.0599$ |
搬送波($\omega=1.00$)での利得は $z=20$ を通しても $1.1249$ 倍にすぎない。
観察 4.2 ほとんど透明なまま、強く異常分散している。第3節で足りなかったのは、まさにこれである。
5. 芯:山は入る前に出る。そしてガウス型には先端が無い
検算 5.1:長さ $400$ のガウス型パルス(搬送波 $\omega=1.00$)を距離 $20$ だけ通す。
| 測ったもの | 時刻 |
|---|---|
| 入力の山 | $0.000$ |
| 真空を通した後の山 | $20.000$ |
| 媒質を通した後の山 | $\mathbf{-1.950}$ |
| 真空に対する前倒し | $\mathbf{21.950}$ |
| $z(1-n_g)$ による予言 | $20.786$ |
観察 5.2 出てきた山は、入った山より前に立っている。これは本当のことであり、実験室で測られている。測った前倒しは予言より $5.6\%$ 大きい。群速度は分散を一次までしか見ていないので、残りは高次の項である。
検算 5.3:入力のガウス型は、山よりずっと前でどれだけ大きいか。
| 時刻 | 入力の振幅 |
|---|---|
| $-1200$ | $1.234\times10^{-4}$ |
| $-1600$ | $1.125\times10^{-7}$ |
| $-2000$ | $\mathbf{1.389\times10^{-11}}$ |
観察 5.4 零ではない。ガウス型はどの時刻でも零でないから、出てきた山はずっと前に着いていた前裾だけから組み立てられる。早く伝わったものは何も無い。媒質は、すでに来ていた信号を形づくり直したのである。ゆえに「山が早く着いた」という観察からは、因果律について何も言えない。
6. 先端を持たせると、$c$ より先には何も来ない
同じ媒質に、$t<0$ で正確に零である信号を入れる。到着は $t=20$ のはずである。
検算 6.1:
| 刻み幅 | $t=20$ より前の最大 | 到着後の最大 | 比 |
|---|---|---|---|
| $0.0500$ | $6.027\times10^{-8}$ | $1.241874$ | $4.85\times10^{-8}$ |
| $0.0250$ | $7.723\times10^{-9}$ | $1.241874$ | $6.22\times10^{-9}$ |
| $0.0125$ | $\mathbf{9.776\times10^{-10}}$ | $1.241874$ | $7.87\times10^{-10}$ |
観察 6.2 刻み幅を半分にするごとに、到着前の振幅は約 $8$ 分の $1$ になる。到着後の値は $1.241874$ のまま動かない。ゆえに残っていたのは媒質ではなく格子である。先端は $c$ を超えない。
観察 6.3 「零を数値で示す」ことはできない。示せるのは分解能とともに落ちることだけである。論文209 では、近づいても届かないことを整数の剰余が保証した。ここでその役をするのは次節である。
7. 屈折率は $\omega^{-2}$ で $1$ に戻る
検算 7.1:
| $\omega$ | $|\operatorname{Re}n-1|$ | $\times\ \omega^2$ | 局所的な傾き |
|---|---|---|---|
| $10$ | $1.0105\times10^{-5}$ | $0.0010105$ | 、 |
| $10^2$ | $1.0005\times10^{-7}$ | $0.0010005$ | $-2.004328$ |
| $10^3$ | $1.0004\times10^{-9}$ | $0.0010004$ | $-2.000043$ |
| $10^4$ | $1.0004\times10^{-11}$ | $0.0010004$ | $\mathbf{-2.000000}$ |
($10^6$ では倍精度の床に当たるので載せない。)
観察 7.2 先端は「まだ何も来ていない」からの立ち上がりだから、いくらでも高い周波数でできている。そしてそこでは屈折率が $1$ に戻っている。媒質はそこに無い。だから先端は正確に $c$ で歩く。これは近似的な主張ではない:$\omega\to\infty$ で $n\to1$ であることの帰結である。
8. 分離子と柵
点呼 8.1:一つの媒質、一つの周波数($\omega=1.00$)。
| 量 | 値 $/\,c$ | 柵は掛かっているか |
|---|---|---|
| 位相速度 | $1.000717$ | いいえ |
| 群速度 | $\mathbf{-25.4422}$ | いいえ(負にすらなる) |
| 先端速度 | $1.000000$ | はい(正確に $c$) |
| 信号速度 | $\le 1$ | はい |
観察 8.2 (分離子) 四つを分けているのは何に印をつけられるかである。位相には印がつけられない(正弦波は無限に長く、どの山も同じ)。山には印がつけられるが、山は前裾から作り直せる。印がつけられて、しかも作り直せないものは、先端だけである。「まだ何も来ていない」から「何かが来た」への移り目は、前に何も無いので、前から作れない。
観察 8.3 (柵) 「何も $c$ を超えない」という言い方を囲っている柵は、主語が先端であることである。柵の外では、この文は偽になる。位相速度も群速度も、平気で超える。そしてこの二つを禁じても何も守られない:禁じるべき量はもともと別だったのである。
観察 8.4 論文207 では、ジョーンズ・ベクトルの中では偏光度が偽ではなく書けなかった。ここでは逆に、書ける量が多すぎる。四つとも定義でき、四つとも計算でき、そのうち二つには何の制限も無い。「光速を超えない」は、どの量について言うかを決めるまで、真でも偽でもない。
9. 点呼と結び
本稿が測ったことを並べる。
- 導波管では二つの速さの積が $c^2$(検算2.1)。
- 位相速度が $c$ を超えるのは日常(検算2.2):$7.12\,c$。
- 最初の実験は失敗した(検算3.1):山は $63.65$ と遅れて着いた。
- 利得二重線で群速度は $-25.44\,c$(検算4.1):利得はわずか $1.1249$ 倍。
- 山は入力より前に立つ(検算5.1):$t=-1.950$、真空より $21.950$ 早い。
- ガウス型には先端が無い(検算5.3):$t=-2000$ でも $1.4\times10^{-11}$。
- 先端を持たせれば $c$ を超えない(検算6.1):格子とともに $8$ 分の $1$ ずつ落ちる。
- 屈折率は $\omega^{-2}$ で $1$ に戻る(検算7.1):傾き $-2.000000$。
結び:パルスの山は、本当に入る前に出る。測られてもいるし、本稿でも $t=-1.950$ に立った。それでも何一つ早く伝わってはいない。その山は、ずっと前に着いていた前裾から作り直されたものだからである。早いのは山であって、知らせではない。そして知らせの側、すなわち「まだ何も来ていない」が終わる瞬間は、いくらでも高い周波数でできている。そこには媒質が無い。だから先端は、どんな媒質の中でも、正確に $c$ で歩く。「光より速い」という言い方が真か偽かは、どの量のことを言っているかを決めるまで、決まらない。
参考文献
- Sommerfeld, A. (1914). Über die Fortpflanzung des Lichtes in dispergierenden Medien. Annalen der Physik, 44.
- Brillouin, L. (1914). Über die Fortpflanzung des Lichtes in dispergierenden Medien. Annalen der Physik, 44.
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- Garrett, C. G. B., McCumber, D. E. (1970). Propagation of a Gaussian light pulse through an anomalous dispersion medium. Physical Review A, 1.
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- Milonni, P. W. (2005). Fast Light, Slow Light and Left-Handed Light. Bristol: Institute of Physics Publishing.
- Jackson, J. D. (1999). Classical Electrodynamics. Third edition. New York: Wiley.
- 山岸勇輝 (2026). 正規化で消える因子と、ボルン則の指数2 [論文11]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21404636
- 山岸勇輝 (2026). 等号にも別根がある [論文16]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21600471
- 山岸勇輝 (2026). 恒等式にゼロテンションは効かない [論文21]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21601143
- 山岸勇輝 (2026). 片道の光速は、測れない [論文24]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22090261
- 山岸勇輝 (2026). 「収束する」は四つの別の主張であり、分けているのは何を捨てることを許すかである [論文197]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22107590
- 山岸勇輝 (2026). 「偏光」を書く道具は三つあり、一つは「偏光していない光」を書けない [論文207]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22110902
- 山岸勇輝 (2026). 体積が等しくても、切り貼りでは移れない [論文209]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22111317
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「パルスの山は、入る前に出ることがある」[論文210]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22111747
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). パルスの山は、入る前に出ることがある [論文210]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/210 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22111747
Yamagishi, Y. (2026). The Peak of a Pulse Can Leave Before It Arrives [Paper 210]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/210; DOI: 10.5281/zenodo.22111747
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