要旨
級数の項を足していけば答に近づく。これは、ある種類の級数についてだけ正しい。本稿は、どの $x$ でも発散するのに二十一桁を出す級数を測り、「収束する」と「近似する」が別の極限についての主張であることを数で書く。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。
第一に、収束する級数は素直である。$e$ の級数の誤差は $0.218282$ から $2.05\times10^{-20}$ まで、一度も向きを変えずに落ちる(第2節)。
第二に、$E(x)=\int_0^\infty e^{-t}/(1+xt)\,dt$ の展開は、どの $x$ でも発散する。$x=0.1$ では誤差が $10$ 項めで $1.770\times10^{-4}$ まで落ちたあと、$30$ 項で $65.9$、$40$ 項で $1.63\times10^{7}$ へ登っていく(第3節)。
第三に、止める場所には規則がある。最良の項数は $x=0.2,\,0.1,\,0.05,\,0.02,\,0.01$ に対して $5,\,10,\,20,\,50,\,100$ で、ちょうど $1/x$であり、そこでの誤差は $e^{-1/x}$ とほぼ等しい(第4節)。
第四に、スターリングの級数でも同じ形が出る。最良の項数は $z=2,\,5,\,10,\,20$ に対して $7,\,16,\,32,\,63$ で、$\pi z$ に一致する。$z=20$ での誤差は $9.43\times10^{-57}$ である(第6節)。
第五に、これが本稿の芯である。$x$ を止めて項数を増やせば発散し、項数を止めて $x$ を小さくすれば誤差 $/\,x^2$ は零へ行き、誤差 $/\,x^3$ は $6.0$ に落ち着く。$6=3!$、すなわち次の係数そのものである(第7節)。
射程(何を示さないか)
新しい数学定理も新しい法則も主張しない。ポアンカレによる漸近展開の定義、スターリング級数の発散、最適な打ち切りは、いずれも標準的である。ボレル和も超漸近も扱わない。$e^{-1/x}$ の壁を越える手立てには触れない。ストークス現象を扱わない。摂動論の発散を論じない。本稿の級数は各項が有限である。論文35・39 との関係:あちらで「高次になるほど発散が悪化する」と書いたのは各項(ループ積分)が発散する話であり、本稿は各項は有限なのに級数が発散する話である。「発散する」も別根である。論文197 との関係:197 は「収束する」が四つの別の主張であることを扱った。本稿が分けるのはその四つの内側ではなく、収束と漸近という、そもそも別の極限である。加えたのは最良の項数が $1/x$ であることを五つの $x$ で測ったこと、そこでの誤差が $e^{-1/x}$ とほぼ等しいことを見たこと、その誤差が $x$ のどんな冪よりも小さくなることを比で示したこと、スターリング級数で最良の項数が $\pi z$ に一致することを四つの $z$ で確かめたこと、二つの極限を同じ級数の上で別々に走らせ、片方が発散し片方が $3!$ に落ち着くのを見たことである。
1. 記法と位置づけ
級数 $\sum_n a_n x^n$ が関数 $f$ に収束するとは、$x$ を止めて項数 $N\to\infty$ としたとき部分和が $f(x)$ に近づくことをいう。漸近展開であるとは、項数 $N$ を止めて $x\to0$ としたとき
$$ f(x)-\sum_{n=0}^{N-1} a_n x^n = O(x^N) $$
となることをいう(ポアンカレ 1886)。動かす変数が違う。
位置づけ:論文197 では「収束する」が四つの別の主張であった。ここではその外側で、「収束する」と「近似する」が別の極限であることを見る。論文168 では、ルベーグが買ったのは極限で閉じることであった。ここでも問題はどの極限かである。
2. 収束する級数は、素直である
検算 2.1:$e=\sum 1/n!$ の部分和。
| 項数 | 部分和 | 誤差 |
|---|---|---|
| $3$ | $2.5$ | $0.218282$ |
| $5$ | $2.7083333333333333333$ | $0.0099485$ |
| $9$ | $2.7182787698412698413$ | $3.05862\times10^{-6}$ |
| $13$ | $2.7182818282861685639$ | $1.72877\times10^{-10}$ |
| $21$ | $2.7182818284590452353$ | $\mathbf{2.0503\times10^{-20}}$ |
どの項も役に立ち、誤差は一度も向きを変えない。これが「級数を足す」という言葉に普通ついている像である。
3. どの $x$ でも発散する級数
$E(x)=\int_0^\infty \dfrac{e^{-t}}{1+xt}\,dt$ を考える。$1/(1+xt)$ を展開して項別に積分すると $\sum_n (-1)^n n!\,x^n$ を得るが、項 $n!\,x^n$ はどの $x\neq0$ でも限りなく大きくなる。
検算 3.1:$x=0.1$、真の値は $0.9156333393978808187606982$(求積による)。
| 項数 | 項の大きさ | 部分和 | 誤差 |
|---|---|---|---|
| $3$ | $0.02$ | $0.92$ | $0.00436666$ |
| $8$ | $0.000504$ | $0.915416$ | $0.000217339$ |
| $10$ | $0.00036288$ | $0.91545632$ | $\mathbf{0.000177019}$ |
| $12$ | $0.000399168$ | $0.915420032$ | $0.000213307$ |
| $20$ | $0.0121645100409$ | $0.9076137084$ | $0.00801963$ |
| $30$ | $88.4176199374$ | $-64.9806812262$ | $\mathbf{65.8963}$ |
| $40$ | $20397882.0812$ | $-16252520.1096$ | $\mathbf{1.62525\times10^{7}}$ |
観察 3.2 誤差は落ち、床に当たり、そこから限りなく登っていく。$40$ 項も足すと、答は真の値と一桁も合っていない。$3$ 項で止めておけば四桁合っていたのに。
4. 止める場所には、規則がある
検算 4.1:
| $x$ | 最良の項数 | そこでの誤差 | $e^{-1/x}$ |
|---|---|---|---|
| $0.2$ | $\mathbf{5}$ | $0.018289119$ | $0.006737947$ |
| $0.1$ | $\mathbf{10}$ | $0.0001770194$ | $4.539993\times10^{-5}$ |
| $0.05$ | $\mathbf{20}$ | $1.14578\times10^{-8}$ | $2.0611536\times10^{-9}$ |
| $0.02$ | $\mathbf{50}$ | $1.7036434\times10^{-21}$ | $1.9287498\times10^{-22}$ |
| $0.01$ | $\mathbf{100}$ | $4.6546742\times10^{-43}$ | $3.720076\times10^{-44}$ |
観察 4.2 最良の項数は $5,10,20,50,100$、すなわちちょうど $1/x$ である。そしてそこでの誤差は $e^{-1/x}$ の数倍に収まっている。項の大きさ $n!\,x^n$ が最小になる場所が、そのまま止めるべき場所であった。
観察 4.3 ここには「もっと精度が欲しい」という願いの入る余地が無い。$x$ を決めた瞬間に、到達できる精度が決まってしまう。足す手を増やしても、越えられない。
5. その誤差は、$x$ のどんな冪よりも小さい
検算 5.1:
| $x$ | $e^{-1/x}$ | $x^5$ | 比 |
|---|---|---|---|
| $0.2$ | $0.006737946999$ | $0.00032$ | $21.05608437$ |
| $0.1$ | $4.539992976\times10^{-5}$ | $1.0\times10^{-5}$ | $4.539992976$ |
| $0.05$ | $2.061153622\times10^{-9}$ | $3.125\times10^{-7}$ | $0.006595691592$ |
| $0.02$ | $1.928749848\times10^{-22}$ | $3.2\times10^{-9}$ | $\mathbf{6.027343275\times10^{-14}}$ |
観察 5.2 比は零へ行く。$5$ を他のどんな数に替えても同じことが起きる。$e^{-1/x}$ は $x$ のすべての冪より速く小さくなるからである。ゆえにこの誤差は、級数のどの次数にも現れない。「もっと高い次まで計算する」という方法では、原理的に見えない量である。
6. スターリングの級数でも、同じ形が出る
$\log\Gamma(z)\sim(z-\tfrac12)\log z-z+\tfrac12\log(2\pi)+\sum_{n\ge1}\dfrac{B_{2n}}{2n(2n-1)z^{2n-1}}$ もまた発散する。
検算 6.1:
| $z$ | 最良の項数 | $\pi z$ | そこでの誤差 |
|---|---|---|---|
| $2$ | $7$ | $6.28$ | $3.9003289\times10^{-7}$ |
| $5$ | $16$ | $15.71$ | $1.589869\times10^{-15}$ |
| $10$ | $32$ | $31.42$ | $2.5831777\times10^{-29}$ |
| $20$ | $63$ | $62.83$ | $\mathbf{9.4340912\times10^{-57}}$ |
観察 6.2 最良の項数は $\pi z$ に一致し、そこでの誤差は $e^{-2\pi z}$ の程度である。第4節とは何の関係も無い級数なのに、同じ形が出た。どちらも「項の大きさが最小になるところで止める」という一つの規則に従っている。
7. 芯:一つの言葉が、二つの別の極限を指している
同じ級数の上で、二つの極限を別々に走らせる。
検算 7.1($x$ を止めて項数を増やす):$x=0.1$ で、$10,20,30,40$ 項の誤差は
$$ 1.77\times10^{-4},\quad 8.02\times10^{-3},\quad 65.9,\quad 1.63\times10^{7}. $$
収束しない。
検算 7.2(項数を止めて $x$ を小さくする):$3$ 項($n=0,1,2$)で止める。
| $x$ | 誤差 | 誤差 $/\,x^2$ | 誤差 $/\,x^3$ |
|---|---|---|---|
| $0.2$ | $0.02788911858$ | $0.69722796$ | $3.486139822$ |
| $0.05$ | $0.0006290900808$ | $0.25163603$ | $5.032720646$ |
| $0.01$ | $5.771326698\times10^{-6}$ | $0.057713267$ | $5.771326698$ |
| $0.005$ | $7.353641287\times10^{-7}$ | $\mathbf{0.029414565}$ | $\mathbf{5.882913029}$ |
観察 7.3 真ん中の欄は零へ行き、右の欄は $6$ に落ち着く。$6=3!$ であり、これは足さなかった次の項の係数そのものである。つまりこの級数は漸近展開として完全に正しい。発散しているにもかかわらず。
観察 7.4 「収束する」と「近似する」は別の極限についての主張である。片方は $x$ を止めて $N$ を動かし、もう片方は $N$ を止めて $x$ を動かす。級数は両方であることも、片方だけであることも、どちらでもないこともある。そして役に立つかどうかを決めているのは後者のほうである。
8. 分離子と柵
検算 8.1:$50$ 項ずつ使って、どこまで行けるか。
| 級数 | $50$ 項での誤差 |
|---|---|
| $E(0.02)$ の展開(どこでも発散) | $\mathbf{1.70\times10^{-21}}$ |
| $\log2$ の交代調和級数(収束) | $\mathbf{9.90\times10^{-3}}$ |
(別の関数だから比較ではなく例示である。)
観察 8.2 (分離子) 「級数が使えるか」を決めているのは収束するかどうかではない。どの変数を動かす気があるかである。$x$ が小さいと決まっているなら、発散する級数のほうが速い。$x$ を動かすつもりなら、収束が要る。分けるにはどちらの極限を取るつもりかを言えばよい。
観察 8.3 (柵) 「項を足すほど良くなる」という言い方を囲っている柵は、級数が収束することである。柵の外では、この文は偽になる。良くなってから悪くなる。そして悪くなる速さは緩やかではない:$x=0.1$ で $40$ 項も足せば、答は $1.6\times10^7$ もずれる。
観察 8.4 論文209 では、近づいても届かないことを整数の剰余が保証した。ここでは逆に、届いてしまってから、また離れる。論文210 では、四つの量が一つの名を分け合っていた。ここでは、二つの極限が「近づく」という一つの言葉を分け合っている。
9. 点呼と結び
本稿が測ったことを並べる。
- 収束する級数は素直(検算2.1):誤差は一度も向きを変えない。
- 発散する級数は登り返す(検算3.1):$40$ 項で $1.63\times10^{7}$。
- 最良の項数は $1/x$(検算4.1):$5,10,20,50,100$。
- 誤差は $x$ のどんな冪よりも小さい(検算5.1):比は $6.03\times10^{-14}$ へ。
- スターリングでは $\pi z$(検算6.1):$7,16,32,63$。
- 二つの極限は別(検算7.1・7.2):発散するのに、比は $3!$ に落ち着く。
- 収束は何も買わない(検算8.1):$50$ 項で $10^{-21}$ 対 $10^{-2}$。
結び:$3$ 項で四桁合っていた答は、$40$ 項まで足すと一桁も合わなくなる。それでもこの級数は間違っていない。漸近展開としては、次の係数の $3!$ まで正確に当てている。間違っていたのは級数ではなく、「足すほど良くなる」という思い込みのほうである。そして止めるべき場所には規則があり、そこで届く精度は $e^{-1/x}$ で、それは $x$ のどんな冪よりも小さい。つまり級数のどの次数にも書かれていない。見えないものは、無いものではない:ただ、その言葉づかいの中に置き場所が無いだけである。
参考文献
- Poincaré, H. (1886). Sur les intégrales irrégulières des équations linéaires. Acta Mathematica, 8.
- Stieltjes, T. J. (1886). Recherches sur quelques séries semi-convergentes. Annales scientifiques de l’École Normale Supérieure, 3.
- Dingle, R. B. (1973). Asymptotic Expansions: Their Derivation and Interpretation. London: Academic Press.
- Olver, F. W. J. (1974). Asymptotics and Special Functions. New York: Academic Press.
- Bender, C. M., Orszag, S. A. (1978). Advanced Mathematical Methods for Scientists and Engineers. New York: McGraw-Hill.
- Berry, M. V. (1989). Uniform asymptotic smoothing of Stokes’s discontinuities. Proceedings of the Royal Society A, 422.
- Boyd, J. P. (1999). The devil’s invention: asymptotic, superasymptotic and hyperasymptotic series. Acta Applicandae Mathematicae, 56.
- 山岸勇輝 (2026). 山岸万有引力定数解凍理論 [論文35]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21430118
- 山岸勇輝 (2026). 山岸・プランク長幾何解凍理論 [論文39]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21430490
- 山岸勇輝 (2026). 次元解析は、二通りに破れる [論文120]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22036433
- 山岸勇輝 (2026). ルベーグが買ったのは、クラスの大きさではなく、極限で閉じることである [論文168]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22093320
- 山岸勇輝 (2026). 「収束する」は四つの別の主張であり、分けているのは何を捨てることを許すかである [論文197]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22107590
- 山岸勇輝 (2026). 体積が等しくても、切り貼りでは移れない [論文209]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22111317
- 山岸勇輝 (2026). パルスの山は、入る前に出ることがある [論文210]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22111747
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「足し続けると、答から遠ざかる」[論文211]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22111772
日付の証拠(OpenTimestamps):日本語版の .ots・英語版の .ots・SHA256SUMS
予備の置き場所(ミラー。中身は上と同じです):PDF 日本語・PDF English・SHA256SUMS
住所:https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/211・DOI 10.5281/zenodo.22111772・CC BY 4.0・プレプリント(査読を経ていません)・ORCID 0009-0006-8587-3450
引用するとき
山岸勇輝 (2026). 足し続けると、答から遠ざかる [論文211]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/211 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22111772
Yamagishi, Y. (2026). Adding More Terms Takes You Further from the Answer [Paper 211]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/211; DOI: 10.5281/zenodo.22111772
@misc{yamagishi2026yoi211,
author = {Yamagishi, Yuuki},
title = {Adding More Terms Takes You Further from the Answer},
year = {2026},
howpublished = {YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/211},
doi = {10.5281/zenodo.22111772},
note = {Preprint, edition 1}
}
指紋(SHA-256)と確かめ方
d1daabffab556bb55250584fa68a2bdde1f120bf1dd18ae9c5f1c60c6a04d9ad yamagishi_yoi211_v1_jp.pdf0e1b325047eb4d28095e57b2eddc04c1719c9b66e7696807e337e665e7229b65 yamagishi_yoi211_v1_en.pdfPDF と .ots を同じ場所に保存し、opentimestamps.org に .ots、続けて PDF を落とすと、記録された日時が表示されます。PDF が 1 バイトでも変わっていれば通りません。