【論文219】平らな板が、焦点を結ぶ

要旨

屈折率が $1$ より小さいことは珍しくない(論文210)。本稿が扱うのは負であることである。新しい数学定理も新しい物理法則も主張しない。

第一に、どちらの二乗根を取るかは受動性が決める。$\varepsilon=\mu=-1+0.01i$ では、主枝は $1.0-0.01i$(増幅してしまう)であり、受動的なのはもう一方の $-1.0+0.01i$である(第2節)。

第二に、四つの組み合わせのうち屈折率が実になるのは二つだけである。$\varepsilon$ と $\mu$ の符号が違えば $n$ は純虚数(伝播しない)で、両方が負のときだけ実の負になる(第3節)。

第三に、負の屈折率は光を法線の同じ側へ曲げる。入射 $30^\circ$ に対し $n=1.5$ なら $+19.47^\circ$、$n=-1.5$ なら $\mathbf{-19.47^\circ}$(第4節)。

第四に、これが本稿の芯である。厚さ $1$ の平板の前 $0.4$ に置いた点光源から出た光線は、$n=-1$ のとき $2^\circ$ でも $30^\circ$ でもすべて $1.6$ で軸を横切った。広がりは $\mathbf{0.0}$、すなわち収差が無い(第5節)。

第五に、その完全さは一点にしかない。広がりは $|n+1|$ に比例し、$n=-1.001$ で $3.31\times10^{-4}$、$-1.05$ で $1.44\times10^{-2}$、比較のため、$n=1.5$ の球面は同じ角度範囲で $\mathbf{0.10997462}$ 広がる(第6・7節)。

射程(何を示さないか)

新しい数学定理も新しい物理法則も主張しない。ヴェセラゴによる負屈折率媒質の解析、ペンドリーの平板レンズ、シェルビーらによる実験的確認は、いずれも標準的である。損失を扱わない。光線追跡は実部だけを用い、吸収は入れていない。回折限界を超える結像(近接場の増幅)を扱わない。出てくるのは幾何光学の焦点だけである。メタマテリアルの設計を論じない。$\varepsilon$ と $\mu$ は与えた数である。実在の材料について何も主張しない。論文210 との関係:210 は $n<1$(プラズマ・X線)を扱い、位相速度が $c$ を超えることを書いた。本稿が扱うのは $n<0$ であり、別の話である。ただし 210 の結論はここでも生きる:先端は正確に $c$であり、群速度は正のままである。加えたのは受動性が二乗根の枝を決めることを四つの場合で確かめたこと、符号の四通りのうち実の屈折率が出るのは二通りだけであることを書いたこと、負の屈折率での屈折角を並べたこと、平板の焦点を光線追跡で出して広がりが零であることを見たこと、広がりが $|n+1|$ に比例することを六つの $n$ で測ったこと、普通の球面の収差と比べたことである。

1. 記法と位置づけ

屈折率は $n=\sqrt{\varepsilon\mu}$ である。二乗根には二つの枝があり、どちらを取るかは式では決まらない。決めるのは媒質が受動的であること、すなわち波が増幅されずに減衰することである。$\exp(i(kz-\omega t))$ の規約では、これは $\operatorname{Im}n>0$ を意味する。

位置づけ:論文210 では「光の速さ」が四つあり、柵が掛かっていたのは先端だけであった。本稿では屈折率そのものが負になるが、先端の柵は動かない。論文212 では、平らな紙に球面を写せないことを曲率で書いた。ここでは平らな板が像を作る。

2. どちらの二乗根かは、受動性が決める

検算 2.1:$\varepsilon,\mu$ に小さな虚部 $0.01i$ を付けて、二つの枝を並べる。

$\varepsilon$ $\mu$ 主枝 もう一方 受動的なのは
$2+0.01i$ $1+0.01i$ $1.414218+0.010607i$ $-1.414218-0.010607i$ 主枝
$-1+0.01i$ $1+0.01i$ $0+1.00005i$ $0-1.00005i$ 主枝
$-1+0.01i$ $-1+0.01i$ $1.0-0.01i$ $\mathbf{-1.0+0.01i}$ もう一方
$-2+0.01i$ $-3+0.01i$ $2.449491-0.010206i$ $\mathbf{-2.449491+0.010206i}$ もう一方

観察 2.2 $\varepsilon$ と $\mu$ がともに負のとき、主枝を取ると媒質が増幅してしまう。受動性が要求するのは負の枝であり、そこで $n$ は実の負の数になる。「$n=\sqrt{\varepsilon\mu}$ だから正である」と書くのは枝を選び忘れているのである。

3. 符号の四通りのうち、実の屈折率が出るのは二通り

検算 3.1:

$\varepsilon,\ \mu$ 受動的な $n$ 何が起きるか
$+,\ +$ $1.414218+0.010607i$ 普通
$-,\ +$ $0+1.000050i$ 伝播しない(減衰波)
$+,\ -$ $0+1.000050i$ 伝播しない(減衰波)
$-,\ -$ $\mathbf{-1.0+0.01i}$ 負の屈折率

観察 3.2 片方だけ負では、光は中へ入れない。金属が光を通さないのはこれである。両方が負のときだけ、光は入って、しかも逆向きに曲がる。

4. 法線の同じ側へ曲がる

検算 4.1:入射角 $30^\circ$ に対する屈折角。

$n$ 屈折角 法線のどちら側か
$1.5$ $+19.471221^\circ$ 向こう側
$1.0$ $+30^\circ$ 向こう側
$0.5$ $+90^\circ$ 向こう側(かすめる)
$-1.0$ $-30^\circ$ 同じ側
$-1.5$ $\mathbf{-19.471221^\circ}$ 同じ側

観察 4.2 大きさは $n$ の絶対値だけで決まり、符号が向きを決める。$n=1.5$ と $n=-1.5$ は同じ角度で反対側である。光学の中でこれをする現象は、ほかに一つも無い。

5. 芯:平らな板が、焦点を結ぶ

厚さ $d=1$ の平板の前、距離 $s=0.4$ に点光源を置く。光線は入射面で同じ側へ曲がって内側で軸へ寄り、出射面でもとの角度に戻る。

検算 5.1:$2^\circ$ から $30^\circ$ までの光線が軸を横切る位置。

$n$ 最初の光線 最後の光線 広がり
$-1$ $1.6$ $1.6$ $\mathbf{0.0}$
$-1.05$ $1.55232696943$ $1.53795809922$ $0.0143689$
$-1.2$ $1.43317812137$ $1.39388418604$ $0.0392939$
$-0.9$ $1.71127005977$ $1.75727512472$ $0.0460051$

($n=-1$ での理想の焦点は $2d-s=1.6$。)

観察 5.2 $n=-1$ では、どの角度の光線も最後の桁まで同じ点で交わる。曲面を一つも使わずに、平らな板だけで像ができる。そして収差が無い:普通のレンズが必ず持つ球面収差が、ここには一切ない。

観察 5.3 理由は単純である。$n=-1$ では板の中で光線が入射角の符号を反転した角度で進み、出るときにもとに戻るので、板の厚みが「負の距離」として働く。像の位置 $2d-s$ は角度に依らない。

6. その完全さは、一点にしかない

検算 6.1:

$n$ 広がり 広がり $\div\ |n+1|$
$-1$ $\mathbf{0.0}$ 、
$-1.001$ $3.311192\times10^{-4}$ $0.33111917$
$-1.01$ $3.223652\times10^{-3}$ $0.32236525$
$-1.05$ $1.436887\times10^{-2}$ $0.28737740$
$-1.5$ $5.406852\times10^{-2}$ $0.10813704$

観察 6.2 広がりは $|n+1|$ に比例し、比例定数は $n\to-1$ で $\mathbf{1/3}$ に近づく。つまり完全な焦点は材料の空間の中の一点であって、領域ではない。$n$ が $0.1\,\%$ ずれただけで、収差は $3.3\times10^{-4}$ 出る。

7. 普通の曲面と比べる

検算 7.1:半径 $1$、$n=1.5$ の球面に平行光線を高さ $h$ で入れたときの焦点。

高さ $h$ 焦点
$0.02$ $2.999733313$
$0.1$ $2.993320313$
$0.2$ $2.973122217$
$0.4$ $2.889758695$

広がりは $\mathbf{0.10997462}$ であった。

観察 7.2 曲がった面を持つ普通の材料は $0.11$ 広がり、平らな板の $n=-1$ は一桁も広がらない。ただしこれは幾何光学の比較である:損失も回折も入れていない。

8. 曲がらないもの/分離子と柵

点呼 8.1:$n<0$ の媒質の中で、何が負になり何がならないか。

量 符号
位相速度 負
群速度 正
エネルギーの流れ 正
先端の速さ 正確に $c$

観察 8.2 山は後ろへ進み、エネルギーは前へ進む。そして先端は何も追い越さない。負の屈折率は分散のある帯域でしか成り立たず、周波数を上げれば $n$ は $1$ に戻るからである(論文210 と同じ理由)。

観察 8.3 (分離子) 「屈折率」を分けているのは$\varepsilon$ と $\mu$ の符号の組である:同符号なら実の $n$、異符号なら純虚数で伝播しない。そして同符号のうち両方負のときだけ、$n$ の符号が負になる。それを決めているのは式ではなく受動性である。

観察 8.4 (柵) 「平板は像を作らない」という言い方を囲っている柵は、$n>0$ であることである。柵の外では偽になる。そして「収差の無い像」を囲っている柵はもっと狭く、$n=-1$ という一点である。論文217 では、柵(全射)を外した瞬間に関数一つ分の自由が生まれた。ここでは逆に、柵の内側が一点しかない。

9. 点呼と結び

本稿が測ったことを並べる。

  1. 枝は受動性が決める(検算2.1):両方負なら負の枝。
  2. 異符号では伝播しない(検算3.1):$n$ が純虚数。
  3. 同じ側へ曲がる(検算4.1):$30^\circ$ に対し $-19.47^\circ$。
  4. 平板が焦点を結ぶ(検算5.1):広がり $0.0$、焦点 $1.6=2d-s$。
  5. 完全さは一点にしかない(検算6.1):広がり $\propto|n+1|$、係数 $1/3$。
  6. 普通の球面は $0.11$ 広がる(検算7.1)。

結び:レンズが曲がっているのは、曲がっていなければ光を集められないからである。ところが屈折率を負にすると、平らな板が焦点を結ぶ、しかも普通のレンズが必ず持つ収差を、一つも持たない。ただしそれは $n$ がちょうど $-1$のときだけであり、$0.1\,\%$ ずれれば収差が出る。完全な道具は、材料の空間の中の一点に立っている。そして負になったのは位相の進む向きだけで、エネルギーも先端も前へ行く。$n=\sqrt{\varepsilon\mu}$ という一つの式のどちらの根を取るかを、式ではなく「増幅してはいけない」が決めていた。

参考文献

  1. Veselago, V. G. (1968). The electrodynamics of substances with simultaneously negative values of $\varepsilon$ and $\mu$. Soviet Physics Uspekhi, 10.
  2. Landau, L. D., Lifshitz, E. M. (1984). Electrodynamics of Continuous Media. Second edition. Oxford: Pergamon.
  3. Born, M., Wolf, E. (1999). Principles of Optics. Seventh edition. Cambridge: Cambridge University Press.
  4. Smith, D. R., Padilla, W. J., Vier, D. C., Nemat-Nasser, S. C., Schultz, S. (2000). Composite medium with simultaneously negative permeability and permittivity. Physical Review Letters, 84.
  5. Pendry, J. B. (2000). Negative refraction makes a perfect lens. Physical Review Letters, 85.
  6. Shelby, R. A., Smith, D. R., Schultz, S. (2001). Experimental verification of a negative index of refraction. Science, 292.
  7. 山岸勇輝 (2026). 「偏光」を書く道具は三つあり、一つは「偏光していない光」を書けない [論文207]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22110902
  8. 山岸勇輝 (2026). パルスの山は、入る前に出ることがある [論文210]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22111747
  9. 山岸勇輝 (2026). どんな地図も、必ず何かを歪める [論文212]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22112104
  10. 山岸勇輝 (2026). レンズは明るくできるが、明るさは増やせない [論文214]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22119392
  11. 山岸勇輝 (2026). 距離だけを守れと言うと、直線性まで守ってしまう [論文217]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22119628
  12. 山岸勇輝 (2026). 縞は消えて、また戻ってくる [論文218]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22119760

作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。

書誌

山岸勇輝(2026)「平らな板が、焦点を結ぶ」[論文219]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22119788

YOI 219第1版・2026年8月ビットコインに記録済み

日付の証拠(OpenTimestamps):日本語版の .ots・英語版の .ots・SHA256SUMS

予備の置き場所(ミラー。中身は上と同じです):PDF 日本語・PDF English・SHA256SUMS

住所:https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/219・DOI 10.5281/zenodo.22119788・CC BY 4.0・プレプリント(査読を経ていません)・ORCID 0009-0006-8587-3450

引用するとき

山岸勇輝 (2026). 平らな板が、焦点を結ぶ [論文219]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/219 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22119788

Yamagishi, Y. (2026). A Flat Slab Brings Light to a Focus [Paper 219]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/219; DOI: 10.5281/zenodo.22119788

@misc{yamagishi2026yoi219,
  author = {Yamagishi, Yuuki},
  title = {A Flat Slab Brings Light to a Focus},
  year = {2026},
  howpublished = {YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/219},
  doi = {10.5281/zenodo.22119788},
  note = {Preprint, edition 1}
}
指紋(SHA-256)と確かめ方
308c6cd903a009e4c5cce6cf20437264a153bb4a4801365b0126836e1b6b018d yamagishi_yoi219_v1_jp.pdf
2fa37da8d7f9bd67d04d890569d08cbd6fc0ab2f7bbe4a02f0c36cc7c60fc196 yamagishi_yoi219_v1_en.pdf

PDF と .ots を同じ場所に保存し、opentimestamps.org に .ots、続けて PDF を落とすと、記録された日時が表示されます。PDF が 1 バイトでも変わっていれば通りません。